6.魔導協会の理事
勇砂は調合室で薬湯の入っていた器を洗いながら、師のことを思い出していた。
占星術師の才能もあった師は、悪いモノを視たときはそれとなく相手に言って、危険を回避させるようにしていた。―――先程の流佳のように。
顔形も性格も似ていないが口調がよく似ていた。特に危険を回避させるときの口調は、師そのもののようだった。
「まさか、な」
5年前に別れて以来会っていない師が、新たな弟子をとっていないとも限らない。
だが、彼女なら弟子があんな場所で倒れていたら放置したりはしないだろう。別れて以来勇砂へ欠かさず手紙を寄越す師であるならば、尚更だ。
「・・・高雅先生の関係者なわけないよな、うん」
とりあえずの結論を出した勇砂は器を棚にしまい、調合室から出る。
「流佳、俺、往診に行ってくるから・・・もし、急患が来たら他の治癒法術師を紹介してやって」
「うん、表通りの先生で良いんだよね?」
「ああ」
勇砂は薬の入った鞄を持ち、出かけようと扉に手をかけたところで、流佳に呼び止められる。
「あ、待って・・・勇砂・・・今日は貴族街の方に近付かない方がいいわ」
「ん?・・・あぁ、わかった」
数日暮らしただけでもわかるほどに、流佳の占星術の力は強い。
そんな彼女が敢えて忠告したのであれば貴族街で何かが起こるのだろうか。そう思いながら頷き、勇砂は出かけた。
今日の往診先は盟の町のシンボルともなっている月影の塔の傍にある豪邸だ。ちなみに貴族街とは真逆の位置にある。
貴族街に住んでいない貴族というのは珍しいのだが、月影の塔を管理している魔導協会の理事だから近くに住みたいという主人の希望でそうなったらしい。
地涯国からも天涯国からも魔導協会へ出資する貴族は多い。魔導協会の後ろには月影の告知姫がついているからだ。
月影の告知姫は最高峰の予言者とされ、彼女の言葉が世界を動かしていると言っても過言ではない。それは、地皇(地涯国の王)と天涯王が月影の告知姫の言葉に従うことを“良し”としているからだ。
豪邸に着いた勇砂は思考を切り替えて、扉をノックした。
「こんにちは、魔導師の勇砂です」
「はーい―――いらっしゃい、勇砂先生」
人の良さそうな笑顔をうかべて勇砂を出迎えたのは、この屋敷の主人の息子だった。
「お邪魔します、火印さん」
「どうぞどうそ。・・・っていうか、何回言っても治らないですね~、それ」
苦笑をうかべる火印に、勇砂は首を傾げる。
「それ・・・ですか?」
「そう!それですよ!・・・僕の方が年下なんですから、さんづけとか敬語はやめてくださいって言いましたよね?」
「あー・・・そう、でしたっけ?」
「そうですよ。・・・もう、忘れちゃうなんて、ヒドイなァ」
むぅ、と怒ったような表情をうかべる火印に、勇砂は降参の意味で手をあげた。
「ごめんごめん・・・もう、忘れないよ、火印くん。これで良い?」
「今度はくん、ですか・・・まぁ、いいです。譲歩しましょう」
「火印、また勇砂くんを困らせているのか?」
玄関口で話している声を聞きつけて出てきたのは、この屋敷の主人。
「困らせてるつもりはありませんよ。お父さん。・・・勇砂先生と仲良くしたいだけなんです」
「・・・まったく、由里亜様にもその調子で言い寄っているそうじゃないか。この間、止めさせてくれと御本人自ら私に頼みに来られたぞ」
「いやぁ、由里亜様って可愛いんですよ~。もろ、僕の好みで!」
悪びれもせずにへらりと笑ってそう言った火印に、屋敷の主人は肩を落とす。
「・・・お前というヤツは・・・由里亜様は魔導協会の現会長なんだぞ?」
「もちろん、知ってますってば・・・あー、お説教が長くなりそうなんで、僕は退場します。勇砂先生、後で僕の部屋にも寄ってくださいね!!」
「こら!!火印!!待たんか!!」
「ヤですよ~」
軽い調子で答えながら部屋に戻っていく火印に、主人は何とも言えない表情をうかべた。
「最近、息子は私の言うことを聞かなくてな」
「火印くんは、優秀な術師だと思いますけど」
「・・・勇砂くんさえよければ、アイツの師になってもらいたいくらいなんだが」
主人の言葉に、勇砂は苦笑して首を振った。
「自分のことだけで精一杯の俺が、弟子なんてとれませんよ」
「そうかい?最近、占星術師の女の子と一緒に住んでいると聞いたけれどね?」
「・・・あはは、耳が早いですね~」
さすがに知っていたらしい主人の言葉に苦笑いをうかべ、勇砂はどうやって説明しようかと考える。
「まぁ、勇砂くんのことだ。彼女の占星術を悪用するようなこともないだろうし、彼女の力に群がる連中を排除するくらいは簡単だろう」
「うわ~、俺って相当信用されてます?」
「魔導協会からは全幅の信頼を寄せられている、と言ってもいいだろうな。全術師の活動は全て魔導協会が押さえているが、君ほど一般市民に受け入れられている魔導師はいないよ」
「う~ん、じゃあ悪い事はできないですね~」
冗談交じりにそう言えば、主人はクツクツと笑った。
「そもそも、悪い事をしようなんて考えたこともないんだろうに」
「いやぁ、そんな余裕がないだけですって。・・・じゃあ、大奥様を診ますので、よろしいですか?」
自嘲して答えた勇砂が問えば、主人はこくりと頷く。
「ああ、頼むよ。・・・今日は勇砂くんが来るんだと、ご機嫌だったからね」
主人の許可を得た勇砂は、ゆっくりと屋敷の奥へと向かった。
2012/10/30 改編