19.経験の差
仰々しい護衛をつけて謁見の間に入ってきた豪は玉座に座る磨大を見上げ、その隣に立つ柚緋を視界に入れて目を細めた。
「お久しぶりですな、磨大陛下。・・・すっかり立派になられて。叔父としても鼻が高い」
「まだ若輩者ゆえ、周りの者に助けられてばかりだ。なかなか思うようにはいかぬ」
「ご謙遜を。磨大陛下の辣腕ぶりは天涯国にまで及んでおりますぞ」
「ははは、褒めても何も出ぬぞ。叔父上も元老院を仕切っているとか。ご苦労も多かろう?」
まずは互いに軽く牽制しあう。
その間にもちらりちらりと豪の視線が柚緋に向いているのを感じ、磨大は苦笑をうかべた。
「―――叔父上、互いにまどろこしいまねはやめぬか?」
「ふむ・・・そうですな」
言葉遊びをするような状況ではない。という磨大の心情を汲んだのか、豪はすんなりと頷いた。
もう少し説得に手間取ると思っていた磨大は拍子抜けしながらも、気を取り直して訊ねる。
「叔父上は、柚緋をどうなさるおつもりか」
「それはこちらの台詞ですぞ、磨大陛下。よもや、陛下が柚緋を拉致するよう命じられたのではありますまいな?」
狂言をそのまま利用するつもりだと勘付いた磨大は、思わず感嘆の声をあげた。
「ほぅ。叔父上は地涯国が柚緋を組織的に拉致し監禁したと仰せか。―――いくら身内といえど、外交問題にも発展しかねないというのに」
「事実、柚緋は地涯国で暮らし、その状況を磨大陛下はご存知だったのでしょう?・・・それに、こんな狭い世界で外交問題も何もありますまい」
“狭い世界”という豪の言葉に反応したのは、磨大ではなく柚緋だった。
「叔父上、まさか・・・」
「やはり“鍵の王子”は外の世界のことを知っているのだな。ならばわかるだろう?この世界は魔力の根源により他国から隔離された世界だ。本来の姿ではない。私は・・・外の世界を見てみたいのだ」
磨大は豪と柚緋の話を聞いていて首を傾げ、説明を求めるように流佳に視線を向けた。
その視線を受けた流佳はそっと溜息をついて口を開く。
「この世界は閉じられた世界なのです。全ては“鍵”と“錠”を護るためだけに作られた世界」
「月影の告知姫、やはり貴女もご存知か。あれだけ正確な予言を口にする貴女が何も知らぬわけがないと思っておりましたぞ」
豪はそう言って、舐るように流佳を見つめた。
位置的に地涯国側として立っているのは明白だからこその視線なのだろうが、別の意味も含まれているようで流佳は思わずその視線から逃れるように顔を背ける。
「叔父上、貴方が外の世界をご覧になりたいのはわかった。が、そのために“鍵の王子”を我が物にせんとし、王と王妃に隠れてあることないことを吹き込んだのはよろしくないな」
それでなくとも過保護に育てられた柚緋には善悪の区別がついていない時期があった。
“鍵”の力がまだ安定して使えなかったことが幸いして、豪が暴走する前に誘拐と称して天涯国から逃がすことができたが、もしあの時点で“鍵”の力を使っていれば、最悪この世界が壊れるだけで済んだかどうかわからない。
磨大がそう責めれば、豪はそれがどうしたと言わんばかりにふてぶてしい態度で肩を竦めた。
「この世界が壊れる?そんなはずはない。“鍵”の力が暴走したところで、魔力の根源が作った結界を壊す程度でしょう。違いますかな、月影の告知姫―――いや、“魔力の根源の乙女”」
「ッ!!」
流佳が息を呑み、目を瞠る。豪がそこまでたどり着いているとは思ってもいなかったのだ。
実兄が怖れを抱くほどに“鍵の王子”への執着が強かった豪は勤勉な人物でもあった。幸か不幸か、その性格ゆえに“鍵”と“錠”の真実にたどり着いてしまっていたのだ。
「貴女がここにいる時点で、柚緋が“鍵”の力を使って地涯城まで転移したという考えは消えました。先代の“鍵”を逃がした“錠”の後継であるならば、何もない場所に“光の道”を作ることは可能でしょう?」
完全に豪のことをナメていた、としか言いようがない。言い方は悪いが腐っても王弟であり、最上級の教育を受けて来た者なのだと実感させられる。
これでは月影の告知姫としての権限は使えない。口先だけで言い包めるなんて無理だったのだ。
「―――何も知らぬ第三者から見れば、地涯国と魔導協会が手を組んで天涯国の王子をかどわかした、となってもおかしくない状況であることはおわかりか?」
勝ち誇った笑みをうかべた豪に対するには、磨大達の経験値が足りなさすぎた。
王弟という立場だけではない。こうして磨大達を黙らせ、元老院を牛耳るだけの能力。これをどうして国を治める兄王の助けとなるために使えなかったのか。
「叔父上、貴方という人は・・・ッ」
悔し紛れの言葉すら出て来ない。完全に立場は逆転してしまった。




