第一章 出会い ~漆~
私事ではありますが学業があるのと、ワードに書き溜めていた分が無くなってきたことで今以上に更新のペースが下がっていくと思います。
それでも読んでくれたら、うれしいです。
紫恩と大地は商店街を歩いていた。
商店街には目的の服屋以外にも八百屋や魚屋、肉屋、電気屋などが並んでいる。
そんな中を歩く二人の様子は全く違った。隣を歩いている大地は目をキラキラとさせていて、ソワソワとした様子で落ち着きがなく。全身で楽しみだと言っているようだ。それに対して、大地のそんな様子を見ている紫恩は不安で落ち着きがなかった。
もう目的地まで遠くないところにいて、服屋で大地の制服を買ったら、大地の行きたいと言った場所に行かなければならない。
なんとかしないと。
「ね、ねぇ。本当に行くの? 危ないよ。朝のニュースでも言ってたし」
「大丈夫だよ。さすがに入り口から中を覗くだけだから」
言葉は違っても紫恩の引き留める声はこんな感じで大地は止まらなかった。
「それに、工事現場に残っていたのは地面に突き刺さった鉄パイプに鉄骨だけ。しかも、人間業じゃ到底不可能って言われてるなんて。こんなに不思議で面白そうなことは他にないと思うんだ」
その言葉に紫恩は同意しかねた。
梃子でも動かせなさそうな大地の様子を前にして、紫恩は何をしても意味がないのではないかと思い始めていた。
なんで、不思議な事がこんなに好きなんだろう。
どうしてこんなにも不思議なことが絡んでいそうな話が好きなのか。なぜ、そんな疑問が浮かぶ。
「あの。大地くんは、なんでそんなに―――」
「おっ。よぉ! 紫恩ちゃんじゃないか。買い物かい、今日もいい肉が入ってるよ」
紫恩が大地に向かって投げ掛けた疑問は突如、割って入ってきた声に遮られ大地に届くことはなかった。その元気でしわがれた大きな声は二人の右斜め後ろの方向から聞こえてきた。
そこには肉屋があった。声の主の男はその肉屋の前に立っていた。
「あ、おはようございます」
「おう。紫恩ちゃんも、おはよう」
紫恩はこの肉屋の男を知っていた。
それは紫恩がまだ小さく、小学生だった頃のある日のこと。
一人で晩御飯の買い物に商店街に来ていた紫恩は今よりも人見知りで、声を掛けることもできずに店の前でウロウロとしていた。
それを見兼ねて話し掛けたのが肉屋の男だった。
『お嬢ちゃん、買い物かご持ってお使いかい』
『……………』
『おっと、いけねぇ。知らねぇ奴とは喋っちゃいけねぇよな。俺は後藤大輔って言って、そこの肉屋で肉売ってんだ。お嬢ちゃんの名前はなんてんだい』
『……さくらい、しおん、です』
『しおんちゃんっていうのか』
『う、うん』
『そうか、そうか』
後藤はその答えに破顔して頷く。
『……あ、あの。カレー作るから、お肉ください』
『おう、そうだったな。ちょっと待ってろよ』
紫恩はそれに頷き店の入り口で待っていた。
それから、すぐに戻ってきた後藤からお肉を預かりお金を払うが中身が多いことに気付いた。
『あ、あの。これ』
『おう、そのコロッケはおまけだ』
そう言って後藤は豪快に笑っていたのだった。
後藤はふと紫恩の向こうに目をやる。
「ん、紫恩ちゃん。隣にいる坊主は誰だい」
そこで、初めて気付いたのか紫恩の隣に立っている大地の顔をジッと凝視するように覗き込み聞いてきた。
「お父さんの甥の大地くんです」
「初めまして、石川大地です。今日から叔父さんのところでお世話になります」
「へぇ剛志さんの甥ってことか。確かにあの人に似て人の良さそうな顔してるな。俺はここで肉屋をやってる、後藤ってんだ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
後藤は大地に剛志と似た面影を見たのか甥だということに納得したようだった。
二人は簡単な自己紹介を済ませて挨拶を終えた。すると、後藤は「ちょっと、こっちに来い」といった感じで大地に向かって手招きし出す。
それに大地は何かと思いながらもゆくっりと向かって近づいていくと、こそこそと内緒話が始まった。
「よぉ、剛志さんのところに世話になるってぇのはどういうことだ」
「今年から両儀高校に通うので、これから卒業まで泊めてもらうんです」
紫恩はそれを少し離れた所で「何、話してるんだろう」といった感じでキョトンとしながら見ていた。
「てぇことは、紫恩ちゃんと三年間もひとつ屋根の下ってことじゃねか。坊主はまじめそうだし、そんなことしねぇとは思うが。かわいいからって手だすんじゃねぇぞ」
「もちろん、しませんよ」
大地は後藤の様子に紫恩のことを本当に大切に思っているんだなと感じたのか頬が緩んでいた。
「あの、二人で何、話してるの」
「紫恩。なんでもないよ」
紫恩は何をこそこそ話しているのか気になってそっと二人に近づいて行った。だが、もう少しで話の内容が聞こえるというところで気付かれてしまい結局、何を話していたのか分からず仕舞だった。
「んっんん。いや、なんでもねぇ。にしても、こんな朝っぱらから坊主と二人で仲良さそうに歩いてるもんだから。てっきり、紫恩ちゃんにもいい奴が見つかってこれができたのかって思っちまったよ」
後藤は親指を立てて、二人をからかってくる。
紫恩は後藤の言った言葉や親指の意味をすぐには理解できなかった。
これって、なんのことを言ってるのか、な……っ!
しかし、後藤の言ってることがどういうことか分かって、顔に熱が集まり始めているのを感じながら慌てて訂正する。
「ちっ、違います! 大地くんとはそういうのじゃなくって、友達で。町を案内してただけで、とにかくそういうことじゃなくて」
紫恩は大地とそういう仲だと思われたことが恥ずかしいやらなんやらで、集まった熱は引くことなく残ったままで顔は赤い。
私と大地くんはそういうのじゃないのにぃ。
そんな状態で訂正しても、すればするほど本当にそういう仲なのかと思わせてしまっていることに当の本人である紫恩は気付いていなかった。
そんな時だった。
「あんまりからかうもんじゃないよぉ。紫恩ちゃん困ってるだろう」
「そうですよー、後藤さん。それに、紫恩ちゃんぐらいの子はディリケートなんだから。そういう冗談言わないで、そっとしてあげないと」
「いや、妹分の紫恩ちゃんが誰か男を連れて来たらそいつの事を見極めないと。それと、田中さん『ディリケート』じゃなくて、デリケート、っすよ」
「おい、海野! お前が紫恩ちゃんの兄貴分だなんて、俺は認めてないぞ」
「なんで、後藤さんに認めてもらわなきゃいけないんすか」
いつのまにか商店街の人たちが集まって来ていた。
彼らは皆、紫恩にとって後藤と同じくらい顔見知りだった。
彼らは紫恩に助け船を出したり、後藤を注意したりとしていた。それに反応して後藤もそこに加わり言い争いが始まった。
白熱する言い合いの勢いに話の中心にいたはずの紫恩は大地と共に輪の外に追いやられているのだった。
「なんだか。忘れられてるね、俺たち」
「あ、あはは」
紫恩は大地の言葉と今の状況に苦笑するしかなかった。
「でも、なんかいいな。温かいっていうか。紫恩が本当に大切にされてるって感じが伝わってくるよ」
「……うん」
紫恩は目の前で子供の頃から良くしてくれている後藤たちが言い合いしているのを見て。この場に騒がしいけれど温かい日常が溢れているのを感じ、心に込み上げてくるものに気付いて自然と頬を緩ませ、その感情を確かに噛みしめるように頷くのだった。