寝れば異世界、起きたら現実!? 〜奮闘一週間、もう限界です〜
23時。
これは俺がいつもベッドに入って寝る時間だ。
俺は寝つきがよく、暗い部屋で横になればすぐに眠れる。
その日は、不思議な夢をみた。
見知らぬ土地で、剣を片手に得体の知れない化物達を倒す夢。
夢の中の俺は強かった。
数え切れないほどの敵を相手に、無双していたのだから。
そして、切り裂いた感触まで実感するほどのリアルさだった。
全ての化物を倒し終えた後、俺は疲れて夢の中でも寝てしまった。
そこで、この夢は終わった。
○
鳴り響く時計の電子音で目を覚ます。
俺は寝つきがいいが、寝起きもいいのだ。
そこからはいつものように準備し、いつものように学校へ行った。
そしていつものように学業を終えて帰宅だ。
ただ、いつもと違うことが少しあった。
昨日より、身体がしんどかった気がしたのだ。
疲れが取れていないのだろうか?
いつもは23時に寝る俺だったが、今日は早めの21時に寝床に就く。
そしてまた、夢をみた。
●
昨日みた夢と同じ場所。
そこで女性の声で起こされる。
「――て。ね――ってば」
「うーん……」
「――っと、いい加減に起きなさい!」
頬に痛みが走る。
「いってぇ! なにすんだよ、ルルカ!」
ルルカ?
自分で言っておいてなんだが、誰だそれ。
「さっさと起きないジルクが悪いんでしょ?」
ジルク?
誰それ。
俺は須藤晶って名前、のはず?
あれ、でもここにいる俺はジルクで合っている、のか。
そしてどうやら俺は、この少女に引っ叩かれて起こされたようだ。
「でも、思いっきり叩くことはないだろう? あーいてー」
それにしても、痛みを感じるなんてリアルすぎる夢だ。
右頬をさすりながら、ルルカを眺める。
透き通るような銀髪、宝石のような紅い眼、穢れの無い白い肌。
こんな美少女、16年生きてきたが見たことがない。
そしてワンピースのような白いローブから強調された豊かな果実。
……実在したのか、乳袋。
「ちょっと、どこ見てるのよ!?」
「え、あ、ごめん」
「もう! ここまで来てふざけないでよね! ……そういうのは、全部終わってからにしてよね?」
おや、頬を赤らめて可愛らしいぞこの娘?
言動的にも軽いツンデレちゃんかな?
「ほら、早く行くわよ。もう少しで辿りつくんだから」
彼女に手を引かれ、立ち上がる。
そこからは、ルルカと共に化物を薙ぎ倒しながら森を駆け抜けていった。
まるでゲームの最強主人公になったかのように身体が動く。
迫る敵をものともせず、次々と剣で切り裂いていける。
彼女はどうやら魔法を使うようで、同じように大群を歯牙にかけていない。
「……今日はここまでにしましょうか。結界を張るから、もう休みましょ?」
「おっけー」
彼女と共に食事をし、そして寝た。
○
――はずなのに、鳴り響く時計の電子音ですぐさま目を覚ます。
「あるぇー? さっき寝付いたばっかのはずなのに、なんでー?」
目を覚ました場所は、見知った部屋。
寝ていた場所はいつものベッドの上。
「んんー、身体がだるい……」
それでも今日はまだ平日。
重い身体を起こし、朝の支度をして学校へと行った。
授業の内容がいまいち頭に入らないまま、帰宅。
いつものように過ごし、今日も早めの21時に就寝することに。
「今日は変な夢みませんよーに……ぐぅー」
●
「――ク、早く起きてよ! ジルク!」
「ふぇっ……!?」
「もう、やっと起きたわね? 早く朝ごはん食べてよね。出発するわよ?」
「お、おおう」
またこの夢だよ。
さすがに連続してくるとしんどいぞ。
この日も同じように何時間も進んで、化物を倒しまくって、結界張って就寝。
○
さっき寝たはずなのに、再び聞きなれた電子音で起こされる。
「……なんなんだよ、いったい……」
今日も平日。
鉛のような身体を起こし、なんとか学校へ行った。
家族や友人から、顔色が悪いと言われた。
自分も鏡で見てみたが、大きな隈ができている。
あー、しんどい……。
なんというか、寝れているのに寝れていない、みたいな?
今日は、19時に寝ました。
●
「あー、またかよ……」
「どうしたのよジルク? もうすぐ魔王城なのよ? ほら、私達の未来のためにも気合入れていくわよ!」
「へーい……」
今日も相変わらず敵が多い。
ルルカの言葉から、こいつらは魔物というらしい。
ただ、恐ろしい見た目をした奴等のくせに弱すぎる。
剣を撫でるように振るうだけで死んでいく。
慣れてきたせいか、鼻をほじりながらでも倒せちゃうよ。
「……ちょっとジルク。汚いから、ちゃんと手洗ってよね?」
「あ、はい」
怒られた。
俺の聖なる鼻くそに失礼な娘だね、まったく。
「ほんと、これが最強の勇者だなんて思えないわね」
お?
俺ってば最強の勇者だったの?
それなら強いのも納得だね。
話の流れ的に、どうやら魔王城とやらに向かっているらしい。
俺が勇者で、向かう先は魔王城。
ってことは魔王を倒せってことか。
うん、すごい分かりやすいテンプレだこと。
だとしたら、魔王を倒せばこの変な夢は終わるのかな?
身体はだんだんと辛くなってきている。
早く終わらせないと、マジでやばいよねこれ。
今日は荒野をひたすら進んで終了。
「じゃ、おやすみね、ジルク」
「すみー……」
○
「なぁ、晶? お前本当に大丈夫か? 昨日より顔色悪いぞ……」
「……」
「おいってば!」
「ファッ!?」
「大丈夫かって聞いてんの」
「だいじょぶだよたぶんだいじょぶ」
「いや、大丈夫じゃねーじゃん……」
こんな感じの一日でした。
正直何話したのかすら曖昧です。
今日は18時に寝ます。
●
「……あー、そろそろやばいぞー……」
「起き抜けにどうしたのよ?」
「いあー……なんでも……」
今日でこの夢も5日目か……。
でも明日は土日。
学校に行かずに家で休めるからなんとかなる、か?
だが、寝る時間を増やしてもちっともマシになっていない。
「ここまでは順調よね。明日には魔王城につけるんじゃないかしら?」
「はやく、いこ」
やばい、頭が回らなくなってきてるぞ。
言語能力が低下し始めている。
そして今日も魔物の大群を相手にいつもの無双。
もはや剣術とはいえない、無様な太刀筋で魔物の首を切り飛ばしていった。
あー、頭がぴょんぴょんするんじゃー。
マミれマミれー。
「今日のジルク、すごかったじゃない? 全部一撃だったわよ!」
焚き火を二人で囲み、お食事中。
「そーかなー」
「そうよ? 敵も強くなってきて、私はもうついていくのが精一杯だもの」
「へー。まー俺がいるしー。負けることはないよー」
「……大丈夫? ジルク、なんだか辛そうよ?」
あぁ、超人なこちらでも心配され始めたか。
いよいよもって限界が近いぞ。
○
今日は起きたら昼過ぎだった。
土曜だから問題ないね。
でも、おかしなことにもう一度寝たくても寝付けない。
身体は疲れが抜けていないというのに、だ。
寝すぎで逆に寝れないのだろうか。
夜18時。
ようやくベッドで再び就寝できた。
早く魔王を倒そう……。
●
「……」
「どうしたのよ、ジルク? 今日はやけに静かね?」
「……」
「ねぇ? 聞いてるの?」
「……」
「ちょっと?」
「……」
「もしもーし?」
「……へ?」
「ねぇ、本当に大丈夫なの? まだ早いけど、今日はここらへんでもう休む?」
「いあ、行けるところまで行こう。俺の命にかかわるから……」
「? わかったわ」
不思議なことだ。
ルルカ曰く、魔物はどんどんと強力になっているそうなのだが、俺には逆に弱くなっているように感じる。
傍から見ている彼女も、俺の戦い方が鬼気迫るものになっていると言っている。
まぁ、冗談抜きで命かかっている気がしているからね。
今日は魔王城が見える場所まできて、結界張ってお休み。
○
日曜日……。
休みのはずなのに、身体は動かないし頭も働かないわ。
疲れが全然とれない。
明日からまた平日。
また学校が始まるわけだが、もう行ける自信がないです……。
今日は食事すらとることなく、一日中ベッドでお休みでした。
トイレだけは頑張って行ったけどね。
●
「おはよう、ジルク! 今日はいよいよ魔王城ね! 絶対に負けられないわよ?」
「……う……ん」
「えっと、大丈夫? 私達に、人類の未来がかかっているんだからね?」
「……う……ん」
「この戦いが終わったら、一緒に故郷に帰りましょう? そこで、私達一緒になって……幸せに暮らすのよ」
「……う……ん」
「もう! ちゃんと話を聞いてよね!?」
「……う……ん」
「……とにかく、行くわよ? もうここまで来て引き返せないんだからね!」
ルルカに引っ張られるようにして、魔王城内部へと侵入。
城内は近衛である魔物が多数待ち構えており、その戦力は一国が簡単に滅ぶほどだという。
だが、もはや俺にはなにも関係ない。
堅牢な鱗を持つ竜だろうと、実態のないゴーストだろうと、物理攻撃が効かないはずのスライムだろうとだ。
全てを剣でなぎ払い、ようやく魔王の間へと辿りついた。
後ろを振り向けば、ルルカは肩で息をしており、今にも倒れそうなほどだ。
早く終わらせよう。
俺も彼女も限界みたいだからな。
荘厳で大きな金属の扉を開ける。
その先には、一人の壮年で華奢な男性が立っていた。
だがその頭には大きな角が二本生え、黒い肌は人間ではないことを告げている。
王らしく大層立派なマントを羽織り、纏う殺気は尋常じゃない。
「ククク。よく来たな、勇者と聖女よ。だが貴様らの命運もここまへっ……!?」
ゴムマリのように地を跳ね、転がっていく魔王の頭部。
どしゃりと崩れ落ちた、主を失った身体。
流れ出る青い血が気持ち悪い。
「あー……、終わった……終わった。ルルカ……、これでいい?」
「え? ええ……。なんか、あっさりと終わっちゃったわね。今まで魔王に苦戦していた人類ってなんだったのかしら……」
「そんな……の、もう、どうでも、いい……や」
俺もまた、その場で崩れ落ちた。
「ちょっ!? ジルク、どうしたの!? ジルク! ジル――」
意識が薄れていく。
「――なな――で! ――婚するっ――束――」
ルルカの声すらどんどんと遠くなる。
あぁ、やっと終わった……。
やっと、終われるんだ……。
それから、俺が二度と夢を見ることは無かった。