【番外編】喫茶アトリ ~カラスのいる喫茶店~
カランカラン。
「いらっしゃいませ!」
初夏のある日、来店されたのは。女性のお客様でした。
その方は真ん中で分けた、栗色の長い髪。背が高めの美人。
夏らしいエメラルドグリーンのシフォンカットソーに、ホワイトのスキニーパンツ。
高めのヒール…。
「――あ!」
速水さんが驚きました。どうやらお知り合いのようです。
「早瀬さん、カオルさんごめん、先に休憩に入っても大丈夫?事務所使うね」
「はい、大丈夫です」
「――誰かしら。ファンって感じじゃ無いわね。これ4番さんにお願い」
「はい…仕事の方?」
仕事関係の方にしては、服装がスーツではなく普通です。
4番テーブルは事務所入り口の側――。
「お待たせしました」「わぁ、美味しそう」
『速水君、久しぶり…!会いたかった』
『ユイさん』
二人が事務所に入ってすぐの場所で…抱き合っているのを、私は暖簾越しにうっかり見てしまいました…。
……彼女さんかしら?
■ ■ ■
七月二十日、すこし晴れ。
看板カラスのソラちゃんが、ウッドデッキの欄干で、今日もお仕事頑張っています。
今ちょうど、テラス席の女性二人を接客中です。
「あ、このカラスちゃん今日もいる~」「ジャックが飼ってるんだって」
「似合う~!」「ねー」
ガー?
羽ばたいて、少し首を傾げます。
「かわいい…♡」「ねー」
カァー??
くちばしを開けて鳴きます。
「「かわいい~っ♡♡」」
『店長の相棒カラスです。驚くので撮影禁止、餌をあげないで下さい(太っちゃうよ)。名前はソラです。優しく撫でてもいいけど、寝ているときは起こさないでね☆』
欄干に掛かったイラスト付きの看板は、乙川君の手作りです。
速水さんがいる時は、いつもソラちゃんも出勤してくれます。
暑いのに、とっても勤勉です。
あ…、速水さんが用意した、専用のたらいで水浴びしています。やっぱり暑いみたい。
桂馬君がテラスに取り付けた、ソーラー充電式のミニ扇風機の前で涼んで…。
気持ちよさそう。
「おまたせしました」
「ありがとー」「店員さん若い~幾つ~?」「あの、十六です」
「わあ。頑張ってねー」「はっ、はい」
最近、なぜか年を尋ねられることが多いです。それとも、これって普通なのかしら?
あ、お店にお客様の列が…。戻らないと。
現在、お店の入り口には『店内は食事以外、写真撮影禁止』の張り紙が貼ってあります。
カラン…。
お店では乙川君が働いています。
「いらっしゃいませ。四名様ですか?お煙草は吸われますか?」「禁煙で」
相変わらずの緑髪に赤メッシュ。彼は大きな目が印象的で…小動物系?大人しいめのショートカットが揺れます。
「では…しばらくかけてお待ち下さい」
初めはぎこちなかった接客も、少し慣れて来たようです。私も頑張らなくちゃ。
「すみません、注文をお願いします」「はいただいま」
私は注文を取ります。
「お伺い致します」
「ケーキセット…、いえ。やっぱりこのメガクリームのせMAXシフォンセットで」
「私はハーフで。パンケーキもプラスでお願いします」「はい。シフォンケーキは何にしますか」「あ、ブルーベリーで」
「お会計お願いします」「はい!」
カランカラン。
「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ!」
今日もアトリは大盛況です。
■ ■ ■
少し、盛況すぎるくらい…。
午後四時。
「はぁ~」「ふう…凄いラッシュだった。とぉ、まただ。いらっしゃいませ」
私と乙川君は、やっと一息つきました――。と思ったらまた。
今月はずっとこんな感じで、これは…GWを上回る忙しさです。
先月、TVで『喫茶アトリ~カラスのいる喫茶店~』と取り上げられたせいなのかもしれませんが、大半はきっと、速水さんのファンの方です。
昨日の売り上げが、平日、金曜日なのになんと十三万円もありました…。もちろん強気の予算は達成、先月の同じ日と比べて二・五倍です。
スタッフは木魂さんと私と、乙川君。そして速水さん。
私と速水さんは今日は午後六時まで。ラストは乙川君と木魂さん。
速水さんは今から二度目の休憩です。
「あの…店長」
私は休憩に入る速水さんに声を掛けました。
「?どうかした?」
「速水さんのお仕事が終わった後で良いので…。お話があるんですが、お時間ありますか。少し長くなるかも…。お店についてなんですが」
ドキドキします…実は木魂さんに頼んでシフト調整しました。
店長はちゃんと聞いて下さるでしょうか…。
「話?別に今でも良いけど…。あ。上がり一緒か」
速水さんは笑って、まだとても元気そうです。
…最近気が付いたのですが、速水さんはダンサーなだけあって、すごく体力があります。
「ホールは…、ダメか。じゃあ、終業後に少し残業でも大丈夫?」
速水さんはホールを確認してそう言って下さいました。ホールは大盛況で私が抜けられる感じでありません。
「はい、すみません。お願いします」
私は頭を下げました。チーフヘルプ~!という乙川さんの声がします…!
「あ、行ってきます」「お願いします」
――そして、午後六時。
私は事務所で速水さんと対峙しました。
と言っても…いつもの椅子と机です。
「あの、不躾なお願いなのですが、ファンの方達に、お店に来ないように言って頂けませんか」
私の言葉を聞いて、ぴくり、と速水さんは反応しました。
「…、勝手に来てるのは向こうだし…、売り上げは上がる」
そして怖い目になって言いました。
「ですが、スタッフの皆が大変そうです。並んでいる列を見て、常連のお客様も帰ってしまっています…」
私は少ししゅんとしました…。
常連さんに『うわ、大盛況だね、また空いてる時に来るよ』と言われたのです。
ですが、ここ最近、空いている時間はほとんどどありません。
どうやら速水さんファンの方々は、驚くべき事にローテーションを組んでいるようです。
お店を助けて頂いているようで、速水さんが居なくてもみなさん来店してくださいます。
ですが…。
(上手く言えないのですが、これでいいのでしょうか?)
「少しアトリの雰囲気が…落ち着かない気がして。これでいいのかなって」
速水さんは少し顎に手を当てて考えました。
「…ちょっと、椅子を持ってこっちに来て。家に連絡はした?」「はい」
そして私は事務机のノートパソコンを、速水さんと一緒に覗き込みました。
画面には数字データ…。
速水さんがマウスを使って、もう一つ出します。
「これがイールグルカフェの先月の売り上げ。で、こっちはアトリ。負けてるの分かるよね」
「ええ。凄い差です」
自分で言って悲しくなります…。イーグルカフェは平日もそこそこ、雨の日は同じくらいですが、晴れの日は…ええと、イーグルカフェが平均7、8万円で。アトリと比べて1.2倍くらい。とても良いです…。
「向こうの知名度からしたら、アトリも悪い数字じゃ無いけど」
速水さんは苦笑しました。
そして続けます。
「…実は、カオルさんとも話してたんだ。今のままだと売り上げはあがるけど、ちょっとメンバーが厳しいって。今は皆が頑張ってくれて、何とかなってるけど、求人は向こうがあのメンバーにこだわってて、今はかけられない」
「はい」
どうやら、私が言わなくても、二人はちゃんと話してくれていたみたいです。
ほっとしましたが…。
「すみません、余計でしたか?」
私は尋ねました。
「いや。この件に関しては、俺と副店長の方針はもう決まってるけど…、早瀬さんの意見もきちんと聞きたかった」
「私の…?方針って決まってるんですか?」
「ああ。大体は。早瀬さんがOKなら、高橋さんと相談する」
「高橋さん?」
「色々あって…昔、ライブハウスでお世話になった人。ファン一号で…、この前お店にも顔を出してくれた人だけど、覚えてる?茶髪の、髪の長い女の人。背がカオルさんより少し低いくらいの」
長い茶髪…。
速水さんと親しそうに話していた、背が高めの美人。
「あ――、あの若い女性ですね、綺麗な…」
…もちろん覚えています。
「そう。あの人は会長というか、とにかくファンの子達に影響力があるから。俺が全員に言うより効果がある」
速水さんは苦笑しました。
そして溜息。
「…俺も正直、こんなに毎日人が訪ねて来るとは思わなかった。一週間もすれば収まると思って…、放置してたけど、やっぱり良くないよな」
「ええ、良くないです。…ローテーションまであります。朝、昼、夕方で…一人三十分程度の時間制になっているようです」
私はメモを見て言いました。
「そのメモ…そんな事まで。さすがクイーン」
速水さんはくす、と笑いました。
「…問題は、かなり売り上げがあがってるって事だよ」
「?」
私は意味が分からずに首を傾げました。
「つまり、現状のままだと、イーグルと闘うのは厳しい。今月は売り上げ伸びて勝てるけど、ファンの子達が居なくなるとまた元通り。最悪、俺は恨まれて、お店に悪評が立つかも…」
速水さんはご自分の綺麗な長い髪を少し触って…。困ったように言います。
「そんな、悪評だなんて…だって、速水さんのファンでしょう?」
私は言いました。
「俺のファンと言うより、JACKのファンがほとんどだ。皆、次のステージはいつですか、って聞いたりしてくる。俺はもう踊るつもりは無いし…」
「…」
それを聞いて私は少し戸惑いました。
もう踊らない…?意外です。ジャックは…かなり有名なダンサーなのに…。
…――怪我とかでしょうか?
…もしかして速水さんも、実はかなり困っていたのでしょうか…。
近頃も本当に楽しそうに、完璧に笑って対応していたように見えたのですが。
営業スマイル?
「すみません、もう少し早くご相談すれば…」
「え?いや…、それで早瀬さんの事だけど。売り上げが元通りになると、勝ちが危うくなる。このデータを見て」
そこから見せられたのは、十二月末までの見込み売り上げ。
イーグルと、アトリ。
どうしてイーグルの売り上げ見込みデータが?と訪ねたら、『調査した数値、詳細はナイショ』と言ってクスリと笑いました。
「嘘だよ、カオルさんに色々とね」
どうやら速水さんは、やっぱりカオルさんと仲が良いようです。
「だから、早瀬さん次第。もし負けたら、分かってるよね…?高橋さんから通達が出れば、ファンの子は一人も来なくなる。『出入り禁止』にしてもらうから」
「禁…止、ですか?それはちょっと極端な…。少しくらいなら、いいのではないでしょうか?」
それを聞いた速水さんは。
「いや。ハッキリ言わないと彼女達は聞かない。ずるずる来られても迷惑だ」
――心底嫌そうな、顔をしました。
私はその言い草に少しムッとしました。
ファンの方々だって、『おいしい!次来るのが楽しみ…!』って言って下さったのに。
負けたら私は五条橋さんと結婚…。
だけど速水さんはファンの人が本当は嫌い…?
もしかして、売り上げの為に…?
思わせぶりで。…酷い。
「―大丈夫です!」
私は言いました。そして立ち上がります。
――男の人なんて。
やっぱり皆、こんな風…?
五条橋さんは、実はわがままで子供みたいな、凶暴な方でした。
速水さんも、実は女性に優しくない、いじわるな人?
意地悪な速水さんなんか、堂々と、見下ろしちゃいます。
「その高橋さんにお願いして下さい。もう良いですって。ちゃんと、自分はダンスをもうやめて二度と踊らないから、って理由を言うんですよ。アトリは大丈夫です。私達が、が。がんばりますから」
「えっ、ちょっと?」
「あ、もうこんな時間です…すみませんお先に失礼します…!」
私はアトリを後にしました。涙ぐみながら…。
■ ■ ■
ガー!
お店を出て、暫くすると、ソラちゃんが追ってきました。
「ソラちゃん…」
がー?と私の腕にのって、首を傾げます。私は少し首のあたりを撫でました。
…目を細めるソラちゃんは可愛いです。思わずくすりと笑って…。
…もしかして、速水さんが…?
ソラちゃんは賢いので、速水さんの言う事を良く聞きますが、さすがに…それは無いと思います。偶然です。
…少し怒りすぎたかしら…。
けど、だけど…。
――お店で。彼女さんと…。良く見えなかったけど。絶対そうです。
高橋、ユイさん…。彼女も騙されたの?
「行こう、ソラちゃん」
がー。
――今日のお仕事は終了です。
私は可愛いカラスのソラちゃんと、一緒に帰宅します…。
■ ■ ■
「速水さんは、…とっても悪い人です」
翌日。私は、カオルさんに結論を言いました。
「――え。あ…そうなったの…?」
カオルさんはとても困ったような顔をしています。
「…そうね。速水君もちょっと言い過ぎよね…うーん…」
バリスタ用の制服を着た彼女は今日も美人です。
優雅な手つきで、フリープアして…カップの表面にハートの模様が出来ました。
私も練習しているのですが、なかなか上手にできなくて…。ハートがリンゴになってしまいます…。
「はい。頑張りましょう、カオルさん!」
ですが私は張り切っています。もっと珈琲頑張って、新商品開発して?
今の所はそれくらいしか思い浮かばない…。
「…店長が…ダンスを辞めた理由も知らないのに…酷い事を言ってしまいました…」
私は溜息を付きました…。やっぱり少し後悔しています。
「うんうん。また、速水君に言っておくわ。小雪ちゃんが気にしてた、って。それくらい大丈夫よ、彼タフそうだし」
「…そうですか…、いえ、多分大丈夫、です。きちんと謝ります…。いつか…」
私は自信なさげに言いました。
「男の人って、やっぱり皆、怖いです…」
私は身震いをしました。
速水さんは見た目がかっこよくて、優しそうだから、…油断していました。
性格は…絶対厳しめです。
「えっ?」
「あっ、木魂さんは別です。店長の話です」
この方は木魂さん。ワイルドスマートな方で、四月から新しく入った、アトリの三人目の珈琲スタッフです。年は二十四歳。独身で、他のお店との掛け持ちです。
日曜日の午後二時、この時間は、スタッフが多く賑やかです。
速水さんが今日お休みなのは、本人が土日両方いると……、大変だからです。
「でもやっぱり速水さんと一緒より、カオルさんと一緒の方が落ち着きます」
私は言いました。
「そんな、大げさよ。きっと大丈夫だから―。あ、小雪ちゃんはもう休憩ね」
「はい」
よく考えたら、速水さんの本性はJACK。
「チーフ、おはようございまっす!」
「あっ。渚君。おはようございます」
…まっすぐで裏表が全然無くて、爽やかな桂馬君とはきっと大違いです。
それに速水さんといると、性格はともかく顔がいいから、ちょっとドキドキして…?
速水さん、桂馬君、木魂さん…。他のみんな…。
もう、皆、なんでイケメンばかりなの?
――違います、これは違うんです!隼人さんすみません!
…今日に限ってメモを忘れました。
――また、自分を減点をしておきます…。
「さて、チーフ!休憩どうぞ!カオルさん!今日はどんな感じっすか?」
エプロンをつけた桂馬君が来ました。
「…あら?そういえば、今日は久しぶりに凄く静かよね」
カオルさんが、入り口を見て――。
カランカラン…。
そこに、女性のお客様が…。
「あ…!」
私は、その方を見てどきりとしました。
■ ■ ■
その方は、速水さんのファンクラブの会長の高橋さんでした。
事務所で、私は話を聞きました。
「すみません、ご迷惑をおかけして…」
高橋さんは二十代…?の女性で、綺麗にお化粧をして、つけまつげをつけた方です。
今日の服装はシンプルなスキニージーンズに薄いラベンダー色のカットソー…。
ヒールが高めのパンプスです。バッグは薄いピンク。
何をなさっている方なのかは、私には分かりません、髪の毛の色は少し明るめの茶髪。
…もしかしたら美容関係の方かも?
今日も髪が綺麗で…美容師みたいな雰囲気です。
「いえ…外は暑いですから、良かったらどうぞ」
私は冷たい飲み物をお出しして、彼女の話を聞きました。
彼女は、たまたま、速水さんの初ステージを見て、速水さんの帰り際に声を掛けて、速水さんの女性ファン第一号になったそうです。
そして速水さんの応援を始め…連絡などをする内に、いつのまにか、女の子の間で伝説と言われてしまったり、海外へ応援へ行ったり…色々あったそうです。
「本当に、すごく楽しい時間でした…。今でも彼のダンスが大好きです。けど、……。あのライブハウスが無くなって…、復帰後も色々あって…。私は結婚して、ハウス通いから遠のいていて…、ジャックの帰国を知らずに、対策が遅れてしまって。知り合いの子に聞いて知ったんです。まさかバリスタ資格取ってたなんて。すごい人ですよね」
高橋さんは苦笑気味です。けど声がとても沈んでいます。
「ええ…」
私は相づちを打ちました。確かに凄いです。
こんな、ファンクラブがあって、熱心なファンの方が沢山いるなんて。
「ファンクラブと言っても、もう形は無いんです。――先代JACKの事故の後、少し問題があって。みんなおっかけはやめたと思っていました。あの時は、…たちの悪い子達も、たくさんいましたから…。速水く、…速水さんは貴方や、あの女性の事を心配していましたよ。それで出入り禁止が良いと…」
「あの女性…?」
「あちらの…カウンターの、かくらい?…」「あ…加倉井カオルさんですね」
私は首を傾げました。
「事情がよくわからないのですが…、速水さんが、私と、カオルさんの…心配を?」
「ええ。一緒に働いている女性達に、何かしようとする子がいるかもしれないと…、ファンにも、色々な子がいますから…。今はどう言う感じになってるか、すぐに電話で聞かれました。それで話したりしてて。
息を詰める音が聞こえた。
…けど。もう大丈夫です」
え?――涙…?
ぱたぱたと、高橋さんの目から涙がこぼれ落ちて、―彼女は鞄から出したハンカチでぬぐいました。
「珈琲が美味しかったので…、彼が、元気なら、私達は嬉しいです。皆、そう言っていました。みんな、どうしても会いたかったって」
…泣いている。
「昨日、ダンスのことを聞きました。…けど、良いんです。ずっと、私は彼が好きですから。けど出来ればまた――…すみません」
高橋さんは涙を拭いて顔を上げた。
彼女はすごく、速水さんの事が…速水さんのダンスが好きだったんだ。
「高橋さん………。ぐすっ」
私は思わず、もらい泣きをしてしまいました。
「――あっ、すみません……」
慌てて私は自分のハンカチで押さえました。
「え、いえ。私こそ」
高橋さんが慌てて言いました。
「どうもありがとうございました。お店、頑張って下さい」
立ち上がった高橋さんにそう言われ。
「……」
私は、どうしたらいいか、分かりませんでした。けど…。
皆さん、本当に嬉しそうに、美味しそうに、速水さんの煎れた珈琲を飲んでいたのに。
『アトリ』も可愛いお店、看板カラスのソラちゃんも可愛い、って言って下さったのに…。
もう来られない?絶対に?
「あの――少し、待って頂けますか」
私は席を立ちました。
■ ■ ■
「――というわけで、出入り禁止は無しで、大丈夫です」
笑顔でそう言ったのは、カオルさんです。
え、ええ、ええ?
私はポカンとしてしまいました。
困った私はカオルさんを頼ったのですが…。
あっというまに。凄い理論で。カオルさんはまとめてしまいしました。
ええと、何か、曜日を決めて、時間を決めて?
もうすでに店長と相談してあった…という感じです。
「え、はい…」
高橋さんがびっくりしています。
「もう皆さん沢山来ましたし、しばらくは来ないだろうし、徐々に落ち着くでしょうって。なので平日の午後なら大丈夫です。落ち着いたら休日でも。是非また来て下さいね。あ、雨の日サービスもやってます、チラシです。良かったら好きなだけどうぞ♡」
カオルさんのスマイルは、女性にも有効です。
「―!はい、そんな、ありがとうございます…!また静かな時間に来ます」
高橋さんが言って―。
こうして、問題は解決しました。
ですが。
「うゎ!早瀬さん!?…なんでそんな所に」
私は今、冷蔵庫の影にいます。
「…はい。何でも無いです。店長さん」「…??」「気にせずお仕事に戻って下さい」
「え、うん…」
しばらく私は、色々と、速水さんに言い出せませんでした。
じっと見るのが精一杯。
詳細はカオルさんに聞きました。
二人とも初めから、ファンの方を出入り禁止にしないつもりだったんです!
つまり…私の取り越し苦労・勘違いです…。
それなら、素直に言ってくれれば――。
少し胸が痛みます。…いいえ。
…カオルさんはともかく、この人はズルイ人です!
〈おわり〉




