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気づいてしまった

「おい、ナディアさんよお」


 神鋼斧を担いで鼻をほじりながら戦況を眺めていたシルヴァンが、傍らにいた水棲族の女性に話しかける。

 国境監視兵の一団を皆殺しにした、使徒・ナディアだ。

 彼女はシルヴァンの品のない仕草に顔を顰めるも、殺しにかかることも文句を言うこともなかった。彼を新生フランク神国軍の総大将に任命したのは、ナディアの主であり、月と狩猟の代理神であるアスミだ。使徒である自分がただの人間であるシルヴァンに従うのは屈辱だったが、主が決めた一時的上下関係を崩すつもりはなかった。


「なによ?」

「作戦じゃあ、そろそろ使徒の――フェオドールだっけ?――が内応してるはずじゃなかったか?敵軍が崩れてる様子がまったくないんだが?」


 視線の先では、トラジストの城門を打ち壊そうと砲撃を浴びせるフランク神国軍とそれをさせじと応射するゲルマニクス国境軍の攻防が見えた。

 城門は神鋼製で、ただの砲弾では崩れない。神鋼は神鋼でしか傷つかないということと神鋼製の矢弾は作れないという原則から、この掃射は意味がないように思えるが、どのような法則でも穴をついて例外を作り出すのが人間というものだ。

 砲弾の中には壊れた神鋼剣の残骸が詰め込まれており、着弾と同時に中の火薬が爆発することで、神鋼剣の破片が飛び出るようになっている。擬似的な神鋼砲弾といったところか。

 もちろん、散弾と同じものになってしまうので威力は下がるが、それでも神鋼でできた門や神鋼剣士には有効な遠距離攻撃だ。とはいえ、神鋼剣の残骸を集めるといのは簡単なことではないので、量産できるようなシロモノではない。


 そこで、シルヴァンはあらかじめ使徒をトラジスト内部に潜入させる策を取った。

 めちゃくちゃになったフランク軍の軍備を整える一ヶ月の期間を用いて使徒を潜入させ、軍同士のぶつかり合いが始まると同時にトラジスト内部から敵軍の指揮系統を崩させる腹積もりだったのだ。内部と外部から責め立てる策というのは、単純ではあるが非常に有効的だ。

 理想としては、使徒にロベルトを殺してもらうのが望ましい。次点で城門を内側から開けてもらえればよし。それらが無理でも、敵軍を混乱させることができれば、それだけでこちらの勝機は見えてくる。

 それらの指示を事前にトラジスト内部の潜入工作員を通して使徒に伝えていたはずだったが、戦の口火が切られてからしばらく経った今でも、守備側のゲルマニクス軍に動揺の色はまったく見えない。内部の使徒がなにも事を起こしていない証拠だ。

 それについてはナディアも気づいていたので、首を捻る。使徒同士だから仲がいいというわけではないが、代理神に対する忠誠心はそれなりに信用している。代理神の意図に反するような行動を使徒がとるとは思えなかった。


「内部に潜り込ませた使徒・フェオドールは大して強くないけど、神鋼剣士相手に殺させるようなことはないはずよ。ロベルトの居場所が掴めなくて探し回ってるじゃないかしら?」

「……だといいんだがな」


 使徒・フェオドールに関する情報は、シルヴァンには知らされていない。

 もし選出された使徒の情報を事前に知っていれば、それが悪手だと気づいていたはずだが、秘匿を命じたのは代理神だったので、それに逆らってまで知ろうとはしなかったのがシルヴァン最大の過ちだった。まさか、ロベルトとの相性が最悪の使徒を送り込んでいるとは思わなかったのだ。


「でも、意外ね。脳筋のあなたが、こんなこすい手を使うなんて。真正面から突撃していくと思ったのに」

「俺がそんなお綺麗な戦い方すると思ったのかよ?そりゃあ、正々堂々とした一騎討ちなんかは大好物だが、それで戦争そのものに負けてちゃ話にならねえ。それに、トラジストは正攻法じゃ落ちねえよ」


 猛将・シルヴァンが恐れられる理由は、まさにこれだった。

 彼の性格を知る者なら、その豪胆な性格から正々堂々とした戦いを好むと考えがちだが、彼は戦争など勝てればいいと考える結果主義者だった。そのため、調略・謀略を当然のように行い、しかも普通に戦っても異様なほど強いというおまけつきだ。

 こいつ、本当に貴族かと疑いたくなるような戦いぶりだが、兵を無駄に死なせるようなことがないし、誰に対しても公平に接する態度から、部下の信頼は厚い。元人間であるナディアも、彼の戦争に関する手腕だけは信用していた。

 それゆえ、彼の言葉に純粋に疑問を抱く。


「そうかしら?城壁が特別高いわけでもないし、兵数の差を生かして城壁に取り付けば、意外とあっさり落ちそうに思うんだけど……」


 トラジストという街はずんぐりと高い丘の上にあり、その城壁は分厚いがあまり高くはない。砲撃には強そうだが、梯子でもかければ簡単に乗り越えられそうだった。

 大軍を用いた戦いには素人であるナディアだったが、決して的はずれな考えではないと思った。だが、シルヴァンはもちろんのこと、彼に助言する存在である幕僚たちも、誰ひとりそのようなことを提言しなかったのがどうしても不思議だったのだ。

 ああ、と考えもしなかった様子でシルヴァンは、ナディアの言葉に苦笑いを浮かべる。


「二十年前の戦争を経験してない奴には奇妙に見えるだろうな。まず、あの丘だが、近そうに見えて意外と遠い。城壁に到達する前に狙い撃たれる。援護射撃を撃とうとしても、高低差のせいでほとんどの弾が城壁ではなく丘に突き刺さる。そうなりゃ、援護どころか、丘を登ろうとしている兵の邪魔をすることになる。仮にそれらの要素がなかったとしても……おっ、ちょうどいいところに、命令無視のバカが手本を見せてくれるみたいだぞ」


 シルヴァンが指さす先、一台の戦車が丘を登ろうとしているところだった。

 フランク帝国軍の正規兵ならこのようなことをする者はいなかっただろうが、新生フランク神国軍は、一ヶ月という短期間で無理やり立て直した急造部隊だ。傭兵やならず者も多く、命令違反を起こす者も少なからずいる。

 戦車を丘に乗り上げたのもそういった人種だった。ナディアと同じで、簡単に乗り越えられそうな城壁を無視して、堅牢そうな城門ばかり攻めるような指揮に痺れを切らしたのだろう。

 意気揚々と一台だけで突撃していく戦車に対し、ゲルマニクス軍は攻撃を加えようとはしなかった。フランク神国軍の幕僚たちも冷めた目でその戦車を眺めている。


「なっ!?」

 彼らの様子に首を傾げていたナディアだったが、丘の中腹まで差し掛かった戦車に起きた出来事を目にして目を見開く。


 ――分厚い装甲を持つはずの戦車が、何本もの杭に串刺しにされていた。


 戦車の装甲は神鋼製。成長させるのが難しいので質は悪いが、それでも【鋼】の域には到達している。しかし、地面から突然生えでた杭は、その装甲をコルクでも突き刺すがごとく容易に貫いていた。

 その杭の色は禍々しく、赤黒いが、その質は間違いなく【銀】に達している神鋼杭だった。「二十年前、この地の防衛を任されたロベルトは、フランク帝国兵の捕虜二千名を、神鋼の杭で何度も貫き、神鋼杭を無理やり成長させた」

 呆気にとられた顔のナディアの横で、シルヴァンは淡々とつぶやく。


「残虐な成長を遂げた神鋼杭は、自ら血を求めるようになった。杭は丘一面に埋められ、その上を人間が通った時、杭は自動でそいつを突き殺す。そのあと、さらに二万人の血を吸った杭は、いつのまにか【銀】の域に達していた。地上最悪の地雷原だな。そして、あの神鋼杭の一番厄介な点は――」


 話している間に、戦車から一人の男が這い出てきた。

 遠目からでもわかるほどに慌てた様子で丘を駆け下りようとした男を、新たに地面から生えた神鋼杭が貫く。明らかな致命傷を受けた男は、一撃で絶命した。


 いや、絶命したように見えた。


「なかなか死ねないんだよ。致命傷のように見えても、神鋼杭が無理やり生かし続ける。拷問用として育てられた神鋼だからな」

 その言葉通り、神鋼杭に貫かれた男は、一見して致命傷に見えながらも、手足をばたつかせて叫び声を上げる。砲声が響き渡り、距離が遠いこともあってナディアにはその声の内容は聞こえなかったが、味方に助けを求めているのは明らかだった。


 しかし、味方の軍は助けに行かない。助けに行けない。

 助けようと丘に足を踏み入れればどうなるか、そんなもの容易に想像がつく。


「一応、誰も助けに行かないようにって命令を徹底させとけ。犠牲者を無駄に増やして、士気を下げられても問題だ。……トラジストが堅牢だと言われる意味がわかったか?」

 最後の言葉はナディアに対して向けられたものだった。彼女は黙って頷く。

 百聞は一見に如かずというが、これほど明らかな証明もない。地中に潜ることができる彼女でも、あの丘の下を泳ごうとは思えなかった。


「ってなわけで、トラジストを陥落させるためには、どうにかして城門をぶち壊す必要があるんだが、トラジストに潜入させた使徒っては大丈夫なんだろうな?まさか、殺されてるなんてことはないだろうな?」

「同じ代理神を【親】に持つ使徒は、あるていど精神が繋がっているの。といっても、何をしているか具体的に分かるほど便利なものではないけど、生きているか死んでいるかぐらいはわかるわ。あなたの心配はまったく無駄なものよ。少し手間取っているだけで、使徒・フェオドールは任務を遂行するわ」


 先刻は少し動揺したが、そのことに関してはナディアは自信満々に答える。

 その自信は、彼女に限らず、使徒全体が持つ絶対的な誇りからくるものだった。


「使徒が人間に負けるなんて、そんなことありえないもの」

 

     ◆◆◆

 

「くそ、くそ!!使徒が人間に負けるなぞ、そんなことがあってたまるか!」


 トラジストに侵入していた血液の使徒・フェオドールは、毒づきながらロベルトの屋敷の中を歩き回っていた。

 今、屋敷内には人っ子一人どころか、自動人形の一体もいない。自動人形たちは皆、人手不足の避難所に、人足として駆り出されていた。

 ゆえにフェオドールは屋敷内を自由に行動できたが、そんなことはなんのメリットにもならない。こんなところにいても、彼の目的は達成できないのだから。


 彼の使徒としての能力は二つ。一つは血液の肉体を所持し、それを自在に操ることができるということ。もう一つは、その血液を生物の体内にいれることで、対象をあるていど自由に操れるというものだ。

 前者は弱点として、定期的に生き血を摂取しなければならないという制約はあるが、物理攻撃しかできない神鋼剣士に対して非常に有効な上、液体の身体はあらゆる場所への侵入を可能とする。後者の能力は、操れる対象は一人が限界であり、しかも自由自在に操れるというわけではないという欠点はあるが、非常に強力だ。

 それらの能力が、今回の【ゲルマニクス軍を内部から崩す】という任務に向いていたため、彼は数いる使徒の中から選出された。

 命じたの彼の主である月と狩猟の代理神であり、フェオドールは感動に打ち震えながらそれを拝命した。使徒として、【主】であり【親】である代理神の役に立つことはなににも勝る誉れだった。

 しかし、拝命当時は簡単な任務だと思っていた楽観も、今やひどい焦りとなっていた。


「あの剣さえ、あの剣さえなければ」

 すべてはそれに尽きた。


 ゲルマニクス軍は、ロベルトの采配によって成り立っている。それを理解していたフェオドールは、ロベルトを殺す算段を立てることにした。

 そこですぐに殺しにかかるような真似をしなかったのは、使徒には珍しい慎重さで評価に値するのだが、その後が悪すぎた。

 第一標的であるロベルトが持つ神鋼剣は、血を啜る細剣。血液の肉体を持つフェオドールにとって、天敵とも呼べるものであったことはひどい不運だった。

 それを理解してすぐに援軍を呼ぶなりすればよかったのだが、使徒としてのプライドがそれを邪魔した。使徒が人間に負けるはずがない、この任務は主の勅命であり、他の使徒に手柄を譲るわけにはいかない。そういった思いが、彼を愚策に走らせた。

 それでも慎重であることには変わりはなかった彼は、ひとまず、自分自身ではなく、クレイグを操ってロベルトを殺してみることにした。

 本来ならロベルトの元へと直行させる予定だったのだが、血液による対象操作には大きな欠点がある。それが、知能の大幅な低下だ。この状態だと非常に簡単な命令しか実行できない。【ロベルトを殺せ】という命令を与えても、すぐに誰を殺すのかを忘れてしまったり、何をするかすら忘れてしまうこともある。クレイグが教会に行ったり、避難所に行ったりしたのはそのためだった。

 それでも、多少のイレギュラーに出会いつつも、ロベルトに会うことはできた。

 しかし、結果は瞬殺。相性が悪いことは重々承知していたが、想像以上の誤算であった。

 実のところ、対象操作によって力を与えたクレイグと、本体である使徒・フェオドールとでは、それほど戦力差はない。強いて言うなら、操れる血液の量と知能を維持できるかどうか程度の差だろう。

 ゆえに、クレイグがあっさりやられた以上、使徒自身がロベルトと戦っても勝てる確率は絶望的なほどに低かった。


「くそ!下等生物の存在で!あの剣さえなければ、今すぐにでも行ってくびり殺してやるものを……」


 任務の放棄はありえない。考えすらしない。代理神の命に反し、人間を恐れて逃げ帰るなど、二重の意味で許容できることではない。かと言って、なにかいい策が思い浮かぶわけでもない。絶望した使徒は、手近にあったソファに身を沈める。

 ふと顔を上げると、そこには一枚の肖像画があった。赤毛で美しい緑の瞳を持つ婦人――レティーシア・ブルダリッチの肖像画だ。


「……こいつが生きていれば、人質にすることもできたんだがな」


 ないものねだりだとわかっていても、そんなふうに思わずにはいられなかった。

 ロベルトという男は、まったくと言っていいほど弱みを見せない男だった。彼の行動には隙がなく、脅迫に使えるような材料は見つかっていなかった。


「それにしても、最近のあいつの行動は変だったな。なにか心の変化があったのか?」


 フェオドールは一ヶ月の間、トラジストに潜伏して、ロベルトの周囲を探った。彼の性格や一日の行動パターンなどはだいたい頭に入っていたが、それらを考えると、最近のロベルトの行動は少しおかしかった。

 完璧な人間などこの世にいるはずはないので、気まぐれと言われればそれまでだったが、使徒にはそれがどうにも気になった。

 じっと肖像画を眺めながら考え込んでいたフェオドールは、はっと何かに気づいたように立ち上がる。


「まさか……そうなのか?だが、そう考えればつじつまが――」

 雷を受けたような衝撃に呆然としたあと、使徒は高笑いを上げる。


「ははははははは!天は私を味方した!いや、これこそが月と狩猟の代理神様のお導きに違いない!アスミ様、あなた様に任された天命、必ずや叶えてみせましょうぞ!」

 それは、勝利を確信した者が上げる歓喜の笑い声だった。

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