凄惨な現場
保安官ネスト・メークは頭を抱えていた。
『クィレル』の保安官となって半年、ようやく慣れてきたころにその通知は突然やってきた。
話によると、何処かの大国同士が同盟を結ぶ事になり、その同盟締結の場にこの町が選ばれたそうだ。
もともと魔法が使えないという特異な環境が影響してか、こういった会合の場所に選ばれる事が多い。
「気合いれろよ」
議会の連絡役はそう言ってネストの肩を叩いた。
これが2週間前。
そこから1週間を警備の手配やらなにやらをやっていた。
そして、今日。
条約の立会人である蒼海連合の特使があと2時間でくるというのに。
それなのに、である。
「ひでぇな。」
口元を押さえて思わず呻いてしまった。
町で最も人気がある娼館から急に通報があった。
「部屋で人が死んでいる。」
慌てて駆けつけたネストの眼前にあったのは、真っ赤に染まった室内と、ところどころに飛び散った肉片だった。
「うぇ。…誰が被害者だ?」
吐き気をもよおしながら検死官の魔導士に尋ねたが、彼は顔を顰めるだけだ。
「分からん。多分2人なんだが、身元が分からん程に滅茶苦茶でな。見るか?」
「肉片をか?嫌だよ、んなもん。」
検死官に対して首を振ると、ネストは改めて部屋を見渡す。
「で。どう思う?」
「いや、どうって、これはキミの分野だろう?」
「聞いてみただけだ。」
後方から聞き慣れない声が聞こえた。
振り返れば見慣れない2人組が立っていた。
1人はタイトなジャケットとズボンを着た中性的な人物。華奢な体つきをしている。
もう1人は男で導師服を着ている。
2人ともそこそこ背が高い。
「おい!ここは立ち入り禁止だぞ!」
慌てて2人を制止しようとしたネストの前に、検死官が割り込んできた。
「馬鹿!あのローブは戦略魔導師の証だぞ!」
戦略魔導師とは魔導士ギルドが【その才覚は一国の総軍に相当する】と評価した本当に一流の魔導士にのみ贈られる称号だ。
「そこまで大層な者じゃないけどね。」
どうやら聞こえていたらしく戦略魔導師は曖昧に笑って頭を掻いた。
親しみを感じる表情と仕種だ。
少なくとも、ネストが知っているギルドの一般的な重役とは違うタイプの人間のようだ。
「そうだな。そんな称号なんぞより、大切なのは実績だ。」
いつの間にか部屋に踏み込んで検分しているそいつの背中に描かれた紋様を見てネストは目を剥いた。
宝玉を守る龍!
蒼海連合の特務監察官のみに許された図印。
「やっぱり予定より早く来て良かっただろう?」
「セイレン。私は平和的に生活したいんだが……」
半ば諦めたような魔導師の言葉をセイレンは全く聞いていないように見えた。