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魔術結晶アルケルメス  作者: 小夏雅彦
悪魔とベルトと少年と
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エピローグ:素晴らしき日常への挽歌

 翌日。花鶏は新聞の一面に踊った『T市港でテロ事件発生』の記事に人知れず頭を抱えた。結局、あの時の出来事は表向きテロ事件として処理された。その結果、イージス艦一隻とその中に搭載されていたヘリや戦闘機、その他武装が海中に没した。その損失額は数百億とも、数千億とも言われている。

いずれにしろ、その責任を取れと言われても到底取りえないほど莫大な額だ。世界を救うためとはいえそんなものを背負い込むのは御免だ。


「俺って結局、福留さんとそんな変わらないクズなのかな……?」

「何ブツブツ言ってるんだい。さっさと飯食って学校行きな」

 もちろん、そんな悩みを両親に打ち明けるわけにもいかないし、言っても信じてもらえないだろう。ヒーローとは孤独なものなのだ、と自己完結させておき、花鶏は足早に学校へと向かっていった。例えテロが起こったとしても、学生の本分は何も変わることなく、平然と続いていくものなのだ……

 そう思いながら学校へと向かうと、いつになく学校は閑散としていた。と言うより、人の気配がしない。悪い予感がしたため、花鶏は校門に急いだ。そこに貼り付けられているのは無慈悲な一言、『連絡あるまで休学措置とします』というものだった。


「いつも通り早起きしてきた意味はいったい何だったんだ……!」

『しかし、これに関しての連絡があってもいいと思うんだけどねえ……』

 呆然とする彼らの耳、誰かの足音が聞こえて来た。自分と同じように連絡網から外された間抜けがいたのか、と思ってその方向を見て見ると、髪を振り乱しながら走る弓狩の姿があった。ほんの十時間程度見ていないだけだと思ったが、不思議と安心した。

ちなみに振り回しているポニーテールは、白兵戦において強力な武器になる。


「あー、やっぱり……こっちに来てるんじゃないかと思ったんだけどね」

「どういうことだ。まるで俺たちがここに来るって分かってたみたいじゃねえか」

 花鶏の質問に対して、弓狩は肯定を示すようにコクリと頷いた。そして、自分の携帯を見せる。『全校生徒に対しての連絡』『無期限の休学』『追って連絡する』。奇しくもそれは、校門に掲げられたポスターとまったく同じ内容だったのだ。


「ど、どういうことだ? 俺のトコにそんな連絡一個も来てねえぞ……」

『ああ、なるほど。そういうことか。それの受信時間、たしか……』

 花鶏はメールの受信時間を確認する。十三時十七分。そう、確かその時間は。

『あの時間は変身も解除されて、一番大変な時だったねえ。私もギリギリまで変身を維持するために、受信機能をほとんど切ってたから、多分こうなったんだと思うよ』


 ルーフィスを倒してからジョーズ=ブックを脱出するまでの時間は、恐らく花鶏の人生で最も思い出したくない時間になるだろう。変身が解けるまでの時間は約六十秒。実際は福留がいろいろ工作したことによって伸びていたが、それでも十秒程度だ。

海面に浮かんでいた薄い板をビート板代わりに抱えて力の限り泳ぎ、背後で一際大きくジョーズ=ブックが爆発するのと同時に変身が解除された。爆風によって吹き飛ばされた装甲材が自分の方に飛んで来たのは覚えていたが、そこから先は無我夢中であった。

 気がついたら、花鶏は海水浴場にもなっている浜辺に打ち捨てられるようにして転がっていた。幸いにして、オフシーズンで昼間の浜辺に来るようなもの好きはいなかったためその姿を見られることはなかった。ほうほうの体で逃げ出し、いまに至るのだ。そういえば装甲板についた指紋を拭いてこなかったな、と思ったがもはや栓無きことだ。


「……ってかさ、受信できなかったメールってセンターに蓄積されるんだから、あの時受信できなくてもあとで確認してくれりゃあよかったんじゃねえのか?」

『……やれやれ、便利な道具に頼ることを知った現代人は自分で動くことを忘れているようだね。たしかに直接の原因は私のせいだが、確認しなかった責任まで押し付けられてしまってはたまらないよ』

「あんたに直接の原因があるって自覚があるって分かっただけいいよもう……」


 確かにこれは後での確認を忘れていた花鶏の責任だ。例え福留の口ぶりが死ぬほどウザかったとしても、それをぶつけていい理由にはならないだろう。

「思ってたよりボロボロだね、大丈夫? 今日は休んでたほうがいいんじゃ……」

「どうせこれから先もお休みなんだ。今日休むも、明日休むも変わらないだろ」

「……そっか。じゃあ、いろいろ聞きたいことがあるからさ。『スワッシュ』行こうよ」

 やや間を置いて、弓狩は笑った。花鶏は小首をかしげながら、それに着いていった。


 『スワッシュ』店内には、すでに二人の影があった。すなわちアスラータとトトである。先日の戦いの疲労などまるで感じさせない佇まいだった。あるいは、仮想質量物質で肉体を構成している《デモニューロ》にとってはどうということがないのかもしれない。


「よう、花鶏。まさかイージス艦を沈めて来るとは思わなかったぜ」

「おとなしそうな顔をして、実は大胆な方なんですね。なるほど、それがいいのかも」

「なに好き勝手くっちゃべってるのかは知らねえが、俺だって沈めたくて沈めたわけじゃねえよ。不可抗力だよ、不可抗力。あいつがあんなことしなけりゃなあ……」


 ぶつくさと文句を言いながら、花鶏は席に着いた。特にマスターがそれに言及することはない。と言うより、起きているのか寝ているのかさえはっきりしない。午前六時から午後九時までという不思議な営業時間は、彼が起きてから寝るまでの時間を設定しているのだというまことしやかな噂があるくらい適当な店だ。自宅待機命令が出ている高校生がたむろしている程度、日常茶飯事ということなのだろうか。


「ったく、終わってみりゃ下らねえ事件だったぜ。気張って損した」

「そういや、ルーフィスは最期どうなったんだ?」

 特に興味もなさそうな様子でアスラータが聞いて来た。興味がないのならばスルーしておけばいいのに、と思いつつも、アスラータとトト、そしてアマゾアとルーフィスはこの世界に一緒に召喚された縁がある。なんとなく、通じるものがあるのだろう。そう思った花鶏は、ルーフィスについての全ての顛末を話し始めた。

一切の脚色なしで。


「はぁ!? あいつ、そんな理由でこんなことをしていたのかよ!」

 信じられない、とでも言うようにアスラータは大げさなジェスチャーをして、カップになみなみと注がれていたコーヒーを一息で飲み干した。ミルクや砂糖を使用した形跡はない、あのどす黒いコーヒーを一気に飲んだのか、と密かに花鶏は戦慄した。


「まあ、職がないのは死んだと同じと申しまして」

「んな物騒な格言がこの地球にあった気がしないんだが……」

 トトの方は落ち着いていた。さすが、自分も下らない理由で地球に来ているだけはある。こいつがツッコミを入れようものなら逆にツッコミの嵐を受けることになるだろう。


「結局、ルーフィスさんがやったことって通り魔とかそんなのと一緒だよね……」

「ちょっとはこっちの迷惑を考えろってんだ」

 イライラしていた花鶏にもコーヒーが振る舞われた。ここで行われている物騒な会話にも、マスターは眉を顰めることすらしなかった。聞こえていないのだろうか。


「ま、ルーフィスちゃんもある意味被害者なのかもしれませんね。社会の犠牲者……」

「『社会が悪い』って言いながら、関係な人に刃物を向けるのは犯罪者っていうんだ」

「いやいや、それはもちろん理解していますよ? ルーフィスちゃんに同情の価値なんてこれっぽっちもあるとは思っていませんし? ただねー、こんな過激なことをした背景には、きっとお爺ちゃんの影響もあったんだなー、って思うんですよー」


「お爺ちゃん、って言うと……悪魔王ルシファー?」

 事件のあまりの下らなさに忘れかけてしまいそうだが、ルーフィスは悪魔の中でも名門の名門、かの『明けの明星』ルシファーの直系なのだ。しかしトトは首を横に振る。

「それは曽祖父さんですねー。ルーフィスちゃんのお爺さん……仮にルルとしましょう」

「それはそれで別の魔王みたいだから止めて欲しいんだけど」


「ルルちゃんが生まれたのは一万四千……じゃなくて二千年前くらい。丁度天界大戦争が終わった時期でしてねー。あの頃はまだ、魔界にも天界憎しの感情が渦巻いていまして」

 まるでその場を見てきたようだな、と迂闊な言葉が口を突いて出て来そうになったが、それを何とか押し止める。それを口にしたが最後、明日の陽は拝めない気がした。


「そんな魔界の憎しみを……ルルちゃんは一身に受けていたんです。何せ、敗軍の将の息子ですから。生涯、彼の憎しみは変わることがありませんでした。死の床に伏せり、もはや自分が誰であるのかすら認識出来なくなった時にあっても……」

「そういや……あんまりわからないんだけど、お前らも老衰で死ぬんだよな」

「そうだな。積み重なっていたジャンクデータが俺たちの体を蝕んで行く。だが、それさえも俺たちという命を構成する大切な要素。切り捨てることなんか出来やしねえ。そうして積み重なったジャンクが、やがて俺たちの意識を無限の奈落に引き込んでく」


 それが、《デモニューロ》の死。人間の想像するそれとは、一線を画していた。PCの動作がどんどん遅くなり、やがてスタートアップすら起動しなくなるようなものか。そんな状態になってさえも、続いて行く憎しみとは、いったいどういうものなのだろう。二千年物の憎しみは、それほどまでに醸成された憎悪は、どんなものなのだろう。

「いまの自分たちが魔界へと貶められたことへの憎悪、ままならない自分と世界への憎しみ。積み重なったそれらが、祖父から語られた歴史に結びついてしまった……今回の事件は、そんな悲しい偶然が積み重なった結果なのかもしれませんねぇ……」


「だとしても、あいつに同情とかそういうのは要らないだろ」

 自分の中に生まれて来ていた同情に言い聞かせるように、花鶏は言った。

「どんなままならない状態でも、どんな困難な状況だろうと……それを乗り越えていくのは自分のやるべきことだ。そこから目を逸らして、全然関係のない場所に怒りを振りまくのは、それはとてもひどいことなんだよ」

 花鶏はコーヒーカップを傾けた。炭化した肉のような味が、少なくとも彼の口に広がった。自分はコーヒーをブラックで飲めない人種なんだな、と思い知らされた。


「だいたい、最終的にはあいつ金儲けのためにこんなことしでかしたわけじゃねえか。その時点であいつに同情する理由なんてこれっぽっちも存在しないだろう」

「いやはや、私欲に呑まれた結果というのは、いつであっても悲しいものですねえ」

 トトは両手でコーヒーカップを持ち、茶でも飲むような仕草で飲んだ。綺麗にまとめられてしまった。何とも手持ち無沙汰な感覚だ。


「……で、お前らいったいいつまでこっちにいるつもりなんだ?」

 花鶏は何気なく聞いてみた。すると、ある意味予想通りの回答が返された。

「俺が飽きるまではこっちにいるつもりだぜ。ガクセーってのも悪くねえからな」

「番組改変期が終わって、見たいものが盛りだくさんですからねえ。しばらくの間、地球に滞在させていただこうと思っているんですよー」


 満面の笑みを浮かべる二人を見て、少し花鶏は頭が痛くなった。たしかに、二人の目的とルーフィスの目的とはまったく一致していない。だからルーフィスがいなくなったからと言って彼らがいなくなる理由はまったくない。分かっていたのだが。

「まあまあ、いいじゃないの花鶏。二人とも悪い人じゃないんだから、ねえ?」

「悪いやつじゃないが、こいつらがいると俺の頭が悪くなりそうで困るんだ」

 たしかにアスラータもトトも悪い奴らではない。むしろアスラータはこのままでいてくれた方が世のため人のためだ。だがそれでも、人非ざる存在がこの地球に存在している、という事実は花鶏の頭を確実に痛める。そんなことを考えている時だ。


『むっ……? 未計測のデモ電波を感知した。近いぞ、勇吾くん』

「あ、その電波まだ検知してるのね……っていうことは、《デモニューロ》がこの近くにいるってことか? ったく、今度はいったい何をしようとしてるのやら……」

 厄介ごとでなければいいな、という花鶏の願いはいとも簡単にねじ伏せられた。

衝突音めいた凄まじい音と立ち上がる土埃、人々の悲鳴が『スワッシュ』まで聞こえてくる。


「ああまったく、お前らは人様の迷惑を考えたことがねえのかッ!」

「おい、コラ! 今度こそ俺には関係ねえぞ、花鶏!」

「そうですよー、大変遺憾ですー。謝罪と賠償を要求いたしますー!」

「やかましい! おじさん、お代ここにおいておくから、行ってきます!」

 外が騒がしいというのに、『スワッシュ』の店主は動じた様子すらない。ここまで来ると大物感すら漂ってくるのだから不思議だ。花鶏は携帯を掴み走り出した。


 古めかしい住宅地が立ち並ぶ旧市街地に、それはいた。バッタめいた左右の大きな目と恐ろしい牙の見え隠れする口、強硬な外骨格構造、頭から伸びる二本の触覚。

『むぅ、こいつ……名前を冠するならばバッタデモニューロか! 気を付けろ、勇吾くん! 恐らく、こいつはかなりの使い手だろう!』

「恐らくってんのに、何でそんなことが分かるんだよ」

『いや、勘だ。だがバッタ怪人はワリとどの作品でも強敵ポジションだぞ』


 いい加減その特撮脳をどうにかして欲しかった。しかし、バッタデモニューロも両手を前に突き出し、円を描く様な幻惑的な構えを取っている。強敵感は確かにする。

 少し遅れて、アスラータとトト、弓狩が花鶏たちに追いついてくる。花鶏はしばしの間、目を伏せた。ルーフィスを倒したからと言って、何が変わったわけではない。あいも変わらず《デモニューロ》はこの世界に現れる。自分は単なる高校生で、福留功はどうしようもないクズだ。それでも。


 腰に携帯を押し付ける。ベルトが展開され花鶏の腰に巻き付き、構成されたバックルが携帯を受け止める。ディスプレイには変身の承認を待つ表示。花鶏は目を開いた。

 《デモニューロ》の存在を知った。それを止められる力を手に入れた。少なくとも福留を物理的に止められる手段はある。それだけ進歩があったなら、十分だ。


「これ以上、俺の街で好き勝手はさせやしねえよ。行くぜ、福留さん!」

『OK! StandingBy!』

「そんな奴に負けたら承知しねえぞ、花鶏ぃ!」

「頑張ってくださいね、お兄さん?」

「勝てるって、信じてるからね! 花鶏!」

 三者三様の声援を受け、世界を守ったヒーローは笑う。

「……変身!」


 騒々しい変身音声と光が辺りを包み込んだ。T市を照らす日の光は今日も柔らかく、温かい。まるでそこに住まう者を、一切の分け隔てなく愛し包み込んだいるようだった。


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