同盟
道の至る所で、様々な露天が開かれている。
軽い食事をとりながらセイレンは不愉快そうな視線を私に向けてくる。
「どう思う?」
「どうって言われてもな。まぁテロって事はないだろ。」
「根拠は?」
麺をすすりながらセイレンは重ねて聞いてきた。
「それならもっと目立つ場所で、重要人物を狙うか、もっと多人数を標的にするからだ」
「一理ある。だけど連合に対する威嚇という意味なら?」
「ならもっとありえない。そもそもあれは魔法じゃない。ここの土地もそうだが、爆裂呪文なら死体が焦げてるはずだ。」
スープを啜って私が答えると、セイレンは納得したように頷いた。
彼女が立ちあがるのに合わせて私も行動を開始する。
すでに向かうべき場所の見当はつけてある。
「深追いはするなよ?」
無駄だとは思うが念の為に釘を刺しておく。
「そっちこそ、へまするなよ」
清々しいと思える笑顔を私に向けるとセイレンは人ごみに紛れていってしまった。
私は大きく深呼吸する。
与えられた役割はこなすのが仕事人というものだろう。
** *
町役場の応接室。
簡素な部屋のただなかにそれだけ高級品と分かるソファーが2つ対面して置いてあった。今日の為だけに用意された物だ。
そこに腰かけている2人の貴賓も簡素な室内には似合わぬ仕立てのいい軍服を着ていた。
かたや軍事大国オルトナス帝国の若きエース、ヴェゼー・ウィンドル少佐。
かたや辺境の小国ダイヤナトの外交官カクリヨ・ライチョウ。
そして、蒼海連合の代表である私、マレウス・ルードともう1人の特務監察官、Dr.モローは2人の間に座っていた。
名目上はダイヤナトとオルトナスの通商条約であるが、実際は軍事同盟である。
先日、ある海域で軍事行動を強行したラッペンに対する警戒と国際社会に対する威嚇。もちろん、2人が署名した書類のどこにもそのような事は明記されていない。
「これでいいかね?」
ライチョウは自慢にしている長いひげをしごきながら私にそう声をかけた。
書類に不備は無い。きちんと国際法に則った書式と形式を踏んだものだ。
「ええ。以上で今回の会談は終了…異論ありませんか?」
「構わん。」
私の確認に、腕組みをしたままのヴェゼーは妙に落ち着かない素振りでそう言った。
「おや。随分と居心地が悪そうじゃな」
「我が国の法律はご存知だろう?ここまでおおっぴらに娯楽がある国はどうも苦手でね」
オルトナスは国営以外の娯楽を禁止している。また、娯楽施設そのものも数が少ないうえ、怠惰は恥ずべきとする風潮がある。そのためオルトナス人は娯楽施設に強い抵抗を持つ人間が多い。
「そうでしたな、いやこれは失礼した」
軽く笑ってライチョウは応接室を出ていく。
そのあとを見送ると、ヴェゼーは軽く舌打ちをして部屋を出た。
緊張の糸が切れ一気に脱力する私に、モローは椅子に座るよう促した。
「心拍が乱れていますよ。よほど緊張していましたね?」
Dr.モロー。
神医としてその技量は広く世に知られるが、彼は驚くべき事にいかなる施術の際にも手元を見ない。否、見えない。
彼は先天性の盲目である。光すら感じる事のできない彼だが、代わりに指先の感覚と聴力はもはや魔法の域に達するまでに発達していた。
「まぁ、初めてですからね」
「最初はそれでも問題はありません。心拍といえば、さっきの士官、嘘をつきましたね」
「は?」
「居心地が悪かったのは本当ですが、理由が違う。あれはウソつきの乱れ方でしたから。」
にこにこと笑いながら、Dr.モローが紅茶を啜った。