女性
メデル渓谷。
この空間に町を創った人間は何を思っていたのだろう。
太古の昔から人間は魔法に頼ってきたというのにわざわざ自分から不便な空間に住むなど、少なくともセイレンは考えない。
子供たちの笑い声で考え事で考え事を中断する。
「お待たせしまいましたか?」
「構いません。」
たくさんの子供に囲まれながら初老の女性がほほ笑んでいた。
カナンダ・コンコ。町の外れで孤児院を営んでいる。
「こちらの方こそ急にお呼びたてして申し訳ない。」
「いえ、どうせ暇ですから。それでご用件は?」
「町の方の噂は聞いていますか?」
セイレンの真剣な様子に年長の子供が気を利かせて年下の子供たちを離れた場所に誘導していく。
「僕は無駄話は嫌いでして。単刀直入に言います。」
「私を疑っているのかしら?」
「いえ、逆です。」
セイレンの言葉にカナンダはキョトンとした表情になった。
「逆?」
「はい。あなたは容疑者ではなく、被害者だ。遺族、といった方が正しいかもしれない。」
そういってセイレンはカナンダの周囲を歩きまわる。
その表情はどことなく苛立ちを湛えている。
「娼館の経営者たるロッドはあなたが幼いころ、まだこの町に住んでいたころに仲良くしていた。娼婦のアマンダはこの孤児院の出身、最初の卒業者。どちらもあなたにとっては身内に等しい。」
そう言ってセイレンはぴたりと立ち止まった。
「そうあなたは被害者だ!だからこそ、そこに違和感がある。我々蒼海連合の情報網を持ってすれば一人の女性の素性など、いとも容易く調べられる。それがだ!」
声のトーンこそ怒りだが、その表情は困惑そのもだ。
なぜそんな事になっているのか、理解出来ていない。
ありえない事が起こっている。
「あなたが町を出てから戻ってくるまでの20数年!その期間がどうやっても分からない。その期間に我々が知らない特技をあなたが手に入れていたとしてもなんらおかしくは無い。」
「何が言いたいのかしら?」
困惑した表情のカナンダにセイレンは悲しげな視線を向ける。
「出来ればあなたのような人に聞きたくは無い。ふぅ……あなたに復讐はできますか?」
一瞬、子供たちの楽しげな声が遥か遠くに感じられた。
「私はいつも子供たちにこう教えてます。」
微笑は崩さぬまま、カナンダはゆっくりと答えた。
「『その気さえあれば、出来ない事は無い』と」
随分と曖昧に濁されたものだ。
出来るとも、出来ないともどちらにとれる。
彼女の事を調べれば調べるほど要らぬ嫌疑が湧く。
だが、この町でのカナンダの行動はそれを打ち消してお釣りがくる。
魔法が使えないメデル渓谷ではありとあらゆる戦闘行動に支障がでる。
歩哨や偵察の基礎である幻惑魔法や、遠距離魔法、近距離戦で有効とされる強化呪文、さらには医療呪文の使用すら困難になる。
必然的にこの地域一帯にはよほどの事が無い限りどこの国の軍隊も近寄らない。
そして、それを知っているがゆえに、難民はこの町を目指す。
戦争は無くならない。天災は防げない。
様々な事情で住む場所を失った者が集い、溢れかえる。
一向に減らない難民。そして孤児たち。
しかしカナンダは見捨てられた子供たちをすべて受け入れるという。
大人は彼女1人だけ。
子供たちは互いに助けあいながら、強かにだが決して卑怯にはならない。
自らの出自に自信を持って人生歩んでいく。
ヒトを育てる事の大変さは、知識でしか知らないセイレンだが、それがいかに大変なことであるか、容易に想像がつく。
そして、その大変さにセイレンは耐えられる自信が無い。