2.少女との出会い
盟の町の東のはずれには“月影の塔”と呼ばれる塔があり、そこには隣の天涯国・朔の町へと続く“門”がある。
満月の夜のみ開くその“門”を通らなければそれぞれの国を行き来することはできず、長く疎遠だった時期が続いたが、先の地涯国王の代にそれぞれの妹姫を嫁がせることで、両国間の積極的な交流が始まった。
そのおかげで、地涯と天涯それぞれにしかない物資も手に入るようになり、人々の暮らしはより便利になった。
***
朝食をとる前に商店街の朝市に買い出しに来た勇砂は、行きつけの薬屋に顔を出した。
「こんにちはー」
「おう、勇砂先生、いらっしゃい」
「天涯草ってありますか?」
天涯でしか取れない薬草“天涯草”は俗に言う万能薬だ。両国間での交流が活発になって以来“治癒法術師”の間では重宝されている薬草である。
「あー、それがなぁ・・・向こうも不作らしくてなかなか入ってこなくてねェ・・・」
薬屋は申し訳なさそうにそう言うと、別の薬草を取り出す。
「月光草ならあるんだが・・・腹の調子の悪い時によく使うだろう?」
「ん~・・・じゃあ、それを10束ください」
「あいよ、まいどあり」
薬屋を出た勇砂は、袋の中を覗き込んで溜息をついた。
「あー、どうしようかなぁ・・・天涯草があれば、ほんっとに楽なんだけど・・・」
いちいち調合せずに済む天涯草が不作のため、富裕層が率先して買い占めているらしいという噂があるのは知っていた。おそらくその噂は真実で、一般の薬屋などに降りてくる前に横取りされているのだろう。
そこまで考えて、勇砂は苦々しい表情をうかべた。そんなことをしているから、5年前の流行り病で多くの犠牲を出したのだ。
学習しない貴族に嫌気がさす。
「しょうがない・・・採りに行くか」
しかし、勇砂は地涯国で唯一天涯草が生息する場所を知っていた。
それはこの国の誰もが近寄らない森―――“死人の森”と呼ばれるそこは、地皇(地涯国の王)が住む地涯城に繋がる唯一の出入り口がある場所であり、国お抱えの“死霊術師”達のねぐらでもある。
危険な場所とはわかっているが、天涯草が無ければ万が一重病人が担ぎ込まれた時に即座に対応できない。
「金持ちだけが救われるなんて・・・そんなコト、絶対に許せるわけないしな」
天涯草を買い占めた貴族達が町の住民に手を差し伸べる気がないのは過去の件でわかりきっている。例え己の力の及ぶところまでであったとしても、絶対に救うと決めて勇砂は父母の死を乗り越えたのだ。
そして“死人の森”へとやってきた勇砂は、辺りを見回して溜息をついた。
「・・・城への唯一の出入り口だっつーのに・・・なんで手入れの1つもしないんだ?地皇は」
そう呟くのも当然。“死人の森”には一切人の手が入った様子は見受けられず、草も木も生え放題になっている。
見た目だけでもその名にふさわしい場所なのだが、それ以上に“死霊術師”がねぐらにしているというのも由来となっているらしい。
「天涯国には行ったことはないが・・・確か、あそこの城の出入り口は朔の町の“逆転の川”だったよな?」
天涯国も地涯国も王の住まう城へはある方法をとらなくてはならない。それは、満月の夜に決まった場所に行き“光の道”を経由するということだ。
その決まった場所というのが、天涯国では“逆転の川”であり、地涯国では“死人の森”である。
「・・・森とか川とか・・・普通の道が無いのってやっぱ外敵を警戒してのことなのか?」
町の中では地涯城に登城した事があるという者を見たことがない。貴族街に住む連中でさえも年に一度の勅命発令日にしか登城しないというのだから徹底している。
「・・・引きこもって何やってんだろうな・・・地皇が動いてくれりゃ、あの流行り病の時だって・・・」
ブツブツと呟きながら、勇砂は目的の場所へと進む。何度か来たことがあるので迷いはしないが、覆い茂る草のせいで歩き難く辟易する。
「“死霊術師”共も住んでるんだったら草刈りくらいしとけよな・・・ったく」
同じ術師とはいえ“死霊術師”は他とはまた違う系統の術師だ。気味の悪い研究ばかりをしているらしいが、それでも国お抱えの術師なのだ。
けもの道さえもない森を進むこと数分、ようやく勇砂は目的の場所に到着した。
“死人の森”の中でも唯一人の手が入っている―――実際に見たことはないが“光の道”が現れると言われている場所だ。
そんな場所だからか、ここには天涯国にしか生息していないはずの天涯草が生えている。
「・・・“光の道”が変に繋がって天涯国から種を運んだんだろうって師匠は言ってたけど・・・ま、理由はともかく実際に生えてるんだから採るっきゃないだろ!」
小さなピンク色の花を咲かせた白い草が天涯草だ。他とはまったく違う特徴を持つが故に目に留まりやすい。
勇砂がせっせと月光草の入った袋の中に摘み採った天涯草を詰め込んでいると、チラリと赤い色を目の端に捉えた。
「?・・・なんだ?」
勇砂がそちらに視線を向ければ、それは服の一部らしく木の影からはみ出しているのだと気付いた。
おそるおそる近付いて行き、木の影を覗き込んだ勇砂は思わず息を呑んだ。
上等な生地で作られた身体の線を隠すような白い服に赤い羽衣のようなものをまとった少女が眠るようにしてそこに倒れていたからだ。
緩く結んだ栗色の長い髪が地面に垂れ下がり、血色の悪い顔に紅を塗った唇だけが異様に映えている。
「おい!・・・大丈夫か!?」
勇砂が少女の身体を揺すると、僅かに反応があって生きていることがわかる。
「・・・と、とにかく運ばないと!こんなところに放置してたら死んじまう!」
勇砂は天涯草を詰め込んだ袋を持ちながら少女を背負い、慌てて“死人の森”の入口へと向かった。
2012/10/29 改編