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魔術結晶アルケルメス  作者: 小夏雅彦
悪魔とベルトと少年と
24/25

せめて相応しき決着を

 ジョーズ=ブック艦橋の強固な強化ガラスが粉々に砕け、そこから一つの物体が飛び出してくる。光沢ある金属装甲を纏った戦士、アルケルメスだ。黒いゴム毬めいて投げ出されたアルケルメスは広大な甲板上をゴロゴロと転がって行った。


「……こういう時って、二人一緒に飛び出してくるもんじゃねえの……?」

『まあ、仕方ないだろ。剣と拳じゃリーチの差があり過ぎるからね』

 割れたガラスの隙間から、ルーフィスは優雅に飛び、着地した。鎧の重量をほとんど感じさせない動きだ。このような非現実的なアクションを、仮想質量物質は可能とする。


「人を捨ててまで蘇ったこと、ご苦労だと言っておこう、福留! だが貴様は何も出来ん、もう一度その器の中で、惨めな死を体験させてくれようぞ!」

「笑わせんじゃねえ! アームズコール・アックス!」

 花鶏はアックスアームズを召喚し、クルクルと斧を回しルーフィスを威嚇した。爆発と浸水によって重心が傾き、甲板上に待機していた戦闘機やコンテナが海中に没していく。一瞬にして数十億円分の資産が消えた!


(さっさとケリを付けねえと、俺たちまで海の藻屑になっちまうな……!)

 不安定な足場の中を、花鶏は走る。強化された知覚能力と反射神経を持ってすれば、二十度程度傾いた甲板上であっても平地を歩いているのと同じ感覚で動ける。

 ルーフィスは機先を制し剣を振るった。花鶏は左の斧を使ってそれをガード。右の斧を振り下ろすが、ルーフィスはそれに反応し半歩身を引いてそれをかわした。素手と同じ感覚で振るえる武器は、素手と同じ感覚で避けることが可能なのだ。

 ルーフィスは半歩分引いて攻撃を行う。長剣を用いた小刻みな連撃が花鶏を襲う。左右の斧を使って攻撃を受け止めるが、踏み込めない。このまま消耗線を狙っているのだ。


(これ以上、受けの戦闘を行っちゃいられない……!)

 消耗戦は花鶏に不利だ。市街地では無線充電によってほぼ無制限の活動時間を得られていたが、洋上ではそれは出来ない。五分が限界といったところだ。ゆえに、残された四分十二秒の間に、ルーフィスに対する対抗手段を講じなければならないのだ!

『焦れているのはルーフィスも同じだ。ジョーズ=ブックが沈めば彼の目論見は水泡に帰し、同じことをやろうとすれば相当な労力を必要とする。ゆえに、彼はこのチャンスを絶対にものにしようとするだろう! そこから発生する隙を、逃さずに観察するんだ!』

「分かってるさ……! あんたも気張って、俺に手ェ貸してくれよ!」


 花鶏はあえて更に半歩下がった。狙いはルーフィスではない、ルーフィスの持っている剣だ。剣のリーチ差さえなくなれば、戦いを相当優位に進めることが出来る。半歩下がりながら左の斧を振り上げ、剣を狙う。ルーフィスは剣を掲げ、それを受け止める。跳ね除けようとするが花鶏は力を込めそれを阻止、更にもう一本の斧を重ね当てる! 重トラック同士の正面衝突音めいた凄まじい音と衝撃波が発生し、爆炎を薙いだ。

「手応えはあった……! だったら、今度はこれはどうだぁ!」

 花鶏は大きなムーンサルト跳躍を行いルーフィスとの距離を取った。更に両手に持った斧を投げつける。ゴリラデモニューロを倒した必殺の攻撃だが、ルーフィスはそれを簡単に弾き返し、剣を構え直しながら花鶏に向かって突撃してくる。


 その間に花鶏はもう一度アームズコールを行い、棒を召喚。体の周りで回転させ手応えを確かめ、それを小脇に抱えながらもう一度走り出した。

「その武器が……私に破られたことをもう忘れたかァーッ!」

 二人の距離がどんどん縮まっていく! 残り五歩、四歩、三歩……

 その時だ、花鶏は棒を地面に向かって突き立てた!

 ルーフィスは面食らい、思わず動きを止めてしまった。花鶏は棒を支点にして高跳びめいて跳躍、ルーフィスの背後へと回った。丁度、アスラータと初めて出会った時と同じような感じだ。

だが、あの時とは決定的に違うことがある。あの時、花鶏はアスラータに成す術なく投げられた。だが今度は、花鶏は自分の意思で飛んでいるのだ!


 滞空時間中に棒を送還し、『スレイプニル』を召喚する。アームズコールは排他選択だ、加えて一度送還した武装の再召喚には時間がかかる。少なくとも戦闘時間中には出来まい。だが、この一撃にはすべての武器を使い捨てるだけの価値がある。

 右足に仮想質量物質を集中、着地と同時に左足を軸に回転し、後ろ回し蹴りを放つ。加速と質量を乗せた踵が、振り返って来たルーフィスに襲い掛かる。致命傷を避けるため、ルーフィスは反射的に剣を掲げた。花鶏の狙い通りに、蹴りは剣とぶつかり合った。一瞬の拮抗、そして鋭い金属音。ルーフィスの剣は、根元から砕け散った。


「なっ……バカなァーッ!? 我が家に伝わる……宝剣がぁぁぁぁあーっ!?」

 よほど大事なものだったのだろう、ルーフィスは剣の喪失に大層驚いた。

「ンな大事なもんだったなら……こんなトコに持ってくんじゃねェーッ!」

 腰の入った正拳が、ルーフィスの腹に叩き込まれる。衝撃が背中の裏まで突き抜けたような手応え、アルケルメスの力と花鶏の意思とが完全に融合した結果だった。ワイヤーで引かれるようにルーフィスは5mほど拭き飛んで行った。装甲には蜘蛛の巣状の亀裂。


「よくも……よくもやってくれたなぁ! 私の宝を……私の輝きをォッ!」

「何でこんなことしたがる? 手前らにとってこの世界はどうでもいいんだろうが!」

 剣を失っても、ルーフィスの圧倒的優位は揺るがない。単純な身体能力ではルーフィスに軍配が上がる、経験で言っても微妙なところだろう。だからこそ、攻め手を緩めてはならない。花鶏が勝つためには常に優位を握り続ける必要があるのだ!

 踏み込みながら花鶏は小刻みな拳の連撃を繰り出す。蹴りは隙が大きすぎる。『スレイプニル』が無理な出力上昇で失われたいま、アスラータに見せたような高速キックを繰り出すことは出来ないのだから。ルーフィスは花鶏の拳撃に拳を合わせ、スウェーで避け、そしてタイミングを誤った拳を真正面から受け止め、防ぐ。


「地上侵略は我が曽祖父の悲願……! それを叶えようとして何が悪いィーッ!?」

「願いに囚われて、それがあんたの本当にやりたいことなのかよ!」

「仕方がないだろう!? だって……だって!」


「就職に失敗したら、起業するしかないだろうがァーッ!」


 ……一瞬、花鶏はどこからか外部音声が流れているのかと思って足を止めてしまった。そこをルーフィスに付け入られ、重い打撃を食らってしまった。今度は花鶏の方が吹き飛ばされる番だ、ルーフィスと同じように5mほど吹き飛ばされてしまう。

「……待て、待った。待ってくれ。ルーフィス、いまこの場に相応しくない、妙に軽い言葉が聞こえて気がするんだが気のせいか? 気のせいだったらいいんだが」

「私の就職失敗が軽い事だとでも言うつもりかァーッ!?」

「少なくとも世界の崩壊がどうのとか、絶望のズンドコとかよりは軽いと思うぞ!」


 どうやら、花鶏が先ほど聞いた言葉は幻聴ではなかったようだ。幻聴でなかったために花鶏は頭を抱える羽目になるのだが。

何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。

「整理させろ。就職失敗したのは百歩譲って放っとくとして、何でそれが地球侵略に結びつくんだよ! 意味分かんねえよ、分からせる努力をしろよッ!」

「分からんか? 所詮は愚民だな。いいか、世界が崩壊すれば、当然崩壊した世界を立て直すことが必要になる。ここまでは分かるな?」


 それはその通りだ。戦争が終わった後にすべき戦後処理は多岐にわたる、政治の立て直しや建造物の再建、貿易の立て直し。そこに多くの金が動くと花鶏も聞いたことがある。

「そこを私が握るッ! 土建金融貿易、すでに人手は用意してあったからな、事業を行うことなど造作もない! 私は一気に無職から社長、行く行くはその上まで行くのだ!」

「……つまりこういうことか、地球を滅ぼしたいっていうのは俺たちに恨みがあるとかそういうのではなく、ただ単に金儲けと社会地位が欲しいだけだ、と。曽祖父の夢とかそういうのはあんまり関係ないんだな?」

「関係なくはない。曽祖父の話からインスピレーションを得たのだからな。名付けて『経済的地球侵略作戦』、Featお爺様といったところなのだ!」


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

 反射的に振り抜いた拳がルーフィスの頬を貫いた。

『ううむ、こっちの世界でも若者の就職事情は厳しいと聞いていたが……どうやら、魔界でも相当厳しい情勢になっているようだね……』

「こんな……こんなどうでもいい話で戦艦を使うんじゃねェーッ!」

「バカか! 私が就職に失敗するような世界などあってはならない! 私の思い通りにならない世界など、壊れてしまえ! 間違っているのは私ではない、世界の方だ!」


 壮大な話の振り方をしていたと思えば、これである。思えばこれまでの《デモニューロ》も、チンピラの行動が面白いからだとか、幼児向けアニメの続きを見たいだとか、子供がかわいくてついムラムラしてしまっただとか、どうしようもない理由でこの世界に混乱をもたらしていたのだな、と花鶏は思い出した。言葉を発さない連中がやったことがワリと洒落にならなかったせいで、その辺りのことを花鶏は見落としていたのだ。

 ……もしかしたら、一言もなく敗退した連中もロクでもなかったのかもしれないが。


「就職が失敗に終わって、すべきことは世界を終わらせる事じゃねえ!」

 花鶏は大地を噛み締めるように、どっしりと構えた。もはや恐れることは何もない。

「手前の中でそれを消化し、昇華することだ! 世界に悪意をぶつけることじゃねえ!」

「ガキが、分かったような口を利いているんじゃないよォーッ!」

「そのガキがこんなことを言わなきゃいけない、手前の情けなさを恥じろよ!」


 再び始まる壮絶なぶつかり合い。光の帯が空間に結ばれる。ジョーズ=ブックの爆発はどんどんと勢いを強めていき、船体が崩壊しているところさえある。同時に、花鶏に残された時間もわずかになっていく。どちらも、決着を急ぐ理由があった!

「貴様に分かるか!? 落ちこぼれの弟にすら指をさされて笑われる気持ちがァーッ!」

 ルーフィスの腕が鞭のようにしなり、花鶏の死角から打撃を繰り出す。受けが間に合わず、無防備な側面や背後まで回り込む打撃が花鶏の体に衝撃をもたらす。鈍重な骸骨めいた鎧を纏っているというのに、何という柔軟さ、そして俊敏さか!


「どうせ手前弟が落ちこぼれてた時には指さして笑ってたんだろうが! 自業自得って言葉知ってるか、クソッタレの悪魔が!」

 花鶏の打撃はあくまで直線的だ。ルーフィスの実力を持ってすれば、見切ることも避けることも容易。だからこそ、花鶏は打撃の密度を上げた。十発、百発、千発! 一撃で仕留められぬ相手なればこそ、連撃でこれを仕留めるべし!

「そうやって……人の不幸を嘲笑い、相対化する! 私の苦しさは私だけのものだ! 貴様らに理解なんて出来んし、理解してもらいたいとも思わんわァーッ!」

「そもそも手前の苦しみなんざ……理解するつもりさえねえんだよッ!」


 拳と拳がぶつかり合い、双方の拳が弾き飛ばされる。それでもなお花鶏は止まらない。拳を振り抜くには距離が足りず、脚を蹴り抜くには近すぎる。そんな距離で花鶏は。

「だぁぁらっしゃぁっ!」

 自分の額を、思い切りルーフィスの顔面にブチ当てた。額と額とをではない、自分の額を、だいたい人で言うところの鼻の下、すなわち人中を狙って放つ。目も眩むほどの衝撃がルーフィスを襲い、一瞬の間彼の視界が光に包まれ、暗転する。


 腰を落とし、相手を見据える。何度もやられていることを、花鶏は再現する。人中、股間、心臓、喉に対して、一瞬にして四度の打撃を繰り出す。正中線四連打、こんな漫画のような連撃を繰り出せるとは、花鶏は思っていなかった。アルケルメスによってブーストされた身体能力、そして反射神経だからこそ、出来る大技だった。全身に万遍なく伝えられた衝撃によって、ルーフィスの肉体には四乗倍されたダメージが襲い掛かる!

「ゴハァッ、ァァァッ……! ば、バカな、人間が、人間如きがァッ……!」

「これで終わりだ、ルーフィス。手前の罪、この場で清算しなァッ!」


 《ファイナルフェーズ》。そう聞こえた。花鶏は真上に跳び上がった。何をどうすればいいのか、直観的に分かった。残された仮想質量物質が脚部に集中していく。上空で一回転し、収束した方、右足を突き出す。光の槍がこの世界に顕現した。

 残されたすべての力を結集し、ルーフィスも禍々しい光に包まれた腕を突き出す。二つの光がぶつかり合い、一瞬拮抗する。しかし。


『残存している……エネルギーの量が違う! これで終わりだ、ルーフィス!』

「ぬっ、おっ、あぁぁぁぁぁ……!」

「ここから、消えていなくなれェーッ!」

 ドロリ、ルーフィスの手が溶け、体に向かって足が吸い込まれていったようだった。収束された仮想質量物質は、ルーフィスの肉体を完全に貫通した。花鶏は甲板に降り立つ。右腕と胴体の半分を失ったルーフィスは、二、三歩よろよろと歩いた。


「福留、功……花鶏、勇吾……地獄でその名……知らしめようぞォーッ!」


 放電現象を伴いながら、ルーフィスは一際大きな爆発を起こした。大きな火柱が上がり、それは天まで伸びた。誰がそれを見たかは、もはや定かではない。ともかく、地上侵略を企てた悪鬼、ルーフィスは爆発四散し、消え去った。

『……すべては私の責任なのだろうか、花鶏くん。あの時、私があんなことをしなければ、ルーフィスはこうも歪みはしなかったのではないだろうか……』

「あんたに大きな責任があることは、否定しないけどさ」

 花鶏は立ち上がり、爆発四散痕を見た。何ももはや残っていなかった。


「それでも、ここまでのことをしちまったのはあいつのせいさ。原因が何であれさ」

『……そう言ってくれると、少しは救われる気がするんだ』

 この男の救いになってしまって、果たしていいのだろうか。花鶏は思ったが、そんなことを考えている暇はなかった。相変わらず船は爆発を続け、揺れ続けていた。


「……なあ、福留さん。変身してられる時間って、あとどれくらいなんだ?」

『残りの電力量を考えると、あと六十七秒が限界かなぁ……』

「俺に世界記録目指せとか、そういうことを言ってんだろうなぁ……」

 岸部ははるか遠く、正気の世界は遠く彼方。世界を救っておいて、自分のみを救えないなど洒落にさえならない。残った約六十秒間でどれだけ岸までの距離を詰められるか。それを考えて花鶏は嘆息するのであった。


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