16.豪の野望
――天涯城
「なに?・・・柚緋が地涯城にいるだと?」
訝しげに問うた男は、平身低頭して報告した臣下を見下ろした。
「は、はい。柚緋殿下の行方を探しておりましたところ、地涯国の盟の町で“光の道”が突如出現し、その痕跡を調べましたところ・・・その、柚緋殿下はそこでお暮らしになっておられたご様子で」
ダン!
「ひっ!?」
椅子の手すりを思いっきりこぶしで叩いた男は、臣下を睨みすえる。
「貴様らはそのことにまったく気づかなかったと申すか・・・いったい、どこで、何を探しておったのだ!!この役立たず共め!!―――柚緋が地涯城に逃げ込んだだと?盟の町にいる間に見つけておれば、このような面倒なことにならずにすんだのだ!!」
「も、申し訳ございません!!」
床に額をこすりつけるようにして土下座する臣下を見やり、男はチッと舌打ちした。
「もう良い。どうせ兄上にはすでに勘付かれておるのだ。こうなれば、地涯城に柚緋を奪還しに向かうしかあるまい。―――“鍵の王子”をかどわかした魔導協会の元会長の身柄も預からねばなぁ・・・ククク」
「ご、豪殿下・・・」
狂ったように笑う己を呆然と見つめて呻く臣下を見やり、男―――豪はぴたりと笑うのを止めた。
柚緋が姿を消した5年前。おそらくは兄とその妃が当時の魔導協会の会長であり柚緋の術師としての師であった高雅と協力して起こした狂言誘拐。
当然、天涯城は騒然となりさまざまな調査が行われたが、柚緋の行方を知る手がかりは一切見つからなかった。
謀られたと気づいたのは兄である国王・煉の何かを責めるような視線を感じたとき。義姉の沙綺妃に至っては一切の接触を拒否された。
「もう後戻りはできん・・・元老院の総力を挙げて地涯城への“道”を開け」
「は、はは!!」
頭を下げた臣下を追い払い、豪は思案する。
王弟であるがゆえに、兄も簡単には豪を処分できない。しかも、裁判権を持つ元老院を牛耳っているのが裁かれる側の豪本人だ。確証の無い訴えは破棄される。
「兄上は知らぬからあのように嫌悪されるのだ。魔力の根源さえ手にすれば、この狭い世界から開放されるというのに」
自分のやり方が強引であることは知っている。この野望が分不相応であることもわかっている。自分が善人であるとは思っていない。世界を牛耳ってやろうという欲求は確かに豪の中に存在する。
だがそれ以上に望むのは、この閉塞した世界からの開放だった。
その事実を知ったのは本当に偶然だった。“鍵”のことを調べているうちにその記述を見つけたのだ。
地涯国以外の他国との交流記録。その資料を目にしたときの脱力感。天涯国と地涯国の両国を支配しようなどという願いは本当にちっぽけなものなのだと理解させられた。
この結界に囲まれた世界の外には大陸と海が広がっており、何十という国が存在してるのだ。
先代の“鍵”と“錠”が作り上げた他国と天涯・地涯を隔てた結界。何百年と経った今、そのことを知る者はいない。
世界の救世主を気取りたいわけではない。ただ外の世界を知りたいという欲求が抑えきれなくなってしまったのだ。
「柚緋・・・なんとしてでも連れ戻す」
豪はそう呟き、タイを緩めた。




