あの後。あるいはシスの独壇場。
「・・・・・・何かすっげーイラつく・・・」
ホクガンはシスとステルスに抑え込められ、強引に地面と仲良くさせられた体勢のまま低い声で呟いた。
人が必死こいて彼らの事を、引いては国の存亡にまで発展するのではないか?という事態のために止めようと、全速力で駆けつけたのに・・・・
(何だあのアハハウフフ劇場は。今すぐ邪魔してやり・・・)
とガツクに返り討ちは必至な事を考えたところで背中が軽くなった。
「アレ?シス?どこ行き・・・」
ガツクはモモコの涙に汚れた頬を綺麗に拭いてやり、そっと手を添え、上向かせた。
「モモコ・・・・」
「・・・?」
ガツクはモモコの小さな唇をゆっくりなぞる。何度も。
(あの、え、あ・・)
さすがの鈍感天然モモコも何をされるかわかって真っ赤になり、まごつく。
ガツクはそんなモモコに食べてしまいたそうに(洒落にならん)微笑むと上体を屈めた。
その時。
「バァア!!ふげっ!!」
強引に2人の間に入ったシスは瞬時にガツクに殴り飛ばされ、バウンドしながらコロッセオの隅まで転げていった。
・・・・・・・・・・・・・・・。
「ハハハハ!バッカだなぁシスは。おっ、モモコ久しぶっ」
もの言わぬ死体のようになったシスを指さして笑ったホクガンだったが、ガツクに皆まで言わせて貰えずシスと同じように飛ばされた。仲良く師弟が並ぶ。
「何故俺まで殴る!!」
「邪魔だ。・・・いや、ちょうどいいのか。おいシスを連れて消えろ。」
「ひでぇえええぇええ!!これは酷過ぎる!鬼!鬼だお前って奴は!」
ホクガンが断固抗議し続けるのをド無視したガツクは続きをしようとモモコに向き直った。
「あ、あの・・」
「すまんなモモコ、奴らは後で始末しておく。」
片手で腰を抱き寄せ、もう片手は再度顔を上向ける。
「こ、こらガツクさん、違うでしょ。」
迫るガツクをギャラリーがいる事を思い出したモモコが止めようとしていると、
「モモコ!」
「テンレイさん!」
止めるダイスの足を踏んづけ駆け寄ったテンレイが現れた。モモコもガツクを押しのけて駆け寄る。
「こんなに心配させて。」
「うん・・ごめんねテンレイさん。」
「いいのよ、モモコは少しも悪くない。みんなバカガツクのせいなんだから。無事でよかった。」
「テンレイさん・・・」
テンレイが優しくモモコを抱きしめる。モモコもテンレイの愛情を感じ取ってくすぐったい顔をしながらも抱き返した。
「・・・・・・・・・・。」
捨てられた状態のガツクはモモコがすり抜けた空間を見て、次にキャッキャしている2人に目をやり、
「・・・・・・・・・・。」
やがてぐるーりとシスとホクガンが居る方向へと首を巡らせた。
「・・・お、おい・・・いやいや俺は何もしてねぇだろ。」
「わかっている。これは八つ当たりだ。」
「なんだそりゃ!ふざけんな!!」
「ふざけてなどいない。」
「なおさら悪いわ!!・・・う・・わぁああ!や、やめろ!こっち来んな!!シス!起きろ!鬼が来るぞ!」
ぎやぁぁぁああああ・・・・・
その後2人仲良くボコられたシスがヨロヨロと立ち上がり、
「ガツク・・・お前成長したなぁ。キいたぜ・・・お前のコ・ブ・シ★」
口から血を垂れ流しながら二カッと笑い根性をみせると、
「気に入ったか。では冥土の土産に存分に味わえ」
それにイラついたガツクが、指をバキバキ鳴らしながらシスに迫るという無駄な場面が続いた。
「・・・・シス・・・」
ホクガンの物問いたげな呼び方にシスはニヤニヤしながら潰れた片目の眉を上げた。
「何だ?おお再会の抱擁か!遠慮しないで飛び込んで来い。特にテンレイ希望」
「アンタがしたいだけじゃねぇか!誰がするかボケェ!」
ダイスが本人よりも早く反応し、眦を釣り上げる。
「落ち着けダイス、シスと同調すんな。おい、取りあえず聞きたい事はよ、あんた何考えてんだ?モモコとガツクを別れさせたいのか?」
これがどういう事態になるのか分かってやっているのかと、国主でもあるホクガンは多少険しい顔で詰め寄った。
これにシスはニンマリ笑うと
「なんだ、知ってんのか。「離縁」のコロッセオを。」
?
事情を知らない者達が怪訝そうにシスとホクガンを見やる。
モモコもだ。
ホクガンがやや疲れた様に説明を始める。
「ここはな、男とどーしても別れたい女が証人の前で相手の男を告発する場所なんだと。しかも男が別れを承諾しなけりゃ2人は殺し合いで決着付けなけりゃならねぇそうだぜ。」
「ええー!」
「まぁ・・すて」
「テンレイ、喜ぶな。」
モモコが驚きの声を上げ、テンレイが期待感に目を輝かせる。呆れたダイスの声を背にガツクは恐怖顔面でシスに詰め寄る。
「・・・・・・・シス」
「わーこわーいモモコー鬼がいるぞーやっぱこんな奴やーめーとーけー」
気持ち悪い裏声でシスが棒読みするとガツクが飛び掛かりそれに嬉々としてシスが応戦する。
「話が進まないわね・・・」
「ハァ・・・・」
テンレイとダイスがため息をついて呆れる傍らでは
「モモコ、お前がここを選んだのか?」
ホクガンに問われるモモコが。途端、全員の視線が(特に強い眼刺しが。あ、いや眼差しが約一名)モモコに集中し、慌ててモモコはブンブンと首を振って否定する。
「まさか!シスさんにこの場所がいいって薦められて・・・シスさん、どう言うこと?離縁って?」
モモコに言われたシスはさすがに弱いようで決まり悪げに頭を掻いた。
「なんだってそんな物騒な場所を」
「まぁまぁ落ち着けって。今から説明すっからよ。確かにここは離縁のコロッセオだ。相対した男女はどちらかがくたばるまで戦う。」
モモコは思わずガツクを仰ぎ見る。
ガツクが何か勘違いしてないか不安だ。
(やだな、誤解されたらどうしよう。違うからねガツクさん)
だがガツクは不安そうに自分を見つめるモモコに安心させるように
「心配するな、お前を傷つけるくらいならこの場にいる全員を始末し、なかった事にすればいい。」
見る者の背筋を凍らせるあの薄ら笑いを浮かべた。
「お前を傷つけるくらいなら俺は死を選ぶ」とお涙頂戴の決まり文句ではなく、証人全員を抹殺して告発自体最初からなかった事にしてしまうのがガツク流。「相手も自分も殺さない死なない、でも他はどうなってもいい」という実にガツクらしい解決法だ。しかも冗談では済まさないところが・・・・
全然安心できない台詞にさすがのモモコも
「だ、大丈夫。告発なんてしないし。ね?」
引き攣った笑顔で返すしかなかった・・・
「確かに「離縁」ではあるんだが・・・・」
ゴホンと咳をして仕切り直したシスは二ヤリと笑うと、人差し指を立てて5人を見渡した。ちなみにステルスは関心なさそうな顔をしてシスの背後に控えている。
「『宣誓』のコロッセオと呼ばれていたんだ」
「宣誓・・・」
「ああ。元々の正式な名前がこっちだぜ。大昔、この場所は何でも聖なる樹が植わっていた場所だそうで、その樹が朽ちた後コロッセオが建てられたそうだ。此処で、まァ誓いは何でもいいんだが誓いを立てると生涯それを守る事になるという伝承が残ってるんだ。誓いを破った者にはその後死にたくなるような人生が待ってるとか。」
シスは肩を竦めて話を締めくくった。
(呪いみたいなもんかなぁ・・・ちょっと・・・いやかなり危ないくない?)
モモコはふーんという顔で聞いていたが死にたくなるような人生って・・・と少し顔を青くして、早春のまだ冷たい気配の中、朝の光に照らされた静かなコロッセオを見渡した。だが、意外な由来を聞かされた今はその静けさが逆に不気味だ、此処でどれ程の血が流れたり誓ったり呪われたりしたのだろか。
モモコの背筋をゾクッとしたものが奔る。
知らず知らずガツクに近寄り服の裾をそっと握る。何時でもモモコ用アンテナが立っているガツクはモモコが不安そうに辺りをキョロキョロするのを見て気遣うように声を掛けた。
「モモコ、どうした?」
「ガツクさん・・・大丈夫だよ。ちょっと怖くなっただけ」
青褪めながらも笑ったモモコだが、些細な憂いさえもさせたくない自立歩行型ジェノサイドガツク機一号は、
「怖いとは・・・このコロッセオの事か?それとも過去の事か?」
何故か真剣にモモコに聞いた。
それに不穏な思いを抱きながらも成り行きを見守る人々。
モモコもどうしたんだろう?と思いながらもバカ正直に答えた。
「えっと・・・両方かな。すごく残酷な事があっただろうし・・・こんなに穏やかなのに・・・って。逆に。」
「そうか。ならば此処を潰すか。」
え。
「お前が気に入らんのなら跡形もなく壊して更地にしてしまおう。」
え。
「そうだな・・・多少忙しくなるが一週間は掛かるまい。」
顎を撫でながら今後のスケジュールを考えるガツク。やると言ったら本当に実行してしまう彼をよく知るホクガン達は青褪めた。一週間後・・・ドミニオンの貴重な文化遺産は一つ無くなる・・・ところだったが、
「其処までしなくていい!ちょっとガツクさん!いい?絶対駄目だよ!」
非常識どころではない発言にギョッとしたモモコによって無事回避できた。
「俺が聞いた話と違うじゃねぇか。」
物騒な横道に逸れた話をホクガンが腑に落ちない顔で修正すると
「お前誰に聞いたんだよ。」
「カラゾフの爺さん」
「カラゾフのジジイだとぉ!!」
ホクガンの答えに目を剥いて驚くシス。
「あのジジイ、まぁだ生きてんのかよ!百歳を軽く超えてんぞ!」
「誰だ?」
ガツクがホクガンに問う。
「二代目に付いていた総所の特別顧問官だ。あまり表に出ない役職でな、執政部の監査官みたいなもんだよ。それに長い間携わってたドミニオンの裏の裏まで知っている喰えない爺だ。ていうかシス・・・俺、騙されたのか?ジイさんは俺にその法はまだ活きてるとまで言ったんだぞ。」
説明しているうちにまさか・・・と顔を顰めるホクガン。
「法というよりは呪いだよ。呪いを受けた身は回りも巻き込む。そんな危ない奴は必然的に国から追い出されるし、縛られる事には変わりねぇだろ?あー、あと騙されたっつうかからかわれたんだ。ジジイは真実と嘘を絶妙に混ぜて話すからな・・・ジジイのやり方はヒントは出すが答えはテメェで見極めろって事だ。裏付けはしっかりとらねぇと振りまわされて終わるぞ。まだまだだな、ホクガン。」
偉そうに苦笑するシスだが彼が過去に、しかも頻繁にカラゾフに騙され地団太踏んだ経験が多々ある事は書いておく。
「チッ・・・でもよ、根本的な所は何も変わってなくはないか?」
舌打ちしたホクガンが質し、モモコはハッと気付いた。
「シス・・・お前の言うこのコロッセオの事が真実ならば・・・モモコが俺と離れたいと言ったらどうするつもりだったのだ?」
ガツクが答えによって叩き潰すぞとシスを睨みつけた。
「睨むな睨むな。安心しろ、元々コロッセオには呪いは存在しない。」
「そうなの?」
勢い込んでモモコが聞くとシスは
「ああ。よくある信仰心とか思い込みによるものなんだよ。昔々にはよくある事だ。でも面白いだろ?いわくつきのある場所で告白すんのも思い出になっていいじゃね・・・・」
シスはじと目で己を見る集団に尻すぼみに黙った。
「皆さん、このしょうもないバカがお騒がせしてすいません。どうぞ・・・」
ステルスが取り成す様に・・・
「どうぞ気のすむまでタコ殴っちゃっていいですよ。」
「ええええええー!」
言うわけがなかった。
実にシスらしい一幕が落ち着くとホクガン達は(ガツクは除く)しみじみと壮年だが子供の様な大男を見た。
「・・・元気そうだな」
ホクガンがこの男らしくなく穏やかに微笑む。
「まぁな」
シスが照れたように頭を掻き、ぶっきら棒に口にした。
「久し振りという感じがせんのぅ・・・あんた、あの頃と全く変わらん」
呆れたように言うがダイスの顔は懐かしさに緩む。
「本当ねぇ・・・シス、今は何して暮らしているの」
テンレイが漸く会えた嬉しさに声を弾ませると、どうせロクでもねぇことなんじゃろが、とダイスが続ける。
「んー人材派遣と青田買い」
「なんだそりゃ」
「私から説明しましょう」
ステルスが横合いから口を挿む。
無表情でずいと前に出たステルスにシスとホクガンは「おっ」という顔になり、
「何ステルス、妙に静かだと思ったら拗ねてたのか?社長はお前を忘れたわけじゃねぇよ?」
「俺らに焼き餅やいちゃイヤンよ?今は懐かしいだけだから。心配すんなってすぐ返してやっからよ」
はははhとからかった。
―――――――――――――――――――――――― パキッ、ピシィッ・・・
「・・・寒っ!なんか寒くない?」
「む、いかん。早く温めねば」
ステルスが人工的に作り出した殺冷気(空気)にモモコが悪寒を感じると、待ってましたとばかりにガツクが抱き上げ、コートに包んだ。そのバカップルの前には・・・
――――――― 正座で項垂れるおっさんが2人。
「このクソ共が・・・あ、汚い言葉を失礼。さて、皆さんの前にいる、存在自体がお目汚しなこのクソジジィですが、やってる事は意外にもまともです。」
そしてその横には顔を見た途端、シスとホクガンが瞬時に正座したほどの冷気を纏ったステルス。
その佇まいはガツクとはまた違ったタイプの魔王だったという。
何んとも云えないモモコ等を前にステルスは淡々と今のシスの状況を語る。
「私達の仕事は各国から孤児や身寄りのない者、それから誠に残念なことですが未だ『奴隷』などという非人道的な行為を取る唾棄すべき国から極めて短い交渉の結果、仕方なく武力で『人材』を確保し、教育や職業訓練を施して、それらのスキル必要とされる国々に派遣させているのです。理解あるスポンサー達のお陰で危ない橋を渡りながらですがまずまずの成功を収めているんですよ。・・・・理解できましたか?そこの薄らバカ国主殿」
話を終えたステルスは手を膝頭に置き、ボへーとしたホクガンに視線を映した。ヒッ!と悲鳴がボンクラ国主から出る。何を見たんだホクガン。
「・・・すごい。シスさんすごい仕事してるんだねー!すごいや!」
モモコが感心したように目を輝かせるとその対象である人物は正座したまま頭をポリポリと掻いて照れた。正直その様は感心していい姿とは到底言えない。
「へへっ!まぁ」
「すごいのはスタッフ達でこのクソジジィは思いつきで我々を振りまわし、引っ掻き廻し、挙句の果てには事後処理をすべて押し付けるといういっそ殺した方が我々にとって仕事が楽、極めてやり易くなるのではないかと・・・要するに邪魔です。存在が。」
「ひでっぇえええぇぇええ!!!」
シスの言葉を遮ってステルスが吐き捨てた。
・・・シス・・・フッさすが俺達の師匠・・・ぶれねぇなぁあんた。
・・・シス・・アンタ何処行ってもああなんじゃな・・・
・・・なんか、なんかどっちもどっちっていうかどちらに同情していいかわかんない。
・・・よかった・・・シスがいなくて本当によかった・・・お兄様は2人もいらないわ。
・・・そろそろ帰るか。
各々が(シスとステルスなどもう眼中にないのが約一名いるが)そっと心の中で呟いたところでシスはよっこらせ、と立ち上がった。
「・・・・武力行使も辞さない人材確保か・・・聞いたことあんぜ」
ホクガンが正座による痺れに顔を顰めながら思い当たる。
「ワシも・・・お前等だったんか」
「海賊『龍冴』か。」
ガツクがシスの通り名をモモコには意外な言葉を付けて言った。
「海賊?」
「ここ何十年も世界各地で聞く名だ。来襲しては国土を荒らし人を攫っていくとな。」
「ええー!ダメじゃんシスさん!」
ガッカリという風にモモコの眉が下がる。
「だが龍冴が荒らす国は不思議と黒い噂や悪習が絶えない国でよ、俺らドミニオンやべリアル帝国に現れた事はねぇ。まぁ来たとしても・・・」
「叩き潰す」
ガツクは静かに言い置いた。
「おお怖ぇ怖ぇガハハハ。で、まっそういう事だ。これでも中々に苦労していてな。スポンサー探しや会社の人材確保とか。で、お前等ドミニオンも俺らに援助してみねぇか?い~い見返りがあるぜ」
人相の悪い顔で二ヤリと笑ったシス。限りなく胡散臭い。しかし本人はいたってこれがビジネススマイルだと思っている。
「ろくなもんじゃないと思うが?」
ホクガンが国主の顔をして値踏みするようにシスとステルスを見る。シスは確かに彼等にとって信頼に取る人物ではあるが事が国に関する事となると話は別である。しかもこの馬鹿男は世界規模で指名手配中なのだ。ドミニオンに確実に利益とならなければうっかりとした事は言えないし言うべきでもない
・・・ホクガン、腐っても為政者なん(どういう意味だ!)
「ンッフッフ~そうか~?教えちゃおうかな~どうしようかな~ なぁステルス」
ニヤニヤ笑いながらシスが一応ステルスに了解を取る。
「気持ち悪いです。まぁいいでしょう」
ステルスも余裕そうに鷹揚と頷いた。
「何だってんじゃ、腹立つのぅ」
ダイスが勿体ぶる2人に焦れて顔を顰めた。
「クックッ・・・慌てんなって。・・・・お前等よぉ、ステルスに簡単に侵入されたんだって?しかも国の中枢の中枢、国主の執務室によ」
「!」
シスに意地悪く指摘されたホクガン達は顔色を変えた。
ステルスがモモコの伝言を伝えにきたあの晩の事である。
普段、そうは見えないが国主の執務室は勿論、摂政に係わる数多の部署、施設は厳重に警護されている。・・・にもかかわらず唐突と言っても過言ではなかったステルスの侵入。
これはホクガン達ドミニオンの中枢の人間達に衝撃を与えた。特に万全を喫した筈のセキュリティシステムが破られた事を知った波桔梗隊のプライドはおおいに傷つけられた。
「未だにいろ~んな国に狙われてるのはわかってるよな。にも係わらず易々と侵入されるたぁどういう事だ?平和ボケがもう始まってんのかよ。まぁ、ここにいるステルスは並はずれた侵入のスキルを持ってはいるが、他の国にこのレベルの人間がこれから出てきたら、いや今にも乗り込んできたらどうするつもりだ。そんなんでこの国を守れるのか?ん?」
・・・・・・・・一言も言い返せない。
唇を噛み拳を握り締めて黙ってしまったホクガン始めガツク達。
かっての弟子達が黙り込んでしまったのをシスは目を細めて見やった。
彼らがまだ少年の頃、シスと打ち合いをしていた事を思い出す。大人と子供の差だ、当然のように負けてしまう。だが人一倍負けん気の強いこの3人は露骨に悔しがっては何度も挑んできたものだ。しばらくしてそこに当時たった5才のテンレイも加わったのも、また楽しい思い出だ。
しかし。
シスは可愛い弟子達の為、わざとらしく「まだまだ青いな」という風に大きくため息をついた。
ホクガン達の眼差しが鋭くなる。特にガツクのは示唆してやっている立場のステルスが思わず丹田に力を入れるほど(何時でも何処でも俺様魔王様)きつい。
「教えてやってもいいぜ」
「・・・なるほど、これが見返りか」
ホクガンがジロリとシスを睨みながら口惜しそうに呟いた。
出資する代わりに侵入ルート、警備の隙を教える・・・そうシスは言っているのだ。脅迫の様に聞こえるがホクガンはこれははっきりとしたビジネスだと思う。
シスはもうドミニオンの民ではない。完全に自由な彼はこの侵入経路を他国に売ることだとてできるのだ。しかしそんな考えはホクガンにはない。・・・目の前の男はドミニオンの為なら命を投げ出すと確信するほど信じてもいるからだ。
「このクソ親父が・・・わかったよ、アンタ等と取引する」
「・・・・お前等もいいのか」
あっさりホクガンが言うのをシスは片眉を挙げてガツク達に問う。
「国主が判じた。俺達は従うまで」
そう言ってガツクはコートの胸元にある雷と桜に揃えた手を当て軽く頭を下げた。ダイスも霧と藤に、テンレイもダリアの文様に手を当て揃って頭を下げる。モモコも慌てて胸元に手を当て頭を下げた。
(これ、確か恭順、命に従うって意味だったっけ。)
ドミニオンは形式に囚われない自由な国風だがその分完全に実力主義だ。当然国の中枢である総所にも選りすぐりの彼、彼女等が集う。それらに認められ、リーダーとして国主の座に就くという事はそれだけで恭順するに値する。それを誰もが見てわかる意を示す礼があった。
文様はただ部署を識別するためだけではなく、国の為、国民の為に身を捧げて尽くすという意味あいがある。胸元を飾る文様は己の誇りであり、それに触れ、頭を下げるという行為は誇りと共に貴方に尽くしますという意味合いであった。
揃って恭順の礼を取ったガツク達を眩しげに見てからシスはホクガンに手を差し出した。
「契約成立だ」
「ああ」
ホクガンも頷きながら手を差し出し、かって忸怩たる思いで別れた弟子と師匠は20年余を経て対等のパートナーとして新たに繋がった。
「せいぜい役に立てよシス。俺もアンタも・・・もう後悔したくねェだろ」
「・・・ふん、偉そうに。お前等こそ足引っ張んじゃねぇぞ」
(素直じゃないんだから)
モモコはここまで来て相変わらず憎まれ口を叩く2人に聊か呆れた。
詳細な取引内容は後日改めて執り行うことになり、・・・・・・別れの時間になった。
「シスさん、ステルスさん・・・・ありがとう」
モモコは世話になった恩人たちに心からの感謝を、胸一杯の思いを込めて伝えた。
「・・へへ・・照れるなぁおい」
シスが僅かに耳を赤くして隣のステルスの胸を叩いた。
その手をベシッと払いながらこの男にしては柔らかな顔で頷いた。
「モモコが世話になった・・・礼を言う」
ガツクが居丈高に告げるとそれらはすぐまた元の無表情に戻ったが。
「モモコさん、本当にこの人でなしでよいのですか?貴女はもっと自分の可能性に気付くべきだと思うのですが」
「ホントになぁ・・・これでガツクの嫁なんてお父さんは哀しくて泣いちゃいそうだぜ」
「誰がお父さんですか埋めますよ」
「モモコは身寄りがねぇんだろ?なら俺が立候補。いいかモモコ、ガツクに飽きたらすぐ連絡しろ。あっちゅう間にパパが迎えにきてやっから。な」
モモコに向かってウィンクするシスに怖気でも振るったのかステルスが盛大に顔を顰めた。
それに慣れたモモコが笑うとやり取りを呆れて見ていたガツク達にも苦笑が漏れる。
「じゃあな」
「モモコさん、お元気で」
シスとステルスが手を挙げる。
「はい。シスさん、体に気を付けて。あんまりステルスさん達を困らせちゃ駄目ですよ?ステルスさん、シスさんの事・・・よろしくお願いしますね」
モモコがガツク達を代表するように言う。
「あまりよろしくされたくはないですが賜りま」
「モモコっ!」
ステルスが片眉を挙げながら言うのをガツクが遮った。
モモコは目をぱちくりして何時の間にかシスに抱き抱えらた事を知る。
「え。あの、シスさん?」
「離さんかシス!!殺すぞ!!」
ガツクが声を荒げてもう視線で殺しているように睨みあげた。
それを更に煽る様にシスは・・・・
―――――モモコの頬にチュッとキスをした。
唖然として固まる面々の中、何事もなかったかのようにシスはモモコをそっと降ろし・・・
一目散に駆けだした。
「シスッ・・・・・!貴様・・・っ!殺す!その身消し潰してくれる!!!」
誰よりも早く我に返ったガツクからコロッセオ全体が震えるような怒号が放たれる。
すぐさま八つ裂きにしてくれようとガツクはシスの後を追った。
それを止めるべくホクガンとダイスも慌てて走り出す。
後に残ったのは頬を押さえて赤くなったモモコと
「逃げ切れるかしらねぇ」
「逃げ切れなくても問題はないのでよろしいのではないかと。むしろ殺されてしまえ」
「・・・苦労しているのね」
「そちらのボンクラ国主同様に」
「あら・・・あなたとは気が合いそうだわ」
「私もです」
新たな友情が生まれた(新たな最強タッグともいう)テンレイとステルスが残された。