検死
私とセイレンはネストの先導で路地を歩いていた。
向かっているのは検死官の『作業場』だ。
「そろそろ着くはずです。」
ネストが声を掛けてきたのは町から少し外れた区画だ。
検死官の作業場はその中でも、もっとも離れた場所に建っていた。
粗末な造りの建屋がめだつなか、一軒だけ頑丈そうな石造りだ。隙間一つなく敷きつめられたレンガから、この町の職人の腕の良さが垣間見える。
造りに見合った頑丈で重い扉を、ネストが開け放った。
「うっ」「予想はしていたがさすがに……」
私とセイレンは、中から漂う予想以上の腐敗臭に顔を顰めた。
こんな臭いを外に漏らさない辺り、この建物を造った職人は間違いなく一流だ。
などと現実逃避をしていると検死官が室内から飛んできた。
「やや!これは申し訳ない!外と違って魔法が使えないのでいかんせんこの臭いはどうしようも。」
言いながら差し出されたマスクをしっかり装着しながら、室内に招く検死官の後を追った。
どうやら、解剖室は地下にあるようだ。
薄暗い階段を下り、私たちは臭いの元凶の場所へとやってきた。
中央部に設置されたベッドの上には肉片が、かろうじて人の姿とわかるほどに復元されている。
「思ったより腐ってはいないのだな。」
「はは。どうも、臭いが染み付いてしまっているようで」
セイレンの独白に検死官は曖昧に笑って答えた。
「それで分かった事は?」
「はい。まず被害者ですが……その状態ですからね。確実に判別は出来ませんでした。が、男と女ってのは間違いないようで。」
ベッドの上の、何となく人型の肉片の塊を見ながら検死官は分かった事をつぶさに報告していく。
が、ほとんどが潰れてしまっていて、判断が微妙なところだ。
「つまり、新情報は皆無?」
「ってわけでも。女の方からは、胎盤と、胎児らしきモノが見つかりました。これは俺の個人的な推理ですけどね?」
そういって検死官は女性の横に置かれた塊を示した。
「犯人はコイツを隠ぺいしたかったんじゃないかと思ってるんですよ。もし彼女が、例の娼婦さんなら、そのお客は、どこぞの軍の高級士官のお歴々。そういう事実を、できれば無かった事にしたい人間の1人や2人、いるんじゃないかと。」
確かにそうだろう。
そう。
現在一番怪しい彼は、殊更そういう事にこだわるはず。
だが、それだけの理由でこのような無残な手法にでるだろうか?
「そう言えば。」
私やセイレンが犯人について推量していると、ネストが能天気な声を出した。
「何年前だったか、似たような手口の暗殺者がいましたよね。」
「ん?ああぁ、アイツか。でもお前、ありゃ身体の一部、特に頭部を潰してただけで、ここまでひどくはやってねぇぞ。」
「どちらにせよ、今回の件には関係ないな。」
セイレンはそう切り捨てるように言って、さっさと階段を上っていった。
いつもの事ではあるが、行動が唐突過ぎる。
私は慌ててその後を追った。