夢と魔法。
でもしかしだ。
お兄ちゃんが子供を産みたいというなら、私は何とかしてあげたいと思う。
少し考えてみたのだけど、何とかなるんじゃないかという気がする。
例えば、お兄ちゃんが想像妊娠をしているときに全身麻酔で眠らせて、その間に私が産む。お兄ちゃんと私の子を。
その提案をこっそりお姉ちゃんと花咲にしてみたら、更にゲンナリさせてしまった。
私はそんな二人と夢想中のお兄ちゃんを置いてとりあえず近くにあるトイレに入る。
ここのトイレは清潔で本当に気持ちがいい。
トイレが汚ければ女子の夢と魔法は一気に覚めてしまう。
そんなことに感心して出てきたところで、聞いたことのある雑音が鼓膜に届いた。
「ちょっと休もう。な?」
「え、ダメですよー……」
振り返るとそこにはわが街の小学校のスケジュールなら奴に訊けというお巡りさんと、ふわりとした栗色の髪のワンピース少女の姿があった。
「おい、異常性愛者。手を頭の後ろに回して地面に膝をつけ」
「セリカちゃん! え、どうしたの? 遊びに来てるの? セイラちゃんも一緒? って、今日はかわいいドレス着てるねー! スカートのギャザーでボリュームが出ている分、上半身はシンプルにまとめてあって、子供ならではの華奢な体型を十二分に活かし切ってるよ!」
「だから詳細に褒めるなカス。適格過ぎるだけによけいに気持ち悪い」
「あ、お写真撮っていいかな? いや、ただの記念写真だよ。もちろん焼き増して今度ちゃんと渡すし、絶対大丈夫だから」
「勝手にテンションあげんなよ。焼き増すなよ。そして大丈夫って言われたことに危険を感じるよ」
「ロリコン」
そう呟いたのは私ではなく、隣に立っていた女の子だった。
「このロリコンさん!」
「やめろ! こんなドリームランドでお前は何てことを叫ぶんだ! 僕はいくつになってもピーターパンだぞ!!」
それも問題だ。
「助けてください。誘拐です。誘拐犯です。ロリペドです」
そう言ってこちらに駆け寄ってくる女の子。
「違う! 僕はペドじゃない!!」
「中途半端に否定するなよ」
「ロリペドざない!」
「噛むなよ。今警察呼ぶからそこ動くなよ」
「思い出してセリカちゃん! 僕警察!」
「犯罪は犯罪。警察を捕まえるのもまた警察。聞こえてたぞ。何だ『ちょっと休もう』って」
「いや、それは違うんだよ! ってか、セリカちゃんそういう言葉の意味知ってんの?」
「セクハラ、いや、迷惑防止条例違反か」
「な、何で……って訊くのもダメだよね!」
「六ヵ月以下の懲役、又は五十万円以下の罰金」
「もう辞職しかない!」
「落ち着けカス。ロリコンは病気だ。ゆっくり治療しろ」
「う――」
「服役中に」
「セリカちゃん刑事になれるよ! 今、危うく頷きそうになった!!」
「警察を呼んでない今なら、まだ自首扱いだ。電話番号わかるか? 1・1・0だ」
「話進めないで! 僕は全然そういうんじゃないから!!」
「いつまでもそんなことを言うようなら、殴り倒して、その顔を踏んづけるぞ」
「やったー!」
「お巡りさんこの人です!」
「しまった!!」
バカを放置して、私は女の子の方に向きなおる。
近くでよく見ると、柔らかそうな頬っぺには薄らチークが塗られてあり、目元も口元も軽くではあるがメイクしてある。
私も今日の撮影の関係で塗ってはいるけど、そういうのとは違う、何というかナチュラルに肌に馴染んでいるというんだろうか?
「お名前は?」
「あ、えと、くるみです」
これまたロリコンが好きな名前トップ5に入ってそうな名前だな。
「何年生?」
「えと、に、二年生です」
「二年生! 最近の子供は発育いいとはいえ、育ちすぎだよ! 同級生かと思った!!」
体は小五、頭脳は小二。しかもかわいい。
男の子なのに超絶かわいい子と一緒にガラス張りのお部屋に保護して、観察して、飼育してあげたい。
「そいつは僕の妹だよ」
いつの間にか立ち直った、カスのその言葉に私は思わずのけ反った。
「まじパねえっ!」
「まあ、驚くのもムリないけどね」
「とうとう脳内妹と現実の区別までつかなくなったのか。世の中の女子小学生は皆『俺の妹』か? お前の妹がこんなにかわいいわけがないだろ」
「どこがどうかわいいんだ! そいつはもう大学生だぞ!!」
「聞き苦しい! 見苦しい! 息苦しい! 無理やり合法ロリに持ち込もうとするなんて悪質極まりない手口だ! だいたいな、こんな花咲より背が小さくて、胸も小さくて、肩からうさぎさんのポシェットを斜め掛けしているような大学生がいるわけないだろ!! あの華奢な手足もどう見てもお前の大好きな清純派女子小学生だろうが!!」
「こんなところでそんなこと大声で言わないでよ!」
「だってこんな小学生……」
さらに言い返そうとしたところで、足元のどんよりしたかたまりの存在に気づく。
見ると、先ほどの女の子がその場で膝を抱えうずくまってていた。
んー……。
えっと……。
「あの……本当に大学生? ですか?」
私が恐る恐る尋ねると、くるみ……さん(?)はうさぎさんの口元のジッパーを横に引いて、中から免許証を取り出した。
『加須來海』。
そこには漢字で書くと意外と硬い名前と一緒に写真が載ってあり、それは紛れもなく目の前の清純派ロリータと一致した。
「えと……こども自動車運転免許証?」
「本物ですっ!」
「すごい……こんなロリコンの夢を形にした人間が存在するなんて。まさに夢と魔法! でもどうしてそんな格好……」
「い、一応、これ大人用のワンピースなんです……」
「その大きさは大人用ではないですよ?」
「丈を詰めてもらったんです」
「無駄なお金! じゃあ、そのポシェットは?」
「これは……兄さんが喜ぶから……」
そう言って照れた様子で爪先に小さな円を描くくるみさん。
うわー、なにその残念な反応……。
「喜ぶわけないだろ。そんなあからさまな格好」
「だってお兄ちゃん、私がブランド物のバッグ持ってたら嫌がるじゃない」
「それはお前には似合わないからだ」
「じゃあ、私はどこにお財布をしまえばいいのですか?」
「紙袋でいいだろ」
「兄さんは紙袋持ってる子が好きなのですか?」
「僕はどんなマニアックな人間なんだ」
「じゃあ、どうしたらいいというのですか!?」
「どうもせんでいい! 文句言うならもう帰るぞ!!」
うう……と、かわいい顔が曇り始める。
というより。
「こんな漫画やアニメから飛び出してきたようなかわいい女の子、カスにとっては夢のようじゃないか」
「僕は二次元とかには興味がない。リアルがいいんだよ」
「究極に危ない発言をしていることに自覚はあるか?」
「それにねセリカちゃん。こいつは妹だ」
「そういう常識はあるんだな」
「それにねセリカちゃん。中学一年の夏までだ」
「何がだ」