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魔術結晶アルケルメス  作者: 小夏雅彦
悪魔とベルトと少年と
2/25

ベルトだと思っていたら街の名士だった

 結局、あの場で話を続けることは出来なかった。すぐに通報があり、サイレンが鳴ってきたからだ。二人、いや三人は一目散に逃げだし、あとで合流することになった。


『もちろん、私の秘密をすべて教えよう。キミたちの協力が私には必要なんだ』


 携帯電話から響いた謎の声、いや《スマートドライバー》と名乗っていた男の声はそれっきりしなくなった。それから数分後、花鶏と弓狩は家に辿り着いた。醤油と味噌を買ってこれなかったことで花鶏はこってり絞られた。部屋に戻ってくる頃には、彼の顔面にはもう一つ青なじみが増えることとなっていた。

 花鶏家は新興住宅地の一つであり、新工法で建てられているのがウリだったそうだ。白亜の住宅と両親は喜んでいたが、花鶏にはモルタル造りにしか見えなかった。それなりに防音性に優れているため、内緒話をするにはもってこいだ。慎重に部屋の扉を閉める。


『やけに慎重にしているね、勇吾くん。聞かれたくないことなのかな?』

「ただのボイスチャットに聞こえるのかもしれないけど、内容はあまり聞かれたくないだろ。いい歳した高校生が変身だのなんだのって、普通は聞かれたくねえもんだぞ」

『ふむ、私が大学生の頃はサークルの映像研で特撮ドラマを撮っていたもんだが……』

「いつの時代の大学生だよ」

『あの時は撮影で火薬を使い過ぎて警察にこっぴどく怒られたものだ』

「経験談かよしかも」


 呆れるようにため息を吐くと、花鶏の部屋の窓が何かによって叩かれた。彼は特に不審に思うこともなく窓を開いた。いつも通りのやり取り、窓の下には弓狩がいた。さっきの音は彼女が窓ガラスに小さな石を当てる音だ。壊れかねないので止めてほしかった。

「こっちは大丈夫だ、弓狩。上がってきてくれ」

 了解了解、とでも言うように弓狩は手をひらひらとさせると、少し助走をつけて壁に向かって飛んだ。壁を蹴り、反発を利用して更に上に。窓枠を掴むと、腕の力だけで這い上がって来た。息を切らしている様子も頬が紅潮してもいない。彼女は内側に身を乗り出しながら、履いていたスニーカーを脱いで花鶏に差し出して来た。彼はいつも通り、といった感じで部屋の隅に敷いてあった広告の上にスニーカーを置いた。


『スーパーでも見たが、凄まじい身体能力だね。しかし玄関から入ればいいのでは?』

「えー、だって玄関から入って誰かに噂されたりしたら恥ずかしいし……」

「俺としては、あの光景を見られて警察に通報される方が問題だと思うんだが……」

 そもそも今更噂になったりするものか、と花鶏は思う。十五年間、こうして一緒にいて一回も噂になっていないのだから、今更気にするほどのことでもないだろう。


「まあ……それはともかくクソベルト。約束通り話を聞かせてもらうぜ」

『だから私はクソベルトではなくラックだと……

まあ仕方あるまい。約束だからね』

 憮然とした声。それからすぐディスプレイに人の顔のようなものが

映し出された。

『この方が会話しやすい。

私の発言のニュアンスも拾ってもらえるだろうからね』

「ディスプレイちっちぇえから、見辛いんだけどなそれ……」

 呆れたような花鶏の声は無視された。ベルトことラックはそのまま続けた。


『まずは自己紹介しておこう。

私の名はラック、かつて福留功と呼ばれていた男だ』

「福留功、ってあんた……この間の火事で死んだ人だって言いたいのか!?」

 花鶏と弓狩は驚いた。

無理もない、福留功といえばこの街で知らない者はいないくらいの名士だ。彼のおかげで街の通信事情は大幅に改善され、福留記念館の収入でこの街の観光収入は二百%アップし、市の財政赤字さえ解消されたと言われている。この街で一番有名なのは市長でも戦国武将でもなく福留功だ。福留功はこの街になくてはならない人物であり、だからこそ警察も血眼になって探しているのだ。


『勇吾くん、訂正しよう。私はあの事件で死んだと報じられてはいないよ』

「火事で焼け跡からも見つからねえんだから、死んだようなもんだろ……!」

『まあともかく、私が死んだのは火事のためではない。それを話そうと思う』

 少し間を置いてラック、福留功は語り出した。自分の身に起こった出来事を。


『私はこの街ではちょっとした有名人だ。商店街を歩けばおばちゃんの黄色い

歓声に包まれ、講演会に出れば女子高生からサインを求められる。ラジオに出演すれば美女と共演することだってしょっちゅうだった。それが私という人間だ』

「いますぐ本題に入らねえとディスプレイ叩き割んぞコラ」


『待ちたまえ! まったく、最近の学生は短気でいかん! えー、そう。つまり、私は有名人だった。その有名を支えたのは、キミたちも知っているだろう。F―LAY技術による通信革命と無線充電装置の開発。私は情報と電力の全てを変えてしまった。そのため私はこの地位と金を手に入れることが出来たわけだが……それは私だけの力ではなかった』


 どういうことだ? 花鶏はいぶかしげな視線を向けた。天才、福留功に共同研究者はいないはずだった。それどころか極度の人嫌いで、外界との接触を断ち研究に没頭していた。そうして世間からほとんど忘れ去られたころ、研究を完成させたのだと。


『それは私が考えたウソだよ。考えても見たまえ、本当に人嫌いの人間がこうして街の名士として収まっているか? 何より成功出来るか? 無理だろう?』

「なるほど、確かにそうだな」


 花鶏もプロの研究者でないから確かなことは分からないが、たった一人で何から何までやっていけるほど甘い世界ではないはずだ。特に同じ分野の研究ならともかく、全く畑違いの分野で成功を収めることなど生半可なことではない。そもそも、本当に彼が人間を嫌っていたならその後の講演会などに出演することはなかったはずだ。おばちゃんから黄色い歓声を受けて喜ぶことも。


「じゃあ、あんたはいったいどうやってそんな成果を残すことが出来たんだ?」

『私には協力者がいた。それも、人間の協力者ではない。

彼らが私に力を与えたのだ』


「彼らって……まさか、私たちに襲い掛かってきたみたいな化け物のこと!?」

 弓狩の声に、ディスプレイ上のアイコンはこくりと頷いた。

弓狩は一瞬呆然としたような表情をしたが、すぐにその表情は怒りに変わり、ガシリと携帯を掴んだ。


『ウギャアアア! 何をするかねキミ! 

ちょっ、私から手を放したまえー!?』

「何言ってるのよ、この人殺し! あそこで私が死にかけたこと、知らないとは言わせないわよ! しかもあの化け物とあなたは知り合い? ふざけないで!」

『止せ! センサーが私に痛みを伝えてきてイテテテテテテ! 

放して! お願い!』


 弓狩が携帯を握りそこに暴言を吐き、携帯からはとめどなく悲鳴が聞こえてくる。とんでもなくシュールな光景だ。あまりのことに呆気に取られていた花鶏だったが、我を取り戻し弓狩とラックとの間に割って入った。


「落ち着け、弓狩! そんなことは止めてくれよ!」

『ああ……す、すまない勇吾くん。た、助けてくれてありがとう。

命の恩人だ……』

「で、でも花鶏! こいつあの化け物を知っててほっといたんだよ? 

こいつ生かしておいていいわけがないじゃん!」

「だからこそ最後まで話を聞こう。

これをへし折るのはそれからでもいいはずだ」

『あの、助かったはずなのに助かった気がまったくしないのは

なんでなんだい?』


 現代っ子の殺伐たる思考に戦慄しながら、ラックは話を続けた。これ以上話を変な方向に持って行ったら、今度こそ本当にへし折られるような気がした。

『ゴホン。事の起こりはいまから20年前。私が大学を離れた頃の話だ』


 その頃、福留はスペクトルに関する重要な研究の盗作疑惑で学会での立ち位置を失っていた。実際のところ、福留は教授に研究を盗用された被害者だったのだが、この話はいまは関係ないので割愛しておく。ともかく、福留はこの時必死になっていたのだ。


 そこに、彼らは現れた。先ほどと同じく、何の前触れもなく唐突に。


『私が研究のためディスプレイに向かっていると、それが突然揺らめきだした。そして、すぐにそれは現れた。

彼らは伝説の存在……自分たちのことを悪魔だと名乗った』

「悪魔……? それってライトノベルとかに出て来る、あの?」


『概ねその通りだ。私は彼らのことを電脳の悪魔、《デモニューロ》と呼ぶことにした。我々を堕落へと誘い、そして狩り殺す、人類の敵と言っていい存在だ。そして、彼らと交流を経て分かったのだが、彼らはデジタルデータに近い生物だ』

「デジタルデータに……? 何言ってんのか分からねえ。分かりやすく頼むよ」


『例えば人間はタンパク質やその他の物質から成る生物だ。彼らには、我々が使うのと同じ意味での肉体は存在しない。ただそこにあるように見せかけているだけだ。二元的なデータの配列を変換することによって、彼らは物質界でそれこそ神のような……』


 解説をされたが、何を言われているのかさっぱり分からなかった。頭の中を瞬時に疑問符が埋め尽くしていく。いい加減頭がパンクしそうになったので、花鶏は制した。


「待った! 何だかよく分からないってことが分かったんで、それでいい! 要するに、あいつらはどんな力を持っている存在なのか分かればいいんだ! 詳細とかいい!」

『うむ、それもそうだね。いささか専門的な分野も絡むので熱くなってしまった……』

 ラックはわざとらしく咳払いをしてから話を続けた。意味があるのかと花鶏は思った。


『まず、彼らは自分自身の存在を二次元データに戻すことで電子機器やインターネット回線に潜入することが出来る。キミたちも見たとおり、ああいうやり方でね』

 花鶏はスーパーでの出来事を思い出した。テレビのモニターが水のように波立ち、そこからあの化け物、悪魔が出て来た。あれは電子の海を文字通り泳いでいたわけだ。


『次に、彼らは電子世界について人間とは比べ物にならないほど多くの知識を持っている。まあ、あそこが彼らのホームグラウンドである故当然だろう。人間は地球のことを知らなさすぎるがね。F―LAY技術も彼らの協力がなければ完成しなかっただろう』

「つまり、あんたの発明品は悪魔に魂を売って出来上がったものだってことか?」


 弓狩は指をぽきぽきと鳴らしながら、花鶏の机からラジオペンチを取り出した。勝手知りたる他人の机ということか。携帯から悲鳴のような釈明が聞こえて来た。


『待ってくれ! 悪魔に魂を売ったという表現はともかく、彼の言っていることは正しい! しかし、しかしだ! F―LAYによって技術的ブレイクスルーを得たことで発達した研究は数知れない! 化学物理医療分野の進歩は目覚ましくここから生まれた新療法で命を救われた患者も多い! 私は人類の未来のためにやってきたのだ、他意はない!』

「このオッサンの言ってることはともかく、最後まで聞いてみようって

言っただろ?」


 弓狩はため息をつきながらラジオペンチを置いた。

携帯から聞こえる声はどこか荒い。

『さ、最後に。彼らはデジタルデータのマスキング技術を応用した、物質世界レベルでのデジタルセキュリティを実装するに至っているんだ』

「遠回しな言い方だと分からないんだって。分かりやすいように言ってくれ」

『端的に言うと、彼らは人間に化けることが出来るんだ』


 部屋の温度が一瞬下がった気がした。花鶏も弓狩も立ち上がった。それを気にせず、ラックはディスプレイに一つの映像を見せた。薄暗い洋館の通路、迫ってくる老人、弾丸を弾き返す。火災が起こったかと思うと画面が暗転、階段へと場所が変わり、重い鉄扉が開かれ、閉じられる。撮影していた男は襟元に着けていたカメラを取ってテーブルの上に置いた。そこに映っていたのは、傷ついているが先ほどの老人と同じ顔だった。


『この顔には見覚えがあるだろう? そう、生前の私、福留功だよ』

「あんたと同じ顔をした人間が、あんたを追いかけていたってわけか? ターミネーターじゃねえんだからよ……でも、ってことはあんたが言ったことは本当なのか?」

『その通りだ。私と初めて接触した悪魔、ルーフィスと名乗った男だ。彼は私に知識を授け、十数年間に渡って人間社会に潜伏していたが……いまに思えば、私を殺してこの世界に溶け込むための偽装工作の時間だったのだろうな』


 部屋の中を重い沈黙が貫いた。

映像の再生が終わると、ラックはそのまま続けた。


『弓狩くん。私を破壊しようというのならばそのままやりたまえ。いまの私は勇吾くんのスマートフォンに寄生しているだけの存在だ。64ギガバイトのデータチップ、それだけが私の全てなのだ』

「ちょっと待て、それ俺のマイクロSDの容量全部だぞ」

『まあそれは仕方あるまい。これでも切り捨てられるものは切り捨てたんだ。

キミの携帯の中のデータは私の中に保管してある。

まあチップを破壊すれば全部飛ぶな』

 実にいやらしい、ニヤニヤした声が聞こえてきた気がした。花鶏は携帯を取るとSDカードを抜こうとした。だが抜けない、なんらかの理由でロックがかかっている。


『ああ、私が誰かに奪われないようにロックをかけさせてもらったよ。分解して取り出そうなどと考えるなよ、そうなれば発火するぞ。私をここから消し去りたければ、キミの電話帳とか画像データとかと引き換えに物理的に破壊するしかないねえ……?』

「あんたあんな殊勝なことを言っておいて、実は消える気全然ねえだろ」

『当然だ。私はあの悪魔、《デモニューロ》の誘いに乗り、人類を危機に陥れた責任がある。例えどんな方法だろうと、それを成し遂げるまで消えるわけにはいかないのだよ』


 ディスプレイのアイコンが花鶏の顔をじっと見た。ただの電子データに過ぎないはずだ、だが花鶏は何となく、彼の持つ意思を感じた気がした。

『勇吾くん。身勝手だとは思うが協力してほしい。電子の海を渡って知った、この力を託すに値する人間はあまりに少ない。キミならば、私の力を使いこなし、世界を救うことが出来るだろう。頼む、共に《デモニューロ》の野望と戦ってはくれないだろうか?』


 花鶏は少し悩んだ。頭を掻き、唸り、そして決めた。


「……分かった、福留さん。あの訳の分からねえ怪物がこの街で暴れまわるってなら、それはあんただけの問題じゃねえ。俺や弓狩、この街に住むすべての人間にとって、放っておけない事態って奴のはずだ。それを解決するために、力を貸してやるよ」

『ありがとう……キミの協力が得られたことは、本当に嬉しく思うよ。私とともに、《デモニューロ》をこの世から殲滅するために戦おうではないか』


 そこで、花鶏ふと疑問に思ったことを口にした。

「そういえばさ……なんで俺があんたに選ばれたんだ?」


『なるほど、選考基準に疑問が残るということかね?』

「そりゃそうだろ。こちとらごく普通の高校生だぜ? 戦闘のプロでもなければ転生勇者でもないし、超能力者でもない。大会でも予選落ちだ、なんで俺が選ばれたんだ?」

 花鶏は言いながら弓狩の方を見た。単純な身体能力や戦闘能力だけを見るとしても、他に選ばれるべき人間は十分に存在しているだろう。


『分かった。まず選んだのは戦える人間だ。どれだけ取り繕っても、《デモニューロ》殲滅のための戦いは流血を避けてはいられない。ルール無用の残虐ファイトになる。その点、キミは予選落ちレベルとはいえ高度な格闘技術の鍛錬を積んでいる。キミは自分の実力を過小評価しているが、大会でキミを下した連中は全国クラスの猛者なんだぞ?』


 そう言われて、花鶏はいままでの戦績を思い返してみる。たしかに、小学校最後の大会では予選決勝で当たった相手はその後地区大会で優勝し、全国大会でもベスト8に入った。中学の大会ではことごとく全国大会優勝者と予選第一回で当たったし、今この瞬間も全国大会出場経験者の幼馴染と一緒にいる。知らず知らずのうちにトップと取り組みを続けてきた、というわけだ。


『次に、自由になる時間がなければいけない。どれだけ実力があってもサラリーマンや警察官、自衛隊員といった一般の人々は、一日最低九時間は拘束されるからね。残業と家族サービスに疲れた体に、更に戦いを要求するわけにもいくまい。神出鬼没の《デモニューロ》に対抗するためには柔軟なフットワークを要求されるんだ』


 なるほど、たしかにその通りだと花鶏は思った。『悪の怪人が出たので早退させてください』なんて言い訳が会社で通用するとは思えない。休暇の回数を増やしたり早退したりしたらその後の仕事にも悪影響が出るだろう。現代社会は正義を執行するのに厳しい。


『そして……これが一番大事なことだ。良心と良識を持った人間でなくてはならない』

「確かに親からは誠心誠意、まっとうに生きていけって言われているけど……それが?」

『そうだ。私の開発した《スマートドライバー》の力は正義にも悪にもなる力だ。端的に言えば《デモニューロ》に出来ることはほとんど出来る。スーパーや本屋で万引きしたり、夜道でご婦人を驚かせるくらいのことは簡単にできる力なんだ。使う者には正しい心が求められる。それをキミは、いまも証明し続けているんだ』

 福留はそこで一旦止めて、それから続けた。


『なんたってキミ、SNSやってないだろ?』


 花鶏は固まった。弓狩も固まった。きっかり三秒後、ようやく口を開いた。

「いや、まあ……確かにやってないけどさ。あの……それだけ? それだけの理由でさ、俺があんたに選ばれたって、そういうことなの……?」

『いや、大事なことだぞ勇吾くん。TretterにMicso、FackBookといったソーシャルネットワーキング・サービスがこの日本に登場してから僅か数年間で、この国のほとんどの人間がユーザーになった。老若男女問わずに、だ。キミだって見たことがあるだろう、冷蔵庫に入ったりソースの口を鼻に突っ込んだりするような画像を』

「まあ、あるけどさ。あれ結構話題になっちゃったもんな……」


 風の噂では企業の収益が目に見えてダウンする結果になったという。信じて採用したバイトが店の備品を鼻に突っ込んでダブルピース晒すとは夢にも思っていなかっただろう。


『いいか勇吾くん、良識、とりわけメディアリテラシーを持っていない人間は危険だ。SNSを単なる便所の落書きとしか思っていないような人間は大きなリスクを伴う。そんな人間が私を手にしてみろ、一時間以内に「変身したったwwwww」とかいうインスタクラムをあげてくるぞ! そんなことになったら私は破滅だ!』

 たしかに、いまの福留功は脆弱なスマートフォンに過ぎない。警戒して然るべきだ。


『その点、キミならばそうしたバカな真似をする心配はないし、短い時間で観察してきたがそうしたことをする人間でないことは分かっている。だからこそ、私は危機に際して正体を明かし、キミに戦う力を授ける決断をすることが出来たんだ』

「評価してもらえるのは嬉しいけど……でもそれなら弓狩でもいいんじゃないのか?」


 弓狩の体がビクリと震えた。幸い、それは花鶏の目に映ることはなかったが。

「弓狩は俺と違ってスマホすら持ってないし、空手の技術も含めて身体能力は俺よりも上だ。まさしく上位互換、この力を託すならあいつの方がよかったんじゃねえのか?」

『まあ彼女も検討したんだが、調べてみたらちょっと……』

「勇吾ォーッ! ちょっと来なさい、ゴミ袋なくなっちゃったのよぉー!」


 その時、階下から野太い声がかけられた。勇吾の母、夏菜の声だ。父は彼女の声に惚れて結婚を申し込んだと語っており、事あるごとに騙されたと愚痴っている。勇吾も写真を見るたびに別人が映っているのではないかと疑うことがある。糸のように細い目元だけが、かろうじで映っている女性と目の前にいる女性が同一人物であると主張していた。

「ったく、ゴミ袋くらい自分で買って来いっての……悪い、弓狩。ちょっと出て来る」

「あ、ああ分かったよ花鶏。これは私が、責任をもって見ておくから安心してくれ」


 分かった、とだけ言って花鶏は下の階に降りて行った。しばらくして勇吾と夏菜が争うような声が聞こえて来たかと思うと、ダンプカーが橋の欄干に激突するような激しい音が聞こえて来た。日常茶飯事。彼が家から出て行ったのを確認すると、弓狩は息を吐いた。


「……福留さん。分かっているとは思いますが、お願いしますよ……?」

 そして、彼女は底冷えするような低い声で、刃のように鋭い視線を携帯に向けた。肉体を持たぬはずの福留は、しかし背骨に氷柱を刺し込まれたような冷たさを感じた。

 花鶏勇吾は知らないが、弓狩は家で『魔法少年☆マジカルあとりん』というSSを書いていた。ひょんなことから魔法の力で変身能力を手に入れて魔法少女となった少年が、ノリノリで悪と戦うという話だ。

ヒロインが誰かは、今更語るまい。


『わ、分かっている。勇吾くんにあれだけの説教をした後だ、まさか私がキミの個人情報を晒すような真似をするわけがないではないか。ハッ、アハ、アハハ……』

「そうですか。福留さん、私たち理想的な協力関係を築けそうですね……?」


 福留は少女の笑顔がこれほど恐ろしいものだといままで思ったことはなかった。笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。

 それからしばらくして、花鶏は帰って来た。その頃には、花鶏は福留が見せた態度のことをすっかり忘れており、弓狩は静かにない胸を撫で下ろすのであった。


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