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魔法使いの師匠と灰かぶり姫

「やあ、綺麗なお姫様、お邪魔するよ」


 私が自分の部屋で読書をしていると、突然知らない声が窓の方から聞こえた。

 本から視線を上げて窓の方を急いで見てみるけれど、誰もいない。

 今の声は、私の聞き間違い?


「こっち、こっちだよ、お姫様」


 また聞こえた同じ声に、私はきょろきょろと辺りを見渡して発見したのは、一羽のカラスだった。黒いつぶらな瞳と目が合うと、カラスなのにまるで人間のようにニヤッっと笑ったように見えた。


「……もしかして、あなたが喋ったの?」

「正解」


 カラスはそう答えると、ひらっと飛び上がり、私のすぐ近くまで飛んで消えた。

 え、と驚いていると、私のすぐ目の前に見知らぬ黒い髪の男性が立っていて、綺麗な翡翠のような瞳が悪戯に輝いて私を見つめていた。


「驚いているね?フフ、それにしても、あの子の言っていた通り、綺麗な瞳をしている。これはあの子が夢中になるのも、わかるな」

「あの子……?」


 彼の言っている意味がわからず、私は首を傾げる。

 すると、ノックもなしにいきなり部屋の扉がバッと開いて、息を乱したシリルが飛び込んできた。シリルの背後には、シリルを止めようとしたと思われる城のメイドや騎士の姿が見えた。


「おや。やっと来たか」


 シリルは肩で息をしながら、黒髪の男性を睨んだ。

 私はそんなシリルの表情に驚く。だってシリルは、いつも人好きのしそうな笑みを浮かべているか、とても王子様めいた整った笑みを浮かべているかのどちらかの表情をしていて、いきなり人を睨むなんてことをする人ではないから。

 シリルは息が落ち着いてきたところで、カツカツと私に歩みより、私を抱き寄せた。

 突然のシリルのその行動に、私は戸惑う。


「……シリル?」

「おやおや。シリル、お姫様が困っていらっしゃるようだよ?」

「うるさい。何しに来たんだ、あんたは」

「何しに来た……ねえ」


 黒髪の男性は飄々とした風に肩を竦めた。

 シリルの睨みにもどこ吹く風だ。


「それは、久しぶりに再会した師匠に向かって、あんまりな言葉じゃないかい?」

「どうもお久しぶりです師匠。お元気そうですね。ではとっととお帰り下さい」

「酷いなあ、シリル。わたしと君の仲じゃないか」

「どんな仲でしたっけ?」


 ポンポン交わされる軽口に私はぽかんとしてしまう。

 そんな私の様子に気付いたらしいシリルが、苦虫を噛み潰したような表情で、本当に仕方なくと言った風に彼を紹介した。


「フェル、あそこにいる黒髪の男は俺の魔法の師匠なんだ。師匠はとても厄介な人だから、できるだけ関わらないように」

「それはないじゃないか、シリル。まあ、不肖の弟子はとりあえず置いておくか……初めまして、フェリシア姫。わたしはアゼル。そこにいるシリルの師匠になる」

「は、はあ……初めまして、アゼル様」

「フェル。師匠に敬称は要らない」

「でもシリルのお師匠様だもの……」

「ああ、なんていい子なんだろう。シリルには勿体ない。わたしのところへおいで、お姫様」

「あ、あの……」

「師匠。フェルを困らせるようなことを言うのはやめて貰えませんか」


 戸惑う私を庇うように、シリルは私を抱きしめる力を強めて言った。

 そんなシリルの様子をアゼル様はとても楽しそうに見つめ、肩を竦めてみせた。


「ふふ……おまえのそんな顔が見れるとはねえ。今日のところはこれくらいでいいにしてあげよう。お姫様、またね」

「もう来なくていい」


 ボソッと呟いたシリルの一言にその人は楽しそうな笑い声を上げて一瞬で消えた。

 私が目を瞬きさせてその人がいたところを見ていると、シリルが「はああ」と盛大なため息をついた。


「……やっぱり来たか。本当に物好きだなあの人も……」

「あの……アゼル様と仲が悪いの?」

「いや。別に悪くはないけど……あの人、褒められた性格してないから。だからフェルには会わせたくなかったんだよ……」


 そう言ってシリルは苦笑し、腕の拘束を解いて私を離した。

 そして真剣な表情で私をじっと見つめた。


「フェル。これからあの人が突然君のところに現れることが多々あると思うけど、相手なんてしなくていいから。それと気に入られようと愛想を振りまく必要もない」

「え?で、でもシリルのお師匠様なんでしょう?」

「だからこそ、だ」


 シリルは怖いくらい真剣な顔でそう言うので、私は訳がわからないながらも「わかったわ」と頷いておく。

 アゼル様が来られるとしても、すぐにすぐ来られるわけではないだろうと、私は安易に考えていた。



 ところが、アゼル様はその次の日も、そのまた次の日も遊びにやって来た。

 時には花を持って、時には珍しい薬草を持って、時にはお菓子を持参して。

 毎日のように、それも狙ってお茶の時間にアゼル様は現れた。


「こんにちは、お姫様。一緒にお茶をさせて貰えないかな?」

「は、はあ……どうぞ?」


 断る理由もないので私はついつい頷いてしまう。

 切羽詰まった用事もないし、そういう用事がある時は事前に察知しているのかアゼル様は来られない。

 アゼル様はにこにことして「ありがとう」と言って優雅に椅子に座る。


「今日はね、巷で人気のお菓子を持ってきたんだよ。お姫様も食べる?」

「え、ええ。頂きます……」


 アゼル様はそう言って小さな箱を取り出す。何もない空間から、である。

 これが魔法なのだろうか……といつもいつも関心して見てしまう。


 アゼル様は掴みどころのない人だった。

 常に飄々としていて、人をからかうの好きなのだと言っている。

 私とこうして毎日お茶を楽しんでいるのも、シリルをからかって楽しむためらしい。

 そんなアゼル様のお茶会での話は専らシリルのことであった。


「あの子はねえ、わたしのところに弟子に来た時は今では信じらないくらい荒んだ目をしていてねえ……どこの狼の子供かと思ったものだよ」

「まあ。そうなのですか?今ではとても穏やかな目をしていますけれど……」

「大人になったんだろうねえ。いやあ、あの頃のシリルはとてもからかい甲斐がって楽しかったよ。なんでもかんでも素直に反応してね。今ではすっかり可愛くない子に成長してしまったのが哀しいかな」

「は、はあ……」


 とても懐かしそうに、そして楽しそうに話をするアゼル様に、私は相槌を打つので精一杯だ。

 そしてシリルの幼少期に心底同情する。

 きっとろくでもない仕打ちを受けていたのだろうな……と察するくらいには、私はアゼル様の人柄というものを理解できるようになっていた。


「あの子が、にこにこと笑うことを覚えて、どんな時もにこにこと笑えるようになった時は心配したよ。なんでもかんでもその笑顔で包み隠す術を、わたしが教えてしまった。わたしの所にきたばかりのあの子は良くも悪くも自分の感情に素直で、自分を押し殺すことなんてしなかったのに、わたしがその素直さを潰してしまったんだ」

「アゼル様……」

「毎日毎日、楽しくもないくせににこにこと笑って。本当にあの頃のシリルは見てられなかったねえ。見ていられなくて、わたしへの依頼をすべてあの子に回してあの子を遠ざけた。人と触れ合うことでなにかあの子が変わるんじゃないかと期待して」


 ほとんど無駄に終わったけどねえ、とアゼル様は悲しそうに目を細めた。

 だけど、私はそんなアゼル様の話に首を傾げた。

 シリルが私のもとへ来てくれた時、シリルは笑っていたけど自分の感情を押し殺しているようには見えなかったし、時には困った顔をして、時には哀しそうにして、きちんと喜怒哀楽というものがあったと思う。

 そうアゼル様に伝えると、アゼル様はとても優しい目をして私を見つめた。


「それはきっとお姫様に出逢ったからさ」

「私、ですか?」

「シリルはお姫様に一目惚れしたんだろうねえ。そしてあなたがシリルに感情というものを思い出させてくれたんだ。だから、わたしはお姫様に感謝しているよ」


 不肖の弟子に感情を思い出させてくれてありがとう。

 アゼル様はそう言って私に頭を下げた。


「いえ!そんな……!私の方こそシリルには色々と良くして貰って感謝しているんです」

「運命、かな。シリルとお姫様は、お互いの足りない部分を埋めるために、出会うべくして出逢ったのだろうね。ふふ。遅くなってしまったけど、特別にわたしからお姫様にとって起きのおまじないを掛けてあげよう」

「おまじない……?」

「そうだとも。これはわたしから不肖の弟子と灰かぶりのお姫様に捧げる祝福さ」


 そう言ってアゼル様は私の手を取り、そっと目を瞑った。


「これから二人は皆から祝福されて、末永く幸せに暮らせる。子供にも恵まれ、死に際にはたくさんの子孫たちに囲まれて天へ召される」


 アゼル様はそう唱えると、私の手に何か温かいものが流れてきた。

 それが体全体に巡ったあと、すっと消えた。

 それと同時にアゼル様が目を開き、優しく笑った。


「これが、わたしから二人への贈り物さ」

「……素敵な贈り物、ありがとうございます、アゼル様」

「わたしには魔法しか能がないからねえ。フェリシア姫、シリルを幸せにしてやっておくれ」

「……はい」

「ふふ。あの子も良い子を見初めたねえ。わたしが貰いたいくらいだよ」

「―――あげませんから」


 突然シリルの声が聞こえて、私は声のした方を振り向く。

 そこには不機嫌そうな顔をしたシリルが立っていて、アゼル様を睨んでいた。


「師匠。その手、離して貰えませんか」

「おやおや。嫉妬深い男は嫌われるよ?」

「いいから離せって言ってるだろ」


 そう言ってシリルは乱暴にアゼル様の手をどかす。

 そんなシリルをアゼル様はただ楽しそうに見ている。

 その目には確かにシリルへの慈愛に満ちていて、私は心が暖かくなった。

 アゼル様はシリルと大切に想っているのだとわかる目だった。


「さあて。わたしはそろそろ退散しようか。そろそろ依頼を片づけに行かないといけないしね」

「……アゼル様、しばらくこちらには来られないのですか?」

「そうなるだろうねえ。ああでも安心しておくれ。お姫様とシリルの結婚式までには戻るから」

「別に来なくていいけど」


 ボソッと呟いたシリルの言葉をアゼル様は聞かなかったふりをして優雅に立ち上がって一礼をした。


「それじゃあ、またね、フェリシア姫と不肖の弟子。お姫様、あなたのウエディングドレス姿を楽しみにしているから」


 そうにっこり笑って、アゼルさまは来た時と同じようにカラスの姿に変じて空を飛び立って行った。

 それをシリルはブスッとして見送った。


「フェル。師匠の相手はしなくていいって言ってるのに」

「でも、アゼル様のお話はとても楽しかったよ。シリルの話をたくさん聞かせてくれたの」


 私がそう言うと、シリルは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「師匠め、余計なこと言ったんじゃないだろうな……」と空を睨むシリルに私は微笑む。


「アゼル様は、とてもシリルのことを大切に想っていらっしゃるのがわかって良かった。とても良いお師匠様だね」

「……まあ、な。俺の親かわりみたいなものだし……」


 そう言ったシリルは少し照れくさそうで、なんだかんだ言ってシリルもアゼル様のことをきちんと想っていることがその表情から見てとれた。


「結婚式、来てくださるといいね」

「……そうだな」

「あのね、シリル」


 シリルは「ん?」と不思議そうな顔をして私を見つめる。

 私はそっとシリルの耳元に顔を近づけて囁く。


 ――――私、絶対シリルを幸せにするからね。



 そう告げて、私は笑顔をシリルに向けた。

 シリルは驚いた顔をして、すぐにくしゃっと眩しそうな表情をして私を見つめた。

 そして、「期待しているよ、俺のお姫様」と私に言った。






数ヶ月ぶりの更新となってしまいました…。

次の話かあともう1話くらいで終わる予定ですので、それまでお付き合いしてもらえると嬉しいです…。



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