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魔術結晶アルケルメス  作者: 小夏雅彦
悪魔とベルトと少年と
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戦いのゴング! せいぎのぎせい

『ふぅむ、竹達信三。人が変わったようになった、ねえ……』

 それからしばらく時間が経って、昼の時間。花鶏たちはいつも使っている食堂ではなく、屋上で食事を摂っていた。もちろん、生徒には屋上は解放されていないが、こっそり窓の鍵を外してここに出てくる生徒たちは後を絶たない。花鶏と弓狩は階段ホールの屋上、給水タンクのあるところまで登っていた。階段も梯子もないが、弓狩の身体能力を持ってすればこの程度の段差を超える程度ワケはない。

 もちろん、二人がここに来たのは単に食事を摂るためではない。竹達の話だ。


「《デモニューロ》ってのは人間に擬態することが出来るんだろう? もしかしたら、あのクソ野郎の皮を被って人間社会に潜伏してるのかな、って思ったんだ」

『確かに、その可能性はあるね。しかしキミ竹達くんに対して辛辣なこと言うね』

「あのチンピラ以上カラテカ未満のクソ野郎に敬称を付けてやる気にならねえんだよ」


 イライラとしていった。朝のチョークスリーパーのようなことをされたのは一度や二度ではない。何かにつけて、あの男は暴力を振るってきた。それに快楽を覚えている。思えば、今朝のあれは竹達のそれにしては随分優しかった。

「もしあいつが《デモニューロ》だったとしたら、どうやって見分けりゃいいんだ? さすがに人殺しで逮捕ってのはごめんなんだけどさ……」

『外見からは人間と《デモニューロ》を区別出来ないからねぇ……今度レーダーでも作ってみることにしよう。しかし、仮に擬態に使われているのだとしたら彼は……』


「それは別にどうでもいい」

 花鶏は何の感慨もありません、と言う風にサンドイッチを頬張った。

「でもこうしてると、何だか私たち悪いことしてるみたいで、ワクワクするわね」

『いや、その、悪いことどころか世界のためにいいことをしているんだけど……』

「正義のためなら悪も辞さず、って感じだもんなあ? 福留さん?」


 そんなことを言い合っていると、いきなり携帯がけたたましく鳴り出した。携帯のディスプレイには大きく『デモ電波感知』という文言が大きく書かれていた。


「な……なんだ? デモ電波っていったいなんだよ、福留さん」

『お、適当に作ってみたがこれが案外いい感じかもしれないな。仮想質量物質を生成するためには特定の電荷が必要なんだが、それによって生じる電磁波を感知するようにレーダーを作ったんだ。携帯の電波受信システムを改良したから作業は簡単だった』

「通常電波の受信に支障が出たら、あんたカチ割ってやる!」


 花鶏は屋上から身を乗り出して下を見た。優嶺高校は南棟と北棟に分かれており、一階と二階の渡り廊下で繋がっている。いま花鶏たちがいるのは南棟であり、対岸の北棟三階の窓から《デモニューロ》の姿が見えた。生徒たちが逃げ回っているのが見える。

「やれやれ、本当に授業中に出て来るなんてな……弓狩、悪いが行ってくるぜ!」

「分かった。私もここを片付けたらそっちに行くから、頑張ってきてね」


 花鶏は階段で北棟に向かおうとした。ところで福留に呼び止められた。

『待ちたまえ、連絡通路を使って行ったのでは間に合わないだろう? このままでは、辿り着く頃には手遅れになっているだろう』

「いや、でもさあ……それしか方法ないんじゃないのか?」

『問題ない、アルケルメスの身体能力ならこの程度の距離を飛ぶ程度なんのことはない』


 たしかに、アルケルメスの身体能力は昨日体験した通りだ。しかし。

「いや、でもさ……窓開いてないじゃん。あれぶち破って中に入れっての?」

『緊急事態だ。だいたい、キミの顔は割れていないんだからガラス修理の請求書がキミに回ってくることはないぞ。ともかく変身だ、《デモニューロ》を倒すんだ!』

「……ああ、チクショウ。やりたくないけどやるしかないってことね」


 大きなため息をつき、花鶏は腰にスマートフォンを置いた。仮想質量物質で形成されたベルトが彼の腰に巻き付き、変身を促す電子音声を発した。

「行ってくるぜ。変身ッ!」

 花鶏の体が光に包まれたかと思うと、仮想質量物質によって構成されたラバースーツと防護アーマー、ヘルメットが彼の体を覆う。彼は助走をつけて、飛んだ。アルケルメスに適応するため彼の身体能力は何倍にも高められ、そしてアルケルメス防護スーツのパワーアシスト機能によってそれは数倍に高められる! すなわち、たった50mにも満たない距離を一足飛びに越えていく程度のことは容易なのだ!


 ガラス窓を突き破って、アルケルメスこと花鶏は北棟への侵入を果たした。突入と同時に《デモニューロ》を蹴り飛ばし、生徒たちの安全を確保する。予想外の方向から力を受けた《デモニューロ》は反応すら出来ず蹴りを受け、壁に叩きつけられる。逃げろ、とは言わない。せっかく正体がばれていないのだ、自分から明かすようなことはしたくない。幸い、生徒たちは察しのいい連中のようで、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 目先2mの位置で花鶏は《デモニューロ》と対峙する。この前の奴とは違い、キノコの傘のような頭をした怪物だった。口元には乱杭歯がいくつも並び、恐ろし気な印象を高めている。両腕両足のついた人型だったが、水かきのついた足と指の一本一本がクラゲの足のような長い触手で出来たそれは人間の姿とはかけ離れていた。白っぽい、半透明のぬめぬめした体は、見るものの嫌悪感を掻き立てる。


『ふむ、この間の奴がトカゲデモニューロだとすれば、今回の奴はクラゲデモニューロと言った感じだな。注意しながら戦うんだ、勇吾くん』

「その特撮ムーブは止める気ねえのな……まっ、やるしかねえってこったろうが!」


 花鶏は空手の構えを取り、腰を落とし踏み込む。と、その瞬間クラゲデモニューロの腕が鞭のようにしなった。咄嗟に花鶏は頭を守った。クラゲデモニューロの鞭のような指が花鶏に叩きつけられた! 大した衝撃ではないが厄介な武器だ、死角から迫ってくる。

 クラゲデモニューロは両腕をでたらめに振り回す。それだけで花鶏は近付けなくなった。一撃当たれば追撃がある、しかもでたらめな軌道ゆえ防御が極めて困難だ。しかも早い、なかなか奴の間合いに近寄っていくことが出来ない。花鶏はあえてバックステップを打ち後退した。振り回された鞭のような指が、壁や床に深い破砕痕を作る。


「あのリーチ、厄介だな。福留さん、何か武器はないのかこいつには!」

『任せたまえ、勇吾くん。《スマートドライバー》の画面をタップしたまえ!』

 言われるがままに花鶏は腰に装着された《スマートドライバー》を取り外し見た。抽象的でよく分からないアイコンがいくつも並んでいた。幸いにも『変身』と『解除』、『入力クリア』を見ることは出来た。あとは球体に突起がついたようなアイコンと、膝を上げた人型のアイコンが見えた。何を言いたいのかさっぱり分からなかった。


 それを見て固まっている花鶏に、クラゲデモニューロの鞭指が迫って来た。恐らくここで《スマートドライバー》を取り落せば変身は強制的に解除されてしまうだろう。花鶏はドライバーを守りながら後退、いったんクラゲデモニューロの射程外に逃れた。


「これこそ音声入力にしろよ! 分かり辛ェんだよこれは!」

『うーん、この方が雰囲気が出ると思ったのだが。仕方がない。《アームコール》だ』

 雰囲気のためとやらで死んでたまるか。花鶏は半ばキレながら叫んだ。

「来やがれ、《アームコール》!」


 そう叫ぶと《スマートドライバー》が光り輝き、その光が花鶏の両腕に収束しだした。腕と腕が引きあっている、そう感じた花鶏は両腕を前に突き出した。右腕にあった光と左腕にあった光とが共鳴し、結合し、一つの形を作り上げた。

「……棍か!」

『キミの技量では剣や槍は使いこなせないだろうからね。両端に重量が集中しているから、それなりに振り回しやすいはずだ。さあ、これで奴を倒すんだ!』


 仮想質量技術とやらで作り出された棒がそこら辺に転がっている木の棒と同じではこちらが困る。そう思いながら花鶏は棒を見よう見まねで構え突撃した。でたらめに振り払われる触手指を打ち払う。棒を得たことによる圧倒的リーチにより、防御はより容易になる。あっという間に花鶏は懐に飛び込んだ。もはや指は振るえない!

 体重を乗せたショルダータックル。胸に強烈な打撃を受け、クラゲデモニューロは咳き込むように後ずさる。接触状態から、棒を振り回すだけの距離が生まれたのだ。両腕で棒を握り込み、思い切り振り下ろす。鉄板を打つような音が響き、電流と火花が大気に流れる。返す刀で振り上げる。鉄板を打つような音が響き、電流と火花が大気に流れる。棒を半回転させながら、花鶏はクラゲデモニューロの腹に棒の石突を突き込んだ。鉄板を打つような音が響き、電流と火花が大気に流れる。クラゲデモニューロは吹き飛んだ。


「あんたはともかく、あいつらまで何で特撮みたいなことになってるんだ?」

『仮想質量物質の結合が打撃によって崩れたのだ。徹甲弾の原理は知っているかな?』

「徹甲弾……戦車なんかが使っている砲弾だったっけ?」

『ああ。細かい理論は省くが、要するにあれはより固い物質を、より高速で撃ち出すことによって敵の装甲を貫くんだ。つまりは力技だな。我々がやっているのはそれと同じだ、同等の特性を持つ仮想質量物質によって、仮想質量物質を打ち砕くのだ!』

「なるほどね、砕けたところから電気が漏れてるってわけか。簡単でいいね……!」


 クルクルと棒を回転させながら、小脇に抱える。すると、この間の戦闘で移行した《ファイナルフェーズ》のような力が花鶏の全身に満ちて行った。

『言っていなかったが、音声入力だけでなく特定の動作で《ファイナルフェーズ》に移行するようにモーションセンサーを改造しておいた。これで隙をなくせるはずだ』

「頼むからそういう大事なことは、俺がやる前に言っておいてくれよ……」


 むせながらクラゲデモニューロは立ち上がり、死に物狂いで触手指を振り回す。地面と壁のコンクリートが抉れ、設置されたアルミロッカーが醜く歪んだ。花鶏は棒を回転させながら進む。《ファイナルフェーズ》の圧倒的エネルギーによって、触手指は当たる前に弾かれていく。あと五歩、四歩、三歩、二歩、一歩。必殺の間合い。


 棒をなぎ払う。もちろん、棒に刃はついていない。しかし、なぎ払われた棒は一切の抵抗なくトカゲデモニューロの体を通過した。仮想質量物質によって作られた棒は、クラゲデモニューロの硬度を上回ったのだ。クラゲデモニューロは二、三歩後ずさったかと思うと、爆発四散した。あの時と同じく、何を燃やすことも吹き飛ばすこともない。


「……で、あいつらが爆発する原理についても教えてもらえるか?」

『爆発しているように見えるだけさ。彼らの体に蓄えられたエネルギーの放出が、人間の目には爆発しているように見えるだけだ。現に何も燃えてはいないだろう?』

 そういうものか、と思いながら花鶏は変身を解除しようとした。

 その時だ、背後から足音がした。弓狩か、と思ったが違う。彼女の足音はこれほど重々しいものではない。花鶏は振り返った。そこに、それを見た。


 赤い鬼。そうとしか形容の出来ない姿だ。人間離れした巨躯に加えて、荒縄のように太い筋繊維に覆われた肉体、頭部に二本と拳の関節に生えた角がその印象をより強めた。赤い肌とは対照的な青い目は冷徹に花鶏を見つめ、その頬をニヤリと歪めた。


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