ドリームライツ。
ゲートを抜け、駅まで歩く途中にランドのパートナーホテルが並ぶのが見える。
あそこに一泊すると魔法が覚めずに、翌日そのまま夢の続き楽しめるというステキ施設だ。
庶民はいつかはあそこに泊まりたいという野望を抱きながら、明日からの現実と向き合うのだ。
「あー、夢よ魔法よどうか覚めないでおくれー」
私がそう言うと、
「はい。わかりました」
と、隣でお兄ちゃんが返事をする。
「え、どういうこと?」
「夢と魔法の世界にようこそ」
「あ、うん」
どうしたんだろうお兄ちゃん……。
「セリカちゃんは今日からお姫様です」
「ああ……どうも」
「…………」
「え?」
「?」
「いや、どうしたらいいのかなって……」
「何でも命令していいです」
何でもって言われちゃうと……死ぬまでに(お兄ちゃんに)したい百のことリストを下から順番に消化させてもらいたいところだけど、百番目からすでに口にできないしなー。
九十番目から上はお兄ちゃんが絶対に目を覚まさないこと前提だし……。
何と意味のない特権。
「じゃあ、花咲を犬にしてよ」
「わかりました」
私のテキトーなお願いにそう答えるとお兄ちゃんはワンピースの胸元から、何だかわかりやすいマジカルステッキを取り出す。
お昼のパレードのときにみうちゃんにでももらったのだろうか。
そしてお兄ちゃんは「花咲さんは、今日から犬さんです。わんわん」と言ってステッキを振りかざした。
すると、花咲はゼロリアクション、ゼロモーションで、その場で四つん這いになり、「わんわん」と鳴く。
ノリがいいってレベルじゃないだろこれ。
「花咲、おい、立てって」
「お姉ちゃんも今日から犬さんになります」
私が花咲にかまってる後ろで、お兄ちゃんが勝手に次の展開に持っていく。
「いや、お兄ちゃん私まだ何も言ってないんだけど!?」
「じゃあ、お姉ちゃんは猫さんです」
「いや、そういうことじゃなくって」
しかし、私の抗議を無視して、お兄ちゃんは「にゃーん」と唱える。
同時に四つん這いになり、私の足に頬ずりする実姉。
「ちょっ! お姉ちゃんまで!」
「お願いごとは三つまでなのであとひとつです」
「それ今言うの!?」
私はそこで、あっと気付く。
これ、夢だわ。と。
「お兄ちゃん」
「はい」
「例えばの話」
「はい」
「お、お兄ちゃんと私が一緒にお風呂に入るというのはどう思いますか?」
「どう、とは?」
そう言って小首を傾げるお兄ちゃん。
「あ、ありですか、なしですか。もちろん例えばの話です」
「セリカちゃんのお願いがそれならそれでもいいです」
「そ、それでお願いします」
「わかりました。ではお風呂に入りましょう」
するといつの間にか、私とお兄ちゃんは家の脱衣所に向かい合って立っていた。
やはり間違いない。
夢だ。
花咲とお姉ちゃんが相変わらずなのが、融通がきかない感じだが、まあいい。
今はそれどころじゃない。
「ちょっと待っててください」
そう言って、お兄ちゃんは足元にステッキを置くと、その場でワンピースの裾を持ち上げ始める。
ふぉぉぉおぉおぉ!
私の気持ちを焦らすようにゆっくりと裾がろロールアップしていくと、透き通るような白さを誇る細い足が徐々に公開されていく。
いつも背中からご覧になっているお風呂回を今日は正面からフルハイビジョンでノーカット生放送だよ!
久しぶりに間近でじっくりと見るその肢体を、心のハードディスクにRECREC!
「うひゃっ!」
そんな声をあげたかと思うと、お兄ちゃんはマジカルステッキを踏んづけてその場に転ぶ。
変なとこで芸が細かいな、私の夢。
ってか、そこんとこは魔法でどうにかならないのか?
しかし、おかげで天使のクロッチが丸見えだ。
あれで男の子だというのだから恐ろしい。
お兄ちゃんは立ち上がり、再び仕切り直すと、今度はおへその辺りまで一気に捲られる。
あんなくびれ、男の子でもなければ、小学生でもないよ……。
おへその見えたところで手が動かないので、私が視線をあげると、お兄ちゃんがこれまでのどこか機械的な感じとは違う表情で、「ねえ」ともじもじとし出した。
「恥ずかしいから、セリカちゃんも脱いで……ください……」
ひゃふるるるふぁっふぉー!
何と意地らしい!
「そうだね、その通りだね、その通りだよお兄ちゃん!」
私はそう言いながら、一も二もなく羽織っているカーディガンをひっつかむと、むしるようにそれを脱ぎ、次に服の裾に手をかけ……たところで思いとどまる。
恥ずかしい。
あのお腹に対して、自分のこのお子様ポチャ腹は恥ずかしい。
しかし、そこでまた私はこれが夢だと思い出すと、一気に上半身の肌を晒す。
夢を夢で終わらせない!
「脱いだよ! さあ、お兄ちゃんも早く!」
私は素っぱの上半身にスカートに靴下という間抜けな姿でお兄ちゃんを煽る。
しかし、お兄ちゃんはそれ以上動かない。
まるで一時停止ボタンでも押されたように止まっている。
そして私の耳にはここにない雑多な話し声や、ガタゴトという音が聞こえてくる。
ヤバイ。
私は悟ると、目の前のお兄ちゃんに向かって叫ぶ。
早く、と。
「早く脱いでお兄ちゃん! 早く!」
しかし、だんだん脱衣所の景色もおぼろげになっていく。
もうこれ以上、この世界を形成しておく力がなくなってきているのだ。
私はあきらめるとゆっくりと現実の扉であるまぶたを持ち上げる。
案の定、そこはまだ帰りの電車の中だった。
目の前には香しい金髪があった。
お兄ちゃんはまだ眠っているようだ。
「あ、起きたの? もう少しかかるからまだ寝てていいよ」
そう言うお姉ちゃんの膝の上には花咲の頭が乗っかっていた。
私は、うん、と返事をするともう一度目をつむり、寝ぼけた振りをして、お兄ちゃんに頬ずりをする。
そのさらふわな感触を楽しみつつ、起きないことを確認すると、
どさくさに紛れてそのままそっと頬に唇をつけると、お兄ちゃんがくすぐったそうに体をよじった。
お風呂は残念だったけど、したいことリストのひとつを消すことができたので私は満足することにした。
ただ、電車を降りたときにお兄ちゃんがさりげなく頬を拭ったことにわずかながらショックを受ける。
花咲のマンションの部屋まで送り届けると、玄関先で花咲のお父さんが挨拶に顔を出す。
花咲の家には遅くなることはあらかじめ電話で連絡を入れておいたものの、そのときは中学生の兄ちゃんが出たので、
改めてお姉ちゃんが「遅くなってしまってすみません」と謝る。
花咲のお父さんも残業で遅かったらしく、「いえいえ、とんでもない」と横に振る首からは緩めたネクタイがぶら下っている。
今回二度目だが、花咲の父親は相変わらずの童顔で、とても三十五歳には見えない。
いいとこ二十代前半の新卒。へたすりゃ高校新卒。
しかし、こう見えてバツイチ。
これはもう、うちのお姉ちゃんとぴったりではないか? チャンスではないか?
そんなことを思いながら私は玄関先で話す二人の顔を見上げる。
しかし、そうなって、もしかしたりとなると……花咲は……私の姪っ子か!?
サザエさんで言えばタラちゃんだ。
そう思うと、妙におかしい。
「何ニヤニヤしてんだ?」
思わず顔に出てしまっていたようで、不審な目で問いかける花咲に私は「何でもない」と返す。
五分ほどの立ち話花を終え、咲のマンションを後にして家路につく。
お姉ちゃんもお兄ちゃんも各々の理由でごきげんだ。
そんな二人の背中を見ながら歩いてると、急にお兄ちゃんがくるりと振り返った。
「セリカちゃんセリカちゃん」
その声はものすごくウキウキしていて、
喜びが口の端から漏れ出てるように弾んでいる。
そんな声で名前を呼ばれると私も嬉しくなっちゃうよ。
「なに、お兄ちゃん?」
「今日ね、ボクす~~~っごく楽しかったんだよぉ」
そんなわかり切った当たり前のことを、わざわざこのタイミングで何で私に報告してくるのだろう。
「そうだね。花咲のおかげだね」
すると、お兄ちゃんはふるふると首を横に振って、一旦気持ちを落ち着かせるように両手を胸に当てて一息吐くと、大きな目をつむってひとつひとつ確認するように声に出していく。
「花咲さんだけじゃないよ。セリカちゃんもお姉ちゃんも一緒だからね、楽しかったんだよぉ。今日はね、ボク一日中ずっと思ってたんだよ。これは夢なんじゃないかなぁって。でもこんなに楽しいなら夢でもいいなぁって。だからもし夢でもね、朝起きたらセリカちゃんとお姉ちゃんにお礼を言おうって思ってたんだよぉ。でも、夢じゃなかったからね、えと、でもね、」
私とお姉ちゃんが抱きしめたのは同時だった。
抑えきれない衝動とはこういうことをいうのだろう。
そして、お兄ちゃんがもたついた言葉を私たちの方から口にする。
「ありがとう」と。
あと、夢だとわかった上で欲望丸出しにした自分を悔いて、「ごめんなさい」と私は心の中で謝った。
私たち二人にもみくちゃにされてる理由がわからずに、「?」でいっぱいのお兄ちゃん。
外灯の下で煌めく髪にはまさに天使の輪っかが出来ていた。
この天使はもっと羽ばたくべきなのかも知れない。
私が思っている以上にもっとすごい可能性を秘めているのかも知れない。
私はお兄ちゃんを守っているつもりが、逆にそれを殺してしまっているのかも知れない。
ただ……。
「セリカちゃん、明日学校終わったら冬用のマフラー見に行こぉ?」
「うん。花咲も誘って見に行こ」
ただ、今はそんなことよりも目の前の天使が私の胸をきゅんきゅん締め付けるので、毎日が精一杯。
それもこれもひっくるめて、私の心境を語るならこの言葉になる。
私のお兄ちゃんが天使過ぎて生きるのがつらい。
おしまい
というわけで、番外編完結です。
新作の抱き合わせのような形で書き始め、4~5話くらいで2週間くらいで終わるはずだったものが、四か月半……。
そして新作と思って書き始めたものも、すっかりモチベーションをなくし、先の展開も特になく、エタっているという、何ソレ?って感じです。
今回ものすごく思ったのは「自分には連載は向いていない」ということです!(笑)
とりあえず続きというか、この双子に関してはものすごく書きたいエピソードがあるんだけども、
こんな賞レースでは論外なものを書いていていいのかという気持ちもあり、
あうあうああーーーって感じです。
前もそんなこと言っておいてすぐ書いたので、またカッコ悪く始めるかも知れませんが……。
まぁ、そんな中途半端な気持ちなので、さわりの部分だけ下書きできてるので、早ければそれを明日にでもこのページの続きで載せておきますので、時間があるときにでも覗いてやってください。
次回予告のような、ただのおまけのような、そんな感じです。
まぁ、こんなのでも読んでくださるマニアな方もいらっしゃるので、そんなこんなな具合です。
最後になりましたが、ここまで応援してくださった皆様には心臓まるごとプレゼントしたいくらいの感謝をしております。
フラフラしながらもここまで書けたのは、皆様の力以外、何ものでもありません。
本当にありがとうございました。
それではまたです。
2014・3・31 双六