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少女探索中

「……本当、大きなお屋敷ですねえ」

「ん」


 朝、目を覚ましたジニアとエリザは、邸内を探検していた。

 ロベルトは昨日の夜から帰ってきていない。家主のいない屋敷を勝手にうろつくのもどうかと思ったが、彼女たちにはどうしても邸内を探索しなければならない理由があった。


「おなか減った」

「……うん」


 そう、彼女たちは飢えていた。

 昨日、ロベルトが言っていたことは本当だった。この屋敷での食事は、すべて彼が作っていたようだ。客人たちが起きだしてきても、自動人形たちは洗濯や掃除はしても、朝食を作るというようなことはしなかった。

 命じられたことは一ミリの誤差もなくやってのける自動人形たちだが、このように融通の効かないことこそが最大の欠点だった。

 一食くらいなら我慢することもできるが、ロベルトが昼までに戻ってくるという保証はない。

 客人を放置するような男にも思えないし、なにがあったのかはわからないが、どうせ暇だし、とりあえず厨房を探そうということになった。修道院は食事当番制なので、エリザは一通りの炊事はできる。厨房さえ見つけてしまえばどうとでもなった。


 厨房なら、きっと食堂の傍にあるだろう。

 そんなふうに楽観的に考え、昨夜の食堂を目指して歩き回り始めたのだが、二人は途中で道に迷ってしまった。二人とも、食堂がどこか以前に、自分たちが屋敷のどこにいるのかすらよくわからなくなっていた。

 途中、掃除中の自動人形に尋ねてみたりしたのだが――


「邸内の構造に関して、ご主人様(マスター)から発言の許可が下りていませン。お客様の質問に関してはお答えしかねまス」

 という答えが返ってくるばかりだった。


「あー、もう、なんでこんなに複雑なんですか!いくら、普段訪ねてくる人がいないからって、不便すぎるでしょう!」


 段々いらいらしてきたエリザが不満を口にする。

 事実、決して方向感覚が鈍いわけでもない彼女たちが、昨夜行ったばかりの食堂に辿り着けないほど、邸内は過剰なほど複雑な構造をしていた。


『内乱を想定しているからだろうな。暴徒が屋敷に押し寄せてきた場合、邸内に立て篭れるようになってるんだ』

「へ?」

『暴徒が屋敷内に雪崩込んできたとしても、構造が複雑ならなかなか深部には辿り着けない。地形を利用して迎え撃つなり、暴徒が迷ってる隙に逃げ出したりできるよう、わざと迷いやすい構造になってるんだ。貴族の屋敷や宮殿なんかはそんな風になってることがある』


 普段の変態発言からは信じられないほど博識な曼珠が、屋敷の構造に関して理論的な推論を立てる。反論の余地のない内容だったのでエリザは納得して頷いたが、それで不満が消えるわけではなかった。


「う~、こうなったら手当たり次第に扉を開けまわってみますか?」

『使ってない部屋が多そうだが、それでも貴族の屋敷だしな~。入っちゃまずい部屋に入ったら、首チョンパされるかもしれないぞ?』

「首は飛ばない。串刺し」


 曼珠の笑えない冗談に、ジニアの笑えないツッコミが入る。笑えないエリザは、引きつった表情になった。家主がいないので忘れそうになっていたが、ここは『串刺し伯』の持ち家なのだ。無礼な行動は死につながると考えたほうがいい。

 しかし、このままでは埒が空かないのも事実だ。

 彼女たちは食堂の位置を見失うと同時に、客室の位置も見失っていた。おおよその見当をつけて家捜ししていかないと、ロベルトが戻るまで廊下に立ち尽くしていなければならない。


「……たぶん、ここが食堂だったと思うんですよ」

「ちょっと違う、かも?」

『全部似たような扉でわからん』


 自信なさげなエリザの発言に対し、返ってくる言葉も曖昧だった。ところどころで知識の豊かさを示す曼珠も、このようなことは苦手なようだ。


「……ちょっと覗いてみて、まずそうだったらすぐに出ましょう」


 なんとなく悪いことをしているような気分になって、エリザは左右を見回して、自動人形がいないかどうか確認してみた。

 自動人形はいなかったが、パッと見ただけで二つの監視カメラが設置してあるのが見て取れた。一瞬、やっぱり開けるの止めようかな、と思ったが、邸内には各所に監視カメラが設置してあるので、どこの部屋でも同じことだ。おそらく、あのカメラは侵入者対策のものだろう。


「……失礼します」


 無駄だと知りつつも、ノックをしてから声をかけ、そっと扉を開ける。

 中は食堂でも厨房でもなく、居間だったようだ。中央にはソファーとテーブル、部屋の端には酒類を置いたミニカウンターがあり、暖炉の上には一枚の絵が飾ってあった。あまり豪奢な装いではなく、落ち着いてくつろげそうな部屋だ。

 とりあえず、危険そうな部屋ではなくて、ホッとする。勝手に入ったことを叱られるかもしれないが、いきなり処刑されるようなことはないだろう。


「どうします?あまり動き回るわけにもいかないので、ここで待ちますか?」

「……ん」


 ジニアは少々考える素振りを見せると、エリザの手を引いて居間の中へと入っていった。

 二人並んでソファーに座ると、スプリングの効いた柔らかい心地に、思わず頬が緩んだ。ソファーが上質であるというのもあるが、朝からずっと歩き回っていたので、多少の肉体的・精神的疲れが溜まっていたのだ。


「は~、やっぱり貴族様はいい家具使ってますね~。あっ、そうだ。ミニカウンターを探せば、ちょっとした食べ物くらいはあるかもしれませんね。……でも、さすがに人様の食料を勝手に頂戴するのは――ジニアちゃん、どうかしました?」


 美貌の少女が、暖炉の上に飾られた絵をじっと見つめていることに気づき、エリザもそちらに目を投げかける。

 絵は肖像画のようだ。赤毛で緑の瞳を持つ女性が描かれている。そこまでうまい絵ではないが、どこか暖かい感じのする絵だった。


「綺麗な方ですね。領主様のご家族でしょうか?」

『ふふふ、俺は絵なんかにはまったく興味がないな。なぜかって?この世のどんな芸術品より美しいものが……』

「あっ、もうオチはわかったので、それ以上話さないで結構ですよ」

『おいぃっ!?』


 すっかり曼珠の言動に慣れたエリザが、一人と一本で軽い漫才をしている間も、ジニアは取り憑かれたように絵を見続けていた。無心に絵を見上げる少女は美しく、そこだけ切り取って額縁に飾れば名画になるのではないかと思われるほど神々しかった。

 何を考えているのかはわからなかったが、そんな少女に、エリザはつい見惚れてしまった。それゆえ、扉を開けて室内に入ってきた人物に気づかなかった。


「この方はレティーシア・ブルダリッチ様。ロベルト様の奥様ですよ」


 突然背後から掛けられた声に、エリザは飛び上がる。ジニアは彼が入ってきていたことに気づいていたのか、それとも天然なのか、特に驚いた様子もなく声の主に顔を向ける。


「ク、クレイグ司教様!?なぜ、ここに?それに、領主様に奥さんなんていたんですか!?」


 驚きで高鳴る胸を抑えながら、柔和な笑顔の司教に語りかける。ここ最近、驚くようなことばかりだな、とエリザは思った。


「ブルダリッチ伯に言われて、あなたがたを迎えに来たんですよ。つい先刻、トラジストに第二種警戒態勢が敷かれました。市民は最寄りの避難所に避難するように、とのことです」


 そう言って、クレイグはエリザにバッグを手渡す。中を覗いてみると、エリザの衣服が必要最低限にまとめて入れられていた。


「第二種警戒態勢?敵国が攻めてきたんですか?でも、フランク帝国は代理神様に滅ぼされて、軍隊なんていないんじゃ……」

「詳しいことは私にもわかりませんが、まずは避難しましょう。第一種でないということは、まだ敵兵はトラジストの近くにいるわけではないのでしょうが、早めに避難するに越したことはありません」


 エリザは頷いて、バッグを肩に掛ける。彼女は年齢的に、戦争を経験するのは初めてだ。その顔には明らかな緊張が浮かんでいる。

 そんな少女を安心させようと、クレイグが声をかける前に、僧服の端が誰かに引っ張られた。視線を落とすと、ジニアの無表情な瞳と目が合った。


「レティーシアって?」

「ロベルト様は一度ご結婚なされているのですよ。と言っても、若くしてご逝去されたため、結婚生活は短く、公にはあまり知られていません。亡くなられたのは十年以上前の話なので、シスター・エリザが知らなくても無理はないですね」

「……死因、は?」

「それは存じません。領主様は内にも外にも敵が多い方でしたから、奥様の遺体に手をかける者がいる可能性を考え、秘密裏に弔ったそうです。当時の司教様ならご存知だったかもしれませんが、あの方はその時すでにかなりのご高齢でしたので、レティーシア様が亡くなった数ヵ月後、後を追うようにお亡くなりになりました」


 なぜそんなに聞きたがるのかよくわからなかったが、クレイグは自分の知っている限りのことをすべて話した。ジニアは納得したように、何度も頷く。


「わかった、ありがとう」

「いえ、どういたしまして。それより早く避難所に向かいましょう。ジニアさんも一緒に来てください」

『ちょっと待ちな』


 ジニアが差し出された手を取ろうとすると、曼珠が緊張を含んだ声で静止をかける。

 なんだろうと、その場の全員の注目がジニアの神鋼刀へと集まるが、刀はむむむ、と唸るだけで答えようとしない。


「曼珠、どうした、の?」

『いや、なんだろうな?なんか、こう、打粉の代わりに小麦粉を刀身に塗せられたような違和感を感じる。なんだっけな、これ。昔、感じたことがあるような感覚なんだが』

「だから、曼珠さんの例えはわかりづらいですってば。刀じゃなくて、人間の立場に直してから例えてください。……ジニアちゃん?」


 ジニアは目を閉じ、鼻をひくつかせてなにかの匂いを嗅いでいた。その様子は子犬のようで愛らしいが、エリザは彼女が真剣にやっていると感じた。

 気になって、エリザも嗅覚に意識を集中してみるが、特に何も匂わない。


「……なんでしょう?」


 やがて、ジニアはクレイグに顔を寄せて、その匂いを嗅ぎ始めた。聖職者としての経歴が長いクレイグでも、この少女の奇行に僅かにたじろぐ。

 そして、何かを探り当てたらしきジニアは、目を開いて一言告げた。


「血の匂い」


 クレイグの顔色がさっと変わる。

 同時、ジニアはエリザを押しやるようにして、クレイグから距離を取った。それに反応するように、司教の僧衣からガラスの瓶が転がり出たかと思うと、それは空中で砕けて中の赤い液体が飛び散り、ジニアに降りかかりそうになる。

 本来、不可避のはずの飛沫は、ジニアの類まれなる反射神経と動体視力によって、抜き放たれた神鋼刀の刀身の平ですべて弾き飛ばされた。


「えっ、なに!?」


 一瞬の挙動についていけなかったエリザが、弾き飛ばされた液体を目で追う。

 ジニアは、そんな彼女を軽々と抱えて地を蹴り、さらにクレイグとの距離を取る。壁際まで後退するとエリザを下し、改めて刀を構えて司教へと向ける。

 直後、高笑いが響く。


『ひゃはははは!そうだ、そうだ、思い出した!これ、使徒が殺気を放ったときの感覚じゃねえか!久々な上に、あまりに気配が薄いんで気づけなかったぜ!』

「……し、と?使徒って、代理神様が生み出した怪物ですよね?なんでそんなものがここに?」


 その言葉を頭では理解するものの、急な展開に、エリザの心は追いついていないようだ。おろおろと視線がジニアとクレイグの間を行き来する。


「ご、誤解です!私はなにも……」

『あ~、うん、おまえは使徒じゃないや。弱すぎる(・・・・)。使徒はさっきの液体で、おまえはただの人間。使徒の協力者ってとこだろ』

「協力者?」


 可愛らしく小首を傾げながらも、ジニアは隙を見せない。曼珠に疑問を投げつつも、クレイグとどこかに飛んで行った液体を警戒し続ける。


『吸血鬼事件の犯人の使徒。余所者が一か月間も逃げ続けるのは難しい。となると、住民が使徒、あるいは住民の中に使徒の協力者がいる可能性が高い』

「そ、そんな、嘘ですよね、司教様……」


 曼珠の言葉に愕然となったエリザが、縋るような目でクレイグを見る。

 捨て子だったエリザにとって、クレイグは父親同然の存在だ。それが、自分を襲った吸血鬼の仲間だったなどと、信じられるはずもない。

 だが、その時のクレイグの表情を見て、彼のことをよく知るエリザだからこそ、皮肉にも、曼珠沙華の言っていることが嘘でないことがわかってしまった。曼珠の言葉はクレイグを徐々に追いつめていたが、同時にエリザの心も追い詰めつつあった。

 しかし、そんな人間の心の機微に疎い曼珠は、むしろ得意げな口調で推論を続ける。


『問題は、あんたが脅されて使徒に協力しているか、自主的に協力しているか、だな。……で、ここからは完全なる推測だが、まず前提として、その使徒の【親】が、フランク帝国を滅ぼした代理神だとすると、あんたの正体を想像することができる』


 そう、すべては代理神によるフランク帝国の滅亡から始まった。

 大きな災いの中心には、代理神がいることが多い。しかし、決して、他の人間が混ざっていないとは限らない。


『元フランク帝国の軍部を掌握し、次に国境都市であるトラジストに目を付けたのなら、わざわざ素人の現地人を利用する必要はない。国の要衝である首都や国境は、ある種のフランク帝国軍人が大勢いるはずだからだ。それを再利用しない手はない』


 敵国ならなおさらのこと。

 戦争とは、なにも兵士同士の殺し合いだけではない。その種(・・・)の軍人たちは、敵国の奥深くへと潜入し、情報を武器に静かな戦いをする。彼らは、一般人に溶け込むためなら、どんな人種にでもなってみせる。例え、それが聖職者であっても……。

 そして、そのような兵種はこう呼ばれるのだ――




『根拠には薄いが、俺の勘はよく当たるんだ。どうだ?今回も当たったか?元フランク帝国軍の諜報員さんよ』

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