身勝手な愛は誰を癒すのか
『とにかくだ。まずはアマゾアを倒すことを先決にすべきだと思うのだ』
福留は『スワッシュ』に到着し、テーブルに置かれるなりいきなり言った。まだ何の話もしていない、話題を自分からアマゾアに移そうとしているのが丸分かりだった。もっとも、花鶏たちもそれに対して異論はないので口を挟むことはなかったが。
『アマゾアが起こしたと思われる、不可解な襲撃事件がこのところ増えている。狙われるのは主に私立小学校や幼稚園が出しているバスだ。原因不明のタイヤ破損事故などによって停車を余儀なくされ、一瞬の間に子供たちが浚われているということだ』
「あいつは子供を狙って何をしているんだ……? 分かるか、アスラータ?」
花鶏はアスラータを見た。彼の想像の中では、悪魔の姿に戻ったアマゾアが園児たちを文字通りバリバリ食べている姿が想像された。
だがアスラータは首を横に振った。
「アマゾアとはいいライバルだったが、あいつのプライベートは詳しく知らねえ。だが、浚われた子供たちが殺されたり、傷つけられたりしていないだろうことは分かるぜ」
『ふん、《デモニューロ》同士の庇い合いか。信じるに値しないな、そんな言葉は』
「信じる信じないは勝手だが、別にあいつを庇い立ててこんなことを言ってるんじゃない。あいつは人間が好きだ、だから傷つけるような真似をするとは思えねえんだ」
年老いた店主がプルプルと震えながら、人数分のコーヒーとサービスケーキを運んで来たので、一旦話を中断することにした。途中で転んでもおかしくなさそうだったが、不思議とそういうことにはならない。慣れているからだろうか。
「これは《デモニューロ》に共通する話だ。俺たちは人間が好きだからこの世界に来た」
「でも、こっちの世界に来るのは初めてなんだろう? どうして人間のことが分かる?」
「ネットを通じてお前たちの生活に関しての情報が流れて来るからな。俺たちはそれを見て、人間に興味を持ったんだ。俺だけじゃない、トトやアマゾアもそうさ。お前たちの世界は……言うなれば、チケットの取り辛い海外旅行みたいなものなのさ」
アスラータはそこで初めて、世界の構造について語った。福留も語らなかったことだ。花鶏と弓狩は、彼の言葉に対して神妙な顔で耳を傾けた。
「俺たちが暮らす世界と、お前たちが暮らす世界とでは次元が異なる。高低の話ではないが、俺たちから見れば人間の暮らす物質世界は下位に属することになるだろう」
「高地から俺たちの世界を見下ろしてるようなもんなのか?」
「イメージとしては、それでいいだろうな。で、世界の間には深く険しい森があると思ってくれ。越えようとすれば容赦なく攻撃してくるような、そんな森だ。古くはそこを超えた《デモニューロ》もいるそうだが、そんなものは僅かな例外だ。俺たちはあの世界で生まれ、あの世界で育ち、あの世界で死んでいく。そういう存在だ」
「向こうの世界ってのは……いったいどういうところなんだ?」
花鶏の質問に、しばしの間アスラータは虚空を見た。そして鼻で笑い、言った。
「ツマんねえところさ。寿命が無駄に長いし、飲み食いも必要ねえ。だからこの世界みたいなカオスも起こらない。だってそうだろう、そのままにしていたって生きるのに困らないのに、どうして他人から奪ったり、殺したりをしなきゃならない?
要するにあそこ停滞した場所で、俺たちみたいな若いのが暮らすには不便過ぎる場所なのさ」
「なるほどな、面白いって言っていたのはそういうことだったのか……」
「数少ない娯楽は、下の世界を見ることさ。特にお前たちの世界は面白い。脆弱な生命であるからこそお前たちは力を求め、文明を研ぎ澄ました。俺たちはそこに惹かれた。言い方は悪いかもしれないが、俺たちはお前らに恋してしまったのさ」
その言葉を聞いて、花鶏は少しの間考えた。
「……つまり、お前らって《デモニューロ》の世界のオタクみたいな感じなのか?」
「そうとも言うかもしれねえな。花鶏、お前面白いこと言うなぁ」
豪快にガハハと笑うアスラータを見て、花鶏は脱力した。決して届かない世界に思いを馳せ、他人から見れば下らないことのために一生を費やす。オタクの在り方だ。実際にその世界に手が届く位置にあるというのが性質の悪いことではあるが。
「言うなれば、お前あの世界の格闘技オタクなのね……他の連中もそうなの?」
「召喚に応じるってのはそういうことさ。旅行と同じさ、例えチケットがあったとしても、本当に行きたくない場所には行かないだろう?」
「って言うことは……アマゾアにとって子供たちはコレクションなのか?」
空気が固まった。花鶏も言ったことの意味に気付き、乾いた笑みを浮かべた。
「は、ははは……ま、まさか。そんなこと、ねえよなあ……?」
「ああ、ああ。アマゾアだってその、いってたぞ? つよいやつがいいって……」
アスラータもなんとかそれに乗ってくれた。あとは本人に正してもらうだけだ。
「ふ、福留さん。アマゾアの行方、何とか分からねえかな?」
『うむ、襲撃事件の発生地点を集計してみたところ、彼女が潜伏しそうな場所はある程度、見当がついているよ。いまディスプレイに出そう』
福留が指したのは、山岳部の近くに広がる倉庫地帯だった。国道や高速道路に近いことから最盛期はそれなりに栄えたが、今ではほとんどが手放され、荒廃している。不良グループや外国人犯罪グループの根城とされていることでも悪名高い。
『この地帯の電気使用量も飛躍的に増えている。人口の推移に変更はないのだがね。妙だとは思わないかね、私は思う』
「浚った子供たちを囲うために使っているっていうのか? その可能性はあるな」
「なら行ってみようぜ。ここからなら日が暮れる前に現地に到着出来るだろ」
花鶏たちは素早く会計を終え、倉庫地帯へと向かっていった。胸中に去来した予感が、どうか間違いでありますようにと祈りながら。
雑草生い茂り、蔓草に覆われた倉庫街に人気はない。だが中からは微かに気配がした。内部からの排熱があることを告げる白い蒸気が、止めどなく流れ出る。
「どうやら、ここで間違いないみたいだな。アスラータ、弓狩。外で待っていてくれ。もしあいつを逃がしちまったら、あとのことは頼んだぜ」
「分かったわ、花鶏。気を付けて、相手は危険だと思うから……」
心配する弓狩に笑顔で応じ、花鶏は錆びついた門を睨み付けた。センサーや有刺鉄線の類は装備されていない、適当なゴミ箱を足場にして、花鶏はそれに昇った。
中を見渡してみても荒廃した惨状しか見えなかったが、扉に掛けられた南京錠は破壊されていた。
『外からは死角になって見えなかったが……やはり中に誰かがいるようだな』
「行ってみよう。もしもの時は頼んだぜ、福留さん」
花鶏は音もなく地面に降り立つと、姿勢を低くして建物の影まで進んで行った。窓から見られないよう、慎重に歩を進め、扉に手をかけた。ギギギ、と錆びついた蝶番が音を立てた。自分が通れるギリギリのところまで扉を開け、花鶏は中に入って行った。
物陰に隠れて観察した倉庫の中は、名状しがたい状態になっていた。室内はヒーターが入れられているのか温かく、冬でも凍死の心配はなさそうだった。それはいい。
問題は、拉致された子供たちが透明なチューブによって繋がれている、ということだ。
「オイ、福留さん。あんた、これがいったい何なのか分かるか……?」
『いや、私も見たことがない機械だ。チューブから何か液体を流しているようだが……』
部屋の中央には工業用電源に接続された機械が置いてあった。不細工なストーブのような形をした機械からは数本のガラスシリンダーが尖塔のように突き出しており、それらには赤、青、緑の毒々しい色をした液体が注がれている。更に、機体からは透明チューブが伸びており、それらが子供たちに接続されている。どう見てもまともな機械ではない。
「ふん……何者だ? どうしてここに入って来た?」
しわがれたハスキーヴォイスが彼の耳に届いた。機械の影から一人の女が出て来た。どうやって機体に隠れていたのか、身長は軽く2mを超える、凄まじい体格の女だ。赤い革製のビキニアーマーを纏い、頭には羽根のサークレット。
『その姿……キミは、アマゾアか!』
「ほう、その声……福留功か? 面白い姿になったものだ……人間なのにな。いまのお前の在り方は、私たち《デモニューロ》のそれに近い」
『ふざけるな! どのような姿になろうとも、私は人間だッ!』
福留が憤慨する中、花鶏は辺りの様子を冷静に伺った。トトがここにいる気配はない。
「アマゾア、なぜこんなことをしている? 子供たちを浚うだけならまだしも、こんなワケの分からない機械に繋いで……いったい何が目的なんだ!」
「ふん、分からんか。そう、分からんだろうな。私の目的は……」
分からないから聞いているんだ、とツッコミを入れようとしたが恐らく聞いてもらえないと思ったので黙っていた。
案の定、アマゾアは陶酔したような表情で子供を撫でた。
「私は、この子供たちが愛おしいのだ……」
「……はあ、そうですか」
「この愛らしさ。玉のように白い肌、小麦色に焼けた肌、そのすべてが愛おしい。愛くるしい眼で見られるだけで私は気をやられてしまいそうになるのだ。この子供たちの全てが欲しい……だが、世間の目は私が思っていたよりもはるかに厳しかった」
まあそうだろう。子供に声をかけただけでも警察に通報され『事案』と呼ばれるこのご時世、身長2m越えのマッチョウーマンがいきなり子供に近付いたらどうなるかなどと、火を見るよりも明らかだろう。
そこでふと、花鶏は疑問が芽生えた。
「……それなら何人も子供を浚う必要なんてなかったんじゃないのか?」
「ダメなのだ!」
アマゾアは力強く機械を叩いた。機械が妙な音を立てているが、大丈夫だろうか。
「彼らはたしかに愛らしい……しかしそれではダメなのだ! 愛らしさの中に力強さもなければいけない! そう、私を屈服させるほどの強さが!」
「未就学の園児に求めるのはあまりに酷だし、大人でも無理だろそんなのはッ!」
何を見たのか知らないが、厄介な性癖に目覚めてくれたものだ。
『……ってか、オネショタリバ好きとかちょっと屈折しすぎだろう……』
「何を言っている! 我々は《デモニューロ》、悪魔だ! それならば……すなわち、曲がっている方こそ我々にとっての正道と言えるだろうッ!」
「そ……そういうものなのか……!?」
『待て、勇吾くん! これはもっともらしいように見せかけておいて違うパターンだ!』
アマゾアのあんまりにあんまりな態度に、さすがの福留も《デモニューロ》の擁護に走った。アマゾアは機械を、まるで自分の愛しい子供のように撫でた。
「この機械は生物の成長を増進させることが出来る……外見を保ったままでだ」
「な、なんだって!?」
「愛らしい外見を保ったまま、私を屈服させる強さを持った子供を作り出すことが出来るのだ! これこそ現代の光源氏計画、私の邪魔をするというのならば容赦はせん!」
「ふざけんじゃねえ! 変身ッ!」
花鶏は素早く携帯を取り出すと腰に当て、変身ボタンをタップした。彼の全身が金色の光に包み込まれ、一瞬の後にはアルケルメスが姿を現した。
「手前の勝手な欲望のために、子供たちを改造なんてさせてたまるかよッ!」
『花鶏くん、キミも結構これに乗ってきたんじゃないかね……?』
アマゾアは鼻を鳴らし、腰にあったホルスター状の器官に接続されていた剣の柄を取った。サメの歯のようなギザギザの刃が刀身に付いた剣で、身長ほどの長さがあった。
「私の愛を邪魔する人間は、誰であっても生かして帰しはしないわッ!」