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魔術結晶アルケルメス  作者: 小夏雅彦
悪魔とベルトと少年と
4/25

健やかで幸せで不自然な朝

 翌日。花鶏は光で目を覚ました。眠たい目を擦りながら、デジタル時計を見る。時間はまだ3時、陽が出ている時間ではない。にも拘らず、これはいったいなんだ。花鶏は光源を見ようとして、寝返りを打った。そこで窓が反対側にあることに気付いた。


 花鶏の携帯から触手のようなケーブルが出てきて、その先端から光を発していた。


「うおわぁあぁぁぁぁ!? い、いったい、いったい何してんだお前ーッ!?」

 一切予想していなかった光景に、思わず叫びながら花鶏は跳び起きた。福留はそんな花鶏に呆れたような口ぶりで言った。

『むっ、勇吾くん。静かにしたまえ、家人が起きてしまったらどうするつもりだね?』

「お前こそ俺の携帯をいったいどうするつもりなんだよ……!」


 言ってから、それこそ今更だなと花鶏は思った。彼が知らない間に携帯にはベルトになったり人を変身させる機能がついていたのだ。しかしこのまま行ったら携帯が変形して自律飛行しだしたり、別の次元から人を呼び出す機能がついたりするかもしれない。


『それはもちろん、この携帯の機能を拡張するための改造だよ。ちなみにこれは私だけではない、キミの利益になると思っているからこそやっているんだ』

「その改造で俺がどんな利益を得るのかがさっぱり分からないんだけど……」

『まずは、この携帯を無線充電に対応させる。いままでは電池残量を偽ったり、余計なアプリを停止させることで電池を保たせていたが、今後はそんなことをする必要はない』

「やりかけのソリティアが勝手に終了してたりしたのはお前の仕業か」


 数年前、福留は無線充電システムを完成させ、市内の至る所に設置した。超音波を利用した変換システムだと言っていたような気がするが、花鶏は覚えていなかった。街の外のメーカーが作ったこの携帯は、当然それらのシステムには対応していない。というか、あの触手でどうやって無線充電システムに対応させるつもりなのだろうか。


「ってかそもそも、どうやってパーツ集めてんだよ。これも変身の応用なのか?」

『いや、変身システムはたしかに無から有を作り出しているように見えるだろうが、携帯内に蓄えられた電力を放出、変換して仮想質量物質を作り出しているに過ぎない。これは電力を供給している限り持続するんだが、充電量よりも放電量の方が多くなってしまうから実用的ではないし、万が一の事態には対応出来ない。なので、パーツの供給に関しては通販を使ってやらせてもらっている』

「……その姿でどうやって通販を受け取っているのかは、あえて聞かないぞ」


 もはや呆れるより感心するしかなかった。福留は肉体を失って不便になるどころか、かえって人生を満喫しているのではないかと思ってしまうほどだった。

「とりあえず、もっかい寝かせてくれ……静かに頼むぜ、福留さん……」

『お休み、勇吾。充電システムを追加するから千グラムほど重くなるからよろしくな』

「いますぐ俺の携帯から出て行けクソベルト」

 軽いダンベルでも持っているようなものではないか。だいたい、そんなに重いものが『携帯』電話というカテゴリーで存在出来るのだろうか。そんなことを考えながら花鶏はまどろみの中に身を落としていった。もはやツッコミを入れることすら億劫だった。


 それから三時間後。母夏菜に文字通り叩き起こされ、眠い目を擦りながら花鶏は学校へと向かって行った。空手部の朝練が六時半からあるのだ。最近化粧品を変えたとかで、やけにつやつやした肌で息子を追い出す母に若干の殺意を覚えながら家を出た。花鶏の家は歩いて十分以内のところにあるので、十分な睡眠をとってからでも間に合うようになっている。それでも、底冷えする朝の寒さの中を歩いていくのは気が滅入るものだった。

「っかし……授業中にあいつらが出てきたらどうすりゃいいんだろうな……」

『キミの学業を優先するか、世界の平和を優先するか。難しいところだ。判断は任せる』

「うおっ!? い、いきなり話しかけて来るんじゃねえよあんた……!」


 まさか言葉をかけられるとは思っていなかったため、花鶏は驚いた。だが驚いたところで気付いた、彼は携帯をポケットから出していない。それなのに声が聞こえて来た。

『いわゆる骨伝導通信という奴だ。音声の聞き取りには支障がないから安心したまえ』

「出来れば俺の言葉もあんたに喋らずに伝えられたらいいんだけどな……しかし、もっと暇な奴にこれを任せるべきだったな。Nの付く職業の人とか……」

『自宅警備業を放棄させるわけにはいくまいて。離職したら行くところがないからな』


 そんなことを話していると、軽快な足音が背後から聞こえて来た。会話を聞かれたか、と一瞬身構えるが、すぐに警戒を解いた。そこにいたのは弓狩だったからだ。

「おはよう、花鶏。福留さんも一緒にいるのか?」

「ああ、おはよう。珍しいな、お前がこんな時間になって登校してるなんてさ」

「ああ。ちょっと走ってから来たんだ。この間のことで実力不足を痛感したからね」

 弓狩はドン、とない胸を張った。何というポジティブシンキング、少なくとも花鶏には真似できないものだった。それでも、一緒に戦ってくれるのは心強かった。


『勇吾くん。このままでは少々話辛い、私を取り出してはくれないかね?』

 それを聞いた花鶏は嫌そうな顔をして、渋々といった感じで携帯を取り出した。千二百グラムの重みがズシリと手にかかった。福留は通話というていで話し始めた。

『弓狩くん、《デモニューロ》と戦ってくれるという、キミの志は尊いものだ。しかし、仮想質量物体で構成された肉体を打撃で打ち倒すことは出来ないだろう』


「さっきから言っている、その仮想質量物質ってのはいったいなんなんだよ?」

『読んで字のごとく、この世界に存在しない仮想の物質だ。データの塊のようなものと思ってくれればいい。簡単に言えば、私や彼らはその存在しない物質を出現させられる』

「この世に存在しないものを……出現させる能力だって?」

『データ群に対して特定の電荷でアプローチをかけると、その存在そのものが書き換えられ、この世に存在することになるのだ。極めて高い剛性と靭性を持ち、剣も矢も銃弾も通さない、無敵の物質が誕生する。彼らに空手も銃弾も通用しないのはそのためだ』


 弓狩は拳を握りしめた。あの怪物から感じた妙な手応えの理由を掴んだからだ。

『私は彼ら《デモニューロ》を研究し、その技術を手に入れた。それを利用し作り上げたのが《スマートデバイス》、そこから作り出される無敵の甲冑アルケルメスだ』

「あいつらを研究して手に入れた力、か。凄いなあんた。あんな化け物の攻撃を受けずに、あいつらを調べてたってことだろ、それ? どうやったんだよ、いったい」


『……私にもいろいろある。言えるのは、その時の手段では彼らに対抗する力を得ることは出来なかった、ということだ。ただ一つ言えるのは、《デモニューロ》に対抗することが出来るのは《アルケルメス》の力、そしてそれを持つキミだけだ』

「言われてみれば、責任重大だな。成し遂げられるように、頑張ってみますか」

 そんなことを言い合っている間に、彼らは正門を潜った。二人は携帯を仕舞った、道場内で電子機器の使用は禁止されている。要するに空手部のローカルルールなのだが。道場内ではすでにドタドタとした足音が響いている。下級生による始めの前の掃除だろう。


「おはようございまーす……あれ、珍しい。竹達先輩がこんな時間から」

「おーっと、来たな花鶏に弓狩。なんだよ、俺がここにいちゃ悪いってのか?

 道場には下級生に混ざって、竹達信三がいた。筋骨隆々とした体格の男で、Lサイズの道着ですらピチピチになっている。日焼けした真っ黒い肌にモヒカンヘアーに近い逆立った髪型をしており、これで金チェーンでも身に着けていればチンピラの出来上がりだ。花鶏にとっては残念なことに彼はただのチンピラではない。男子空手部期待のホープ。花鶏とはモノの違う選手だ。弓狩の次に花鶏をボコボコにしてきた男だ。

 だからこそ、彼がこんな時間にここにいることは珍しい。いかにも優秀者、といった感じの態度を取る男で、早朝練習に参加することはもとより、天地がひっくり返ったとしても道場の掃除なんてする男ではなかったはずなのだ。


「大丈夫っすか、竹達先輩? もしかして何か悪いもんでも食いましたか?」

「はっはっは、花鶏。お前の物言いはいつも遠回しだが、俺がバカにされてることは分かったぞ。手前ちょっとは覚悟しておけよぉー?」

 そう言いながら竹達は花鶏に暗黒カラテ技チョークスリーパーをかけた。

「花鶏ー、竹達先輩とじゃれてないで、あんたも一緒に掃除に参加しなさいよ」

「弓狩ィーッ! 手前、これがじゃれてるように見えるってのかぁーっ!」

 頭蓋骨をミシミシと言わせながら花鶏は抗議した。もちろんそんなものが通用する相手ではない、助けの天使弓狩も無慈悲にそこから去って行った。


「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 選手たちの勇ましい空手が道場に満ちていく。基本的な筋力トレーニング、走り込み、柔軟体操といったメニューをこなしていく。花鶏はいつも通りキツいトレーニングを潜り抜けながら、いつもとまったく違う竹達の様子を見ていた。いや、花鶏だけではない。顧問でさえも目を丸くして竹達の様子を観察していた。


 輝いていた。彼の体から飛び散る汗が、煌めいて見えた。いつもこんな風にトレーニングに励んでいる姿を見たことはない。恵まれた体格と反射神経を頼りにしている男だった。鍛錬を怠ってさえ、彼に勝てる人間は存在しなかった。少なくとも学生には。だからこそ、彼が練習をさぼっても顧問は黙認していたのだが……


「……なあ、竹達? どうしたんだ、何か変なものでも食ったのか……?」

 空手部顧問、玉井祐士先生は不思議そうな顔をして竹達に声をかけた。空手部顧問とは思えないくらい貧弱な体格をした男で、実際彼が担当しているのは体育ではなく現国だ。近所の空手道場の師範に頼み込んで、一緒にトレーニングメニューを考えてくれるほどいい先生なのだが、いかんせん見た目の威圧感が足りていなかった。だからいままで竹達にも舐められていたのだが、真面目になったらなったで今度は困惑していた。

「ハッハッハ、先生。その言い回し、流行ってるんですかい?」

「セ、先生!? い、いや、そういうわけじゃないが……あの、あまりにもな……」


 いつも竹達は玉井先生を『先生』ではなく『おっさん』と呼ぶ。

「俺はいつも通りだよ。シュシュッ、ってね。楽しくて仕方ないんだ、これがさ」

「た、楽しい!? い、いや、楽しんでやってくれるなら考えた甲斐があるんだが……」

「一緒に頑張りましょうぜ、先生。目指すは全国でしょ。ヘヘヘッ!」

 笑いながら竹達はトレーニングに戻って行った。玉井先生は見ていて可哀想になるほど狼狽していた。いったいどうなっているんだ。空手部の誰もが顔を見合わせた。


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