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魔術結晶アルケルメス  作者: 小夏雅彦
悪魔とベルトと少年と
1/25

或る老人の死と或る少年の受難

 轟く雷鳴を、男は窓の内側からぼんやりと見つめた。曇天の空は削岩機のように重く腹の底に響くような音を立てて唸り、時折稲光に乗せて何かを訴えているかのようだった。

そしてその訴えには、自分も関係があるのだろう。


 どうか、誰か気付いてください。どうか、誰か。ここには私がいます。


 ぼんやりとした思考は、腹部の痛みによって強制的に断ち切られた。上品な椚の床板に大量の液体が落ちる。男、福留功は腹を掻きむしるようにして押さえ、鉛のように重い体を強いて歩き出した。彼が手を突いたモルタルの壁に、べっとりと赤黒い液体が付着した。彼は腹部を大きく損傷していた。覗き込めば向こう側が見えるほど深い傷を。

「イサオ。私のところに来たまえ。安心して、もう痛いことはしないよ」

 三度雷鳴が閃いたのと同時に、彼の背後から声が聞こえて来た。その声は聞いた者を誰であろうと安心させ、異性であれば誰であれ歓喜に打ち震えるであろう。人間離れしたその声を聴き、功はぎこちなく振り返った。そこにはもう一人、男がいた。


 上等なモーニングコートを着た、フォーマルな格好をした男だった。年齢は六十歳前半くらい、大きめのセルフレームの眼鏡と、もみあげと繋がった見事な髭が特徴的な老人だ。彼はあくまで穏やかな表情で、純白の手袋をはめた左手を差し出した。

 それに対して、男は無言で懐に手を入れた。そして、隠しホルスターに収められていた狂暴なリボルバー拳銃を取り出した。それでも、老人は笑っていた。


「キミが望むのであれば、その傷も治してあげよう。仲直りをするんだ、イサオ」

 構わず、功は発砲した。三十八口径の軽い発砲音が、雷鳴と雨音にかき消された。たしかに着弾したはずだ。スーツには小さな穴が穿たれている。だが、流血はない。老人の表情にも一切の変化はない。功は構わず発砲を続けた。

 福留功の射撃は、一切目標を余すことがなかった。異常があったのは老人の方だ。弾が当たった時、老人から金属をひっかく様な音がした。銃撃にも構わず、彼は一歩踏み出る。銅鑼を叩くような音が、功の耳にへばりついた。そして弾は発射されなくなる。


 功は拳銃を老人に投げつけ、もう一度懐に手を伸ばした。老人は微笑みながら歩き続ける。それは彼を嘲笑っているかのような、ゆっくりとした足取りだ。

 功の手に握られていたのは、薄汚いオモチャのような物だった。鮮やかな赤で彩られた人形ストラップを功は迫りくる老人に向かって投げつけた。嘲るように老人は微笑み、そしてその笑みが次の瞬間には崩れた。深紅のストラップは空中に留まったかと思うと、功と老人との間に炎の壁を形作ったのだ! さしもの老人もそれには驚き、一歩後ずさった。炎の壁が消え去った時、その奥には功の影はなかった。

「なるほど、功。やはりキミは面白い。キミはいつも私の予想を覆してくれる!」

 老人は不快な笑みを浮かべた。血痕は屋敷の奥まで続いている。老人はゆっくりと歩き出した。


 ギシギシと音を鳴らす階段を下り、屋敷の外観に不釣り合いな鉄扉を潜ると、そこにはこれまた不釣り合いなコンクリート打ちっぱなしの部屋があった。入口に近い方の壁には大型の電子機器、恐らくはサーバーのようなものがいくつも置かれていた。左右の壁には金属ラックがあり、その上には多数のファイルやフラスコといった研究設備のほかに、色褪せ、古ぼけ、虫食いになった本の背表紙が見えた。


 功は扉の鍵を閉めた。すると、扉の上下左右四か所にあったパイルが機械音を立てながら嵌った。これで扉は、内側からも外側からも開けることが出来なくなった。銀行の金庫にも使われる堅牢な防護システムであり、ダンプカーでも直撃しない限りこの扉が壊され、開くことはなくなるだろう。

「ハァッ、クッ……これで、少しは時間を稼げるだろう……」

 功は右足を引きずりながら進んで行った。彼の太ももには銃創が開いている、先ほどの老人に反射した弾丸が彼の足を貫いていたのだ。痛みを堪えながら歩く。


 部屋の最奥にはいくつものモニターが掲げられていた。そのいくつかは延々と蛍光グリーンのプログラムコードを流している。監視カメラと接続されたモニターが老人の姿を映した。階段を降りようとしているところだ、もはや時間はなかった。

 功はテーブルに置かれた大振りなヘルメットを手に取った。無数の突起がついた特殊なヘルメットで、USBケーブルを通じてコンピュータと接続できるようになっていた。功は震える手でケーブルを掴み、ヘルメットとコンピュータを繋いだ。呼吸を整え、冷静にヘルメットを被る。右耳のあたりにスイッチがついていた。


「これで……私は、罪を、償うことが出来るの、だろうな……」

 荒い息を吐き、功はヘルメットのスイッチを押した。扉が変形するのと同時だった。粘土めいて形を変えていく鋼鉄扉を見ながら、彼は意識を失った。


 ……後日の新聞で、T市郊外にある古い洋館が焼失した、という報が伝えられた。何らかの原因で失火した屋敷は原型すら保っていなかった。警察と消防は、事件当夜から行方不明となっている主人、福留功の顔写真を公開、情報の提供を募った。

 大きめのセルフレームの眼鏡。もみあげと繋がった見事な髭。それが男の特徴だった。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


「げっ、参ったなぁ……また電池が切れてら」

 少年、花鶏勇吾は突然消えた画面を見て叫んだ。気になるニュース、T市郊外での屋敷焼失事件に関する記事を見ていたと思ったら、これである。いわゆるスマートフォンと呼ばれるデバイスは電池の消費が激しく、すぐに使い物にならなくなってしまう。

 花鶏としては単なる携帯電話でよかった。家の外でインターネットをやったり、四六時中SNSにこもっているタイプの人間ではなかった。それでも、この時代はそんな人間を許してはくれない。いわゆるガラケーと呼ばれるタイプの携帯は日本の電話市場から消えて久しい。数少ない生き残りは業務用の少数生産品となり、品行方正、一般的な学生である花鶏には到底手に入れられるものではなくなってしまったのだ。


「あーとりぃーん、どうしたぁ? また電池持ちが悪くなってんのか?」

 悪友の粘っこい声が聞こえて来た。あとりん、などと呼ばれているがもちろん勇吾は女性ではない。どこにでもいる、普通の男子高校生だ。


優嶺高校一年生、空手部所属。普通科に在籍し、成績は普通。大会でもさしたる成果を残しているわけでもない。ピンと立った髪型で教師から目を付けられることもあるが何のことはない、地毛なのだ。三白眼に近い目の小ささも含めて。髪を染めているわけでもピアスをしているわけでもない。どこを切り取っても『普通』としか出てこないだろう。例えその風貌が連続殺人鬼にしか見えないとしても。


「ここんところ、電池持ちが悪いんだ。ちょっとつけてるだけで切れちまうんだ」

「何か変なアプリでも入ってるのか? エッチなサイト見たりしてさァ」

「アホか、お前じゃねえんだからそんなの見るかよ……」

 大きなため息をつき、花鶏は携帯をポケットに戻した。悪友、藤二は更にはやし立てようとするが、それを遮るように予鈴が鳴ったため席に戻って行った。少しビクビクした様子で教師が入って来たのを合図に、花鶏の日常は始まった。


 優嶺高校はここ数年の間に人気の高まって来た進学校だ。公立校ながらレベルの高い教師を保有していることで有名で、ここ最近では県外からの入学者も増えてきている。昔から街に住んでいる花鶏としては、地元の高校にも見知らぬ人がいるのは居心地が悪くて仕方がなかった。在来線の駅前にあることも、その人気に一役買っているのだろう。

 普通科に加え工業科や、珍しく教育学部を備えていることもあり、ここに通ってくる生徒はなかなかに個性的だ。普通の高校生から進学校のエリート、あるいはマッチョで体育会系な生徒までより取り見取り。部活も盛んで野球サッカー、テニスといったメジャーどころからマイナーな文科系部まで様々だ。大会常連から吹けばぶっ飛ぶような弱小部まで、学校側は設立される部活を拒まない。なので珍妙な部が存在することも確かだ。

 放課後ともなれば、学校の至る所から威勢のいい声が聞こえてくる。


「イヤーッ!」「グワーッ!」


 体育館に隣接した武道場もその一つだ。空手部は全国大会出場経験もある名門であり、放課後は威勢のいい掛け声と悲鳴が交差する。花鶏はどちらかというと悲鳴の方が多い。

「一本、それまで!」

 生徒が目の周りに青なじみを作っておいて他に言うことはないのか、と花鶏は思ったが渋々礼をして戻った。数合打ち合ってあとはストレートで一本負け。花鶏のお決まりのコースだった。子供の頃からずっとこうだ。花鶏は幼馴染に一度も勝てていない。


「うーん、さすがは女子空手部エース。男子でも木っ端のペーペー君じゃあ敵わんか?」

「だったらお前行って来いよ。顎に貰ってぶっ倒れてたのはどこの誰だったっけか?」

 花鶏の幼馴染、花沢弓狩は女子空手部のエースだ。中学時代は個人戦で全国制覇を成し遂げ、今年の高校大会への出場も決まっている。長い髪を乱雑にまとめたポニーテールが特徴的で、胴着にフィットする引き締まった体格をしている。華奢な体のどこからそんな力が出るのか分からないが、身体能力も全国クラスだ。

「俺はお前みたいに、公私ともに負け続けじゃないんでね。いっそ闇討ちでもしたら?」

「いや、それはダメだ。髪も使いだすから余計に手が付けられなくなっちまう」

「中国拳法かよ」


 恒例の乱取りが終わり、空手部は解散の流れとなった。花鶏たち下級生はこれから道場の片づけを行うことになっている。新入部員たちは手分けして作業に移る。

「技のキレが鋭くなったんじゃないか? 今回はちょっと、危なかったよ」

「へーへー、そりゃどうも。天才様にそう言っていただけると俺も嬉しいねー」

 花鶏は弓狩の言葉に皮肉で返した。いったいどのような願いを込めてこんな漢字を付けたのだろう、と花鶏は思った。弓道にでも進んでほしかったのかもしれないが、いま娘さんはこうして元気に人をぶん殴っている。


「今日はこれからどうするの? まっすぐ帰る?」

「母さんに味噌と醤油買って来いって言われたからスーパー寄る。お前はどうすんの?」

「私も。今日帰ったら一品作るって言ってあるんだ。一緒に選んでくれないか?」

 言いながら、腐れ縁だなと花鶏は思った。病院で生まれた日が一緒、家は向かい、幼稚園も小学校も中学校もずっと一緒で、高校までこうしてズルズルと一緒に来ている。しかも趣味の格闘技まで一緒と来たものだ。実力では大きく水をあけられてしまったが、それでも弓狩と打ち合っているのは純粋に楽しかった。ボコボコにされるのを除けば。


「オッス、勇吾さん、弓狩さん! こっちの方はもう終わったっすよ!」


 声をかけて来たのは自分と同じ新入部員、野島覚だ。キラキラとラメの入った金髪、浅黒く焼かれた肌、手首に巻かれたビーズ飾り。ふわふわとした髪型は校則で禁止されたワックスを使っているのが丸分かりだ。非常にチャラチャラした人種なのだ。

 空手部のマネージャーに惹かれてやってきた、と入部時に公言するほど残念な頭をしていたが、練習の辛さに二週間も経たずに辞めて行った。はずだった。


 彼は突如として失踪した。元々家を空けることが多く、大した話題にもならなかったが、家出して戻ってきたのは一週間後だった。その頃には、『人が変わった』ようになっていた。格好こそ変わらないが授業態度は大幅に改善され、空手部の練習にも積極的に出るようになっていた。このような地味な裏方仕事も嬉々としてやるようになった。悪い遊びも控えるようになったという。なぜこうなったのか、彼は語ろうとはしなかった。


「ふー、とりあえず今日はこれで終わりにしますか、っと。行こうぜ弓狩」

「あ、弓狩さん。重いでしょ、それくらいなら俺が持ってきますよ」

「いいわよ、この程度。これも鍛錬だと思えばなんてことないわ」

 そう言って彼女は一抱えもあるようなサンドバッグをいくつも持って倉庫に向かって行った。あれ一つで十数キロはあるはずであるが、特に苦しげな様子は見えなかった。


「まあ、あいつはああいう奴なんだよ。気にしないでいいよ、覚」

「すげえなあ、やっぱり弓狩さんって、他の女とは違いますよね……匂いっていうかなんて言うか、はっきり言うと……獣とかそういうのみたいですよね」

「あいつには直接言うなよ。ぶっ殺されても文句は言えねえだろうからな」

 どうせ買い物をしていくならば、母に確認してからにしよう。必要なものが増えていたら面倒だ。そう思ったが、花鶏は携帯の電池が切れていたのをいまになって思い出した。


「悪い、覚。携帯貸してくれないか? 家に連絡しなきゃいけなくてさ」

「ん? ああ、携帯ね。すまねえ、いま俺携帯持ってないんだよ」


 思いがけず肩透かしを受け、花鶏は目を丸くした。記憶した限りでは、覚はいつも携帯をいじっているような男だったからだ。何をしているのかは知らないが、TretterにMicso、FackBookとやることはたくさんあるのだろう、多分。多分というのは花鶏自身がそうしたSNSをやっていないからに他ならない。自分の知らないことに対して、どうして語ることが出来ようか? ともかく花鶏は肩を落とした。


「そっか、まあ仕方ねえな。弓狩も携帯持ってないし……まあしょうがねえな」

「ごめんごめん、修理に出してなきゃすぐにでも貸すことが出来たんだけどねー」

 いまの携帯は電話ではなく精密機器だ、と父が嘆いていたのを思い出した。教科書に載っているような肩掛け型の、冗談のように巨大なものから掌に納まるサイズになり、折りたたんでポケットに入れられるサイズになり、そしてまた掌サイズに回帰した。携帯電話が一般に普及してから十数年、通話とメール程度だった機能はインターネットに写真撮影、他のデバイスとのリンクと瞬く間に増えて行った。それだけに壊れやすい。


「俺のも落としたらぶっ壊れちまったからな。お互い、厄介な物持っちまったよな」

「はははっ、でもいろいろ出来ることがあるからいいっすよ、あれはね」

 そう言って覚は猫のように笑ったが、いまいち花鶏にはそれが理解できなかった。文明の利器を享受していない人間なのだから、それは当然の反応だった。


 汗臭い胴着をロッカールームに放置して、花鶏と弓狩は校舎から出た。すでに陽は落ちているため、辺りは薄暗い。頼りない電灯の光、そして度々通る車のヘッドライトだけが彼らの道を照らしていた。

「結構遅くなっちまったな。何作るつもりなんだ、弓狩?」

「こんな時間だからね。シンプルなやつよ、とりあえず焼けばいいやつ」

「お前の思考って結構アバウトだよな……」


 何度交わしたかもわからない、ありふれたやり取り。きっとこれはこれからも続いていくのだろう、となんとなく花鶏は思っていた。いずれ分かたれる可能性は、ある。それでも彼は続くと思っていた。弓狩のいない場所を想像することが出来なかった。


「……そういえば、お前高校卒業したらどうするつもりなんんだ?」

「なによ、藪から棒に。何やるかなんて決めてないけど……とりあえず空手を辞めるつもりはない。もっと上に行くよ。社会人になっても続けられたらいいな、って思ってる」

「いや、なんとなく分かってた。お前と空手は切っても切れないだろうからな」

 自分はどうだ? 繋がりは簡単に切れるだろう。成績は残せていないし、時期も時期だ。辞めてもそれほど時間を無駄にすることはないかもしれない。


「あんたこそどうするつもりなのよ? 東京の大学にでも行くつもりなの?」

「そっちこそなんだよ、藪から棒に。俺の成績だと難しいだろ、東京の大学は」

「私の成績よりはマシだろ。私から一本も取れない空手をやってるよりマシじゃない?」

「言ってくれるな、この野郎。明日の乱取りじゃ絶対に泣かせてやる」


 花鶏は中指を立てて見せた。弓狩はそれを折り曲げて見せた。指を抑えながら花鶏は入店し、慣れた調味料コーナーに向かって行った。食材のチョイスをするのだから、弓狩は少し遅くなるだろう。他のコーナーも見て見るか、と花鶏は思った。

『今日の午後、アメリカ合衆国第十七海兵師団の擁するイージス艦、ジョーズ=ブックがT市海上自衛隊の港に向かって出発しました。混迷する東アジア情勢に対するアピールとみられており、今朝から市民団体による抗議が……』

 T市には自衛隊の基地がある。アメリカからの船が来ることも珍しくはなく、その度に市民団体による抗議活動が起こっている。子供の頃は花鶏も弓狩も、自衛隊と米軍の主催する祭りに参加していたが、そんな事情もあって足が遠のいている。


(思えば遠くに来たもんだな。鼻垂らして港走ってたガキの頃から……)

 大人に聞かれれば嗤われてしまいそうな感想だが、花鶏はそんなことを考えていた。子供の頃とは違う、それでも、弓狩との関係だけはあの頃から変わらずに続いていた。出来ることなら、これから先も。そんなふうに考えていた。


『次のニュースです。昨夜未明、郊外で家屋が全焼する事件が起きました』


 そう考えていたところに、スーパー入り口に設置されたテレビの音が聞こえた。ニュースキャスターは抑揚を付けず、悲惨さを強調するように報道を続けた。花鶏は入り口のガラスに隣接したテーブルに腰かけ、それに耳を傾けた。


『T市大生山脈の中腹に位置する場所にあった屋敷が燃えているとの通報を受け、警察が駆け付けたところ福留功氏(64)の所持する屋敷が燃えているのを発見しました。懸命の消火活動にも拘らず屋敷は全焼、幸い人的被害はないとのことです』

 花鶏が朝見ていたニュースの続きだろう。大生山脈はT市に存在する600m級の山々であり、夏休みシーズンともなれば多くの観光客が訪れることで知られている。セレブの別荘も多くある、という噂があり、今回被害を受けた中腹付近はそうした屋敷が多い。

『原因は分かっていませんが、今回の件の重要参考人として屋敷の所有者である福留氏の居場所を探している、とのことです。福留氏は昨夜7時頃、友人に電話での連絡を行って以来行方が分かっていない、ということです。それでは次の……』


 物騒なこともあるものだ。自販機で炭酸飲料を買いながら、花鶏はそんなことを思った。大生山脈には彼も行ったことがある、自然豊かないい場所だった。老後を過ごすならあんな場所がいいのだろうな、とぼんやりと思っていたくらいだ。そんないい場所が悲惨な事件の現場になってしまったとは。花鶏は心の中で大きなため息を吐いた。

 しかし、まさか福留功の屋敷が燃え、しかも本人も行方不明とは。福留と直接顔を合わせたことはないが、チャリティーイベントなどを開催し頻繁に市内に顔を出していた。

 福留功は有名な電子工学者で、電子データの転送速度を向上させる『F―LAY』と呼ばれる特殊光線とそれを用いたデータ転送方式を開発し、インターネット通信に革命を起こしたと言われている。従来の光ファイバーケーブルや無線通信の数倍とも言われる速度と、ハッキング不可能とも言われる複雑なシステムを生み出したことで福留功は巨万の富を手に入れ、このT市に楽隠居しに来たのだ。

 その後も、彼は手に入れた金を使い財団を設立、若い技術者を中心にした支援活動や、技術者の啓発活動、若年者へのチャリティー活動などを行ってきた。ちなみに、失踪する前に彼が最後に行ったイベントは防火キャンペーンであった。


『次■■ュースで■。花菱■物園か■ラッコが■■し騒■になり■し■。■ッコ■■の外■て■■排■溝か■■に出■■のとみら■てお■、関■者は■々に「■ッ■が無■で■■った、■れ■奇跡■」と■■ントし■いると■こと■■』


 突然、ニュースに雑音が混ざった。花鶏は不思議に思った。福留氏の功績をたたえて、この街のテレビ線はすべてF―LAY方式に変わっている。F型の通信はノイズに極めて強く、このようなノイズが走るなどということは原理的にはほとんど有り得ない。演出の入るようなニュースではない、不思議そうに花鶏がモニターを見つめていると。


 固いモニターの表面が、ぐにゃりと波打った。


「……はぁ?」

 何が起こったのか、花鶏には分からなかった。そして分からなかったとしても、現実というのは進んでいくものだと思い知らされた。淡々と現実は進んでいく。

 モニターの内側から手が出て来た。まるで猛禽類の手のようにゴツゴツとした、鋭い鉤爪のような物がついた手だ。だというのにその手は人の物のように大きく、器用にテレビのフレームを掴んでいた。その手に力が込められているものを、花鶏は見た。さながら、人間がプールサイドを掴んで出てくるような格好だ。

 狭いテレビモニターから、それは出て来た。古い映画に登場するような『怪物』が。


「ルゥゥゥウゥオアァァァァァァ!」

 『怪物』は吠えた。トカゲのようなでこぼこの鱗で覆われた腕を広げ、いわゆる四股立ちと呼ばれるような体勢で咆哮を上げた。犬の頭を鱗で覆ったような顔をした怪物は、ガラスを震わせる叫び声を上げたかと思うと振り上げた腕を思い切り振り下ろした。目の前にあったプラスチックの机が抉り取られるように切断された。辺りから悲鳴。


「オイオイオイオイ、なんだよこれ、いったいなんだ!」

 テーブルから飛び降りたところで、怪物が跳躍した。5mはあった距離が、立ち幅跳びで一気に詰められたのだ。咄嗟に花鶏は頭の上で両腕をクロスさせた。振り下ろされた腕の、手首に当たる部分が花鶏の腕に落ちて来た。凄まじい衝撃に腰砕けになり、無理やり地面に押し倒される。何という力、プレス機を相手にしているようだ!

 そしてそれは怪物にとっての渾身ではなかった。ブーツ状の鱗に覆われた右足が振り上げられ、無防備な花鶏の腹に叩き込まれた! 子供の頃、花鶏は軽トラックと衝突事故を起こしたことがあった。その時の衝撃を思い出すほど凄まじい威力! 花鶏は背中からワイヤーで引っ張られるように吹き飛び、入り口近くに積み上げられた買い物かごをばら撒きながら壁に叩きつけられた! 体中の酸素が一気に抜けていくような気がした。


「うっ、ぐあぁぁ……な、なんだ、この化け物は……!」

 突然現れた怪物に襲われる。大昔に見た特撮ドラマのようなシチュエーションだが、まさか現実のものになるとは思わなかった。買い物客たちは突然の襲撃に混乱し、人々を押し退け我先にと二つある入り口から外に逃げて行こうとする。勇敢で無謀な警備員が警棒を振り上げ、怪物に対処しようとする。だが金属製の特殊警棒は簡単に受け止められ、警棒ごと警備員は投げ捨てられていく。辺りに破壊を撒き散らしながら、怪物は花鶏に迫ってくる。腕を振り上げている、とどめを刺そうとしているのだろうか。


「うっ、ぐっ……! クソ、来るなよ! こっちに来るんじゃねえよ、化け物!」

 立ち上がろうとしたが、膝が笑っていた。生まれたての小鹿のようによろよろと立ち上がった頃には、怪物がすでに目の前にいた。振り下ろされる腕。花鶏は防ごうとする。

「イィィィヤァァァァッ!」

 その怪物の側頭部に足刀が叩き込まれた。今度は怪物の方が吹き飛ぶ番だった。閉まりかけていた自動ドアに、吸い込まれるように倒れて行き、開閉を繰り返すドアに何度も挟まれた。花鶏はそれを放った、見慣れた人物を見た。残身を決める弓狩の姿を。


「おまっ……! バカ、なんてことしてんだよ! 何してたのか見てなかったのかよ!」

「だってこうしなきゃ花鶏を助けられなかっただろ! ほら、私たちも逃げよう!」

 男勝りな幼馴染は手を差し出して来た。すでに店内から人の姿はほとんど消えている、投げ飛ばされた警備員が、倒れたケースの上で大の字になっているだけだ。冷静で頼りになる幼馴染の手を、花鶏は取った。反対側のドアから二人は脱出しようとする。

 その時、呻いていた怪物は開閉するドアを受け止め、力を込めて押し返した! ドアの開閉モーターが火花を上げる! 怒りに燃えた目で怪物は弓狩の方を見つめる!

「はっ! 危ない、花鶏!」


 その気配に気づいた弓狩は花鶏を突き飛ばした。いきなりのことに花鶏は反応出来ず、脇腹を会計テーブルに打ち付ける。しかし元の場所にいるよりははるかにマシだ、刀のように鋭い鉤爪が空気を切り裂いた。花鶏を突いた腕を引き戻し、弓狩は怪物の方を向く。

 雄々しいシャウトと怪物の叫び声が聞こえたかと思うと、ガラスの破砕音と衝撃が花鶏を襲った。もう一度見て見ると、正面のガラス窓がすべて破壊されており、弓狩も怪物もすでにそこにはいなかった。かろうじで、立ち回りをしている弓狩の姿が見えた。追いかけようとしたが、痛みが全身を襲った。

「何がいったいどうなってるんだ……!? こ、このままじゃ弓狩は……」


 殺されてしまう。恐ろしい想像が花鶏を駆け巡った。何とかしなければ、だがどうすればいい? 武装した警備員でさえあの怪物には立ち向かえなかったのだ。素手の弓狩でどうにかなるとは到底思えない。警察を呼ぶ? ここからどれだけの時間がかかる。拳銃を持っていたとしても、あの怪物に対抗することは出来るのだろうか? あの恐るべき鉤爪の破壊力を前にして、警察はどれほど役に立つのだろうか?

「クソ、考えている時間なんてない! 早く追いかけないと弓狩が危ないんだ……!」

 幼馴染の窮地に際して、花鶏は傷ついた体を奮い立たせて立ち上がった。その時。


 花鶏の携帯が着信を告げた。古めかしいベルの音が、バカバカしいほどに響いた。


「……携帯の電池は切れてたはずだろ。なのに、どうして……」

 ポケットに仕舞った携帯を見た。自分の物である、はずだ。しかしそれは花鶏が朝手に取っていたものよりも、ズシリとした重みがある気がした。外装は変わっていない、剥げた塗装もそのままだ。『非通知』の文字がディスプレイに踊る。花鶏はそれを取った。


『……私の呼びかけに応えてくれありがとう、花鶏勇吾くん』

「誰なんだ、あんたは」

『私のことは《ラック》とでも呼んでくれたまえ。それよりも、花鶏くん。私はキミに、この状況を打破する切り札を授けることが出来る』

 何を言っている? そう一瞬だけ考えたが、それは断ち切られる。窓の外では弓狩と怪物が戦っている。弓狩は巧みに怪物の攻撃を避け、捌いているが、弓狩の攻撃を怪物は意に介していないようだった。このままでは、殺される。


「どうすればいい、どうすればこの状況を打開できる! 何だってやるぞ、俺は!」

 戦いに目を釘づけにされながらも、花鶏は叫んだ。携帯は満足げな声を伝えた。

『Good。私の目に間違いはなかったようだね、花鶏勇吾くん。いいだろう、キミに力を授けよう。なに、それほど難しいことではない。私の願いを聞いてくれればいいんだ』

「御託はいい、さっさとしてくれ! このままじゃあいつが死んじまう!」


『OK、花鶏勇吾くん。では、この携帯をキミの腰のあたりまで持っていきたまえ』


 こいつはいったい何を言っているんだ。一瞬そんな考えが頭に過ったが、すぐに振り払う。例えこいつが適当なことを吹かしているとしても、いまの自分には選択肢などない。素手であの化け物に対抗できないことは、花鶏自身が一番よく分かっている。

 言われるがままに、携帯を横向きにしたまま腰の位置まで持っていく。すると、どうしたことだろう。いきなり携帯が花鶏の腰に吸い付くようにくっつき、頭と尻の部分から硬質の帯が出現、花鶏の体に巻き付いたのだ!


「はぁ!? んな、バカな! いつの間にこんなのがついたんだよ!?」

『夜の間にこっそりとやらせてもらった。これで腰からずり落ちることはないだろう?』

「最近電池の減りが早いと思ったら、こういうことかよ!」

 花鶏の方からは見えなかったが、携帯のディスプレイには三つのメーターが現れていた。それぞれバイタル、メンタル、エナジーとルビが振られており、それぞれが基準値をクリアしていることを告げていた。携帯からは満足げな声が聞こえてくる。


『Exellent! 素晴らしい、どれも基準値を超えている。キミを選んで正解だ』

「何言ってるのかさっぱり分からねえんだけど、とにかくこれでなんとかなるのか!?」

『ああ、そうだ! キミに彼らを打ち滅ぼす力を、約束通り授けてあげようじゃないか! さあ、叫びたまえ! 我が《スマートドライバー》に向かって、《変身》と』


 花鶏の動きが止まった。チベットスナギツネのような視線を携帯に向けた。

「……いきなりお前は何を言っているんだ。なんて言えって言った? もっかい頼む」

『だから言っているだろう、《スマートドライバー》に向けて《変身》と叫べと……』

「ふざけんじゃねえぞ手前! だいたい《スマートドライバー》ってなんだよ、まるっきり特撮ヒーローもののパクリじゃねえか! つーか人の携帯に何してんだよ!」


 花鶏が特撮ヒーロー番組を卒業してからだいぶたつ。子供の頃は無邪気に格好いいと思っていた。あこがれてもいた。しかし大人になってそれが出来るかと言われればまた別問題だ。大人になってもヒーローに夢中な男もいるがあいにく花鶏はそうではなかった。


『待ちたまえ、キミが変身してくれなければ私は何のためにこれを改造したのだ!』

「知らねえよ! ふざけた物考えやがって、このっ!」

 花鶏はガチャガチャと携帯を揺さぶる。と、そんなところで弓狩が怪物に打ち倒されるのが見えた。その目の闘志は萎えていないが、突然の襲来と予想外の力を前にして大きなダメージを追っている。遠目に見ても膝が笑っている。花鶏は唇を噛み締めた。

『このままキミが変身しなければ、罪もない人が死ぬことになるんだぞ! いいのか!』

「いいワケねえだろ! クソ、仕方ねえ……やるしか、ないってことかよ!」


 花鶏は拳を握りしめた。弓狩の危機に、アドレナリンが分泌される。血液が沸騰するように熱く感じられた。世界のあらゆる時間が、泥のように鈍化していった。


「変……!」


 花鶏の体内エネルギーが、腰に装着されたベルト状の物体に収束されていった。携帯のディスプレイに短文が表示される。『Complete』。


「身ッ!」


 携帯のディスプレイが光る。光はスクリーン状に前方に広がっていく。本能的に理解する、これを潜れということだろう。花鶏は走り、それを潜り抜けた。


 そこから先はマイクロ秒の世界。人類には知覚出来ぬ領域。1を刻む前に花鶏の全身がラバーめいた光沢のあるスーツで包み込まれ、前腕をガントレットが、両足をグリーブが覆った。ショルダーアーマーとブレストプレートが形成され、装着される。頭部には消防士が被るような大振りなヘルムが装着され、両目を戯画化したような大きな目が覆った。

 花鶏勇吾は変身したのだ。彼が子供の頃憧れたような、ヒーローそのものに。

 拳を握りながら飛び上がる。飛びながら腕を弓のように引き絞る。10mの距離を一気に詰める。怪物が花鶏に気付いた頃には、すでに遅かった。放たれた拳が、砲弾のような威力で叩き込まれた。怪物はワイヤーで引かれるようにして吹き飛んでいく。


「なっ……何なの? あなたはいったい、誰なの……?」

 弓狩は驚いたような、おびえたような顔で花鶏を見上げた。腕を広げる、守るために。

「下がっていろよ。この化け物は……俺が片付けてやるから」

「……花鶏? あなた、なの……?」

 言ってから、花鶏は自分の声が変身する前とまったく変わっていないことに気付いた。


「……なあ、クソベルトよぉ。こういうのって声変わるもんじゃねえのか、普通?」

『ボイスチェンジャー機能か。考えたんだが、音声認識との兼ね合いがどうにもね……』

 なるほど。変身の制御を音声認識でやる以上、もしかしたらあるかもしれない拡張機能の使用にも登録した音声を使用する必要があるのだろう。となると、ボイスチェンジャーで変わってしまった音域ではそれらが正常に機能しなくなる可能性があるということだ。考えてみれば、特撮ヒーローでも声質が変わるのは少数派だった気がしなくもない。


「……ということはだ、俺が変身した姿も聞く人が聞けば分かる、ってことになるな」

『そうだね。例えばキミの後ろにいる幼馴染は気付いているかもしれないよ』

「このクソベルト、やっぱり変身なんぞするんじゃなかったぜ!」


 花鶏は八つ当たり気味に怪物に向かって行った。怪物は太極拳めいた幻惑的な構えを取るが、長年の経験を持つ花鶏からすれば素人同然だ。逆手の牽制から順手の正拳、怯んだところに後ろ回し蹴り。大会や乱取りで何度も使った攻撃パターンだが、綺麗に決まったことはほとんどない。体がいつもより軽い。思っているよりも早く体が動く。そんな状況だからこそ、必殺の攻撃は綺麗に決まって行った。怪物が吹き飛ばされていく。

「思ってたよりよく動けるな、こいつは……!」

『キミの身体能力をブーストしている上に、神経伝達速度も向上させてある。いつもの思考プロセスよりも早いと感じるのはそのためだよ、花鶏勇吾くん』


 それはもしかして副作用があるタイプのものなのだろうか。一瞬不安になったが、そんなことを考えている暇はないようだ。怪物は傷口から緑色の血のようなものを吐き出した。それはすぐに風に溶けて行き、その痕跡すら発見出来なくなる。怪物は口を開いた、そしてそこに熱量を感じた。咄嗟に花鶏は回し受けの体勢を取った。

 炎の弾丸としか呼べないようなものが吐き出された。内から外へと手を回し、横合いから火炎弾をはたくことで弾く。恐らく中に固形物を詰めることで弾道を安定させているのだろう、ということが弾いた感覚で分かった。このままでは危ない!


「クソベルト、何か武器はねえのか! このままじゃ近付けねえぞ!」

『まだこの兵装に武器はない。だがこの状況を打破することは出来るかもしれないぞ。花鶏勇吾くん、ここは《ファイナルフェーズ》を使うのだ!』

「いちいちフルネームで呼んでくれなくていいっての! 《ファイナルフェーズ》!」


 花鶏は懸命に火炎弾を受け流しながら、ベルトに向かって叫んだ。すると、ベルトもオウム返しに『FinalPhase』という言葉を返した。

 全身にこれまで以上の力が漲ってくるのを、花鶏は感じた。そして、それは間違いではなかった。その姿を遠巻きに見ていた弓狩は気付いた。花鶏の全身が光り輝くオーラめいた、半透明な煙のようなものを発していることに。怪物もそれに気付き、火炎弾の密度を更に高めた。回し受けでも受け切れないほどの火炎弾が、花鶏の体に殺到した。

 だというのに。放たれた弾丸は一つとして花鶏を苛むことは出来なかった。体表に到達する前に、花鶏が発するエネルギーによってその威力を相殺されているのだ。怪物は狼狽した。花鶏は動いた。いままでよりも速く、いままでよりも力強く!

 苦し紛れに放たれた火炎弾の直撃を受けながら、花鶏は進む。あまりの速度に風が逆巻き、辺りの木々を揺らし、木の葉を舞い散らした。黄金の『力』が花鶏の右腕に集中する。怪物は狂乱するように雄叫びを上げながら、鉤爪を花鶏に向けて突き放つ。


 花鶏は体を沈め、鉤爪の突きを潜り抜ける。腰の入った正拳が怪物の腹に叩き込まれる。金色の光が、怪物の腹から背中へと突き抜けて行った。体表に傷はない、しかしそれは内側を蝕んでいるのであろうことが、外見からでもよく分かった。

 怪物は二、三歩後ずさりし、断末魔の叫びを上げながら爆発四散した。爆発の炎は何を燃やすことも、焦がすこともなかった。本当に爆発するんだな、と花鶏は思った。


 花鶏は弓狩に手を差し伸べた。彼女は恐る恐る、といった具合でその手を取った。

「……ところでクソベルト。このスーツはちゃんと脱げるんだろうな?」

『安心したまえ、勇吾。私はそこまで人の道を外していないつもりだからね』

 花鶏は携帯を手に取った。すると、携帯は何の抵抗もなく彼の体から外れた。彼の体を覆っていたラバースーツと外部装甲は急激に風化していき、あとには花鶏が残った。もちろん、彼が着ていた服もそのままになっている。花鶏は安心したように息を吐いた。


「とにかく、大丈夫か弓狩? どっか怪我してないよな?」

「え、ええ。あの程度の化け物に、私がどうにかなると思っていたの?」

 そう思っていたからあわてて駆け出して来たんだ、とは口が裂けても言えない。このテンションの時はだいたい弓狩は不機嫌だ。要らぬことを言えば痛い目を見るのは確実だ。

 と、そこで携帯から小さな音が聞こえた。見て見ると、見慣れないアプリがインストールされていた。花鶏はこめかみをひくつかせながら、そのアイコンをタップした。


『よく頑張ってくれた、勇吾くん。詳しい話をしたい。帰ろうじゃないか』

 いきなり携帯の中に現れた、このアプリはいったい何なのか。怪物は、あの姿は? そして頼まれていた調味料を買い忘れていたことに、花鶏は気付いた。


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