21.相応の罰
「―――由里亜様」
逸早く我に返ったのは火印だった。ホッとしながら彼女の名を呼ぶ。
「火印、時間稼ぎご苦労様でした」
落ち着いていて丁寧な言葉遣いを崩すことなく彼女はその美貌に笑みをうかべた。
「・・・今度は魔導協会の現会長か」
憎々しげに呟く豪にその作り物めいた美貌を向けた由里亜は淡々と告げた。
「豪殿下、魔導協会と天涯国の協議により、たった今、不正の温床となっていた元老院は解体されることになりました」
「なっ!?」
時間稼ぎとはそういうことだったのかと理解するのと同時に愕然とする豪。―――そこまでしてでも豪を止めることを優先した兄王。その心内はどれ程にか荒れたのだろう。
仲が悪いわけではなかった。ただ、煉派と豪派に臣下が真っ二つに割れてしまったのが不幸の始まりだった。
王太子としての教育を受けて厳しく育てられてきた煉を推す派閥に反発した者達が慰みに豪を推した。ただそれだけだったはずなのに、いつからか目的が歪んで、豪に本気で王位を狙えと囁く者が現れた。
あわよくばという欲望に満ちた、だが自分にとっては甘露のように甘い言葉に豪はいつしか溺れていった。その結果が―――これだ。
「・・・くっ、はっ・・・はははっ!そうか、兄上が・・・くくっ」
自分を哀れみはしても止めようとはしなかった兄王が、とうとう手を下す決意をしたのだ。それだけのことをした自覚はある。豪は柚緋に視線を向けた。
「叔父上・・・」
「もう、いい・・・外の世界を見てみたかったが・・・」
心残りはそれだけだと言わんばかりの豪に、柚緋はハッとする。
「叔父上・・・貴方は」
言葉が続かなかった。
確認したかった。今、豪が何を思ってもういいと言ったのか。
―――叔父上、貴方はただ、自由になりたかっただけじゃないのか?
だが、それを口にしたら、きっと叔父はプライドがズタズタになると気づいた。
「・・・同情など無用だ」
豪が柚緋の表情にわずかにうかんだ感情を正確に読み取って、不機嫌そうに呟く。
「っ、すみません」
思わず謝ってしまった。さらに不機嫌さを露わにする豪に、しまったと思うものの訂正するつもりはなかった。
「“鍵の王子”を私的な目的で利用しようとした、その罪は重い。―――そんなことはわかっている。わかっていてやったのだ。私の願いはお前達でしか叶えられないものなのだからな」
「・・・なるほど。私は豪のことを何も知らなかったのだな」
「っ!?―――兄、上」
背後から突如聞こえた声に、豪はギョッとして振り返る。そこには、天涯国王・煉が立っていた。
「豪が苦しんでいることには気づいていた。でもまさか、外の世界にまで興味を抱いてしまうとは思ってもいなかったんだ」
悲しげに言う煉に、豪は怒りの眼差しを向けた。
「貴方に同情などされたくは無い!!―――私を、これ以上惨めにさせるおつもりか!!」
「・・・豪」
王位継承権を持つが故に人の悪意に振り回された第二王子。煉が王になっても彼へと向かう欲望まみれの期待が豪の精神を疲弊させ、このような行動に走らせた。
「所詮、私はヤツ等・・・元老院の操り人形にすぎん。柚緋が私の二の舞にならぬよう、よくよく気をつけられよ。―――兄上、ご迷惑をおかけした。いかような処罰でも甘んじて受けましょう」
処罰を、と口にする豪は何故だか晴れやかな表情をうかべていた。
「―――許せ、私が不甲斐ないばかりに・・・」
「同情は無用と申し上げた。・・・さぁ!早く私を罰せよ!」
笑みさえもうかべて朗々と言い放った豪。その時だけ彼は王だった。何者にも屈しない、気高き王だった。
「―――煉陛下、磨大陛下、私は月影の告知姫としての権利を発動致します」
煉と磨大が何かを言う前に、流佳が口を開く。
「・・・姫?」
高雅が訝しげに視線を向けてくるが、流佳はそれには答えず静かに豪を見つめた。
「“鍵”と“錠”を利用した罪は非常に重い。今現在ある両国の罰則では罰しきれない程の罪です」
「月影の告知姫、それは重々承知だ。が、我が国の罰則で足りぬということはないだろう?」
煉が反論すれば、流佳は首を横に振る。
「いいえ、足りません。―――万が一にも悪用されていたならば、この世界がどうなっていたと思いますか?到底、豪殿下の命一つで収まるものとも思えません」
ならばどうすれば良いのか。困惑する煉や磨大達から視線を外し、流佳は柚緋を見つめた。
柚緋はそんな流佳の視線を受けて、“鍵”と“錠”だからこその意志の疎通だったのか、それとも、自分もそれを望んでいたからなのか、彼女の考えを正確に読み取った。
「父上、磨大。私も流佳に処罰を任せるべきと考えます」
そう言い放った柚緋に、煉と磨大は互いに視線を交わらせて頷いた。
「・・・私は構わない。柚緋と月影の告知姫に任せよう」
「良いだろう。天涯国も月影の告知姫の主張を受け入れる」
「ありがとうございます。それでは豪殿下、貴方に罰を言い渡します」
豪に向き直った流佳に、彼は挑戦的な目を向けた。どのような処罰を言い渡されても驚きはしないと、そんな気概にも見えた。
「貴方をこの世界から追放します」
「ッ!?」
あっさりと強気の表情が崩され、豪は戸惑ったように流佳を見つめた。
「何も持たず素のままの豪としてこの世界から出てお行きなさい。・・・身分も財産も人とのつながりも全てをまっさらにして外の世界で生きて償いなさい」
それが豪への罰。
流佳は柚緋の隣に歩み寄り、ニコリと微笑んだ。
「・・・命じてください“鍵の王子”、“錠”・・・“魔力の根源の乙女”は貴方の望みを叶えます」
「―――ああ、そうか」
柚緋は溜息交じりに呟いた。
これは柚緋の望み。裏があったとしても自分に優しく、時に厳しく接してくれた、大好きな叔父への餞別のようなもの。
流佳は柚緋の望みを感じ取って、こんなことを言い出してくれたのだ。
「・・・流佳、叔父上をこの閉ざされた世界から追放してくれ」
そう柚緋が口にした時、流佳の額の魔法陣が輝き始めた。
あともう数話で完結・・・のはずです。
もう少々お付き合いください。




