第1羽 早瀬小雪(はやせ こゆき) -1/5-
「いーい?シフトってのは、本当に、本当に大変よ?」
「はい」
私がここ、『アトリ』でチーフとして勤め始めて、あっと言う間に半年が経ちました。
今まで働いた事のなかった私ですが、何とか毎日、頑張って勤めています。
今、カウンターでシフトの組み方を教えて下さっているのは、オープニングスタッフの加倉井カオルさん。
彼女は有名コーヒーカフェで働いていたすごく優秀な方で、私も開店前から色々教えて頂きました。
「まずは、皆の予定を聞くことから始めてね。特に学生さんはテストとか、色々大変だから」
「ええと、はい、分かりました!行ってきます!」
ぱたぱた。
「うんうん。小雪ちゃん、ガンバ!」
「あれ…隼人さんは…」
私は店内を見回しましたが、店長の姿は見えません。
でも、この時間なら…。
「ん、ああ、小雪。ほらさっき向こうでウグイスが鳴いたよ」
あ、やっぱり。店長はウッドデッキの端に座って雀と戯れつつ、エスプレッソを飲んでいました…。
この人は店長でバリスタの如月隼人さん。名字は違うけど私とは従兄弟です。
「ウグイス?…」
私は一応耳を澄ましたのですが、…いないようです。
彼はいつも何かしら、小鳥のさえずりを聞き取っているのですが…。
彼の指す方には鳥は居たり居なかったり…。
「隼人さん、シフト組むので、都合の悪い日を教えて下さい」
「あ、僕は特に無いけど。そうだ、小雪。今度…20日、僕とバードウォッチングしないかい?ほらアオジが裏の森にいて」
「もう、またですか?」
「だめかい?」
「ふふ。もちろん、良いです。…あ、でも、ごめんなさい、その日私、出勤だったかも」
「小雪ちゃん、貴方チーフなんだから、シフトも好きにいじっていいのよ。店長がこの役立たずだから、ね!はい、飲み終わったら、働け!」
カオルさんがばこん、とメニューで隼人さんの頭を叩く。
「痛いな、全く」
「鳥もいいけど、接客練習しなさい!接客!あんた小雪ちゃんより全然ヘタよ!」
「うーん、それを言われると。僕は接客はどうも」
「ふふ。そんなこと無いです、隼人さんはまあ、ちょっと変わってますけど。皆癒やされるって…。あ、カオルさん、今月後半、都合の悪い日ってありますか?あとはカオルさんだけです」
「あら。もう寿さんと倉持さんにも聞いたの?そうね、私も20日はちょっと無理かな」
「はい。じゃあ外しますね。あら…?」
この感じは。
店の入り口に車が止まり、すぐにドサッと音がする。
「ああ、ジャック。ご苦労さま」
「…これ、頼まれてた分。確認済み」
「お疲れ様です。速水さん。後は運びます」
私はよいしょ、とダンボール箱を持ちましたが、お、重たい…。
「お持ちしますよ。早瀬さんは店内で少々お待ち下さい。こちら今回のお土産です。よろしければ店内装飾にでもお使い下さい。おい、隼人。伝票にサイン。ついでに荷物運ぶの手伝え」
このお店のロゴ入りのキャップが似合う人は通称、配送さん。本名は速水サク?
仕入担当の人かと思いきや、実は隼人さんの共同経営者兼、『アトリ』副店長だったりします。
…アトリは茶道の家元だという、彼の実家が所有する土地を借りているんです。
アトリのオーナーは彼のお祖父さんですし…すごいお金持ち?
「あ、どうも…、あの、ありがとうございます!」
私はテディベアを受け取った。早口でお礼を言う。
彼は無表情のまま、ちらりとこちらを見てバックヤードに入って行った。
「あら?」
ふと見ると、テディベアのリボンに何か手紙のような物が…。
私は赤いリボンを解いてみる。
『早瀬様。良かったら今度、20日に俺と一緒に街へ出かけてみませんか?
たまには息抜きも必要です 朔』
…朔さんって、やっぱりこの字なんだ。ふふっ、もしかして自己紹介?
速水さんのこういうスマートな所、凄く格好いいと思います。
「お店空いてる?」
「あ!響さん。いらっしゃいませ!」
お客さんがいらっしゃいました。私はお店に入ります。
いつもの席に案内します。キッチンカウンターが見える、二人掛けのテーブル席。
この方は常連さんなんです。
「あら、また来たの?」
カオルさんが話し掛ける。
「ここのレモネードは旨いからな。近いし」
この眼鏡の方は、『アトリ』近所の音大に通う、加倉井響さん。
カオルさんの弟です。
「はい。お待たせいたしました」
「ありがとう。あ、そうだ。小雪君。良かったら今度、大学に来ないか?」
カランカラン。
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
カオルさんがさっとお客様に対応する。カオルさんは、やっぱり凄い。
「わー、こんなトコにカフェが出来たんだ」「内装キレイ!」
「いらしゃいませ」「あ、Jベアだ」「何飲もうか」「いらっしゃいませ!」
「今日のランチは…ベーグルサンドとペスカトーレ?どっちにしようかな」
「私はパスタかな」「いらっしゃいませ」
「何か曇ってきたね」「雨は…まあ、今日は大丈夫かな?」
「すみません、注文お願いします」「こっちも!」
「はい、ただいま!すみません響さん。また後で良いですか?」
やっぱり、響さんが来ると、いつも急にお店が忙しくなるような…?
ランチの時間だから?
「ああ。待っている」
響さんは笑った。
それから慌ただしく働き、二時くらい。
「ふぅ…」
ようやくお店が落ち着ついた。
大学の演奏会のチケット、受け取ったけど返事が出来ませんでした…。
返事は電話で良いそうです。
「小雪、ツグミが鳴いたから休憩に入って良いよ。一時間。お昼はパスタとベーグル、どっちが良いかな?」
「今日は…、ベーグルでお願いします」
今日はアルバイトの面接が入っているので、いつもより休憩が長めです。
「すみません、面接に来た、乙川です」
「あ、はい。奥へどうぞ。小雪ちゃん~」
「はい!」
私は立ち上がった。
「―ありがとうございます!チーフ!是非、お願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
アルバイトさんの面接は初めてだから、緊張した…。
乙川耕勝さんは白鳩高校…、この高校は、私服で登校もできるとか。
でも髪の毛に緑のメッシュ…?ちょっと面白い子かも。
「どうだった?」
隼人さんがのぞく。
「はい、学生さんでしたけど、採用しました。条件にも合っていましたし。20日夕方からです。これで土日は何とかなりそうですね」
私は笑って報告した。
「そうか、フッ。小雪のチーフも板に付いてきたね。…よしよし」
「は、隼人さん…」
もう、また子供扱いして。でも、私って…まだまだ、どう見ても子供なのよね。
頑張らないと!
しゃきっと背筋を伸ばす。
「いらっしゃいませ」
スマイル、スマイル。
「小雪、カラスが帰る時間だから―、ああ。残業三十分付けておいてね。お疲れ様」
「はい!お先に上がります」
私は店を後にした。