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マリアさまもみてる。

 シンデレラ城を通り抜けながら(お兄ちゃんを連れて城内を歩くと軽くパニックが起きるため)、ひとはしゃぎすると花咲が、さてといった感じで言う。


「じゃあ、どのファストチケットから取ろっか?」


 人気の乗りものをのちほど優先的に乗れるこのチケットは、我が家ではあまり意味をなさない。


「花咲、ファストチケット取るならあんたひとりで取りなよ」


「なんで?」


「なんでって……」


 私が説明を始める前にお兄ちゃんが声をあげた。


「いいよー。セリカちゃんと花咲さんで乗ってきたら」


 その発言でようやく花咲もお兄ちゃんの脆弱な三半規管のことを思い出したらしく、ごめんと謝る。

 メリーゴラウンドがOKラインの基準であるお兄ちゃんにとって、ファストチケットが必要な乗りものはすべてNGだ。

 例え年齢制限がないようなものでもスピードが出るようのはダメ。

 前に一度、お兄ちゃんが大丈夫だと言うのでカートに乗って銃を打つだけの簡単なアトラクションに挑んことがあるけど、幼稚園児のはしゃぐ声が響く中、開始五秒でお兄ちゃんはスカートの裾を握って俯くと、ひとり我慢大会を始めた。

 もちろんそんな状態のお兄ちゃんをよそに楽しめるはずもなく、お姉ちゃんと二人でひたすらお兄ちゃんの背中を擦りながら早くカートがゴールに着くのを願った。

 おそらくあのアトラクション史上一番テンションの低いグループだっただろう。


 そのような過去もあるので、私たちはひとまずベンチに腰かけると、ランドマップを開いてお兄ちゃんが参加可能なアトラクションを探す。

 そんな私たちの目の前をベビーカーを押したファミリーが通り過ぎ、その赤ん坊を見てお兄ちゃんが「赤ちゃんかわいいねぇ」と漏らす。

 私は基本、「かわいい」と言っているお兄ちゃんがかわいいと思っているので、赤ん坊の顔はろくに見ていなかった。

 そしてそのあとお兄ちゃんは衝撃の言葉を吐きだした。


「ボクも大人になったら赤ちゃん産みたいなぁー」


 凍りついた。

 お兄ちゃんを除いた三人同時に。

 お兄ちゃんの脳内にはお花畑が広がっているだろうと思っていた。

 だからコウノトリとかキャベツ畑とかそこらへんの認識だろうと思っていた。

 ちなみにお兄ちゃんは五年生になって間もなく、女子だけが図書室に集められて教えられる云々かんぬんのお話の日は風邪でお休みしていた。


 いくら神様のいたずら的存在であるお兄ちゃんでも、哺乳類の常識を塗りかえるなんてことは不可能だ。

 ってか、この十一年もの間、お兄ちゃんはその碧く澄んだ瞳で何を見てきたの!?


 いくら何でもこんな知識のまま放っておいていいわけがない。

 ここは「男の子は赤ちゃんは産めないんだよ」って、軽く言ってあげるべきだろうか?

 誰が言ってあげるべきだろうか?

 そこはやはりもちろん基本的に普通は保護者の仕事だろう。

 と、お姉ちゃんのほうを見ると、眉間を指で押さえて蹲ってしまっている。

 純粋に育て過ぎた結果がこんなことになったことにショックを受けている真っ最中のようだ。

 そこで私は、ただ茫然としているもうひとりにこっそり声をかける。


「花咲」


「な、何だよ?」


「何とかして」


「何とかって、何だよ!」


「だから教えてやってよ、お兄ちゃんに!」


「何であたしが!?」


「こういうことは家族よりも友達に教えられるほうがショックが小さいでしょ?」


「こういうことは自然とわかるもんだろ?」


「わかんないんだよ! お兄ちゃんは『ダーウィンが来た!』で動物たちの出産シーンを見ては何度も涙を流してるんだよ? でもわかってなかったんだよ? それどころか自分もいつかって思ってたんだよ? お兄ちゃんは頭は賢いから、ちゃんとひとつの豆知識みたいな感じで説明すればわかるから」


「豆? その知識は豆か?」


 そういって抗う花咲だったが、お姉ちゃんから、「ミチルちゃん、お願い」と言われて退路を断たれる。

 おそらく現在、頭の中で赤ん坊を抱っこ中の(同時に授乳中かも知れない)お兄ちゃんに、花咲がおずおずと声をかける。 


「セ、セイラ。あのさ……赤ちゃんってのは、その男の子はムリなんじゃないかな……」


「うん」


「え?」


「ボクも女の子がいいなぁって思ってるよぉ」


 完全に産む気だ!

 どこの山の天然水よりも純粋なお兄ちゃんのその笑顔に、花咲もそれ以上言葉を発することができなかった。


 もういいよ!

 お兄ちゃんならきっと産めるよ!!

 マリア様も見てるよ!!


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