7.火印(かいん)の思惑
今回から少しずつ伏線を増やしていきます
最後には綺麗にまとめられればいいな~と思ったりしていますが・・・
途中、意味がわからなかったらすみません・・・
「失礼します、大奥様」
「どうぞ」
ノックしながら声をかければ思ったよりも元気な声が返ってきて、勇砂は安堵しながら扉を開けた。
「お加減はいかがですか?」
「勇砂先生のおかげで随分良くなったわ。本当に助かっているのよ、こうして屋敷まで来てもらうのだって申し訳ないと思っているの」
キラキラと輝く瞳は少女のようで、すっかり白くなってしまった頭髪も彼女を老女と呼ぶ理由にはならいほどだ。
初めて彼女をを診たときは“今までどんな治療を施してきたのだ”と主人に向かって怒鳴りつけてしまったくらいに老け込んで歩くことすらできなかったのだから、今の状態は喜ばしい。
「まだ、外を出歩くのはおすすめしませんよ」
「はいはい、わかっていますよ」
くすくすと笑う彼女は勇砂を手招く。
「ほら、ちゃあんとお薬も残さず飲んだのよ。ね?」
勇砂の渡した薬の袋が全て空になっているのを見せ、彼女はいたずらっぽく笑ってみせる。
「そのようですね、じゃあ・・・ご褒美は何がいいですか?」
苦い薬を口にするのを渋る彼女に、次来るときに残さず飲んでいたら一つだけおねだりを聞くという約束をしたことを思い出して、勇砂は微笑みかける。
「・・・勇砂先生は、時間魔法を使えるのよね?」
「ええ、専門家のようにはいきませんけど」
勇砂が首を傾げると、彼女は懐からロケットペンダントを取り出した。
「これの時間を巻き戻して欲しいの・・・すっかり錆びて、開かなくなってしまって。・・・大事な、亡くなった主人の形見なのよ」
時間魔法には様々な制限があるが、それくらいならばいいだろうと、勇砂は彼女からペンダントを受け取る。
そして、そっとペンダントを両手で包み、呼吸を整える。
時計の針が逆回転をする、ペンダントが新しくなる、その二つのイメージを持ちながら魔力を練り上げる。
簡単なように思えるが、このイメージをしながら魔力を練るという作業はかなり難易度が高い。だからだろうか、時間魔法を使える人間は魔導師の中でも少ない。
しばらく作業に集中していた勇砂がフッと気を緩め、包み込んでいたペンダントを見せる。
「・・・まぁ、まるで新品みたい」
彼女はペンダントを勇砂から受け取り、そっとふたを開く。
そこにはやや緊張した面持ちの青年と柔らかく微笑む美しい女性の姿絵が入れられていた。
「・・・お若い頃のご主人と大奥様ですか?」
勇砂が訊ねれば、彼女は幸せそうに頷いた。
「ええ・・・懐かしいわ・・・これは結婚した記念に、絵師に描かせたものなの・・・ありがとう、勇砂先生」
「いいえ、成功して良かったです・・・じゃあ、またお薬を出しておきますから。ちゃんと飲んでくださいね?」
「はぁい、わかりました。・・・次は、何をおねだりしようかしら」
「・・・あはは、俺のできる範囲でお願いしますね?」
そう言って薬と置くと、勇砂は彼女の部屋を出る。
「勇砂先生」
そこに待ち構えていたかのように火印がやって来る。
「火印くん?」
「・・・おばあ様があんなに元気になったのは、先生のおかげです。お父さんはあの調子ですからね、勇砂先生が一喝してくれたおかげでだいぶ変わりましたけど」
「無礼を承知の上で言わせてもらったからね、さすがに命がないかなぁ~なんて思ったりしたけど」
「ああ、それはないですよ、絶対」
そう言いきった火印に、勇砂は首を傾げた。
「ずいぶん自信を持って言うんだね?」
「まぁ、僕には僕の切り札がありますからね。僕が何を言ったって聞かなかったお父さんに、ビシっと言ってくれた勇砂先生を救うことくらい簡単ですよ」
ニッコリと笑う火印は、やはり貴族の子弟なのだと理解する。
「はは、敵わないなぁ・・・魔導協会でも結構な地位にいるって聞いたんだけど?」
「ええ、現会長の由里亜様の補佐をやってるんです」
「・・・すごっ」
ギョッとする勇砂に、火印はケタケタと笑った。
「たいしたことありませんよ~、親の七光ってヤツですから」
「でも、ちゃんと仕事をこなしてるんだろう?すごいと思うよ」
「・・・そう言ってくれるから、勇砂先生は好きですよ。ちゃんと僕自身を見てくれる。由里亜様もそう。だから、仲良くしたいんですよ」
目を細めた火印に、勇砂は肩を竦めた。
「俺と仲良くしてもイイことなんてないと思うけど・・・」
「それは勇砂先生が知らないだけですって。勇砂先生が味方になってくれたら盟の町の住人全員が味方になってくれたようなものですからね」
「あー・・・いや、それは言い過ぎってヤツでは」
戸惑う勇砂に、火印は首を振る。
「言い過ぎなんかじゃありませんよ。勇砂先生のご両親の件がなくても、勇砂先生は盟の町の住人に好かれてますよ」
それが、彼をよからぬモノから護る。魔導協会が総力をあげて護るよりも確実な盾。
高雅の考えた策は、勇砂に“架空のキャラクターを演じることを”強いているが、彼自身が“それ”を知らないでいるのであれば、問題はない。
「・・・そう、かな?」
はにかむように笑う勇砂にチクリと胸が痛む。が、勇砂の安全を図るのが第一だと自分を納得させる。
ともあれ動きを鮮明にしてきた“あちら”に気付かれる前に、もっと彼の護りを厚くしなければならないだろう。
幸いなことに“彼女”が彼の側にいることを選んだ。セットで置いておくことを心配する声もあったが、火印がしっかりと見張っていれば問題はない。
“このこと”を知るのは魔導協会でも上層部の数人のみ。理事である父ですら知らないことだ。
「そうですよ、勇砂先生。・・・じゃあ、僕の部屋に行きましょう。見せたい呪術書があるんです」
「わかったよ、だからそんなに引っぱらないで・・・」
グイグイと火印に引っ張られるままに勇砂はその後をついていった。
2012/10/29 改編