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中央広場

ラスト、グロテスク注意

 国境都市トラジスト。

 今でこそフランク帝国とゲルマニクス王国の国境を守る、堅牢な防衛都市として名高いが、ほんの二十年前まではここは国境ではなく、ただの小高い丘の上に建てられたゲルマニクスの一都市に過ぎなかった。

 大国フランク帝国の侵攻により、ゲルマニクスの国土が削られ、結果的にトラジストが国境に位置するようになったのだ。

 しかし、それはある意味で幸運な結果とも言える。当時のフランク帝国は好戦的だった上に非常に強く、ゲルマニクスは滅ぼされるだろうと予想されていたからだ。


 事実、トラジストは本来見捨てられた都市だった。


 当時、ゲルマニクス側は焦土作戦を決行。トラジスト周辺の町村から人を追い出し、田畑を焼き払ってフランク帝国の現地補給を妨害。王都に総力を集中し、フランク帝国兵を迎え撃つ構えでいた。

 トラジストは、王都に兵と物資を集める間の、言わば時間稼ぎのための生贄でしかなかったのだ。

 もちろん、時間稼ぎであるのだから、ある程度の兵士は配置された。しかし、その数はわずか二千名。フランク帝国側十万を相手取るには木っ端に過ぎた。指揮官である貴族は、成人したばかりの男爵で、階級は少佐。一都市の防衛を任された指揮官としては、爵位も階級も低すぎる異例の抜擢だった。兵士も指揮官も、誰の目で見ても明らかな捨て駒だった。


 しかし、トラジストは耐えた。


 五十倍の兵力差で一年以上持ちこたえたトラジストを見て、王都に集結した兵力は、そのままトラジストへの援軍として出陣。

 総兵力ではまだフランク帝国側のほうが上だったが、士気も物資も底を尽きかけているフランク帝国側は、トラジストを墜とすのは困難と判断し、兵を引いた。


 これが後の世に謳われる、トラジストの奇跡である。


『で、その時の指揮官が爵位と階級を上げられ、現在のブルダリッチ伯になるわけだ』

 そう締めくくる曼珠に、ジニアはこくこく頷いて相槌を打った。

 傍目には独り言を呟き、それに自ら頷いている怪しい光景なのだが、道行く人々はジニアの美貌に目を奪われ、その違和感に気づかなかった。

 変な目で見られたところで、ジニアは気にせずにすたすた歩いていただろうが。


 現在、ジニアは両替商を探しがてら、曼珠にトラジストの歴史について聞いていたところだ。

 本来なら、トラジストはさっさと通過してフランク帝国に入る予定だったので、この街の来歴に関して、ジニアはあまり詳しくなかったのだ。


「ブルダリッチさん、どうやって勝ったの?」

『正確には勝ったわけじゃないんだけどな。当時の防衛戦はかなり話題になったが、具体的にどういうふうに防衛したかは曖昧だ。……まあ、抽象的になら想像できるが』

「?」

 意味がわからなかったのか、ジニアが小鳥のようにこ首を傾げる。

 その仕草に興奮した曼珠が、ジニア可愛いよおおおおお!、といつもどおりの暴走をし始めたせいで、会話が一時中断された。


『……曖昧ってことは、ゲルマニクス王国が意図的に隠蔽してるってことだ。国家存亡の危機を救った英雄的行為を隠そうとするってことは、きっとろくでもない戦い方をしたんだろう。そもそもまともな戦い方で、五十倍の兵力差をどうにかできるわけがない』

 ひとしきり、身悶え(?)して落ち着きを取り戻した曼珠が、ようやくジニアの疑問に応える。何かを発散したのか、若干紳士モードに入っていた。

「…………」

『ジニア?』

 黙り込んだジニアを不思議に思い、曼珠が声をかける。

 元々あまり多弁な少女ではないが、語彙が少ないだけで、ジニアは視線や仕草で感情を多彩に表現する。曼珠は長年の付き合いで、ジニアが何かを真剣に考え込んでいることを察した。


 不意に、ジニアは踵を返し、街道をある方向に向かって歩き始める。

 その先にある場所を察して、曼珠が不安そうな声を上げる。

『ジニア、そっちは中央広場だぜ?社会勉強にはなるかもしれないが、公開処刑なんて見て楽しいもんじゃないぜ?止めたほうがいい』

「ブラスキは、ここの処刑法は特別って言ってた」

 曼珠の制止の声を聞いても、ジニアは足を止めない。曼珠を頼り、意志決定を任せることもあるジニアだが、時折、曼珠が何を言っても止めない頑固な時があった。

「処刑法って、ブルダリッチさんが決める?」

『ん、まあ、そうだな。土地によっては合議制だったり、裁判用の神鋼剣を使ったりもするが、基本的にその土地の管理者である貴族が定めた法で裁かれる。もちろん、ある程度ゲルマニクス王国法に従う必要があるが、処刑法くらいなら領主の趣味・主義・信仰に合わせて自由に選べるはずだ』

 その返答に、ジニアはこくりと頷く。

「ブルダリッチさんのこと、知りたい」

『ああ、俺もジニアのことが隅から隅まで知り尽くしたい。……じゃなくて、なんでさ?なんとなく想像はつくけど』

「ブルダリッチさんは、強い」

 やはりか、と曼珠は心の中でため息を吐く。


 ジニアは、強さに対する渇望が人一倍強い。

 彼女の旅の目的を達成するためには、多くの力が必要だ。それは剣技の腕というだけでなく、戦術的・戦略的思考も含まれる。

 トラジスト防衛戦の逸話を聞き、少しでもブルダリッチ伯のことを知り、自身の能力の底上げの手助けになればと思ったのだろう。ブルダリッチ伯が定めたという処刑法を見れば、確かに思想の理解の助けにはなるかもしれない。


 だが、それでも曼珠の気は進まなかった。

 水清ければ魚住まずと言うが、進んで泥水を浴びせるような行為は、ジニアの保護者を辞任している曼珠としては受け入れ難かった。


 しかし、同時に、今のジニアはいくら止めても無駄だろうという聞き入れないだろうということも理解していた。この少女は、頑固な時はとことん頑固だ。

『はあ、仕方ない。でも、一目見るだけだからな?あと、処刑が行われてなくても、すぐに去ること。処刑法なんて、処刑道具を見るだけでわかるだろ』

「ん」

 曼珠の妥協案には、ジニアも逆らうことなく頷いた。

 あくまで、ブルダリッチ伯のことを知るために処刑法を知るのだ。長々と公開処刑を楽しむような趣味はジニアにはなかった。


 しかし、曼珠はこの時の判断を後で悔やむことになる。

 別に、わざわざ実際に処刑場に行かなくとも、処刑法を知る方法などいくらでもあるのだ。それに、ブルダリッチ伯のことを知る方法だって他にいくらでもある。

 曼珠は、まずは領主に関する情報収集から始めるべきだったのだ。

 トラジストに住む人々が、ブルダリッチ伯のことをなんと呼んでいるのか。それだけでも知っていれば、この地で行われている処刑法がどんなものか、容易に想像できたのに。


 中央広場に到達したジニアは、並び立つ処刑道具とそれにより刑を実行されている罪人の姿を目にした。

 処刑は既に実行済みとも言えたし、まだ実行中とも言えた。


「殺、ふぃて、ふれ」


 刑を実行中の一人が、懇願するように呻いた。

 ジニアに言ったわけではない。その男の顔は、喉から伸びる鉄杭によって、視線の先を空に固定されているので、地上にいるジニアに目線を向けることができない。

 男は、一本の長い鉄杭によって、尻から口まで、貫かれていた。

 その無残な光景は、それだけで見る者に衝撃を与えたが、なにより恐ろしいのは、鉄杭によって貫かれた者が、まだ生きていることだ。


 明らかに致命傷を受けているにも限らず生き続け、死を懇願する受刑者に衝撃を受け、ジニアは、その鉄杭が、神鋼製であることに気づくのが遅れた。

 それは、処刑用の神鋼杭なのだ。

 受刑者を簡単には殺さず、時間をかけて衰弱死させるように育てられた神鋼の杭。それによって貫かれた者は、致命傷であるにも関わらず死ぬことができず、気が狂いそうになるほどの痛みと姿勢を、餓死するまで強要され続ける。

 まさに、人間の尊厳を踏み躙るかのような残酷な処刑法だった。


 ゲルマニクスの英雄、ロベルト・ブルダリッチは、外国の人間から、さまざまな異名で呼ばれている。

【トラジストの悪魔】、【ヤマアラシ】(ポーキュパイン)【血を啜る者】(ブラッドサッカー)

 しかし、トラジストに住む民は、ロベルトのことをそれらの名では呼ばない。彼らはロベルトにもっともふさわしい呼び名で彼を呼ぶのだ。


【串刺し伯】ロベルト

 トラジストの奇跡と呼ばれる防衛戦において、一万人の敵兵を生きたまま串刺しにして城壁に晒した男。

なぜだろう、行空けが反映されない。

これを読んでくださった方、原因をご存知でしたら教えてください。

お願いします。

->自己解決しました。

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