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1.勇砂(ゆうさ)

地涯国・盟の町―――そこで青年は少女と出会い、己の運命を知る。


月影の姫は天と地の国の未来を告知した。


― ともに逃げよう。


― 私は行けません。私は     だから。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「・・・それでもッ!!」


 彼は自分の叫び声で目が覚めた。


「はー・・・また、あの夢か」


 指し延ばす手をかたくなに拒んだ彼女の顔を、夢の中で見たことはない。


「先生・・・勇砂(ゆうさ)先生!起きてるかい!?」


 階下から自分を呼ぶ声がして、勇砂はベッドから起きあがった。


「・・・今行く!!」




 地涯(ちがい)国・(めい)の町、活気にあふれたその町のメインストリートから外れた倉庫街に、勇砂の自宅兼仕事場はあった。


 地涯国には公的な学校も病院もない。その代わりに術師(じゅつし)と呼ばれる者達がそれぞれに学問を教えたり医術を行使したりする。


 勇砂はその術師としてこの町で生計を立てていた。


「勇砂先生、おはよう!」


 階下に降りると、入り口にはふくよかな体つきの女性がニコニコと笑って立っていた。彼女は近所に住んでいて、単身で暮らしている勇砂のことをよく気にかけてくれている。


「ああ、おはようございます。・・・何か、問題ごとでも?」


 勇砂が訊ねれば女性は後ろに視線を向ける。すると、女性の後ろから少女が顔を出した。


「あ・・・あの、勇砂先生。この間はありがとうございました」


 少女は女性の1人娘で、以前勇砂が風邪をこじらせて肺炎になりかけていた彼女を救った礼をしに来たのだと言う。


「もう、体調は良いのか?」


「はい・・・勇砂先生のおかげです」


 もじもじと女性の後ろに隠れたまま、少女は今にも消えそうな声で応じる。


「そうか、それは良かった。・・・これからは酷くなる前に“治療法術師(ちゆほうじゅつし)”にかかるんだぞ?」


 勇砂の言葉に頷き、少女はようやく女性の後ろから出てきて、持っていたものを勇砂に差し出した。


「・・・・・・えっと、鍋?」


 戸惑う勇砂に、女性は豪快に笑った。


「あっはっは!娘がねェ、勇砂先生に食べてもらうんだって一生懸命に作ったシチューだよ。・・・どうせろくなもん食ってないんだろう?」


「あー・・・いや、どうも家事は苦手で」


 そう、壊滅的に家事が苦手な勇砂は、食事は切ったら食べられるもの――パンや生野菜など――しか口にせず、蓄えに余裕がある時だけ外食をするという生活をしていた。


「術師の最高ランクである“魔導師(まどうし)”の免許を持ってるっていうのに、家事が壊滅的にできないなんて、本当にちぐはぐなお人だよ、勇砂先生は」


「はは・・・面目ない・・・ありがとう」


 空笑いするしかない勇砂は照れくさそうに頭をかいて、少女から鍋を受け取り、わきの机に置いた。


「先生も若く見えるが、もう22だっけ?」


「ええ、誕生日がくれば23ですよ」


「・・・見えないよねぇ・・・どう見たって16、7だ」


「あの・・・気にしてるんで、それ・・・」


 女性の溜息交じりの言葉に勇砂は苦笑する。


 どう頑張っても16、7にしか見えないくらいの童顔で、仕事を受ける時に免状を出していつも仰天される。


 悪くすると見た目でなめられて、免状を出さないと魔導師であることすら疑われることがあるのだ。


「そりゃ、すまなかったね。・・・あ、そうだ、先生。貴族街のどこかのお屋敷で優秀な術師を探してるって話だよ、貴族のお抱え術師になれば食うにも困らないだろ?行ってみたらどうだい?」


「あー・・・俺はあんまり堅苦しいのは。それに、この町が気に入ってるんだ」


 勇砂は女性の誘いをやんわりと断る。


「はは。まぁ、そう言うと思ったけどね。・・・まぁ、先生がこの町にいてくれるなら、あたし等町の住人には嬉しい限りさ」


 術師の中には法外な値段をふっかける者もいて、なかなか一般人は良い術師に巡り会えない。


 その点、勇砂は良心的な値段で学問から医術までなんでもこなすので、町の人達に重宝がられているのだ。


「そう言ってもらえるとやる気が出るなぁ・・・」


 クスクスと笑う勇砂を穏やかな眼差しで見つめて、女性はほう、と溜息をついた。


「大先生と奥様が流行り病にかかって亡くなって、勇砂先生1人になっちまってどうなることかと思ったけど、本当に良かった」


 勇砂の両親も術者だった。


 5年前に盟の町で大流行した流行り病にかかった患者を分け隔てなく受け入れ、自分達もまたその流行り病にかかって亡くなってしまった。


 当時、魔導師となるために師に付いて旅をしていた勇砂はその難を逃れたが、帰る場所を失い、しばし呆然としてしまったのを覚えている。


「ああ、その節は本当に町の人達にお世話になってしまって・・・」


 何をする気にもならず、ただ呆然と過ごしていた勇砂の面倒を見てくれたのは盟の町の住人達だった。


「大先生と奥様のおかげで助かった連中もいるし、最後まで手を尽くしてくれたお2人に感謝こそすれ悪くいう連中なんていやしないよ。・・・お2人の分まで勇砂先生を支えにゃ、罰が当たるさね」


 ばしん、と勢い良く背を叩かれて、ひょろりとした長身の勇砂は前に向かってよろけた。


「お、お母さん!!力一杯叩かないで!!」


 少女が慌てて勇砂を支え、力の加減を間違えた母を叱る。


「先生、大丈夫かい?・・・もうちょっと鍛えた方が良いんじゃないかい?」


「あはは・・・体力には自信があるんですけどねー・・・どうもパワー不足でして」


 筋肉をつけようと努力したことはあるのだが、筋肉の付きにくい身体らしくいくら鍛えても無駄だった。


「勇砂先生はそのままでも十分カッコイイわ!・・・私が18になって成人しても勇砂先生が独身だったらお婿さんに来てもらうんだから!!」


 少女が慰めのつもりかそう叫び、勇砂は目を丸くした。


 次の瞬間、自分が何を叫んだのか理解した少女は顔を真っ赤にして脱兎のごとく逃げだした。


「あっはっは!やだよあの子ったら、いっちょまえに色気づいちゃって。気にしないでおくれよ、勇砂先生」


「あはは・・・でもあの子が18になる10年後まで独身だったら・・・もらってもらおうかなぁ・・・」


 ヒラヒラと手を振りながら娘を追って出ていった女性を見送り、ちょっと切実な思いも込めて、勇砂はぼやいたのだった。


2012/10/29 改編

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