第1羽 早瀬小雪(はやせ こゆき) -5/5-
「あの土地はリースだったから…、片付いたら、お返ししようと思ってるんだよ」
「…え?」
私は聞き返した。
私が落ち着く頃を見計らい、戻って来た叔父さんが、私にそう告げた。
お父さんは、他の皆を車で送っている。お父さんは…皆と、何か話したいのかもしれない。
「小雪ちゃんには申し訳無いけど…ごめんねぇ…、出来ればずっと取っておきたいんだけれど」
おばさんもそう申し訳無さそうに言った。
「…、そうですよね。分かりました。私は大丈夫ですから、気にしないで下さい」
私は呼吸を整えてそう言った。
どきどきと心臓が早鐘をうつ。冷や汗がでる。
「…早瀬さん。そろそろ行きましょう。お家までお送りいたします。…おじさん、おばさん、本日はお邪魔いたしました。…何かあったら、いつでも連絡下さい」
ジャックがそう言って、私達は隼人さんのアパートから出た。
階段を下り、通りに出て隼人さんのアパートを見上げる。
…ここもすぐに引き払われるのだろう。
そう思うと、悲しく、寂しく、やるせなくなった。
隼人さんのいた場所が無くなっていく…。
けれど。私は大丈夫。だって―。
「速水さん」
「…何でしょう?」
薄暗い夕闇の中で、ジャックは微笑んでいる。
私は勢いよく頭を下げた。
「失礼な事を言います。…私に、あの土地を下さい…!!」
さっき土地を手放すと聞いた瞬間から、私は本当に馬鹿な事を考えていた。
あの土地と森は、『アトリ』オーナーである速水さんのお祖父さんの土地だ。
だったら、速水さんに頼めばあるいは―?
「もちろん私には買う事はできませんけど、せめて…、あの土地を借りるお金が用意できるまで、他の方に貸さないように…、速水さんから、オーナーにお願いしてもらえませんか…!おねがいします…っ」
私の声はどんどんかすれ、最後の方は声にならなかった。なんて、不躾なお願いだろう。
赤い宝石の付いた指輪を、ぎゅっと握りしめる。
でもきっと私にしか、出来ない―。
『アトリ』を風化させず、隼人さんのいた場所を残すことは。
「…そうだね。もちろん、そうするつもりだよ」
「!!」
私は返って来た答えに驚いた。
駄目と言われると思っていた…。
「指輪、見ても?」
「え…、は、はい」
速水さんがぽかんとしたままの私の手から、指輪を受け取った。
「ルビーの指輪。…隼人らしい。あいつロマンチストだったよな」
けど君に良く似合う。
そう言ってジャックは笑い、ゆっくりと私の指に指輪をはめる。
彼はちょっと迷って、左手の中指に。
「クイーン」
ジャックは私をそう呼んだ。
「俺と一緒に『アトリ』を再建しよう。隼人の為に…あの場所でまた、お店を開くんだ」
彼の指先は、すぐに離れた。
〈おわり〉