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国境非武装地帯

 彼ら(・・)がなにを思い、何のために行動するかは誰も知らない。

 この世界を司る十二柱の神に酷似した能力を持つため、なんらかの形で神が関わっているのだろうと思われるが、神と対話できるような存在はこの世にいないため、文字通り、真実は神のみぞ知る、ということだ。

 ゆえに人は想像する。

 ある者は神罰の代行者と呼んで神聖視し、ある者は神の名を語る異端者だと叫ぶ。共通して言えることは、皆等しく超常的存在として恐れているということだ。

 彼らが現れてから四年。この世界で大きな事件が起こる時、影・日向の違いはあれ、彼ら(・・)が何らかの形で関わっていた。

 人々にとって、彼ら(・・)は災害と同じ。恐れ、憎みながらも、なにかができるわけがないと諦めきっている。できることと言えば、なんとかして事前の行動を推測し、心の準備をしておくことくらいだ。

 それだけ、人間と彼ら(・・)の間には歴然とした力の差があるのだ。


 彼ら――代理神たちとの間には。



「そもそもさ、本当に代理神が攻めてくるとしたら、こんなことしても無駄じゃないか?」

 すっかり日が落ちてしまった国境非武装地帯の湿原で、新米兵士のバルテルは、暗視ゴーグルを用意しながら隣の相方に話しかけた。


 代理神が隣国のフランク帝国を滅ぼしたという情報を手に入れたのは一か月前。

 ゲルマニクスの名将ロベルトは、代理神の次なる目標がトラジストになるのではないかと警戒し、フランク帝国との協定で決めた、非武装地帯に多くの監視兵を配置していた。

 監視は二人一組(ツーマンセル)、百組に分かれて行われ、バルテルたちはそのうちの一組だった。


「役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。うまくいけば、トラジストの住民数%くらいは生き残れるかもしれないだろ」

 無線による定時連絡を終えたボリスが、愚痴っぽい相方を軽く諌める。本気で注意しないのは、バルテルの態度も多少理解できるからだ。

 これが重要な任務だという自覚はあるが、消極的な作戦というのは激戦の中に放り込まれるよりも精神的に疲れるものだ。バルテルたちは兵士だ。敵を倒し、国を守るためなら命は惜しくないし、辛い任務にも耐えられる。しかし、今回の仮想敵は、決して勝てない相手なのだ。気が滅入るのも仕方がない。

 加えて、この一か月間、国境には動きはない。

 定期的にトラジストにいる交代要員と入れ替わっているが、寒空の下、誰にも見つからないように身を潜めながら、一か月間なにもない国境を見張り続ける任務は、はっきり言ってだれる。

 バルテルとて本気で文句を言っているわけではない。多少の愚痴は、何もないこの場所ではちょっとした気分転換なのだ。


「あーあ、不法入国しようとする馬鹿でもいないかね。そうすりゃ、トラジストに戻れるのに」

「俺は遠慮したいな。今の時期に不法入国するやつを捕まえるとか……冗談じゃない」


 自分たちの任務が、まさに不法入国者の発見であることを今更ながらに思い出したバルテルが、疲れで頭が鈍ってしまっているのかもしれないと舌打ちする。

 そう、彼らの任務は、要約すれば不法入国者の発見だ。冷静に文字に起こせば、大したことのない平凡な任務。その人物が、鼻歌交じりで国を滅ぼすことができるという点を除けば、簡単すぎて涙の出る仕事だ。


『レッド19、聞こえるか?こちら司令本部』


 なおも愚痴を続けようとするバルテルを、無線からの声が邪魔をする。

 定期報告を済ませた直後だっただけに、少々訝りつつも、ボリスが無線をとる。


「こちらレッド19、どうぞ」

『ああ、よかった。……冷静に聞け。先刻から、おまえたち以外の監視チームと連絡が取れない』


 バルテルたちは、それぞれ自分の神鋼剣を手に取り、互いに背中合わせになって周囲に気を配る。

 チームの一つ・二つと連絡が取れないということはよくある。チームが百もあれば、気を抜いてうっかり連絡を忘れる奴も出てくる。

 だが、自分たち以外のチーム全てと連絡が取れないということはありえない。自分たち以外の百九十八名の監視兵全員が居眠りをしているか、九十九個の無線全てがたまたま故障でもしない限りは。


「司令本部、指示を頼む。俺たちは撤退するべきか?それとも、なにがあったか調べるべきか?返答次第では、あんたをクソ野郎と呼ぶつもりだが」

『……危険だが、現状を把握する必要がある。他チームの様子を調べて報告してくれ』

「了解。ありがとよ。俺たちを腰抜け扱いするな、クソ野郎と言わずに済んだ」


 バルテルとボリスは互いに頷き合うと、それぞれの死角を補い合いながら、隣接チームの担当領域へと向かう。

 担当領域同士はそれほど離れていない。距離を開けすぎて、監視チームの目の届かない範囲を誰かに通過されるようなことになれば、なんのために監視しているのかわからないからだ。

 ゆえに、バルテルたちはさほど時間をかけずに、彼らを発見することができた。


「……司令部、こちらレッド19。レッド18を発見したが、二人とも死んでる。どちらも刃物傷で、喉をかき切られている」


 バルテルたちが発見したのは、うつ伏せになって倒れている二名の同僚の死体だ。暗視ゴーグルと双眼鏡をつけ、うつ伏せで国境線を見張っていたところ、背後から喉を切られて音もなく死んだといった感じだ。

(まさか、他のみんなも?)

 バルテルたちの心境は疑問半分安堵半分で、恐怖はない。

 仲間を殺されたことには憤りを感じるが、傷口自体はごく普通の刃物傷だ。神鋼剣士が刃物傷を恐れていては話にならない。むしろ、常識的な死に方で、安心感を覚えたほどだ。

(これをやったのは代理神じゃないのか?それとも、代理神って実はそんなに強くないのか?)

 バルテルは実際に代理神を見たことがないので、そのあたりの感覚がわからない。

 もちろん、二百名弱の兵士全員が同じで手口でやられたのだとしたら、これをやった使い手は相当なものだが、まだ常識の範囲内だ。噂で聞く代理神の強さほどではない。そもそもこれを一人でやったとは限らない。

 なんにせよ、想像していたよりはマシな状況ではあるようだ。素っ裸で竜の前に放り出されたと思ったら、相手はただのライオンだったという程度の差だが。

 その時、背後で泥を踏む音がした。すぐに振り返って剣を構えると、そこには露出の多い服装をした妖艶な女性が佇んでいた。


「あら、やっぱり殺し漏らしてたのね。もう、嫌になるわ。一人・二人で済むと思ったのに、何百人もいるんだもの。壊れちゃうかと思ったわ」


 華人族(ヒューマン)ではない。三枚耳に青みがかった銀の髪。水掻きの付いた両手には、それぞれ神鋼短刀が握られている。足は腿とふくらはぎが繋がっていて、表面を水色の鱗が覆っていた。

 その種族的特徴は間違いなく――


「レッド19より司令部へ。下手人と思しき水棲族(マーメイド)と遭遇。我々はこれより戦闘に入る。通信終了(オーバー)

『待て、レッド19!おまえたちは孤立している!撤退を――』


 司令部の通信手がなにか言ったが、バルテルたちは聞いていなかった。動きの邪魔になる無線など、早々に捨ててしまったからだ。

 水棲族は亜人の一種で、主に川や湖、浅瀬の海に生息する種族だ。水中では他種族の追随を許さぬ動きをするが、陸では鈍足の一言に尽きる楽な相手だ。

 しかし、先ほどの女性の発言を信じると、二百名の仲間はすべて彼女一人に殺されたことになる。バルテルたちは、無警戒に斬りかかるような愚は犯さず、二手に分かれて、左右から挟むようにゆっくりと距離を詰める。


「あら、若さに見合わずテクニシャンなのね。いいわね。激しく攻め立てられるのも好きだけど、ゆっくり焦らされるのも好みよ?」

「そんなに好きモノなら、熱いのをぶち込んでやるぜ!」


 残り一歩という距離で、バルテルは己の愛剣に感応を込め、一気に斬りかかる。途端、バルテルの神鋼剣が炎に包まれた。

 バルテルの剣は、炎剣と呼ばれる類の神鋼剣だ。炎剣は、神鋼の幼剣を、時折炎の中に放り込むことで育てる剣だ。あるていど成長させれば、自在に炎を出し入れできるようになる攻撃的な神鋼剣だ。


「僕は後ろを貰う」


 相方の逆側から迫ったボリスの剣が、いくつかの節に分かれる。細剣から一転、鉄鞭へと姿を変えた神鋼剣が、軌道を変えて女性を背後から襲った。

 ボリスの剣は、変則仕様の神鋼剣。状況によって、細剣と鉄鞭を使い分ける形式だ。扱いは難しいが、ボリスは見事にそれを使いこなしている。神鋼剣もその意志に答え、ボリスの思い描く軌道をなぞる自動修正機能付きの神鋼剣へと成長していた。

 方向性は真逆だが、バルテルとボリスの剣は、どちらも広範囲を攻撃可能な神鋼剣だ。狙われた女性に逃げ場はない。足の遅い水棲族ならなおさらだ。


「なに!?」

「っ!?」


 しかし、バルテルたちが上げたのは勝利の歓声ではなく、驚愕の一声。不可避のはずの攻撃は、水棲族の女性にいともたやすく躱されてしまったのだ。

 二人の剣撃は、前後左右をカバーする攻撃だった。だが、一箇所だけ死角があったのだ。

 すなわち、下方(・・)へと。

 女性は、地面の中へと溶けるように消えた。夢でも見たかのような光景に、二人は茫然自失となる。


「!?ボリス、後ろだ!」


 バルテルの叫びに、ボリスは剣を手繰り寄せながら振り返る。

 ボリスの剣は近・中距離を使い分けることのできる便利な神鋼剣だが、弱点もある。鉄鞭状態の時は、手元に引き戻すのにワンアクション必要なのだ。

 だが、若き剣士がその欠点に気づき、次の機会に活かす機会は永遠に訪れなかった。驚愕による硬直と鉄鞭を引き寄せることでできた隙は、あまりに致命的すぎた。

 水棲族の持った短刀が煌めき、ボリスの首から血が吹き出す。

 血を浴びるのが嫌だったのか、迫るバルテルを警戒したのか、水棲族の女性はすぐさままた地面の中へと潜る。

 血の海に倒れる相棒の姿に心を痛めたが、頭を振って目の前の敵に集中する。少しでも気を緩めれば、自分もすぐさま二の舞だ。


「ふふ、熱いのがいっぱ~い♪若い子は血の気が多くて好きよ」


 敵の声が響くが、姿は見えない。

 もう背中を守ってくれる仲間はいない。どこから襲ってくるのか分からず、忙しなく目を動かしながら、バルテルは敵の正体に考えを巡らせる。同時に、じりじりと慎重に移動を開始した。

 国境非武装地帯は湿地帯ではあるが、当然ながら潜って移動できるようなものではない。そんなことができるなら、そもそも自分は歩くことすらできないはずだ。

 敵の移動手段をいくつか推測し、そのうちもっとも可能性の高いものを上げる。


「おまえ、使徒、か?」

 自分の推測を口にすると、どこかからパチパチと拍手の音が上がる。

「大正解。ご褒美に、あなたには特別なものあげちゃう。逃げても無駄よ?」

 バルテルがゆっくり移動しているのをどこかから見ているのだろうか?それとも地面の振動で、相手が移動したのか分かるのだろうか?どちらにせよ、使徒相手に逃げるのは難しそうだ。


 使徒――代理神により新たな力を与えられ、超越種となった存在。

 与えられる力はさまざまで、同じ代理神に力を与えられたとしても、まったく別物の力を得ることがほとんど。しかし、それがどんなものであろうとも、元の人間とは比較にならないほど強力な生物になる。

 使徒は、人間とは別種と考えるべき存在だ。実際、使徒の多くは人間の姿をしていないと聞く。それで言えば、相手の女性は、水棲族としての形を保っている分、使徒としてはまともな方かもしれない。


「さしずめ、地中を水中のように泳げる能力ってところか」

 バルテルの炎の剣との相性は最悪だ。炎剣がいくら攻撃向けの神鋼剣とはいえ、土の中の敵に炎は届かない。

「泳ぐのって、とっても気持ちいいのよ?陸上でも泳げるようになるなんて、もう最高♪――あなたにもこの気持ち、味あわせてあげるわ」


 突然、土中から生えた手がバルテルの両足首を掴んだ。

 その手にバルテルが剣を振るうより速く、足首から順に身体が地中へと沈んでいく。なんとかしようともがくが、どうにもならずに身体がどんどん潜っていった。

「一人で逃げようなんてせずに、一緒にイきましょう。大丈夫、すぐに終わるわ」


「誰が……」

 剣を地面に突き立て、身体が沈むのを少しでも遅らせる。空いた手を伸ばして、目的の物を引っ掴んだ。

「逃げるかよ!俺の目的地は最初からここだ!」


 地面に落ちていたそれ――バルテルたちが捨てた無線機を口元に寄せると、送信スイッチを押して叫んだ。

「使徒だ!こいつは地中を潜っ――」

 途端、バルテルの沈む速度が急速に速くなった。結局ほんの数言しか告げることができず、バルテルは頭まで地中に沈められてしまった。

 しかし、彼は、間違いなく監視兵としての役割を全うしたのだ。


「……ちょっと遊びすぎちゃったかしら」

 地中から出てきた水棲族の女性は、ほんの少し困ったような顔になる。

「まっ、別に大丈夫でしょ。肝心な情報は隠蔽できたし。もう一回りして、殺し漏らしがないかどうか確認しましょ」


 たった今、人間の命を奪った者とは思えない気楽さで、女性は口笛を吹きながら再び地中を泳ぎ始める。水棲族の彼女にとって、歩くより泳ぐほうが断然速いのだ。

 途中、空に輝く月に目を奪われ、口笛がぴたりと止む。

 女性は背泳ぎの体勢になり、頭上の月をうっとり眺めながら土の海にたゆたった。

 彼女は、月が大好きだった。彼女がまだ人間だった頃は、こんな気分で眺めたことはなかったが、今ではこれほど神秘的で美しいものはないと思っている。

 なぜなら、彼女の敬愛するべき主人は、月の分身とも言える存在なのだから。



「月と狩猟の代理神アスミ・ヨイマチ様、すべてはあなたの望むままに」

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