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パレード。

 

 平日とはいえ、パレードを見るにはのんびりし過ぎたため、どれだけパレードコースを先取って歩いたところで、人でいっぱいだった。


 キャストの誘導で皆座っているが、その後ろに座ってしまうと私たちではフロートの上に立つキャラクターしか見えない。

 パレードはキャラクターたちだけではなく、その周りで踊っているダンサーの衣装を見るのも醍醐味のひとつだ。


「やっぱり見えないねぇー」


 残念なはずのそのセリフも、お兄ちゃんは楽しそうに言う。


「仕方ないわね。離れたところで見るしかないかな」


 と、お姉ちゃんは残念そうに言う。

 そこで私はふと、先ほどのおかしな兄妹のやりとりを思い出す。

 言うなら今だ。


「だだったらお兄ちゃんさ、私が肩車してあげよっか?」


 ちょっと噛んだけど言えた。

 すると、お兄ちゃんがクスクスと笑う。


「えーいいよぉー。それにドレスだから、セリカちゃんスカートの中に頭入っちゃうよぉー」


 それでいいんだ。

 それがいいんだ。

 どんなパレードよりも素敵なお祭りじゃないか。

 想像するだけで血糖値が上がる。


 そんな具合で私たちが仕方なくパレードコースから離れようとしたとき、コースルートを挟んだ向こう岸から熱い視線を感じる。

 カスではない。もっと純真でまっすぐで一ミリもぶれないビームのような眼差しが、私の隣に立つふわふわちゃんに注がれている。


 ただ、当の本人に気づく様子はなく、頭の上のクマ耳の位置を直しながら、花咲に「だねぇー」と何かの相槌を打っていた。


 ビームの主はとうとう我慢できないといった様子で、自分のいるツアー客用の特別観覧エリアから飛び出すと、興奮気味に頬を紅潮させてこちらにずんずんと向かってくる。


 まだ小学生にあがる前くらいだろう。

 シンデレラデザインのプリンセスドレスを着こんだちんまい女の子が、お兄ちゃんの前に回り込むと、スカートの裾を地面に広げながら、


「お、おひめさま!」と立膝をつくと、「弟子にしてください」と続けた。


 そのメルヘンな格好と武士のような振る舞いに、お兄ちゃんは容易くパニックに陥る。


「え、あ、えっと……おひ……でし……ふぁぇぇ!?」


 しかし、パニクりながらも幼い頃から染みついたかわいらしい仕草で、あわわと口元に手を当てる。

 目の前の女の子もそれに倣って同じようにしたかと思うと、次に猛烈に自己紹介を始めた。


「みうはおひめさまになるために、日夜修行に励んでおります。好きなお菓子はケーキです。好きなアニメはプリキュアです。好きなお豆腐はきぬです。好きな国はイタリアとフランスです。好きな犬はラブラドールレロ……ラブラロ……ラ……です。好きです!」


「あ、ありがとぉ……えと、でもボクぅお姫様じゃ……」


 その剛速球な告白にたじろぎながらも、それを否定しようとするお兄ちゃんの口を私は慌てて塞ぐ。

 もがもがというお兄ちゃんのあたたかい息が手のひらに当たって心地良い。

 そして、他の二人も私と同じ考えに至ったらしく、

 まず、お姉ちゃんがしゃがみこんで、そのみうちゃんと名乗る女の子に目線を合わせる。


「私たちは、このお姫様とパレードに見に来たんだけど、もう人がいっぱいだからお城に帰ろうと思うのです」


「あーどこかに一緒に見てもいいと言ってくれる心の優しい人はいないかなー」


 お姉ちゃんの胡散臭い芝居を、花咲が棒のようなセリフで追いかける。

 すると女の子は着ていたドレスのスカートの裾を掴むと、丁寧にお兄ちゃんにお辞儀をする。


「どうぞ、みうのところへおここしください」とたどたどしく言った。


「で、でもぉ……」


 お兄ちゃんが再び申し訳なさそうな顔をすると、女の子の表情がみるみるとくもっていく。


「あ、えと、そうじゃないんだよぉー……そうじゃなくって……」


「あーあ。お姫様が女の子泣かした」


「え、ええー……」


「ごめんねみうちゃん。せっかくの丁寧なお誘いだけどうちのお姫様が嫌なんだって」


「え、ええー……」


「ここでお姫様がうんと言ってくれたなら、皆幸せになるんだけど、私たちはお姫様に仕えるものなので、あきらめます」


「え、ええー……」


 花咲、私、お姉ちゃんの言葉に追いつめられたお兄ちゃんにはもう折れるしか選択はなく、渋々とドレスの裾を掴むと、「お、お受けいたします」と頭をさげ、みうちゃんの手を握った。

 目の前で曇っていた顔がみるみる快晴に変わる。

 みうちゃんにエスコートされ観覧席に行くと、ご両親だと思われる二人も私たちを迎え入れてくれた。


 パレードがやってくるまで、お兄ちゃんは駄菓子の接待をうけながら、おそらく今日買ってもらったばかりであろう、ブレスレットやネックレス、ティアラなどのプリンセス装備で身を固められていった。

 せっかくのクマ耳が……。


 いざパレードが始まると、不思議なことが起きる。

 どのキャラクターもパフォーマンスの合間にほんの一瞬だがこちらを見て動きが止まる。

 フロートの上のアリスに至っては二度見するのだ。

 そして、その原因であるうちのお兄ちゃんは、星が瞬くような笑顔で胸の前で小さく手を振る。

 その控えめ態度がよけいにお兄ちゃんのかわいらしさを引き立たせる。

 素材がよければ手間や演出は最小限の方がいいというのはこんな場合でも当てはまるのだ。

 みうちゃんは、パレードと隣のお姫様との間で忙しなく首を往復させていた。


 十分ほどですべてのフロートが目の前を通り過ぎ、丁寧にお礼を言って帰ろうとしたところで、みうちゃんがお兄ちゃんのスカートの裾をちょいちょいと引っ張る。

 カスでなくても目じりがさがる光景だ。

 お兄ちゃんが腰を屈めると女の子は、母親に言って一冊のノートを出してもらうとお兄ちゃんにサインをくれるように頼む。


 当然、「ど、どどどどうしよぉー」となるお兄ちゃん。

 しかし、またもや少女の顔が曇りだすので、ひとまずノートを受け取ると、お兄ちゃんは「見てもいい?」と女の子に断ってから、中のページをめくる。

 その中はクレヨンで書かれた色んなお姫様とお城の絵でいっぱいだった。


 するとお兄ちゃんは新しいページをめくり、そこにさらさらとペンを走らせた。

 出来上がったのは自分と女の子がシンデレラ城をバックに手を繋いでいる絵だった。

 デフォルメされているが、特徴をちゃんと捉えていて、女の子もそこに描かれているのが自分だとすぐにわかったようだ。

 ただ、絵の端に書かれたサインが「五年四組 姫宮星良」なのが残念だけど、まだ文字の読めない彼女はそれでも大いに喜んだ。 


 そんな間にも、お姉ちゃんはご両親に「ご入学式ときなどに……」と、うちのブランドのパンフレットを配るのを忘れなかった。


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