第1羽 早瀬小雪(はやせ こゆき) -2/5-
どうしよう、少し遅くなっちゃった…。
まだ六時半だけど…すでに辺りは暗い。
今日はお天気も悪かったし…。
お父さんに迎えに来て貰おうかしら。でもまだきっと仕事だし…。
私は暗い道が恐い。
足音、すれ違う人。近くを過ぎ去るごく普通のサラリーマンでさえも恐い。
また誰かが…後をつけて来たら、そう思うと。
自然早足になる。
コツコツ…。
後ろから…誰かが付いて来ている?
いいえ―きっといつもの気のせい。道が同じだけ―。
コツコツ…。…コツコツ…。
けれど今日のそれは気のせいなんかじゃ無かった。
どうしよう。コンビニも無いし…。
天気予報なんか気にしないで、自転車で来たら良かった。
ザザザザッ!!
突然、後ろの誰かが走り出した。
っ…後どのくらい距離があるの―?
逃げ…!!
とん。
「ひやっ!?」
いきなり肩を叩かれ私は飛び上がった。
心臓がバクバク言っている。振り返ることすら出来ない。
「…ハァ。チーフ、お疲れッス」
そこに居たのは、アルバイトの桂馬渚君。
「…!!桂馬君だったんですか…、私、驚いちゃっ、た…あ…?」
あれ、視界が暗く…。
「お!おおお、っと!?ちょっ、チーフ!?」
気が付いたら公園のベンチだった。
…私はどうやら倒れてしまったらしい。
「…実は…」
私は迷ったけど、桂馬君にストーカーの事を話した。
初めはいじめだと思った。けど、それは違っていて…。
そのせいで、今も高校に通えないこと、つらい時には隼人さんが何かと助けてくれたこと。
「結局、犯人は分からないまま…お父さんと引っ越して、もう大丈夫だと思うんだけど…、…まだ少し恐くて…。迷惑かけて、ごめんなさい。もう大丈夫」
笑って、額に置いてあった…『四露死苦!』と書かれた黒いハンカチを返す。
「いえ。店長に頼まれたんッスー。今日、チーフが歩きだから代わりに送ってくれって」
「…え、隼人さんが?そんな、わざわざ」
私はひたすら恐縮した。
朝は隼人さんが迎えに来てくれるし、帰りもほとんど送ってくれる。
私の家から『アトリ』まで、歩いて十五分くらいなのに。
(隼人さん…、いつも本当にありがとうございます)
「いいッスよ、あ、そうだ!!チーフ!紅茶好きッスよね!俺、奢ります!」
「え??…ありがとう」
あまりにいい笑顔だったから、私は思わずそう言ってしまった。
彼は一つずつ出さずに、ジュースを続けて二本買った。
がこん。がこん、と音がする。
「…んー、乙女紅茶…?旨いんスかねコレ。ハイ!!どうぞ」
「―!」
桂馬君はジュースを投げた。
「ちょっと危ないです!」
私は一瞬迷い、至近距離からの攻撃を避ける事に成功。ジュースはがん!とベンチに当たり、地面に落ちた。
そんなに、勢いはなかったみたいだけど。びっくりした…!
気が付けば私は尻餅をつき、落ち着いたと思った心臓が、またドキドキ音を立てる。
「アハハ、ゴメン、チーフ!でもチーフなら避けられると思った。今日も俺が落としたカップと皿拾ったし?皆拍手してさ。俺すげぇこの子!って思ったの」
桂馬君が、にっ、と歯を見せて笑って、落ちた紅茶を拾った。
「…あ、あれは、私の体が勝手に…ただの反射神経です」
ものすごく小さな声で反論する。あのポーズを思い出したら顔が熱い。
「あの時、手とか?ヤケドは…。あ、あー。つか、そうじゃねぇな」
「え?手は大丈夫ですけど…?」
私は手を見せる。
桂馬君は私の目をじーーーーーっと見た。
ぶちっって、何の音?
「…チーフにストーカーとか、そいつマジ殺す!!カルピスしかねぇのもマジでムカツク!くっそぉおお!!!」
彼はめりっめりっと缶を握り。ぶしゅっと、勢いよく乳飲料が噴き出した。
「きゃぁ、そ、そんな、コラっ!乱暴!」
私はぺち!と彼を叩いた。
「あ、すんません。えっと、俺…今、小雪さんが足りないんで」
「え?」
二人で笑った。
夜道を桂馬君が送ってくれる。
「あ、ここが家なの。今日は本当にありがとう。…あの、また、遅くなったら…お願いしても良いですか?」
アパートの前で、私は、勇気を出してそう言った。
「よっしゃ!!じゃ、俺のシフト夜ラスで入れといて下さい!俺、帰宅部だしラストなら平日も出られるんで!えっと次は…!」
気が付けば私はぎゅっと抱きしめられて、彼はあっと言う間にシフトを見つつ、走り去って行った。うおぉぉー!と言う謎の雄叫びが遠ざかる。
「…、…しっかりしないと!はぁ~」
ドアを閉め、真っ赤な顔で大きく溜息を付いた私でした。
『小雪、20日、バードウォッチングしないかい?ほらアオジが裏の森にいて』
『早瀬様 20日、僕と街へ出かけてみませんか?』
『今度、20日に大学で春演奏会がある。君は来られるよね?』
『!!じゃあ、よろしくお願いします!20日からですね!』
『チーフ!夜ラスで、入れといて下さい!次は…20日、送るッス!』
ぁああ!!もうっ!…次のシフト、どうしようっ。