17.過保護な教育の残念な結果
本編ではありますが、少し息抜きなお話。
――地涯城
「柚緋王子!」
「高雅先生・・・元気そうで良かった」
柚緋達が“光の道”から出ると、真っ先に高雅が出迎える。元気そうな師の姿に、柚緋はホッと安堵の溜息をもらす。
「王子にかけた術が返されたので、魔力が戻りました。・・・姫の仕業ですね?」
柚緋と共に現れた流佳を見つめ、高雅は苦笑をうかべる。
「ごめんなさい高雅。でも、あれ以上は貴女も危険だし、柚緋殿下もそろそろ事情を知るべきと思ったのよ」
流佳は気まずげにそう言って、高雅を上目づかいで見つめる。その様子はまるで親に怒られる子どもの図だ。
「ふぅ・・・怒ってなどいませんよ。それが最善だったと私も思っていますから。あのまま元老院の手の者が盟の町を重点的に探し始めていれば、由里亜と火印で抑え込むことは難しかったでしょうし」
「・・・高雅先生が頼りにしていたということは、やはり火印くんは魔導協会の実力者なのか」
「火印くん・・・ですか」
クスッと笑う高雅に、柚緋は首を傾げる。
「なにか、おかしかったか?」
「いいえ。王子がくんをつけて呼ぶ者はとてもお気に入りであるという証拠ですからね」
「ああ、そうだったな。無意識だったとしてもその癖が出たのか」
柚緋が苦笑すれば、高雅は然りと頷く。
「勇砂はニセの人格ですが、ベースは王子ですから。癖なんかはそのまま出てしまうでしょうね」
「・・・はは・・・壊滅的に家事ができないのも頷ける。素地がないのだから」
ほんのちょっぴりプライドが傷ついた柚緋である。
「まぁ、家事の得意な王族というのも、侍女や従者泣かせだと思うがな」
一応、とばかりに磨大が慰めを口にするする。
「磨大はそう言ってくれるが、あの家事方面だけ壊滅的な不器用さは救いようがない・・・」
料理方面では卵を焼こうとすれば100%黒こげにし、スープを作ろうとすれば、材料を切る段階で失敗し、最終的には生煮えのスープができあがる。
更には味付けがとてつもなく不味い。どんなに頑張っても美味しくならない。だから切るだけで済むような食事の内容になっていたのだ。ついでにいうと、お茶を淹れるととてつもなく濃くて苦かったり、反対に薄すぎてお湯を飲んでいるようなシロモノになったりするから、お茶すらも路上販売の店で買って飲んでいた。
掃除と洗濯は魔術でなんとかできたので良かったのだが、それも魔力がなければどうするんだというくらいに大仰な術(風魔法で埃だけを吹き飛ばす、時間魔法で時を巻き戻すetc…)を使っているので効率が悪すぎる。
そう説明すれば、磨大は盛大に溜息をついた。
「柚緋・・・そこまでくると、生活不能者呼ばわりされるぞ、普通は。私だって茶の一つくらいは淹れられるし、部屋の掃除は侍女の仕事をとることになるからやらないが、書斎の埃をはたくくらいは自力でやるぞ?・・・というか、なんて器用な魔術の使い方するんだ。魔力の消費も馬鹿にならなかっただろうに。そこは“鍵”としての恩恵があったおかげなんだろうが」
「うっ・・・」
同じ王族(しかも皇位を継いでいる従兄)である磨大からすらも呆れられ、柚緋はガックリと肩を落とす。
「・・・柚緋王子は、“鍵の王子”に万が一のことがあっては大変とそれはそれは過保護に育てられましたからね」
高雅もその内の一人だったりするが、ここまで何もできないくらいに過保護にされているとは思いもしなかった。どうやら自分達の過保護な教育で、何でも魔術で解決できるぶん、自力で暮らせない生活不能者な王子を作り上げてしまったらしい。
「・・・王子なのですから、良いのではありませんか?王族が一人でサバイバルをする機会などないでしょうし。そもそも、薬草を選別して採るという作業は一般人ではできませんし、お皿洗いはできるんですから全く生活力がないとは言い切れないでしょう?」
そんなフォローが流佳から入ると、柚緋は潤んだ瞳で流佳を見つめる。
「流佳・・・ありがとう」
「あ、いえ・・・“勇砂”の不器用ぶりである程度は理解していましたし、魔導師としてはとても優秀でらしたから、家事ができないなんてことは気にする必要なんてありませんわ」
ニコリと笑う流佳に、柚緋は頬を真っ赤に染めた。
「・・・そういえば、家事方面で君にものすごく甘えた気がする・・・」
流佳にしてみれば今更ということなのだろう。そう気付いて柚緋は穴があったら入りたい気分になる。
「あらあら・・・まるで新婚さんの会話ですね」
クツクツと喉を鳴らして笑う高雅にそう言われて、柚緋と流佳は揃って赤面する。
「確かに、月影の告知姫は妃候補にするのに充分な後ろ盾もあるし、そもそも“鍵”と“錠”をくっつけるのに反対も何もないだろう」
意外にも乗り気な磨大の言葉に、柚緋は唖然とする。
確かに、要は使い方の問題であって、“鍵”と“錠”自体が危険なわけではない。が、くっつけてしまえという発想は少々飛びすぎではないだろうかと思うのだ。
「磨大、月影の告知姫は中立の存在だぞ?・・・天涯国に妃として入るなど・・・」
「ああ、それなら大丈夫だ。月影の告知姫には任期がある。・・・20歳になると自動的に次の月影の告知姫となれる後継者に力が移る」
流佳は今18歳だ。あと2年待てば、ただの占星術師に戻る。
「そうだったのか・・・」
「ああ、これは地皇と天涯国王と魔導協会の者しか知らないことだがな」
“鍵”は一生“鍵”だが、“錠”は代替わりがある。つまりそれだけ“鍵”の存在は貴重ということだ。だからこそ“鍵の王子”は過保護に育てられたと言える。
「叔父上は“鍵”の存在がどれだけ貴重かわかっているから柚緋を囲おうとしたのだろう。“錠”については誤報を信じているとはいえ・・・“鍵”については相当の知識を叩き込んだとみえる」
磨大がそう言えば、勇砂は確かに、と頷く。
「王族のみが閲覧できる資料がある・・・“鍵”が生れる天涯国ならではの詳細な資料が残っていたのだろう」
「・・・“鍵”を詳細に調べれば、“錠”の真実に気付くのも時間の問題か」
元老院は今頃柚緋が“勇砂”として盟の町で暮らしていたことを調べ上げているだろう。そして、あの“光の道”の転移先が地涯城であることもすぐに知られてしまうはずだ。―――となれば、次の行動はわかりきっている。
「叔父上は私を連れ戻しに来る。・・・元老院は天涯国王と同等の発言力があるから、私がそれを拒否するためには明確に叔父上が為そうとしていることの証明をしなければならない」
「・・・方法はありますわ」
流佳は嫣然として続けた。
「月影の告知姫としての権限を利用すればよいのです」




