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後編

 シリルがいなくなってから、私の世界は急に色が無くなった。世界が白黒になった。

 私の口数は減り、笑わなくなった。

 従姉たちはそんな私を心配してくれたが、私の世界は閉ざされたまま。


 そんなある日、お城から使者が来て、私はお城に連れていかれた。心配した従姉たちもついてきてくれた。

 だけど、私はそんな状況もただぼんやりと見ているだけだった。

 私は謁見の間に通された。

 そこには陛下が待ち構えていた。


「そなたが、フェリシアで間違いないな?」

「……はい」

「フェリシア、こちらへ」


 陛下に近くに来るように言われ、私はのろのろと歩き出す。

 陛下の近くまで来たとき、私は陛下に無理矢理座らされた。

 そこにはクッションの良い椅子が用意されていて、私は突然座らされたにも関わらず大した衝撃もなく座った。

 私はぼんやりと陛下を見つめる。


「これは、私の妹が落としていった靴だ。履いて貰えないか?」


 陛下が取り出した靴に私は目を見開いた。

 そして震える手で靴を受け取り、履こうとしたが、上手く履けない。

 すると陛下が靴を履かせてくれた。

 靴はピッタリと私の足にはまった。

 それを見た陛下はにっこりと笑って私を見た。


「やはりそなたが私の妹だったか……!ああ、やっと会えた。お帰り、フェリシア」


 そう言って笑った陛下の姿とシリルの姿が重なって見えた。

 私は気付いたら涙が溢れていた。


「どうした、フェリシア。なにか、嫌なことでも?」

「いいえ……嫌なことなんて…ないです……」

「ではなぜ泣いている?」

「大好きだった人が……突然いなくなってしまったんです……私、悲しくて……」

「そうか……辛いな、フェリシア」


 そう言って、陛下は私をあやすように抱き締めてくれた。

 とんとんと背中を叩くリズムがどこか懐かしくて、私は直感的に本当にこの人が私の兄なのだと悟った。


「おにい……さま……」

「フェリシア、私達は唯一の家族だ。辛いことがあったら我慢せず、私に言いなさい」

「お兄様……!」


 私は陛下に、兄にしがみついて、シリルがいなくなって始めて大声をあげて泣いた。

 私が泣いている間、陛下は私の背中をさすってくれた。

 それから、私の世界がようやく回りだしたのだ。

 世界は少しずつ色を取り戻し、少しずつ私は笑えるようになった。


 それでもまだ、胸の中心はぽっかりと、穴が空ていた。




 私がお城で暮らすようになって1年が過ぎた。

 叔母は陛下の計らいで遠い地で静養している。

 従姉たちも叔母についていった。時折届く手紙では叔母は順調に快方に向かっているらしい。

 私は心から良かった、と思う。

 私の方は、お城で淑女教育を受けて、だいぶお姫様らしくなった。

 兄は私を可愛がってくれるし、城の人たちは皆優しい。

 私は皆の期待に応えられるように、必死に勉強した。

 ダンスも一通り踊れるようになったし、簡単な日常用語なら数ヵ国語を話せるようになった。

 しかしどんなに忙しくしていても、ぽっかりと空く時間はある。特に、夜は。

 そういうときはやはり思い出してしまう。

 彼に、シリルに会いたい。

 会ってお礼を言いたい。そして、私はきちんとお姫様になれたと報告をしたい。


 シリルは言った。君は幸せなお姫様になれると。


 でも、私は。

 シリルがいないと、幸せになれない―――



 ある日、陛下と久し振りに午後のお茶をする機会があった。

 日常の何気ない話を私がして、陛下が微笑みながらそれを聞いてくれる。

 陛下も最近あった面白い話を私に聞かせてくれる。私はこの時間が好きだ。

 ふいに、陛下は言った。


「なぁ、フェル」

「なんですか?陛下」

「こういう場では兄と呼びなさいと言っているだろう?」

「あ。ごめんなさい、お兄様」

「可愛い妹に免じて許そう」


 陛下は苦笑を浮かべるが、次には真剣な表情を浮かべて言った。


「フェルは、フェルを救ってくれた魔法使いがまだ恋しいか?」

「………はい」

「そうか……実はな、フェルに縁談がきている」

「縁談、ですか」

「そうだ。フェルももう18だろう?嫁いでもおかしくはない年齢だ」

「そう、ですね」

「私としては嫁に出すより婿にきてもらいたいし、フェルがずっと結婚したくなければ結婚しなくていいと思っているが、国が絡むとな……」


 陛下は苦々しい顔をした。

 陛下のいうことはわかる。私も王族の一員になったのだから、結婚は義務みたいなものだ。そう、教わった。

 でも今はまだ、私の気持ちの整理ができていないのだ。


「……そんな顔をしないでくれ。この話は断ってもいい話なんだ。ただ、先方がどうしても、と言ってくるのでな……」

「……別にすぐ結婚しろという話ではないのですよね?」

「ああ」

「すぐでなくてもいいなら……その話、お受けします」

「……いいのか?断ってもいいんだぞ?」

「国のためになるのでしょう?なら、私が断る理由はありません」

「フェル……ありがとう」


 私はにっこりと笑って見せた。

 私は今、上手く笑えているだろうか?





 私の結婚相手は、隣の国の王子様らしい。

 ただ、国を継ぐのは彼の兄王子らしく、彼自身は今は気ままな生活を送っているみたいだ。

 そんな彼が、今日、婚約するために城にやってくる。

 私は朝から念入りにお手入れをされ、気合いの入った化粧と格好をさせられた。

 出来上がった自分の姿は、彼に魔法をかけてもらった最後の夜の自分のようだった。

 少し泣きそうになったけど、泣いたら化粧が崩れてしまう。私は必死に涙を堪えた。


 そして私は私の婚約者と対面を果たした。



「初めまして、フェリシア姫。私の名はハミルトン・オドワイヤーと申します」

「初めまして。わたくしの名はフェリシア・アディ・マクファーレンです。よろしくお願い致します」


 私は儀礼的に答えて、顔をあげる。

 ハミルトン王子の顔を見たとき、一瞬シリルと見間違えてしまった。似ても似つかない顔つきなのに。

 あれ。そういえばシリルはどんな顔をしていただろうか?思い出せない。覚えているのは金色の瞳だけ。

 奇しくもハミルトン王子も金色の瞳をしていた。

 ハミルトン王子の歳は陛下と変わらないくらいに見える。

 すらりとした体に真っ直ぐな黒に近い茶色の髪。容姿はとても整っているが、愛嬌のある顔立ちをしている。


「陛下の仰っていた通りだ。とても綺麗な瞳だ」

「あ、ありがとうございます……ハミルトン王子の瞳も、きれいです」

「ありがとう」


 ハミルトン王子は笑うと幼く見える。

 私はハミルトン王子の笑顔に胸が高鳴った。


「フェル、今夜の夜会ではそなたのエスコートをハミルトン王子にお願いしてある」

「よろしくお願い致します」

「姫のエスコート役にさせて頂き、光栄です」


 ハミルトン王子は恭しく私の手を取り、口づけた。

 ただの挨拶なのに、私の胸の高鳴りは収まらない。

 こんな調子で、私の心臓は夜会の間もつのだろうか?



 私はいったんハミルトン王子の前から辞し、夜会の支度にかかる。

 夜会の支度もまた気合いが入る。

 私は少しうんざりしながらも大人しく女官たちにされるがままにされる。

 やっと支度から解放されて、私はハミルトン王子のもとへ向かう。

「とても綺麗です」とハミルトン王子に誉めてもらい、私は少し恥ずかしくなった。

 ハミルトン王子も素敵だった。黒を基調とした格好は彼にとても合っている。

 そして彼にエスコートされ、私は会場に入る。

 会場に入るときは苦手だ。みんなの視線を一斉に浴びるから。

 私は笑顔を保ち、会場を進んだ。

 やがて夜会が始まり、ダンスも始まる。

 当然のように私はハミルトン王子と一番乗りで踊った。

 そのあと何曲か踊ったあと、風に当たりに行きませんか、とハミルトン王子に誘われ、私は頷く。

 ちょうどテラスには人気がなく、私たちは自然と2人きりになった。

 私は空を見上げた。今日は満月だ。金色に輝く月の光がシリルを思い出させる。


「月がきれいな夜だ」


 私はハミルトン王子の台詞にどきり、とした。

 私の横で月を見上げる彼がシリルに見えて、私は慌てて彼から視線をそらした。

 そんなわけ、ない。シリルは、上品さとはかけ離れた人だった。

 ハミルトン王子はとても上品な人だ。

 だから、彼がシリルな訳がない。


「月がお好きですか、姫?」


 あぁ、もう。

 なんでシリルを思い出させるような台詞ばかり言うのだろう、この人は。


「昔は、好きでした。でも今は、好きではありません」

「なぜ?」

「大好きな人を思い出すからですわ」

「大好きな人?」

「ええ。酷い人なんです。私の心を勝手に奪って手紙1つでいなくなった。とても酷い人でしょう?でも、嫌いになれないんです……」

「…………姫」

「月を見るたびに彼を思い出して辛いんです……」

「…………酷い男だ。そんな男なんて忘れて、私を好きになりませんか?」

「まあ。すてきね」


 私はハミルトン王子を好きになって、幸せに暮らす自分の姿を想像した。

 とても素敵な未来図だ。彼と、彼の子供に囲まれて暮らす、きっと幸せになれる。


「素敵だけど……私があなたに恋をすることはありません。あなたを愛する努力はします。でも、恋をすることはありません。私の恋を捧げるのはただ1人。―――シリルだけなの……」


 私は真っ直ぐに彼と向き合って言った。

 彼は驚いたように目を見開いて私を見た。

 そして、困ったように笑った。


「参ったな……シリルに嫉妬しそうだ」

「ごめんなさい……」


 彼は笑いながら首を横に振る。


「いいや。それでこそ、俺の見込んだお姫様だ」

「……え?」


 不意にがらりと口調を変えた彼に私は戸惑う。


「俺が誰だかわからない?君の、魔法使い……いや、元魔法使いになるか」

「……うそ。うそだ。うそに決まってる……」

「嘘じゃないよ、俺のお姫様」

「だって……名前が……」

「あぁ、俺の正式名は、シリル・ハミルトン・オドワイヤーって言うんだ」

「……シリル?」

「そうだ。俺がシリルだよ」

「シリルは……そんなに、かっこよくなかった……」

「酷いな!いや、確かに髪はいつもボサボサだったけど、顔は変わってないだろ?」

「でも、でも……」


 未だに信じられないでいる私に、彼はしょうがないなぁ、と言って私の腕を引っ張った。

 そして、私たちの体が段々と浮いていく。

 前にも体験したことのある感覚。



「これで、信じてくれたか?」

「本当に、シリルなの……?」

「そうだって、さっきから言ってるだろ?」


 シリルは笑いながら優しく言う。

 その笑顔を見て、私はああ、シリルだ、と思った。


「どうして……どうして急にいなくなったの……?」

「それは……そういう契約だったからだな」

「契約……?」

「魔法使いは契約によって魔法を使う。あの日が俺の契約の最後の日だった」

「……契約って……誰が……?」

「君のお兄さんだよ。君のお兄さんから自分が即位するまでに妹を探して連れてきてくれ、と頼まれたんだ。それなりの対価を貰ってな」

「お兄様が……」

「俺は魔法を使って君の居場所を突き止めた。最初は君を見つけたらすぐにお兄さんのとこに連れてってあげようと思ったんだけどね、君の噂も君に会う前に聞いていたし。でも、君に会って考えを改めた。直感的に思ったんだ、この子を幸せにしてあげなきゃ、ってな」


 魔法使いは直感を大切にしろ、って教わるからな。

 シリルはそう言って苦笑した。


「それでも、頃合いを見て、お兄さんに会わせようと思ってたんだよ。でも君をお兄さんに会わせたら俺の契約は終了だ。君に会えなくなる。そう思ったら君をお兄さんに会わせるのが怖くなった。そうしてズルズルと先伸ばしにしていたら、あっと言う間に即位式の日になってしまった」


 きちんとさよならも言えずに悪かった、とシリルは謝った。

 私はなんて答えたらいいかわからなかった。


「俺さ、一応王子なんだけど、色々やらかしてて、家に帰りづらくて、気づいたら魔法使いになってた。王子なのに魔法使いって笑えるだろ?本当は王子なんて身分捨ててやろうと思ってたんだ。だけど、君にもう一度会いたくて、家に帰った。親父に何度も頭下げて、許して貰うのに1年かかった」

「私に会うために……?どうしてそこまで……」

「あー……これだけ言ってもまだわからない?」

「わかんない……言ってくれなきゃ、わかんないよ……」


 本当はわかってた。でも、言葉にして言ってほしかったのだ。

 他の誰のでもない、シリル自身の言葉で。


 シリルしばらく頭をポリポリかいて視線をさ迷わせていたが、覚悟を決めたように私を真っ直ぐ見つめた。


「……俺は、君が好きだ。俺のお嫁さんになってください」

「……はい」


 私は精一杯微笑んで、頷いた。

 月が私たちを祝福してくれているような気がした。





 こうして、灰かぶり姫は魔法使いによって、世界でいちばんしあわせなお姫様になったけれど、2人が結ばれるのは、まだ、先の話。



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