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ホーリープリンセス。

 私は小さいころから友達が遊んでいるお人形遊びには全く興味がなかった。

 別に家が貧しくて意地を張ってるだとか、 遊ぶ友達がいないだとかそういうんじゃない。

 ましてやかわいいものに興味がないなんてこともない。

 むしろ大好物。


 ただ、私は単純に気付いてしまったのだ。

 世界で一番かわいいものの存在に。


 はるか向こうに視線を飛ばすとお城が見える。

 そしてそのまま目の前にフォーカスを合わせると今度はお姫様の後頭部が見える。

 細かにきらめく宝石をあしらったリボン型のバレッタ。

 それによってゆるく軽くまとめられた髪は、朝の光を受け、

 地の色である金色に白い輪っかを浮かべている。

 後ろを歩くだけで、そこからこぼれ落ちる鱗粉が目に入ってくるようで私は思わず目を細める。


 その美しい後頭部がたたたっと少しだけ遠ざかったかと思うと、次の瞬間ドレスの裾がふわりとひるがえる。


「見て見てぇーセリカちゃん。お店かわいいねぇ」


 ああ……。

 私は自分の目がつぶれてしまうんじゃないかと心配になる。

 この夢が醒めてしまうんじゃないかと心配になる。


 その鮮やかな碧い瞳、

 そしてそれを納めるためにしつらえたような小さくも均等の取れた輪郭、 妖精たちが刷毛で塗ったような繊細な眉、

 瞳ではじけた水滴がそのまま形になったようなまつ毛、

 花と形容するほうが正解に思うようなつつましい鼻、

 何もつけていないのに瑞々しい唇、

 それに触れられるすべての食品に嫉妬してしまいそうな赤い舌、

 健康的で傷ひとつないぴかぴかピンクの爪……etcetc。

 そのどれもこれもが神様のオーダーメイド。


 なのに……。

 だのに……。

 やのに……。


 男の子なのだ。

 神様マジ変態。


 そして私の双子のお兄ちゃん。

 神様マジ神。


「そうだね、かわいいねセイラ」


 もちろん、この「かわいい」はお兄ちゃんに対してだけど。

 ちなみに普段は「お兄ちゃん」だが、さすがにあのような容姿なので、人がいる前では名前で呼ぶようにしている。

 お兄ちゃんに星良、私に星里香と名付けた今は亡き母はマジ天才だと思う。



「あの、本当にいいんですか? あたしまで……」


「いいのいいの、これからお世話になる感謝デーだから」


 私の後ろで遠慮がちに尋ねるのは、「女の子だっていうのはクラスのみんなには内緒だよ」の花咲充(はなさきみちる)

 いつもはボーイッシュというかボーイそのままな格好をしいているが、今日は薄い青のドレスに、女子にしては短めの髪にはドレスと同色の花を一輪だけあしらったカチューシャがのっかっている。


 そして花咲の質問に答えるのがお兄ちゃんと私の姉である美月お姉ちゃん。

 黒のレギンスに花柄のワンピースという格好は実年齢の28歳にしろ、嘘年齢の27歳にしろぎりぎりのラインのように思えるが、実際の見た目年齢は大学生でも通るだろうお姉ちゃんには何の問題もない。


 ちなみに今私たちが向かおうとしているのは有名な巨大ランドパークで、お姉ちゃんは先ほど花咲に感謝デーなどと言っていたが、私とお兄ちゃんにとっては毎年のことなので今日ここに連れて来られた理由はわかっている。


 お姉ちゃんはネットで子供服のブランドを立ち上げていて、そこのモデルが私とお兄ちゃんなわけだけど、見た目中学生な花咲も新たな一角を担う形でこの度うちのモデルになった。


 そして、今日はこの夢と魔法の国を舞台に撮影を行おうというのだ。

 お仕事内容は来年の春向けに、おでかけでかわいく、発表会でシックに使いまわせるドレスのご紹介。

 ドレスは他の服と比べて購買層が限られてくるが、その分結構強気の値段設定ができる上、完全受注生産で作るので在庫ロスがなく、うまくいけば結構な儲けになるらしい。 



 開演間もなくでパークチケットを改札ゲートにくぐらせると、そこからはもう物語の主人公になれる。

 そして、ゲートを抜けたエントランススペースには、どういうわけかキャラクターランキングトップ10が目の前にずらりと並んでいた。

 もちろんここの王様であるマウス君とその彼女も一緒だ。


 園内に同じキャラは同時には登場しないらしいから、ここだけものすごい偏りが生じていることになる。

 そして漏れなくランドの大ファンであるお兄ちゃんは、大きな碧い目とかわいいお口を開いて溢れる気持ちを持て余しているようだった。

 今のお兄ちゃんにマンガの吹き出しをつけるなら「はわわわぁー……」って感じだ。うん、ぴったし。


 花咲はというと、相変わらずめんどくさく、


「へぇー、あれだな、案外あれだな。うん。思ってたよりかはあれだ……」


 などと、溢れる気持ちが顔に出ないようにしようと必死に何かを呟いている。

 花咲はランドは初めてで、キャラクターに関してもずっと「どうせ着ぐるみだろ?」という態度だったが、

 いざ実物を目の前にして、百八十度反転しようとする自分の気持ちに戸惑っているようだ。


 そしてそんな中、小学生三人を置いて真っ先に人混みに混じりにいく自称二十七歳の姉。

 私も人並みにというか、ここのキャラクターはかわいくて大好きだけど、こんな保護者と他二人と一緒だと私が何とかしてやらにゃという気持ちになる。


 お兄ちゃんも花咲を促して、どうにかマウスくんの人だかりに混じる。

 先に行動に出たのはお兄ちゃんだった。


「あ、握手してください!」


 そう言ってきらきらした目でマウス君に手を差し出すその姿に私の胸はキュンと鳴り、マウス君に代わって自分が手を出しそうになった。


 ものすごくジェントルメンなマウス君は、お兄ちゃんの手を握ると、そのまま頭も撫でてくれた。


「は、ま、も、あ」


 その思いがけぬサービスにお兄ちゃんが日本語を失う。

 次に私が握手してもらっているのを、隣で花咲が緊張しながらも羨ましそうに見つめてくる。


「花咲も握手してもらいなよ」


「あきしゅ……」


 花咲もやや日本語が不自由になっていた。


「が、がんばってください!」


 見当違いな言葉と共に、まるで交際でも申し込むかのように突き出した花咲の手も、

 マウス君は「光栄です」といった感じで紳士的にお辞儀をひとつしてから握り返してくれた。

 そのあともそこに集まっているメインキャラと握手&撮影で私たちのテンションは早くもマックス値に達していた。


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