オーナーの素顔
人の妬みや恨み、負の感情が凝り固まって淀んだモノ。
我々魔導師が、呪詛と呼ぶそれが、息苦しいほどの密度で部屋に充満していた。
「なんか、すいませんね。」
部屋の主が苦笑しながら謝罪した。
「驚いた。この気配はあの男ぐらいだと思っていたんだが。呪いか何かなのか?」
「まぁ、そんなモノです。あのお方と自分は特に強く出てまして。それで、用件は?」
カジノのオーナー、バレンティウス・ディーノは豪奢なソファに浅く腰かけてそう尋ねた。
目鼻立ちが、あの海上都市のトップとそっくりだ。
「先日、この町で数件の娼館を経営しているロッドさんが亡くなったことは?」
「もちろん知ってますよ。ははぁ、なるほど。聞き込みですか。でも彼の評判なら、多分この町の8割が一致してますよ?ケチで無愛想な、嫌な野郎だってね。」
バレンティウスが言った事は今までに行った聞き込みで毎回聞いた言葉だった。
「そのようですね。金を貯めこんでいるとか、娼婦を自由にしているとか。いろんな憶測がありました。が、あなたは数少ない2割だと思って来たのですが?」
セイレンが半笑いのバレンティウスを睨むようにそう言った。
その様子に、禍々しい気配を付きまとわせた男は笑う。
「ははははは。ま、そうですね。彼は経営者としてなかなか才能を持っていたが、それよりも人間として良くできていた。尊敬に値しますよ。」
そう言ってにこやかにバレンティウスはソファに掛けなおした。
「彼はね、従業員思いの人格者でした。どんな下っ端にも給金を渡し、娼婦の健康には気を使い、自分の事はおろそかにして。彼はお金をため込んでいませんよ。この町の他の富裕層のように彼が遊ばなかったのは遊ぶ金はすべて従業員に渡していたから。娼婦を好きに扱っているってのは、彼が自分の経営する娼館を回りながら寝泊りしていた事の邪推でしょうが、それは違う。娼婦達の健康状態を確認し、なおかつ、自分にかける金を最低限に抑える為の合理的な判断さ。」
笑いながら言われた内容は初めて聞く情報だ。
「なんで……?」
ぽかんとして口を空けたネストの呟きをバレンティウスは聞き逃さなかった。
「なぜって、保安官には保安官の人づきあいがあるように、自分には自分の人づきあいがあるんですよ。」
少々意地の悪い笑顔を浮かべている。
たぶんこの男の『人づきあい』の中にはネストの良く知る人物も少なからず含まれているのだろう。
「それで?私の意見は役に立ちますか?」
「ええ。充分すぎるほどに。」
バレンティウスの質問に私はそう答えた。
今まで無かった情報が増えたのだ。
何らかの糸口にはなるかもしれない。
「ああぁっと!」
カジノを去り際、バレンティウスはわざわざ私たちを追いかけてきた。
「どうした?」
「言い忘れた事がありましてね?この前、お偉い軍人さんが来てたでしょ?帝国の方の軍人さん、実は3年ほど前からこの町で見かける事がありましてね。」
「本当か!?」
それはおかしい。オルトナスほど娯楽に厳しい国の少佐の地位にある人間がこの町に来るなど、何らかの任務でなければまず、大事だ。
「まぁ。あの人も人間だったって事で。」
バレンティウスは意味ありげににやけていた。