8.“鍵"と“錠”
「お生まれになったぞ!」
慌ただしく部屋に入ってきた男の言葉に、部屋の中にいた男達はおお、と声をあげた。
「王子殿下か?王女殿下か?」
「王子殿下だ。しかも“鍵”の御印を持っておいでだ」
「なんと!!ここ数百年、この国でも生まれることがなかった“鍵”の王子か!」
男達は喜び、王と王妃を言祝ぐために部屋を出て行く。
その様子を窺っていた“耳”は主にソレを伝えるために踵を返した。
“耳”の主はその報告を聞いて喜色満面となった。
「素晴らしい!!これで“鍵”と“錠”がこの国に揃ったというわけだ。クク、これでこの世界は我等のモノだ」
“錠”が開けば、この世界に満ちる魔力の根源を手に入れることができる。そうなれば世界は“鍵”に、ひいては“鍵”を手に入れた者に平伏すだろう。
「よいか、決して他の者に悟られるな。何としてでも“鍵”を我等の意のままに操れるようにするのだ」
“鍵”を魔術で縛り、操ることは不可能。―――となれば普段より側にいて、己に懐かせればいいだけのこと。
主の命に“耳”は諾と頷き、再び隠密活動へと戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「・・・へぇ、この呪術書は“錠”のことについて書かれてるんだね」
パラパラと呪術書を捲りながら呟いた勇砂に、火印は満面の笑みをうかべて身を乗り出した。
「ね?興味深いでしょう?」
「・・・でも、これって持ち出し禁止だったんじゃ」
「―――あは?」
「・・・うん、まぁ、何も言わないけど」
確信犯らしい火印に、勇砂は苦笑をうかべる。魔導協会の人間であれば、ある程度の無茶は許されるだろうと判断したからだ。
魔導協会は天涯国や地涯国に属さない組織であり、術師達の総本山とも言える所である。その中枢部は月影の塔にあり、魔導協会の全ては月影の告知姫の言葉によって決定付けられている。
というわけで、魔導協会に入るには徹底した身元調査がなされる。そして、思想の比重がどちらの国にも傾いていないことを証明できた者だけが魔導協会に入ることができるのだ。
つまり、魔導協会に入れた者はかなり信頼のおける人物だと言える。
火印が自嘲したように、理事である親の七光だけで魔導協会に入ることは不可能なのだ。
「しかし・・・“錠”は定まった形がないんだね」
「そう!そうなんですよ!!この呪術書によると“錠”は様々な形でこの世に出現してるんです。・・・中には突然何もない所に扉ができたり、庭の木に“錠”ができたりしたそうですよ」
「目的は?なんて言っても“錠”に意思はないからなァ」
「問題はそこですよね~しかもランダムに現れては消えてますから・・・」
勇砂と火印が首を傾げていると、午後の3時を告げる月影の塔の鐘が鳴り響いた。
「側に在るだけあって、大音量だね」
耳を塞ぎながらぼやく勇砂に、火印は苦笑する。
「けっこう慣れるものですよ。普段はあの中で働いてますしね」
「あぁ、なるほど・・・」
「さて、勇砂先生をいつまでも拘束してると、お父さんにまた怒られちゃいますし・・・また、いらっしゃったときにでも話を聞いてくださいね」
火印が笑みを向けてくるので勇砂は頷き、ゆっくりと腰をあげた。
「実は“錠”には興味があったんだよ、師匠が少しこだわっていてね」
「そうなんですか?」
「あぁ、でも悪用しようとかそういうんじゃなくて・・・“錠”の封印をしたいみたいなことを言ってたなぁ」
「“錠”を開けるのも封印するのも“鍵”がないとできませんよ?」
「うん、だよね?・・・だから、俺もそう言ったんだけど・・・」
勇砂はそう言って苦笑する。
「“鍵”は・・・厳重に護られていますから、悪用はされたりしませんよ」
「うん、そうだね。・・・魔導協会が護ってるんだ?」
「いいえ・・・人の善意が“鍵”を護っているんですよ」
火印の言葉に引っかかりを覚えたが、勇砂はそれを訊ねることはせずに帰宅した。
「高雅様・・・やっぱり、警告だけはしておいたのか。でも、このままのんびりと構えているわけにはいかなくなりそうだな・・・」
帰宅する勇砂を見送りながら火印は呟く。
「火印、勇砂くんは帰ったのか?」
「!・・・ええ、帰りましたよ」
タイミング良く父の声がかかってギクリとするが、火印は表情を取り繕って頷いた。
「そうか、少し聞きたいことがあったんだが・・・まぁ、次に来てもらったときにでもしよう」
そう呟いて屋敷の中に戻っていく父の背を見つめ、火印はホッと息を吐いた。
「はぁ・・・いっそのこと“あちら”を黙らせることができれば、こんなに苦労はしないのに」
2012/10/29 改編