第一章 出会い ~肆~
紫恩と大地は一階に来て居間に入る。そこには剛志がテーブルの前に座って待っていた。居間の戸が開いたのに気付き自分たちに向かって剛志が立ち上がって近づいてきた。
「あぁ、二人とも」
「お父さん、どうしたの」
紫恩は自分と大地を呼んだ理由を聞く。すると剛志は一度頷き、大地の方を向いて答えた。
「うん、紫恩。ちょっとね」
剛志は着物の袖に手を入れて何かを探っている。少しもしないうちにそこから茶封筒が取り出されて大地に向かって手渡す。
「姉さんから君へと預かっていたお金だよ。これで必要な物を買ってきなさい」
「ありがとうございます、叔父さん」
「姉さんに電話してあげるといい。まだこっちに着いたって連絡もしてないだろう」
「あ、はい。そうでした。じゃぁ、ちょっと電話してきます」
紫恩は大地がズボンのポケットから携帯を取り出し、自らの母親に電話を掛けるために廊下の方へ出ていくのを見ていた。
そこに、剛志から自分に呼びかけられる声が耳に入ってきて振り向く。
「それから、紫恩。紫恩はもう教科書も制服も揃えてあるだろうけど、大地くんを店まで連れて行ってくれないかい」
「うん、分かった」
「来たばかりで慣れてないだろうからこの町の案内にもなるからね。それに……」
剛志は何か思うところがあるのか、どこか含みのある言い方をして黙ってしまった。
「それに?」
紫恩は先が気になり問いかけるが、剛志はそれをごまかすかのように口早に答える。
「いや、なんでもないんだ」
そうこうしていると、電話が終わったのか大地が居間に戻ってきた。
「姉さんとしっかり話してきたかい」
「はい、叔父さんにもよろしくって言ってました。あと、『紫恩ちゃんがかわいいからって着替え覗いたり、手を出しちゃダメよ』って、からかい混じりに言われて、そのまま切られちゃいました。あ、もちろんしないよ」
紫恩は大地にそう言われ、顔を少し赤くさせて頷く。
「う、うん」
「ははは、相変わらずだな、姉さんは。大丈夫だよ、大地君のことは信用しているからね」
そう言って剛志は大地の肩に手を置いて笑っていた。
「それでね、大地君。紫恩に君と一緒に買い物に行ってそのついでに町を案内してくれないか、って頼んでたところだったんだよ」
「それは助かります。一緒に行ってもいいかな、紫恩」
いきなりの提案に少し驚いていたようだったが、すぐに平然を取り戻して確認するように尋ねてきた。
紫恩は特に異論があったわけではなかったので、すぐに返事を返す。
「えっと、大地くんが、構わないなら」
「じゃぁ、一緒に行こう。楽しみだな」
本当に楽しそうな大地の様子に、見ていて嬉しくなってくる。
「そうだ、案内してくれるならそのあとで連れて行ってほしいところがあるんだけど、いいかな」
「う、うん。いいよ」
行きたいところがあると言う大地はこちらに身を乗り出してきた。紫恩はそれに少し驚き身を引きながらもしっかりと返事をした。
二人の会話は弾むように進んでいく。紫恩の方もたどたどしさが少し抜けてきているようだった。
そんな二人の様子をそばで見ていた剛志は安心したように目を細めていた。
「これなら、いらない心配だったかな」
剛志の呟きは二人の耳に届くことはなく、その場に溶けるように消えていったのだった。