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中編

 シリルと出会ってから早くも1年が経った。

 最近、街がそわそわしている。

 シリルと出会ってすぐ国王陛下がお亡くなりになられた。その喪が明け、近々、王太子殿下の戴冠式が行われる。

 その戴冠式のあとにある舞踏会は国民であれば誰でも参加できるという、規格外な夜会が開かれる。その夜会の準備で街中がそわそわしているのだ。

 中でも若い娘たちは忙しなく動いている。その夜会で王太子殿下の妃を選ぶという噂があるからだ。

 ドレスの準備に、アクセサリーの準備、靴の準備で娘たちのほとんどは大わらわしている。


 私には、関係のない話だけれど。


 私は夜会に出る気はまったくない。

 叔母が許さないだろうし、私が着飾るよりも従姉たちを着飾る方が楽しい。

 従姉たちは夜会に出る気満々のようで、準備に追われている。なぜかシリルまで準備を手伝っていた。

 私が3人の手伝いをしようとすると「いいからいいから」と断られてしまう。

 仲間外れにされているようで寂しい。

 私は少し拗ねながら家事に勤しむ。



 そんなこんなでやってきた、舞踏会の日。

 私は慌ただしく従姉たちを着飾る。

 仲間外れにされた悔しさを、コルセットを思いっきり絞めることで晴らす。

 2人分やると、額に汗が浮かんだ。

 うん、いい仕事した。

 従姉たちのドレスの着付けを手伝い、念入りに髪を巻いてまとめる。

 私は出来上がった2人の姿を見て満足する。従姉たちはとても綺麗だ。私の自慢の従姉だ。


「姉様たち、とても綺麗」

「ありがとう、私たちの可愛いフェル」

「フェルが仕上げてくれたんだもの、綺麗になるのは当然だわ」

「さあ、私たちに魔法をかけてくれたお姫様。今度はあなたが魔法にかけられる番よ」

「あなたの魔法使いがお待ちかねよ」

「ね、姉様……?どういうこと?」


 にっこりと笑う従姉たちは私の背中をポンっと軽く押す。

 押された先にいたのは、シリルだ。


「先に行って待ってるわ」

「フェルも早く来るのよ」


 そう言って従姉たちは叔母を連れて家を出た。

 私は訳がわからずシリルを見上げる。


「シリル……?」

「なあ、俺のお姫様。俺は君をしあわせにするって約束したよな?」

「う、うん」

「今日、俺は君を世界でいちばんしあわせなお姫様にしてみせる」


 こっちにおいで、俺のお姫様。

 そう言って彼は私を招く。

 私は彼に招かれるまま、彼の前に行く。

 すると彼は今にも泣きそうな、複雑な笑みを浮かべた。

 どうしてシリルはそんな顔をしているの?


「俺さ、フェルの綺麗なその紫色の瞳が好きなんだよ」

「私も……シリルの金色の瞳、好きだよ。お月様みたいにきれいだから……」


 そう私が言うと、シリルは一瞬目を見開いて、何かを堪えるように上を見た。


「こんな予定じゃなかったんだけどなぁ……」


 シリルはなにか言っていたが、小さい声だったので私には聞こえなかった。

 シリルは私に顔を向けると、私の大好きな笑顔を見せた。



「今から君にとっておきの魔法をかける」

「とっておきの魔法って?」

「君を“本物”のお姫様にする魔法だよ」


 じっとしていて、と言うと、シリルはどこかから杖を取り出した。

 シリルが杖を使って魔法を使うところを私は見たことがない。彼は普段魔法を使うときに杖を使わないのだ。

 そして彼は集中するように杖の先を見つめる。

 そして杖を1振りする。

 すると、私の体が光に包まれた。


「な、なに……?」


 しばらくすると光が消え、私は綺麗なドレスを着ていた。


「え?これが魔法なの……?」

「そう。そのドレスな、フェルの従姉(姉さん)たちが用意してくれたんだぜ?おばさんにバレないように、フェルに気付かれないように、こっそりな」

「姉様たちが……」

「このドレスには、俺の魔法もかけてあるんだ。軽いだろ、そのドレス」

「うん。これ、姉様たちとシリルからのプレゼントなんだね……!」

「おっと。まだあるんだぜ、プレゼントは」


 シリルはそう言うと、箱を持ってきた。

 そこには紫水晶アメジストのイヤリングと綺麗なティアラが入っていた。


「これも俺たちからのプレゼント。髪を整えて化粧をしないとな。俺、こういうの得意なんだよ。だから、座った座った」


 シリルは私を化粧台の前に連れていき、座らせる。

 そして慣れた手つきで化粧をしていく。

 出来上がったのは、本物のお姫様みたいに輝いている女の子だった。


 ―――これが、私?


「これも魔法なの?」

「そうそう。魔力は使ってないけどな」


 仕上げと言ってシリルはティアラとイヤリングを私につけてくれた。

 出来上がりに満足したらしいシリルはうんうんと頷いている。


「これは、俺がフェリシアのために作った靴だ」


 シリルが大事そうに抱えて持ってきたのは、全部がガラスでできた靴だった。


「俺の最高傑作だよ。履いてくれるか?」

「うん……もちろん」

「では。―――お姫様。貴女に靴を履かせる栄誉を俺に与えてくださいますか」


 シリルは私に靴を差し出し、恭しく膝を追った。

 私はシリルが王子様みたく見えてどきどきした。

 私がぎこちなく頷くと、シリルはまるで宝物でも触るような慎重な手付きで私にガラスの靴を履かせてくれた。

 それがなんだか色っぽくて、私の胸の高鳴りが更に大きくなる。

 そしてシリルは立ち上がり、私の手を取って立ち上がらせた。


「どう、その靴の履き心地は?」

「すごく足に馴染むよ。こんな素敵な物を作ってくれてありがとう、シリル」


 私は笑顔でシリルにお礼を言う。

 するとシリルは泣きそうな顔をして私を抱き寄せた。


「あ、あの……シリル?」

「ああ、もう。なんでそんなに可愛いこと言うんだよ……!」

「ご、ごめんなさい……?」

「謝ってほしいんじゃなくて……はぁ……」


 デコルテのドレスなので、シリル吐息が直接首筋にかかってぞくぞくする。

 しばらくシリルは私を抱き寄せていたが、ゆっくりと名残惜しそうに私から離れた。


「あまり時間がない。もう行かないと」

「どこに?」

「舞踏会に決まってるだろ」

「でも私、ダンスなんてできないよ」

「大丈夫。靴に魔法がかかってる。ダンスを上手く踊れる魔法が」


 シリルは私の手を取って、家の前までエスコートする。

 そして杖をひと振りすると、かぼちゃが馬車に、ネズミが馬に、鶏とトカゲが御者と従者になった。

 すごい。これがシリルの魔法なんだ、と改めて思った。


「さあ、早く乗って」

「うん」


 私はトカゲの従者に手伝って貰ってカボチャの馬車に乗り込む。

 シリルによってカボチャの馬車のドアは閉められた。


「シリルは?ついてきてくれないの?」

「俺は……行けない」

「どうして?」

「もう時間がない。早く行きな。ああ、言い忘れてたけど、俺がかけた魔法は0時になると解けてしまうから、それまでには帰ってくること。わかったか?」

「うん、わかったけど……でもシリルは」

「ほら鶏!早く馬車を出せ!」


 シリルに言われて鶏の御者は慌てて手綱を操る。


「待って、シリル……!」

「俺のお姫様。今夜、君の運命が変わる。良い方向にな。俺は君のしあわせをずっと祈ってる」


 そう言ってシリルは、優しく微笑んだ。

 やめて。なんでそんな別れの台詞みたいなことを言うの。


「シリル!!」


 私が彼の名前を呼ぶと同時に馬車が発車した。




 私は呆然としたまま、馬車に揺られる。

 どうしてシリルはついてきてくれないの。

 どうしてシリルはあんな、別れの言葉みたいなことを言ったの。

 どうして。


 私が考え込んでいるうちに馬車はお城についた。

 私はゆっくりと馬車から降りる。

 とにかく、行かなくちゃ。シリルが行けと言ったから、行かなくちゃ。それに、従姉たちが待っている。

 私はゆっくり歩き出す。

 お城の中に入ると、たくさんの人が談笑をしていた。

 みんなきらきらしていて眩しい。

 私は目を細めた。

 そしてぎこちなく一礼をしてダンスホールに足を踏み入れた。


 頭をあげて一番最初に、目が合ったのは綺麗な金髪に紫色の瞳を持つ男性だった。

 彼はにこやかな笑みを浮かべ、私に近づいてきた。


「こんばんは、美しい瞳のお嬢さん」

「こんばんは……」


 挨拶ってこんばんはで良いのだろうか?

 彼はどう見ても貴族階級の人だ。なにか失礼にあたらないだろうか。

 彼は私をじっと見つめていた。

 懐かしむように私を見る彼に私は首を傾げる。

 なんだろう?私、なにかしてしまった?


「失礼……あなたが知り合いにそっくりだったのでついつい見つめてしまった」

「私が?」

「ええ。何かの縁だ、一緒に踊って頂けませんか」


 私はダンスに誘われて戸惑う。

 彼は貴族だ。平民の私がダンスを断るのは失礼だろう。


「私でよろしければ……」


 私は彼の差し出した手をおずおずと取った。

 彼は嬉しそうに笑う。

 そして曲が流れ始める。ダンスなんてさっぱりわからないが、体が勝手に動いてくれる。これもシリルの魔法の力か。

 曲が終わり、なんとか乗り切った、とほっとしたのもつかの間、彼に見せたい物があると言われてどこかに連れてかれた。

 連れてこられたのはたくさんの肖像画が飾られた部屋だった。


「ここには、歴代の国王と王妃の肖像画が飾られている。これが先代の国王夫妻の肖像画だ」

「この方たちが先の国王陛下と王妃様……」

「そう。貴女は王妃にそっくりだ」


 そう言って彼は私と向き合った。


「私をご存知か?」

「ごめんなさい、知りません」

「まぁ、そうだろうと思ったが……実際に知らないと言われると傷つくな。私の名は、エドワード。エドワード・グレン・マクファーレン。私の名はさすがに知っているだろう?」

「こ、国王陛下……!大変失礼致しました、陛下とは知らず、とんだご無礼を……」

「いや、気にしないでほしい。先に名乗らなかった私が悪いのだから。それよりも、話の続きをしても構わないか?」


 私はこくりと頷くのに精一杯だった。

 だって、雲の上の人だと思っていた国王陛下とこうして向かい合って話をしているだなんて、信じられないではないか。

 私はただの平民の娘なのだ。恐れ多くて陛下と口をきくことなんてできない。


「私には4つ年下の妹がいた。しかし、妹は12年前に何者かに連れ去られ、行方がわからなくなっていた。母はそのショックで倒れ、そのまま重い病にかかり、亡くなった。母が亡くなったあとも妹を国をあげて探したが、見つからなかった。見つかったのは、当時妹が身に付けていたブローチだけだった。それでも諦めきれなくて、父は必死に妹を探した。しかし、妹を見つける前に今度は父が病に倒れた。そして父が亡くなる前に私に言った。『なんとしてでも娘を見つけ出せ』とね。私は父の望み通りにあらゆる手を使って妹を探した。そして見つけたのが、あなただ」

「え……?でも私には両親が……」

「あなたには5歳より前の記憶があるか?」

「いいえ、ありません」

「あなたは誘拐されたショックで記憶を失ったんだ。あなたを誘拐した輩は途中であなたをどこかに置き去りにしたのだろう。置き去りにされたあなたを拾ったのが、あなたのご両親だ」

「そんな……お父様とお母様は私の本当の両親じゃなかったの……?」

「戸籍の記録にあなたはご両親の実子ではなく養子として書かれていた。年齢も妹と一致しているし、なりよりあなたは亡き母に瓜二つだ」

「そんな……私が、王女様……?嘘だわ、そんなことあるわけない……」

「あなたは指輪を持っていないか?」

「指輪……?持ってますけど……」

「今も持っているか?」

「はい。これだけは、いつも肌身離さず持っているので……」


 この指輪は大切な物だから肌身離さず持っていなさいと両親に言われてから、私はこれをずっと身に付けている。

 指にすると目立つので、紐を通してネックレスのようにしていつもぶら下げている。

 私はその指輪を取り出し、陛下に渡した。

 陛下はそれを受け取るとまじまじと指輪を見る。


「……間違いない。これは、妹の指輪だ。私が妹にプレゼントしたものなんだよ、王族の証として。ほら、ここに王家の紋章が刻まれている」


 私は王家の紋章なんて知らないけど、陛下がそういうならこれはそうなのだろう。

 確かに、陛下が指さしているところには模様が刻まれていた。

 私が納得した時、ゴーンと鐘が鳴った。

 私はハッとする。


 いけない。もう0時だ。戻らないと。


「申し訳ありません、陛下。私、帰らなきゃ」


 私は陛下に一礼をするとくるりと方向転換をして来た道を駆ける。

 陛下が追いかけて来る気配がするが、構ってられない。私は戻らないといけない。

 ―――魔法がとけてしまうから。


 私は馬車に慌てて乗る。その時に靴を落としてしまったが、構ってられない。

 私は馬車を発車させて、急いで家に戻った。

 ギリギリのところで間に合ったようで、魔法がとけたのは家のすぐ近くだった。

 私はもとに戻ってしまった馬車や御者たちを見て、間に合って良かった、と胸を撫で下ろした。

 そして私ははっとして急いで家に入る。


「シリル?シリル!どこにいるの、シリル!」


 大声で彼を呼ぶが返事はない。

 私は嫌な予感がして、自分の部屋へ急ぐ。

 いつもなら彼の所定位置のクッションに寝そべっているのに、そこに彼はいなかった。

 私はクッションに近づく。

 クッションの上に1枚の紙が置かれていた。


『フェリシアへ


 俺の役目は終わったみたいだ。

 これから君はしあわせになれる。

 今までありがとうな。世話になった。

 どうか元気で。


 シリル』


 簡潔な、彼らしい、優しい手紙。

 私の視界が滲む。

 どうして。どうして、急にいなくなっちゃうの。

 私は、私は……。


「私……シリルのこと、好きだったんだ……」


 今更気づいたこの気持ち。

 でも、もう遅い。彼はもういなくなってしまった。

 私は込み上げる嗚咽を必死に押さえた。

 嗚咽は押さえられても、涙は止まらなかった。


 私はもう、シリルに会えないの――――?





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