一人ぼっちの吸血鬼
晩乃葩第五作目。
大粒の雨が地面に叩き付けられる。風が木の葉を舞い上げる。雷鳴が辺りに鳴り響く。嵐の中、僕はとある廃墟の部屋の片隅に膝を抱えて座り込んでいた。嵐は一向におさまる様子がない。
「雨、止まないね」
僕は傍らの黒猫に話しかけた。すると黒猫は、
「ニャー」
と短く返事をする。軽く喉の辺りを掻いてやると、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
僕がこの廃墟にやって来たのは、もうずっと昔のこと。僕がふと目を覚ますと、そこは何もない、荒れ果てた丘だった。辺り一面岩だらけ。草の一本も生えていない。勿論、人なんているはずもなかった。とにかく、雨風をしのげる場所が必要だった。当てもなくその辺をほっつき歩いていると、そこには一つの廃墟が不気味な様子で建っていた。その廃墟は、突然目の前に現れたようだった。するとどこからともなく、あの黒猫がやって来て、僕を出迎えた。本当のところはどうだか知らないが、少なくとも僕の目にはそう見えたのだ。黒猫は廃墟の一室に僕を案内した。外から見ると、壁や屋根がほとんど崩れ落ちていて、酷い荒れようだったが、その部屋だけは壁も天井も何とか残っていた。石は剥き出しで冷たかったが、生きていくのには十分だった。
そういう訳で、僕はこの廃墟に住み着くことになったのだ。今僕が来ている服も、この黒猫がどこからか運んで来たものだ。最初の頃こそ重くて動きにくく、邪魔臭かったが、今ではすっかり体に馴染んで心地良い。
僕はその服の裾を少しだけ引きずらせて立ち上がった。特にすることがあるわけではないのだが、それでも何かせずにはいられなかった。普段はただ無気力に座っているだけの僕だが、今日は何かが違った。外を覗いてみると、いつの間に嵐が止んだのか、そこにはただ静かな夜があるばかりだった。空を見上げると、そこにはいつもある筈の月がなかった。雲一つないというのに、どこを見ても、あるのはキラキラと瞬く小さな星屑ばかり。今日は新月だ。僕がそわそわしているのは、この新月のせいなのだ。
新月の夜はいつもこう。何だか体がざわざわして落ち着かなくなり、目が冴える。正体不明の何かが僕の体の中で蠢いているような、そんな感じ。自分でもよく分からないが、とにかくいつもと違うのだ。僕は再び月がないのを確かめると、部屋に戻った。
部屋に入ると、黒猫が僕の足元にすり寄る。その時だ、またあいつが来たのは。
「あっ……が……」
僕はたまらずその場に倒れこんだ。苦しい。誰か、誰か助けて、誰か……
誰か血を頂戴
「うわああああああああ‼」
頭の中で誰かの声が反響する。気持ち悪い。気持ち悪い。止めて。止めて、止めて止めて止めて止めて。うわ言のように呟き続けるが、意味はない。それどころか息苦しさは増すばかりだ。何とか息をしようと、口を動かす。黒猫が鳴きながら僕の周りをうろうろしている。しかしそれを気に留めるほど、今の僕に余裕はなかった。どうすればこの声を止めることが出来るのだろうか。それは、僕の中のあいつがよく知っていた。
何かがプツリと切れる音がした。
気付くと、僕は自分の手首を噛み千切っていた。自分の血を貪るように飲む。美味しいとか美味しくないとか、そんなことは最早分からない。自分でも訳が分からないが、とにかく血が欲しくてたまらなかった。違う、これじゃない。あいつはそう言っているけれど、もう止めることは出来なかった。
目を覚ますと、僕は床に転がっていた。目の前にはもう乾いてしまった血だまりが広がっていた。そこで僕は昨夜の出来事を思い出す。どうやら僕はあのまま意識を失ってしまったらしい。その間ずっと黒猫は傍にいて傷口を舐めていたらしい。僕が身じろぎをすると、舐めるのを止めて小さく鳴いた。僕は黒猫の頭をそっと撫で、体を起こす。少し頭がクラクラしたが、それでも何とか立ち上がる。いつものことだ、こんなのは。またしばらくはいつも通りの日々が続くのだろう。
僕はまた、何をするでもなく、黒猫と一緒に部屋の片隅に膝を抱えて座り込んだ。
大分久し振りの投稿でございます。
危うく失踪するところでした。
今回の作品は完全なる自己満足です。
一人でも共感して下さる方がいらっしゃったら嬉しいなー、なんて。