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復讐の理由

「ちょっと沁みるけど、我慢してくださいね」

「……ん」

『ジニアーー!!痛かったら、俺に言うんだぞ!!痛いの痛いの飛んでいけしてあげるからねーー!!ああ、ジニアが怪我をしているところを見るのは嫌だが、半脱ぎで包帯を巻いてるジニアも――おぶっ!?』


 割と本気で治療の邪魔だったので、曼珠を布団の下に突っ込んで強制的に黙らせる。曼珠はくぐもった声で抗議するが、エリザは無視した。

 救急箱を借り、ロベルトに割り当てられた寝室で治療をしている最中、ジニアはいつも通りの無表情だったが、エリザにはどこか元気がないように感じられた。

 傷はそう深いものではない。最後にロベルトに蹴り飛ばされた際の打撲と擦り傷が少しあるだけだ。あの時は曼珠沙華を手放していたため、神鋼の加護が働かずに打撃による怪我を負ってしまったのだ。

 剣闘の後すぐ、軍から何か連絡があったらしく、ジニアたちの寝室までの案内を自動人形に任せて、ロベルトはどこかへ行ってしまった。緊急連絡があったこともあるが、それ以前に、彼はすでにジニアへの興味を失っているように見えた。


 初め、エリザは、なぜロベルトがジニアとの剣闘を望んだのかわからなかったが、今ならば予想がつく。彼は、剣闘を通してジニアのことを知り、彼女の素性を明らかにしようとしたのだ。剣闘後の尋問もそのため。

 おそらく、ジニアに語ったことは彼の推測のごく一部。本当はジニアの正体について、エリザが思い至らないほど深いところまで探り当てているのかもしれない。


『貴様は神に対して勝負を挑むつもりなのではないか?』


 エリザは、ロベルトがそう言った時のことを思い出す。

 代理神様を殺す。それは蟻が巨象を殺すが如き行為で衝撃的だったが、それ以上にエリザの心を惹いたのはそのときのジニアの表情だ。

 行動の端々に感情が見え隠れするものの、ジニアは基本的に無表情だ。エリザが初めて見たジニアの表情が、憎しみであったことが――とても悲しかった。


「……ジニアちゃん、ちょっと聞いてもいい?嫌なら答えなくてもいいから」


 散々迷った挙句、エリザはジニアに尋ねることにした。

 治療を終え、やや大げさに巻いた包帯の上から服を着込んだジニアが、エリザの瞳を下から覗き込んだ後、少ししてからこくんと頷いた。


「ありがとう。……ジニアちゃんが代理神様に復讐しようと考えてるって本当?」


 ジニアがもう一度頷く。これは確認のための質問で、予想できたことなのでエリザは慌てない。


「そう、ジニアちゃんが復讐しようと思っている代理神様って、どの方?」


 現在、代理神は十柱が残っている。世界を司る神は十二柱で、代理神も元々十二柱存在したが、血まみれの降誕祭(クリスティ・ゲナ)の途中で二柱は他の代理神の手によってすでに殺されている。順当に考えれば、残りの十柱のうちの誰かがジニアの仇ということになる。

 しかし、ジニアの答えはエリザの予想の斜め上を行った。


「全部」

「そう、ぜん――全部!?」


 思わず聞き返してしまった。反射的な動作だったが、ジニアは律儀に頷いて肯定する。

 代理神を殺すなどというのは無謀だが、十柱全部となると、無謀とすら言えない愚行だ。エリザが驚くのも無理はない。


「ちょ、ちょっと待ってください。ジニアちゃんは、その、生まれた国を滅ぼされて、その復讐の為に代理神様と戦おうと思っているんですよね?」


 ロベルトの話ではそういう流れになっていたはずだ。しかし、十柱の代理神に寄ってたかって滅ぼされたような国があっただろうか?確か、ジニアの出身はヤゲロー自治区だったが、自治区と呼ばれるような国なら、そこまで大きいはずはないのだが……。

 エリザの疑問に対し、ジニアは少し首を傾げて答える。


「それも、ある。ヤゲローは、師匠の国。私の国、じゃない。でも、銀花が好きだった国」

「ギンカ?」


 聞き慣れない響きだが、話の流れからいって人名だろう。

 だが、エリザは、そのギンカという名前にどこか聞き覚えがあるような気がした。風の噂程度かもしれないが、珍しい名前なので、心の片隅にでも引っかかっているのかもしれない。


「銀花は、ヤゲローに住んでた代理神」

「え?…………ああっ!?」


 それで、エリザはようやく思い出した。ギンカ・コノハナといえば、二年前に死んだ二柱の代理神の片方だ。

 あのときは代理神が立て続けに倒れ、血まみれの降誕祭が意外に早く終わるかもしれないと、人々の間では話題になった。だが、人々にとって注目すべきは、死んだ無害な代理神ではなく、生きた災害である代理神だ。それから二年、残りの十柱は一柱も死ぬことなく注目を浴び続け、死んだ代理神のことなど記憶の彼方に飛んでいた。

 だが、代理神とはいえ、生きている以上は誰かと関わる。死んだ代理神に縁者がいてもおかしくはない。しかし、それが目の前の少女だとは、エリザは夢にも思わなかった。


「……でも、それでも変じゃないですか?それで、どうしてすべての代理神様を倒すなんて話になるんです?銀花様を倒した代理神様が誰かわからないんですか?」

「んと……」


 どう説明したものかとジニアが考え込む。

 出会った頃から思っていたが、ジニアは語彙が少ないようだ。今までの話からすると、精神的ショックによる失語症の可能性もあるので、エリザは無理に急かすようなことはしない。


「……曼珠、助けて」

『ほいほい』


 結局、自分で説明することを諦めたジニアは、布団に押し潰されていた曼珠沙華を引っ張り出してきた。代わりに説明させるつもりのようだ。


『公には知られてないことなんだけどな?十二人の代理神が一堂に会して談合を開いたことがあるんだよ。で、その発案者が銀花で、議題は殺し合いなんて止めようぜって話だ』

「えっ!?」


 そのような話し合いが過去に行われていたというのは初耳だった。いや、それ以上にエリザを驚かせたのは――


「だ、代理神様同士の争いを――血まみれの降誕祭を止めることって、できるんですか?」

『理屈の上では、な。やり方はいくつかある。一番簡単な方法は、代理神が神の祀られた祭壇の前で、『自分は代理戦争を放棄する』と宣言するだけでいい。それでその代理神は脱落扱いになる』

「……それだけ?」


 確かに驚くほどに簡単だ。

 だが、実際には血まみれの降誕祭は終わっていない。代理神同士の殺し合いは継続しているのだ。それを行っていない代理神が、少なくとも十柱存在するのだ。

 なにか、血まみれの降誕祭を終わらせるわけにはいかない理由があるのだろうか?そう思っていると、曼珠がそれを説明してくれた。


『脱落の場合、ペナルティがあるんだよ』

「ペナルティ?」

『代理神としての力を失う。つまり、元の人間に戻る』


 その説明に、エリザはさらに首を傾げることになった。それのどこがペナルティなのだろう。

 元々借り物の力なのだから、失うことはマイナスにはならない。むしろ、血まみれの降誕祭がなくなることで、皆が平和な生活が送れて素晴らしいことではないか。

 心底理解できないといったエリザの様子に、曼珠はくつくつと笑う。


『ああ、なるほど。ジニアが気にいるわけだ。あんた、性格がちょっと銀花に似てるんだよな。力は積み重ねによるものだと考えるんじゃなく、積み重ねこそ力だと考えるタイプだ』

「???」

『強大な力を手に入れた者は、それを手放すことを惜しいと考えるようになるんだよ。溶けない蝋を手に入れたイカロスは、太陽に近づいても落ちずに飛び続け、地上に降りようとは考えなくなるのさ』


 後半の意味はよくわからなかったが、前半は曼珠に指摘されてようやく理解できた。

 すぐにその考えに至れなかったのは、仮にも神と崇められている存在たちに、無意識のうちに高潔なる幻想を抱いていたのかもしれない。


「でも、それなら、力を持ったままでも血まみれの降誕祭を止めることができるんじゃないですか?」


『いや、それは無理だ。さっき言った方法だけじゃなく、血まみれの降誕祭を止める素振りを見せただけでもペナルティを受ける。奴らは血まみれの降誕祭に参加していることを、定期的に天上の神々に証明しなくちゃならない。だから、血まみれの降誕祭に参加しているふり(・・)をするようになったのさ』


「ふり?」


『そう、命の危険がある代理神同士の戦いを極力避け、代わりに人間を大量虐殺して、自分は血まみれの降誕祭に参加してますって誤魔化すのさ。二年もあって、代理神が一人も死んでないのは、そういう盟約を秘密裏に交わしたからだ。世間が言うように、代理神同士の戦いに巻き込まれて人が死ぬんじゃない。奴らは、自分の力を維持するために人間を殺してるのさ』


 驚くべき事実に、エリザは絶句するしかなかった。

 いつ何時、代理神の気まぐれで殺されるかもしれないという恐怖。人々がそれに耐えられるのは、いつか代理神同士の戦いに決着がついて、血まみれの降誕祭が終わると信じているからだ。

 だが、曼珠の言うことが本当なら、血まみれの降誕祭はいつまでも終わらない。いつまでも、代理神の気まぐれで殺されることを怯える日が続く。


「そんな、そんなことって……。誰も、反対しなかったんですか?代理神様の暴挙に憤る方はいなかったんですか?」

『二人、いたよ。銀花ともう一人。そして、その二人が、二年前に死んだ代理神たちだ。誰が殺したかは……言わなくてもわかるな?』


 二年前、銀花はすべての代理神を集めたと言っていた。

 恐らく、彼は他の代理神たちを説得したのだろう。代理神の力を捨て、血まみれの降誕祭を終わらせ、普通の人間として生きる道を示したのだろう。

 だが、それは果たせず、その場で他の代理神たちに殺された。

 彼らからすれば、銀花を放っておけば、反対派の代理神たちを殺して回る可能性があった。代理神たちは力を失いたくはなかったが、命を危険に晒すような真似もしたくなかったに違いない。彼らからすれば、銀花は目の上のたんこぶ以上の存在だったのだ。


『まあ、銀花自身、説得はうまくいかないだろうと踏んでたみたいだけどな。せっかく手に入れた力をあっさり捨てようとしたり、自分の命を軽く見たり……まあ、とにかく、変な奴だが、頭は悪くなかった。自分が死ぬことを前提に、次善策を用意していたくらいだからな』

「次善策?」


 なんとなく予感めいたものを感じ、エリザはジニアと目を合わせる。

 この世のものとは思えない美貌、ダイヤモンドすらなりを潜めてしまいそうなほどの輝きを放つ七色瞳(ヘーゼルアイ)、華奢な体躯からは想像できないほどの俊敏な身体能力。

 一目見た時から、感じていた。こんなに美しい存在が、人間であるはずがない、と。


「ジニアちゃんは、使徒、なんですか?銀花さんの」


 なぜか異様に喉が乾き、唾を飲み込みながらエリザは尋ねる。今にもジニアの瞳に吸い込まれて消えてしまいそうな心情だった。


 だが、意外にも、曼珠の返事は否だった。


『違うよ。使徒をどういうふうに区分するかにもよるかもしれないが、ジニアは違う。銀花の使徒っていうと、むしろ、俺が使徒になるのかな?元々、俺は銀花の神鋼刀だったから』


「そう、なんですか?」


 安心したような、残念だったような、不思議な気分だった。

 ジニアの外見から使徒と結びつけたのは安易だったが、彼女ならその正体が天使や妖精と言われても信じてしまいそうだった。


「ああ、ジニアは――」

「曼珠」


 突然、ジニアが神鋼刀をぎゅっと抱きしめた。何かを言いかけた曼珠は、外見年齢の割に豊かな胸に挟まれて、おほおおお!と殴りたくなるような歓声を上げた。


「……もうだいぶ遅いですね。そろそろお風呂に入って寝ましょうか」


 あからさまな話の中断に対し、エリザは特に文句を言うこともなく、それとなく話題を変える。誰でも、話せないこと・話したくないことはある。それを無理強いするようなことは、エリザの性格的にしたくなかった。


『風呂!それは人類の叡智!火照って頬を染めるマイエンジェル!汗と湯で玉の肌を艶めかしげに輝かせるマイエンジェル!俺は人類の先人たちに敬意を表する!この世に風呂がある限り、俺は人類の味方だ!』

「はいはい、曼珠さんは錆びたら困るので、ここで待っていてくださいね。ジニアちゃん、怪我してて少し洗いにくいでしょうから、私がお背中流してあげますね」

「ん」

『なんですとおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』


 少女たち(+変態一振り)の夜は更けていく。

 その後、少しの時間、他愛のない話に花を咲かせた二人は、仲のいい姉妹のように一緒に同じベッドで眠った。今日という日は彼女たちにとってとても長く、寝息が立つまでそう時間はかからなかった。




 彼女たちは知らない。

 明日は、彼女たちにとって、そして、トラジストという街にとって、今日よりももっと長い日になるということを。

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