【番外編】喫茶アトリの看板カラス
こちらの話はカクヨム版にあったプレ本編です。
喫茶アトリのマスコットキャラクターの初登場回です。
2話『小雪とお茶室』から約1年後の話になります。
イーグルカフェに敵情視察に行って、三日が経ちました。
私は一昨日、昨日はお休みだったので、二日ぶりの出勤です。
「速水さん、おはようございます」
カウンターをのぞいて挨拶します。
「おはようございます。早瀬様」
ニコリと笑って、開店準備をしていた速水さんが言いました。
…今日はジャックモードみたい。
私はくすりと微笑んで、ロッカーへ。
洗濯してきた制服に着替えます。
今日は日曜日です。
私は、いつものようにお店を開けます。
入り口の札をくるりと営業中に…。
あ、…もうお客様がいらっしゃいました。二名様。女性の方です。
セミロングヘアー方と、ショートカットの方。
きちんとお化粧してきれい…。東京の女性は美人さんが多いです。
「いらっしゃいませ。二名様で―」
スマイルで挨拶します!
…その時。
「あ、カラスだー」
とショートカットの方が言いました。
がー。
「あら…?」
鳴き声が聞こえて、私は下を見た。
…カラスです。
私達の足元に、ちょこんと野生のカラスがいます。
お店の扉のすぐそばに…。
「逃げないのかな」「迷いカラス?」
がー?
「とりあえず入ろ」「うん」
カラスを置いて、お二方は店内へ。
私も注文を取りに、店内へ戻ります。
「あの…この、マシュマロ珈琲って大きいですか?朝ご飯食べてきたし…入るかな」
「でしたらハーフが良いと思います」
「じゃあ……、うん。とりあえずハーフで。お昼もまた食べるしね」
「私はフレッシュトマトベーグルサンド。お腹空いて死にそう、飲み物は…、あれ?ここってもしかして、珈琲のお店?ですか?」
私は笑って、速水さんを見ます。
「はい。あの方が店長で、バリスタなんです」
「へぇ~」「ラテアートってどの珈琲でやってもらえます?……」
注文を取り終えて、私が席を離れると。
「あの人、背が高くて格好いいね」「長髪美形って初めて見た」
そんなひそやかな声が聞こえます。
楽しげに働くジャックには聞こえていないようです…。
今日は日曜日ですが、まだお客様が少めです。
カランカラン…。
あ、来店されました。
年配の方です。少し後ろを振り返ってるみたい?
「チーフ、おはようございます」
「あ、おはようございます!」
十時半、乙川君です。
「おいしかったー、そろそろ行こ」「うん」
という声が聞こえました。私はそそくさとレジにスタンバイ。
「ありがとうございます」
「あ、お会計分けて貰えます?」「はい」
お会計をすませたお客様が、おでかけされます。
「ありがとうございました」
「ごちそう様」「また来ます…あ、これ」
「ありがとうございます!」
喜んで頂けたみたい。アンケートを頂きました!
「――あれ?」
と、ショートカットのお客様が、扉の前で立ち止まりました。
「?どうしました」
私は声をかけます。
「あの、カラスちゃんが…」
がー。と扉のすぐ前に真っ黒なカラスちゃんがいます。
もしかして、ずっと居たのかしら?
じっとこちらを見上げて、動く気配はありません。
「そっと、開けて…」
と私は言ってみました。どいてくれるかしら?
「早瀬さん、どうしたの?」
カウンター越しに、速水さんが声を掛けてきました。
「あの、外にカラスがいて」
「―カラス――?、」
私が速水さんに言うと、速水さんは「あっ。」というような顔をしました。
「乙川君、少しだけ頼んでいい?今注文ないから」
「えっ、あ、はい!」
「お客様、申し訳ございません」
速水さんが笑顔でそう言って、扉を少しあけると、カラスが、とてとてとほんの少しだけ退きました。
「いえ」
速水さんが扉を開けて、セミロングのお客様を通します。
ショートカットの方はまだです。
がー。
と、あら?…カラスはお店に入る気みたい?なんだかうれしげ…。
あ、意外と歩くのが早いです。
「こら、ちがう。入ってくるなよ」
少し困って、速水さんは――なんと、そのカラスを拾い上げました。
「すみません、このカラス、うちで飼ってるんです」
そしてお客様にそう言いました。
「ええ、そうなんですか?」
お客様が驚きました。
え?そうなんですか?
と私も驚きました。
「ええ――、といっても、変に懐いたってくらいです。一応保護登録してありますけど…」
カラスは速水さんの手の甲に乗せてもらって、ご機嫌みたい。
少し開いた羽を畳んで、毛繕いしてます。
「へぇえー」「すごい、あの、撫でたいです!無理?」
「じゃあ、そこで…」
速水さんは出口のすぐそばの、ウッドデッキの欄干にカラスを置きました。
がぁ。
とカラスが、…撫でてもいいのよ?と…まさしく、そう言う様子で、撫でやすいように欄干の上で体の向きを変えました。
「かわい~!」「わ、意外とツルツル。大きいんだ、カラスって」
そしてカラスは嫌がる様子も無く、目を細めています。
私もそれを少し後ろで、一緒に見ています。
…とても触りたいです。でも、お仕事中だし、お店も気になります。
「名前とか、あるんですか?」「かわいー」
お客様は速水さんを質問攻めです。
「名前…?は付けてないです」
「どのくらい飼ってるんです?雛から?」「餌って何をあげてます?」
「ええ。これでまだ二歳くらいです。餌は専門のお店で―」
「店長、私先に戻りますね」「あ。ごめんよろしく」
「あ、ごめんなさい、店長さん」「ありがとうございますー、あ、手…洗った方がいいかな」
「良かったら中でどうぞ」
速水さんがそう言って、お客様が店内で手を洗って、カラスちゃんに手を振って楽しげに帰られた後。
――カラスちゃんは、外のウッドデッキで大人しく……いえ。こちらを凄くじっと見つめています…。
速水さんは。
どこかを見て、少し何かを考えるそぶりをしていました。
「さ、仕事に戻ろう…、乙川君ありがとう」
いつもより念入りに手を洗い、速水さんが仕事に戻りました。
――そして気が付けば、午後五時です。
「早瀬様、お仕事お疲れ様です、どうぞお先に上がってください」
「チーフ、お疲れ様です」
「はい。お先に失礼します」
事務所で、私は頂いたアンケートを取り出して読みました。
アンケートには、マシュマロコーヒー美味しいです!店長超イケメン♡
ケーキ食べたいのでまた来ます。
…と書かれていました。とても嬉しいです。
お客様の意見をまとめるのは私の仕事です。
――と言っても、業務日誌に書くだけなのですが…。
「―あの、ちょっといいかな」
速水さんが事務所に一歩入って言いました。
「はい?」
「表のカラスだけど、……、早瀬さんはお店にいても良いと思う?」
「あ、まだいるんですね…」
奥からは見えないですが、庭にいるようです。
「うん。ほら、あそこにいるようにしつけるから…、お客様も気に入ってくれるかもしれない?し。看板カラスみたいなのはどうかな。でももちろん、飲食店だし、もしクイーンや誰かが苦手ならやめるけど」
速水さんは、とても乗り気なのかそうで無いのか分からない感じで言いました。
――どちらなのかしら?乗り気なのかしら?
私は少し迷いました。
看板カラスを、お店に置く?置かない?
私はもちろん――。
「はいっ!いいと思います」
そう言いました。
■ ■ ■
翌日。月曜日。
「――と、言う訳です」
私はカオルさんに事情を話しました。
「なるほどー」
今日はカオルさんと私。
速水さんは、お休みなんですが、出勤しています。
…少しびっくりしたのですが、速水さんは今朝、カラスちゃんを連れて一緒に来ていました。
カラスちゃんを肩にのせて来て…、ご自分もいつも全身真っ黒で、不思議な方です。
「いいか、テーブルには乗らない事。床は良し。欄干もよし、庭も良し」
速水さんは、お店の庭でカラスをしつけています。
がー。
と鳴いてカラスが、くちばしで速水さんの指をこつんと少し撫でました。
…分かった、という合図のようです。
「―よし、食べ物は貰わないこと―。いいか、お前を苦手そうな人がいたら、さりげなく隠れて――」
「最近のカラスって賢いのね」
カオルさんが感心しています。
「少し、注文が高度な気もします」
私は苦笑しました。
朝、カラスを連れた速水さんは、まずカオルさんに、どうかな?外に置いとくから。
と言いました。カラスは速水さんの腕にとまり、バサバサ羽ばたいていました。
カオルさんは。一歩引いて。
『え、カラス…?別に鳥は嫌いじゃ無いし、良いけど…。外のお客様の邪魔しない?』
少し心配そうでした。
『それは大丈夫』
と速水さんは自信がありそうでした。
本当に、びっくりしたのですが、このカラスちゃん……とても凄いです。
速水さんの言う事を良く聞いてるし、言葉を分かっているみたい?
――そんな事は無いと思うのですが。でも、カラスはとても賢い鳥です。
そして今、うーん、と速水さんが腕を組んでいます。
「……」
速水さんは、行儀の良く欄干に止まるカラスの前で。
ひたすら何かを考えています。
「じゃあ、俺がいる時だけ」
がー。
と阿吽の呼吸で、何かが成立したようです。
あ、速水さんがこちらへ来ました。
「早瀬様、今日はお先に失礼します。こいつは、俺がいる時だけ連れて来る事にします」
にっこりと、速水さんは微笑みました。
カラスは速水さんの右腕から、とん、と登って肩へ。
「はい」
私は笑顔で頷きました。
「あら、そうなの?…そうよね。飼い主がいた方が安心かも」
カオルさんが少し残念そうに、少しほっとしたように言いました。
「ええ――。こいつが……俺と一緒が良いって」
速水さんは、肩乗ったカラスを見ました――。
そうしたら、カラスが速水さんにすり寄りました。その仕草は。
す き ♡
と、カラスの気持ちが伝わるようです。
「まあ、そういう訳で。こいつ…」
カラスの好き好き攻撃は続いていますが、速水さんはクールです。
たまに落ち着け、と言う感じにくちばしを撫でるくらい。
「ねえ、『こいつ』って…、この子、名前無いの?速水君、ずっと飼ってるんでしょ?」
カオルさんが不思議そうに言いました。カラスは小首を傾げてカオルさんを見ています。
「名前?特に無いけど」
「無いんですか?折角、こんなに懐いてるのに…」
私は言いました…速水さんはもう三回、こいつ、と呼んでいます。
「別に、ただのカラスだし」
――速水さん、そっけないです。
「あ。名前があった方が、お客様に好きになって貰えるかも」
私は思いついて言いました。
「…、……確かに……名前か」
少し心が動いたようです。
「そうだわ。折角だし。小雪ちゃんに付けてもらったら?」
カオルさんが少し笑って言いました。私の方を見て。
「…えっ」
えっ。私?
「…そうだな。早瀬さん。何か――ある?」
「……」
私はちょっと赤くなりました。だって。
さっき、あのカラスさん、名前あるのかな、ってカオルさんと話してたんです!
「あの、……えっと、――」
これは恥ずかしいです…。だって可愛い…。
がー。とカラスちゃんが、こちらを見ました――。
…名前。
ええと、ええと?
私はキョロキョロしました。
名前…??ど、どうしようっ。
周囲は…テーブルとイスと。欄干と。名前になりそうな物は何も無いです。
カラスなので、ポチでもタマでもないです。変です。
「ええと、――ちょっと待って下さい!ええと……」
今日は風が気持ち良い、いい日です。
風じゃない、フウ?なにか違います。
「もっと呼びやすい―カラスみたいな…」
ここまで、出かかっています!
先ほどから、じーっとカラスちゃんが私を見てます…。
私は目を閉じてイメージします。
空を飛ぶカラス。
「――あ!」
閃きました!
「この子は、空。ソラちゃんです!」
がー!
と、カラスちゃんが、たぶん…私の声に驚きました。
「あら、いい名前!」
「ソラか。センスある」
「じゃあ、お前は今日からソラ。クイーンが付けた名前だ」
速水さんがそう言いました。
がぁ。
と、名前を気に入って貰えたようです―、よかった。
「クイーン?」
カオルさんが首を傾げたので、速水さんは「いや、物の例え」と苦笑しました。
「そう?―じゃあさて、仕事仕事っと。カラスって客寄せになるかしら~?」
「さあ。色々考えてみます。じゃあ俺はコレで」
「ええ。じゃあねー」
「―また明日も連れて来ますね」
私にそう言って、速水さんは去って行きました。
■ ■ ■
翌日。
「へえ。それでカラス?珍しいっスね」
「おお!ソラって良い名前だよな。あいつ名前付けてなかったから」
私は桂馬君と寿さんにも報告しました。寿さんはソラちゃんの事を知っていたみたいです。
「はい、我ながら凄いです」
とってもはっと浮かんだので、もしかしたら―カラスちゃんの名前は、本当にソラだったのかも?なんて思います。
…とてもとても良い名前なので、少し私は調子に乗ってるのかも?
「…ソラ」
――いえ。表にいる速水さんよりは。普通です。
私は苦笑しました。
今、速水さんは乙川君と二人で看板を設置しています。
看板には触っていいか、えさをあげてはダメですとか、そういったことを書いたらしいです。
私は…休憩の時に見に行こうと思います。
「早瀬さん!」
――と思ったら、速水さんに呼んでいただけました!
「はいっ」
私はお店の外に出ます。
かーぁ!
速水さんみたいに、真っ黒なカラス。
――実は、クロちゃん、とかでも良かったかしら?
と思っているのはナイショです。
「あのっ。早瀬、小雪です…、初めまして」
がー。
やっぱりこの子はソラちゃん。
『喫茶アトリ』の一員です。
〈おわり〉
■プチコラボのご案内
『Darkness spirits Online』(作者 オリーブドラブ様) http://ncode.syosetu.com/n7826dw/
の最終回に、なんと拙作の『喫茶アトリ』が登場しています。
驚きの展開なので是非どうぞ☆
詳しくは近況報告をご覧下さい。