屍山血河の前哨戦
ルーフィスが腕を振るうと、待ち構えていたデモニューロの軍団が一斉に攻撃を仕掛けて来た。車両がすり抜けられるほど広いコンクリート製の桟橋ながら、これだけの人数がいれば自然と狭くなる。下手をすると海に落とされてしまいそうだった。
「先にあいつら全部叩き落とす! 行くぞ、アスラータ、トト!」
「さあて……久しぶりに大暴れさせてもらいましょうかねぇーっ!」
アスラータは赤い拳を打ち付けあった。その瞬間、凄まじい衝撃波が巻き起こった。こちらに走ってきていたデモニューロの一団が、思わず足踏みする。それを見てアスラータは嗤った。その者たちの惰弱を嘲るように。
「中途半端な覚悟で……このアスラータ様に挑んでこようとはいい度胸だなぁーっ!」
アスラータの姿が消えた、そう彼らには知覚されただろう。そして彼の姿が再び現れたことを、彼らは見ることはなかっただろう。圧倒的なスピード、圧倒的なパワー。獣のように荒々しい立ち回りを持ってして、アスラータはその場を支配していた。
「やれやれ……まったくもう、優美ではありませんわ……ねっと!」
背後からトトに迫っていた一体が、何の前触れもなく頭頂から股間にかけて真っ二つに切り裂かれた。彼女の臀部から伸びた尻尾めいた器官が、蛇のように鎌首をもたげた。その先端についていたのは、刃渡り五十センチほどの鋭利な刃。彼女を囲んで叩こうとしていた者たちは、それを見てたたらを踏んだ。その瞬間、彼らの運命は決定していた。
彼女の両腕から三本の鋭い爪が展開された。トトは舞い踊るように敵陣へと飛び込んで行き、疾風怒濤の勢いで次々とデモニューロを切り裂いて行った。首筋、脇腹、心臓、股間。的確に急所を死角から狙い、トトは静かにデモニューロを葬る。彼女の背後を取ろうなどと考える愚か者は、尻尾の刃によってこの世から消え去って行った。
「ヘッ、二人ともやるな……俺も負けちゃあいられねえ!」
手近にいたデモニューロの首を捻りながら、花鶏は二人の活躍に心を高揚させた。
『体を取り戻すまでに、新型のアームズを構成しておいた。使いたまえ、勇吾くん!』
「っしゃあ! 行くぜ、アームズコールッ!」
その叫びとともに、花鶏の両手に光が収束した。それは棒を呼び出した時のように混ざり合うことはなく、その場で固形、固着化され、その姿を顕現させた。
それは、重厚な刃だった。ほとんど真四角の刃で、下の部分だけが放射状になっていた。肉切り包丁めいた武器で、短くも殺人的な造形だと感じさせるものだった。
『ハンドアクス・アームズだ! これなら素手の延長線上の感覚で運用可能だろう?』
「意地でも俺に格好いい武器を装備させたくないみたいだな……まあいいぜ!」
手首の回転でハンドアクスをくるりと回し、片方をデモニューロたちに向け、もう片方を天に向けた。あまりにも殺戮的な武器を向けられ、デモニューロたちは呻くように後ずさった。
勝機見たり、花鶏はそのままの姿勢で突撃していった。
花鶏は左の斧を防御用にキープしたまま、右の斧をなぎ払う。成る程、武器を使った経験などない花鶏だったが、この極端に短い刃は素手とほとんど同じ感覚で扱える。
プレーンタイプのデモニューロは、斧を受けようとガード体勢を取った。斧と相手の手首とがぶつかり合い、そして手首から先が跳ね飛ばされた。その先にあった、デモニューロの頭も。血飛沫のように勢い良く、断面から火花が舞い散った。
「これは……ヴィジュアル最低だな!」
『見た目よりも実用性だよ、勇吾くん! しかし一撃でこれとはな……』
「って言うか、あんた銃作ってるって言ってなかったか? それだしてくれよ! いくらなんでもこんなスラッシャームービーみたいな真似して戦いたくねえよ!」
「銃はまだ完成していないんだ。恐らくキミも扱いきれないんじゃないかと思ってね。やはり、武器戦闘の素人が扱うのならば鈍器か短めの刃物に限ると思わないかね?」
悔しいが正論だったので花鶏は押し黙った。例え銃を与えられても、いま斧を使っているように立ち回れるかは甚だ疑問だったからだ。左の斧で攻撃を受け止め、そのまま跳ね上げる。両手を広げ、斧を持ったまま花鶏はその場で回転した。まるで剣術の殺陣かなにかのような、優美な立ち回り。刃の軌道上にあったデモニューロの肉体は面白いように切り裂かれていき、辺りを閃光と火花の放つ爆音とが包み込んで行った。
花鶏と、アスラータと、トトの周りで爆発が起こる。これでプレーンタイプのデモニューロはあらかた始末することが出来たが、しかし本番はこれからだ。桟橋の奥の方から様々な姿をしたデモニューロが現れて来る。カメ、マキガイ、ロボット、パイナップル、ゴーレム、ゴリラ。いかにも力強そうな面々だ。
彼らが現れると同時に、ゆっくりとジョーズ=ブックが動き出した。桟橋とジョーズ=ブックとを繋げる、簡易的な連絡橋が軋む音が聞こえて来た。
『チィッ! 単独飛行能力を持っていないのは、こちらも同様だ! はやくジョーズ=ブックに乗り込まないと、取り返しのつかないことになってしまうぞ!』
「分かってるさ、福留さん! 頼む、アスラータ! 一緒に蹴散らしてやろうぜ!」
言いながら花鶏は《スマートドライバー》のディスプレイをタップ、《DAEMON SLAVE》システムを立ち上げた。『GUEST』のボタンが赤く光る!
「OK、花鶏! 俺たちの力……調子に乗ったカスどもに思い知らせてやろうぜぇ!」
花鶏はその言葉を聞き『GUEST』ボタンをタップした。アスラータの全身が光に包まれ、データへと変換されていく。この間と違い、アスラータの体は《スマートドライバー》に引きずり込まれていくことはなく、光のループとなり花鶏の体を囲んだ。どうやらこのエフェクトも福留の気分によって変わるらしい。
光のループは更に三つに分かれ、それぞれ花鶏の頭上と足下に向かっていった。ちょうど彼を包み込む光のチューブが出来上がったような形だ。チューブの中から一歩足を踏み出す、そこには鬼めいた装束に身を包んだアルケルメスの姿があった。
「さあ……死にてえ奴から、俺にかかってきやがれぇーっ!」
アスラータによってブーストされた闘争心の命ずるままに、花鶏は叫んだ。
デモニューロたちはそれを見てもなお、歩みを止めることはなかった。むしろ、そのパワーを振りかざし、花鶏たちへと向かってきた。肉厚の斧を構え、花鶏はそれを待ち構えた。
ロボットデモニューロの胸部装甲が、左右にパカリと開いた。そこから覗くのはいくつもの銃口、それらが回転し、弾丸が放たれた。生体ガトリングガンとでも言うべき武装だ。花鶏は両腕をクロスさせ、それらを受け止めた。基本状態ならば大ダメージを受けていただろうが、アスラータによって強化された装甲は通常の三倍の強度を誇る!
それを受けてなお、花鶏はスピードを一切緩めないまま走り続けた!
花鶏の体を黒い影が覆う。見ると、そこには太陽を背にしたゴリラデモニューロの姿があった。何たる巨躯に似合わぬ凄まじき跳躍力! ジャンプのエネルギーを乗せた必殺のメガトンパンチを、花鶏に向かって繰り出してくる! だが遅い、花鶏は半歩上体をずらしてゴリラのパンチをかわし、逆に振り上げた斧による斬撃をお見舞いする! 花鶏にゴリラデモニューロの発した火花が降り注ぎ、ゴリラははるか後方に飛んで行った。
『生ッちょろい攻撃を……してんじゃねえぇぇーっ!』
アスラータは吠えた。花鶏は敵陣の中心に飛び込み、斧を滅茶苦茶に振り回した。ゴーレムデモニューロの拳と斧とがかち合い、ゴーレムの拳が粉々に砕ける! 背後から迫って来たパイナップルデモニューロの刺々しい腹に、バックキックを叩き込む! マキガイデモニューロの伸ばした神経毒注入針を掴み、引き千切り、引き寄せたマキガイデモニューロの顔面に斧を叩き込む! マキガイデモニューロは爆発四散!
拳を失い、呻くゴーレムデモニューロに向けて、花鶏は二本の斧を思い切り振り下ろした。凄まじい衝撃と爆発音、そして舞い飛ぶ火花。その横っ腹に、カメデモニューロのタックルが叩き込まれた。背負った甲羅の自重とカメデモニューロの突撃スピードによってそれは重量級トラックの正面衝突にも似た衝撃を花鶏に与える!
さすがのアスラータもそれには反応出来ず、地面を転がる。だがすぐさま体勢を立て直した。背後からゴリラデモニューロのドラミング音が聞こえる。両手を突きながらの高速走行、いわゆるナックルウォークをしながら、ゴリラデモニューロはその巨躯からは想像もつかないほどの速度で走る! 花鶏は後方を見ず、左の斧を投げた! ナックルウォーク中のゴリラデモニューロはそれを防御出来ず、彼の頭は真っ二つに裂けた。
カメデモニューロは更なるタックル攻撃を繰り出そうとする。バカの一つ覚え! アスラータは嘲笑いながら拳を振り上げ、タックルのタイミングに合わせて振り下ろした! 強固なカメデモニューロの甲羅が粉々に砕け、地面に打ち倒される! アスラータは容赦なく足を振り上げ、カメデモニューロの頭を踏み潰した。カメデモニューロは爆発四散!
進退窮まったパイナップルデモニューロは両手からパイナップル状の物体を生成、花鶏に向かって投げつけた。一瞬の状況判断、花鶏は右の斧を投げた。パイナップルと斧とがぶつかり合い、そして爆発した! それは危険な爆弾兵器だったのだ! パイナップルデモニューロは爆炎に乗じて逃げようとするが、それを決断するのが遅かった。
炎を突き破り、アスラフォームの拳がパイナップルデモニューロに迫った。爆発音によってかき消され、彼はそれを聞くことが出来なかった。《ファイナルフェーズ》と。エネルギーを注ぎこまれ数倍の大きさになった拳を叩き込まれたパイナップルデモニューロは、投石器で投げられるように弧を描き飛んで行った。やがて地面に当たりバウンド、そのまま海面まで飛んだ。何度かバウンドした後海中に没し、やがて爆発四散した。水柱が上がると同時に、生命力の限界を迎えたゴリラとゴーレムも爆発四散した。
「ひゃー、これはとんでもない早業。私も見習わないといけませんねー」
ロボットデモニューロを尾で突き刺しながら、トトは言った。抜き去られると同時にロボットは爆発四散した。アスラータは彼女の態度を鼻で笑った。
『はっ、どこの口が言いやがる。このクソババアが……』
あとはイージス艦に乗り込むだけ。そう思ったが、ピリリと空間に満ちる異様な気配を花鶏は感じた。アスラータとトトとも感じたようで、身を強張らせる。その原因は、桟橋の奥に置かれたタブレット端末にあった。そこから更に、十数体の《デモニューロ》が顕現して来たのだ。花鶏は思わず舌打ちをしてしまった。
「クソ、こちとら時間がねえってのによぉ……」
「こっちを消耗させるのが狙いでしょうからね、戦力を小出しにするのは、ある意味当たり前の戦法、というところでしょうか……」
そういうトトも少し苛立っているのだろう、声からはいつもの余裕が消えている。少しずつ、ジョーズ=ブックは桟橋から遠ざかって行こうとしていた。
「こうなれば、誰か一人だけでも船に乗り込まなければいけないでしょうね……」
『なら花鶏、お前行け。ここの《デモニューロ》どもは俺らが片付けるからよぉ』
「ったく、手前ら。面倒なことを俺に押し付けてきやがって……」
言いながら、花鶏はアスラータとの変身を解除した。鈍足重装甲型のアスラフォームでは、離れていくジョーズ=ブックに追いつくことは出来ない。トトの出番だ。
「それじゃあお兄さん。私と一緒に頑張って行きましょうね?」
再び花鶏は『GUEST』ボタンをタップした。トトの体が光の粒子へと変わり、アルケルメスの周囲にまとわりついた。そのまま彼女は光のラインを形作り、アルケルメス全体の姿を変えた。トトフォームの完成だ。
「んじゃ、行かせてもらいますか。アームズコール!」
花鶏の脚部に光が収束し、『スレイプニル』を構成する。アスラータは指をぽきぽきと鳴らしながら、《デモニューロ》の集団と対峙した。花鶏は走り出す、彼らの知覚を上回る速度で、彼らの間をすり抜けながら、どんどん岸から遠ざかっていくイージス艦、ジョーズ=ブックへと向かって!
「とは言っても……! このまま、追いつくことが出来るのか……!?」
『さあー? そんなことを考えている暇は、ないように思えるんですけどねー』
どういうことだ、という前に花鶏はその理由を理解した。イージス艦の甲板に潜伏していたデモニューロの一団が飛び出して来た! 毛皮を纏ったような姿をしており、それぞれポメラニアン、アフガンハウンド、ブルドックに似ていた。
「クソ、あんなのがいたんじゃ近付くことも出来ねえ……!?」
『いや、逆だ花鶏くん! このままではジョーズ=ブックに取り付くことすら出来んだろうが、皮肉にもルーフィスがそのチャンスをくれたのだ! 怯むな、進むんだ!』
「簡単に言ってくれやがる……! 進むのは俺なんだぞ、クソッタレ!」
ポメラニアン、アフガンハウンド、ブルドックデモニューロは口の部分から白い光の玉を撃ち出してくる。花鶏は両腕をクロスさせた。すると、腕のブレードが前触れもなく射出され、迫りくる弾丸をすべて撃ち落とした。狙いを外した弾丸が後方で爆発し、爆風が花鶏を煽る。
花鶏は《ファイナルフェーズ》を発動、エネルギーの全てを『スレイプニル』に注ぎ込み、踏み込み飛んだ。一瞬にして音速を超えた花鶏はポメラニアンデモニューロの頭上に出現、彼の頭を踏みつけた。その反動をつけて更に跳び、アフガンハウンドデモニューロの頭上まで移動。彼の頭を踏みつけた。その反動をつけて更に跳び、ブルドックデモニューロの頭上まで移動。彼の頭を踏みつけた。その反動をつけて更に跳びジョーズ=ブックへと向かう。
だが、少し足りない。花鶏は歯噛みした。その瞬間、体が軽くなったような気がした。トトがアルケルメスとの同調を自ら解除したのだ。
「それではお兄さん、ルーフィスちゃんとの決戦、頑張ってくださいねー?」
笑いながらそう言い、トトは花鶏の腹を蹴りつけた。蹴りの衝撃で花鶏はジョーズ=ブックの甲板まで辿り着き、トトはその反動を利用して桟橋まで戻って行った。花鶏が振り返ると、そこには陽気に手を振るトトの姿があった。
「……あいつなら一人でも何とかなったんじゃねえのか……?」
『私に償いのチャンスを与えてくれた、と信じたいな……とにかく、行こう』
花鶏は踵を返し、走り出した。船内に《デモニューロ》の存在を認めることは出来ない。ただ一つ、ブリッジにいるルーフィスを除いては。人類の黄昏まで、あと少し。




