表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/13

花火。

 お昼を終えてからの時間は、過ぎるというよりも流れるという表現がぴったりくるようだった。


 その間にショーをメインに回り、ウェスタンエリアでは衣裳を借りて写真も撮った。

 夢見る乙女であると同時に、少年の心も忘れていない花咲はカウガールを選び、ショットガンを手にひとりテンションをあげまくっていた。

 その姿を見てはじけるような笑顔を見せるお兄ちゃんは村娘の衣裳を着ていた。

 顔のつくりが日本人のそれとは違うので、ドハマりしていたのはもちろんなんだけど、花かごを手にわざわざおさげに結った髪がトロピカルにキュート!

 私はお兄ちゃんとお揃いの衣裳にした自分をわずかに後悔した。

 お姉ちゃんはワインレッドの貴婦人のような外出用ドレスに日傘を差す。

 花をあしらった帽子がかわいく、実年齢を大きく下回って見えた。


 これまで姉妹では何度も来たことのあるランドパークだけど、そこに花咲が加わったことで今まで見たこともないような輝きを放つお兄ちゃん。

 フードからこぼれる金髪もいつもより十倍増しに輝いて見える。

 その姿は私とお姉ちゃんにとっても、まさに夢と魔法のようだった。


 おもちゃ箱をひっくり返したような夜のパレードでは、花咲がバカな子供のようにぽかんと口を開ける横で、お兄ちゃんは胸の前で手を組んでうっとり眺めていた。


 そして私たちはその日最後の締めに行われる花火を見るため、ランドの中央にそびえる塔へと向かう。

 髪長姫の物語に出てくる塔をモチーフにした建物の中の階段をを登り切り屋外に出ると、地上よりも少し肌寒い風がはしゃいで火照った顔を冷やす。

 後ろを振り返ると、お兄ちゃんが息を切らしていた。

 お兄ちゃん、もう少し体力つけよう……。


 そして息切れしながらも、お兄ちゃんが「きれひぃ……」と呟く。

 そう呟く自身も美しい碧い眼が向く先を辿ると、そこには見事な満月があがっていた。

 まるでそれすらもランドの演出のような嘘みたいに大きい月に私たちは感嘆の声をあげる。


 すっかり暗くなり周りの目も気にしなくてよくなったお兄ちゃんがフードから頭を出すと、私の位置からは、金色の糸のような髪を風になびかせる横顔と月がきれいに重なって見えた。

 その光景はどこか幻想的で、そのあまりの美しさに胸が苦しくなった。

 そして私は、小さい頃お兄ちゃんが好きだったホーリープリンセスかぐやちゃんというアニメの最終回を思い出していた。


 いつもは普通の小学五年生のかぐやちゃんは、最終回でついに敵の親玉であるうさぎ魔人を倒すのだが、その勝利を喜んだのもつかの間、今度は月が新たな敵に襲われていることをお供のオキナー(かぐや姫のお爺さんを小さくマスコット的にしたキャラ。かぐやちゃんにホーリープリンセスの力を与えた宇宙生物。あんまりかわいくない)に知らされる。


 迷った末にかぐやちゃんは、月を救うために地球を発つ決心をする。

 そして、これまでの地球での闘いと違い、自分がいなくなると皆が心配するであろうことから、かぐやちゃんは皆の記憶から自らの存在を消す魔法を使う。

 一番最後に、片思いだった星野君から好きだと言われ、涙を流しながら彼の記憶を消すのだった。

 当時、大きなお友達の間では伝説となった最終回だが、メインターゲットである子供には何とも厳しすぎる展開だった。


 そんなことを思い出すと、目の前にあるはずの存在が遠いもののように思え、わずかだった胸の苦しみは徐々に大きくなった。

 気が付くと私はお兄ちゃんの手を握っていた。


「セリカちゃん?」


 その顔の向こうで一番最初の花火があがる。

 夜空がピンクの光に照らされ、周りが沸き立つ中で私とお兄ちゃんだけが花火を見ていなかった。


 お兄ちゃんの立っている位置が一段高くなっていて、私はそのきれいな顔を見上げる形となっている。

 喉仏が出るような気配はないことにほっとしながらも、中学にあがるとこれくらいの身長差になるのだろうかなんてことを考える。


 少しの間不思議そうに私の顔を覗きこんでいたお兄ちゃんは、私の手を握り返すと、自分の前に隙間を作り、そこに私を引き込んだ。


「ここの方がよく見えるよぉー」


「うん」


 お兄ちゃんがいつか本当に『兄』になってしまうことがあるのだろうか。

 この魔法が解けてしまう日が来るのだろうか。

 もしそうなったら私はそれを受け入れることができるのだろうか。

 考えても仕方のないことがぐるぐると頭の中を巡り、花火どころではなくなっていた。


 花火も終わり、営業終了の園内放送を聞きながら、出口に向かう人の流れに合流する。

 この時間になるとお客さんもまばらでずいぶんと歩きやすい。

 私はすでに通常運転にもどっており、さっきのモヤモヤは何だったのだろうと不思議に思っていた。


「あー、何かお腹空いたねー」


「ねぇー」


 自分の言葉にかわいらしく両手でお腹を押さえて賛同するお兄ちゃんに、何かを思いついた姉がニヤリと口の端を持ちあげる。 


「あ、何かいい匂いがするよセイラ」


「え、何だろぉ?」


 お姉ちゃんの言葉に、目をつむると空に向かって鼻を持ち上げ、すんすんと辺りの匂いを嗅ぎだすお兄ちゃん。

 何とかわいらしい小動物!


「んー、何もにおわないけどぉ……」


「そんなことないよ。ほら、セイラの方から匂ってくるよ」


「ええー」と、今度は自分の袖の匂いを嗅ぎ始める。


 お姉ちゃんの意図が見えた私と花咲もそれに乗っかり、くんくんとお兄ちゃんを取り囲むと、その頭の匂いを嗅ぐ。


「え、え、ええー。ダ、ダメだよぉ、汗臭いから、匂っちゃダメぇ……」


 え、何これ……マジいい匂いなんですけど!

 家のシャンプーだけじゃこんな匂いしないよね?

 これが汗なの?

 お兄ちゃん何分泌してんの?

 フェロモン?


「セリカちゃん、鼻、お鼻くっついてるからぁー……!」


 ぶっはぁー!

 思わず本気嗅ぎしてしまった。


 それからすっかり楽しくなったお姉ちゃんは、ロッカーで荷物を取り出すときも、


「ああー、荷物持って帰るのめんどいなー。宅配で送ろうかな」と言う。


「でもドレスは帰って吊るさないとダメだよぉ」と、お兄ちゃんが食いついてくるのは予想通りで、


「そうねー。じゃあ、セイラを送ろうかなー」


「ええー!」と驚いた次に、「明日には着くかなぁ……でもおトイレ我慢できないよぉ……」と涙目で今晩の心配をするお兄ちゃん。


 それを見ながら、段ボールを開けて中からお兄ちゃんが出てくるのを想像する。

 めちゃかわいかった。

 今度遊びと称して、段ボールの中に入れてみようと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ