20.起死回生?
「もう、よろしいですかな?―――柚緋、帰るぞ」
豪に見つめられ、柚緋は身体を強張らせた。抵抗しようと思えばできるが、そうなれば豪がどんな手を使ってくるか良くわかっていた。
「叔父上・・・」
「柚緋、私はお前を“連れ戻し”に来たのではない。“助け”に来たのだよ?」
諭すように優しげな声音で告げられたのは、これ以上無い脅し文句だ。
柚緋が抵抗すれば、地涯国と魔導協会が柚緋の誘拐を企てたということを天・地両国に広めるつもりなのだ。
そうなれば、地涯国と魔導協会の威信は地に落ちる。
「―――ッ、わかりま・・・」
「はいは~い、お待ちください」
もう逃れられない、そう腹をくくって頷きかけた柚緋に制止の声がかかる。
「・・・間に合ったか」
ホッと息をついたのは磨大。
「―――遅いわよ、火印」
「ええ~、こう見えても超特急で頑張ったんですって~」
高雅が安堵の溜息をつきながらボソリと呟けば、耳聡くそれを聞きつけて口を尖らせる。
「・・・か、火印、くん?」
「あ、勇砂先生!―――ッと、今は違うんでしたね。ええと、“はじめまして”柚緋殿下」
にっこりと、人懐こそうに笑った火印に、柚緋は目を丸くした。
「火印?・・・あぁ、魔導協会の会長補佐か」
話の腰を折られた形の豪が気分を害したように呟いて火印に視線を向ける。
「これはこれは、豪王弟殿下。大事なお話の途中で割り込んでしまった無礼をお許しください」
火印は慇懃な言葉遣いでそう言うと、深々と頭を下げる。
魔導協会は天・地両国に所属しない特殊な立場であり礼は尽くすが命令下には無い。だから、この場では王弟である豪と魔導協会の実質ナンバー3の火印が直接話すことに問題はなかった。
「フン、魔導協会のナンバー3が一体何の用だ?月影の告知姫や前会長の高雅がいる時点でそなたの出番などないだろう?」
言外に魔導協会の話に耳を貸すつもりはないと示す豪に、火印は人好きのする笑みをうかべる。
「そう仰らずに。―――あぁ、そうそう。リグド様、でしたっけ?元老院のナンバー2の」
「・・・リグドがどうしたというのだ」
訝しむ豪に、火印は事も無げに言った。
「一部貴族との癒着、元老院の予算の横領。口にするのも憚られるようなモノの好事家だったようで、コレクションをするために随分と怪しい団体と交流があったそうですねぇ?・・・というわけで、余罪が明らかになるまで自宅軟禁されることになりましたよ?随分と元老院も格が落ちたものですねぇ」
唖然とする豪を見つめ、火印は再び口を開く。
「それから、リグド様の推薦で元老院入りされたドミニク様とギヴェロ様とトリノーダ様ですが、どうも後ろ暗い過去がおありのようで・・・現在の地位に相応しくないと仰られてご引退されるそうですよ~」
これで元老院の三分の一が魔導協会の手に落ちたことになる。
元老院で己に付き従う連中が清廉潔白とは思ってもいなかったが、こうまで早く嗅ぎつけられるとは思ってもいなかった豪はギロリと火印を睨む。
「コソコソと嗅ぎまわって天涯国の粗探しか。それよりも、天涯国の王子を拉致監禁した罪を問いたいものだが」
「叔父上ッ!!」
「いやいやぁ、拉致監禁なんてそんなコトした覚えはありませんねぇ。―――柚緋殿下は留学にいらしてただけですよ?」
豪がとうとう切り札を切ろうとする。慌てて柚緋が止めようと口を開くが、当の火印がそれを止めた。
「留学、だと?」
「ええ、ちゃんと天涯国王と王妃の依頼状もありますしねぇ・・・市民の暮らしを体験させたいとのことで、盟の町に住んで頂いていたのですが、魔導師としても優秀でらした柚緋殿下は町の住人と非常に友好な関係を築かれていまして、魔導協会としても町の住人と協力して柚緋殿下が心地好くお暮しになれるよう配慮してきたつもりなのですが―――おや、豪殿下はご存知ではなかったのですか?」
火印に確認されて、豪の顔は赤くなってすぐに青くなる。彼の言う留学説は今までの柚緋の暮らしを知っているからこそ言えた言葉だ。
そして、その留学説は耳当たりが良く、大半の人間が信じるだろう説だった。
自分よりも年下である火印がここまでやり手だとは思ってもいなかった柚緋は、すっかり感心してしまって今までの緊張感を解いてしまった。
「―――すごい」
それを聞き付けた豪にギロリと睨まれ、柚緋は身を竦める。
「柚緋、王子としての責務を果たすことなく5年間も留学をしていたというのか!?」
「そ、れは・・・」
豪はまだ諦めきれないようで、今度は矛先が柚緋に向く。
「やれやれ、諦めの悪い方ですねぇ・・・柚緋殿下の行動は天涯国王・王妃両陛下が直々に魔導協会へ依頼されたことなのですよ?」
火印が呆れたように言えば、豪は眉間にしわを寄せた。
「兄上と沙綺妃がか・・・」
「ええ、ですから依頼状があると申し上げたでしょう?」
「っ、兄上は何をお考えかッ!・・・もう良い!5年も留学したのであれば充分であろう、帰るぞ!柚緋!」
火印に口では勝てないとふんだのか、豪が突如怒りだして柚緋の腕を掴んだ。
「ッ、叔父上・・・」
再び緊張感がその場を支配して、柚緋は強く掴まれた腕を振りほどくことができずに謁見の間の中間辺りまで引っ張られていってしまう。
「―――もうおやめ下さい」
誰もが最終手段である武力を用いて抵抗しなければならないかと身構えた時だった。
誰よりも落ちついた声が全員の行動を止めた。




