あ〜れんそ〜らんそ〜らん
ドガッ!
ガンッ!
ドォンッ!
香車・四連が休む間もなく叩き込まれる。
マグロクは防戦一方となる。
マグロク:「ぐっ……!」
その巨体が一歩、二歩と揺らぐ。
観客席は騒然。
観客A:「押してる!」
観客B:「前回優勝者が押されてるぞ!」
マグロクは歯を食いしばりながら、瞬時に状況を判断する。
マグロク:(これは……。)
四連撃はまだ終わらない。
このままでは致命打をもらう。
マグロク:「これは……まずい!」
次の瞬間。
ガランッ!!
手にしていた巨大な戦棍を、思い切って地面へ捨てた。
観客席がどよめく。
観客C:「武器を捨てた!?」
観客D:「何をする気だ!?」
マグロクはそのまま両拳を固く握る。
拳を胸の前へ構え――
マグロク:「拳!!」
巨大な拳が、木刀の間合いの内側から唸りを上げる。
武器を捨てたことで生まれた身軽さ。
懐での戦いに切り替えたのだ。
:ロインは目を見開く。
:ロイン「武器を捨てるなんて……!」
デイルは静かに頷く。
デイル:(正しい判断だ。)
デイル:(あの距離では戦棍は邪魔になる。)
デイル:(ならば、拳の方が速い。)
マサムネの四連撃。
マグロクの拳。
互いに一歩も引かない接近戦が、さらに激しさを増していく。
マグロクは腰を落とし、全身の筋肉を一気に解放する。
マグロク:「ウォォォォォ!!」
拳が唸る。
対するマサムネも、一切ひるまない。
木刀を握る手に力を込め、
真正面から踏み込む。
マサムネ:「ゼヤァァァァァァ!!」
次の瞬間――
ドゴォォォォォォン!!!
拳と木刀。
力と技。
二つの衝撃が、真正面から一つに交わった。
バキィィィッ!!
闘技場の石畳が放射状に砕ける。
猛烈な衝撃波が四方へ吹き荒れ、砂煙が闘技場全体を包み込んだ。
観客席では思わず身を伏せる者まで現れる。
観客A:「うわぁぁぁ!!」
観客B:「何だ今の衝撃は!?」
観客C:「見えねぇ!」
:ロインは腕で顔をかばいながら目を細める。
:ロイン「お願い……!」
デイルもフードを押さえながら砂煙の中心を見つめる。
デイル:(どちらが……。)
デイル:(押し勝った?)
砂煙の中では、まだ何かがぶつかり合う鈍い音だけが響いている。
ゴゴゴゴ……。
勝敗は、まだ誰にも分からなかった。
砂煙がゆっくりと晴れ始める。
観客席は息を呑み、誰も声を出さない。
最初に見えたのは――
マグロク。
堂々と立っている。
観客A:「……。」
観客B:「マグロクだ!」
観客C:「やっぱり優勝者が……!」
歓声が上がりかけた、その時だった。
マグロクの肩が、小さく揺れる。
マグロク:「……。」
一歩。
ふらり。
二歩。
さらに体勢が崩れる。
観客席が静まり返る。
マグロクは苦笑いを浮かべた。
マグロク:「……参ったな。」
そのまま膝をつき――
ドサッ。
巨体が闘技場へ倒れ込んだ。
審判も目を見開く。
審判:「マ、マグロク選手が……!」
観客席は騒然となる。
「倒れた!」
「嘘だろ!?」
「前回優勝者が!?」
その直後。
まだ残る砂煙の奥から、
ゆっくりと一人の影が歩いてくる。
コツ……。
コツ……。
木刀を肩へ担ぎ、
息を整えながら姿を現したのは――
マサムネ。
服は土埃で汚れ、
腕には打撲の跡。
それでも、その足取りは止まらない。
観客席が一瞬静まり返る。
そして――
「おおおおおおおおおおお!!!」
闘技場が割れんばかりの歓声に包まれた。
:ロインは思わず笑みを浮かべる。
:ロイン「……勝った。」
:ロイン「本当に勝っちゃった。」
デイルは静かに帽子のつばを下ろし、マサムネを見つめる。
デイル:(前回優勝者を倒したか……。)
デイル:(魔王様が警戒する理由が、よく分かった。)
倒れたままのマグロクは、空を見上げて笑う。
マグロク:「……はは。」
マグロク:「完敗だ。」
マグロクはゆっくりと拳を握りしめ、マサムネへ向けて言った。
マグロク:「いい試合だった。」
マサムネも木刀を肩から下ろし、小さく頭を下げる。
マサムネ:「ああ。」
マサムネ:「俺も、楽しかった。」
闘技場に試合終了の鐘が鳴り響く。
カァーン!!
その音と同時に、待機していた医療班が一斉に飛び出した。
救急班隊長:「急げ!」
救急班:「今すぐマグロクさんの治療に急ぐぞ!」
数人の救急班員が担架を抱えてマグロクのもとへ駆け寄る。
救急班員A:「意識はありますか!?」
マグロク:「……あぁ。」
マグロクは苦笑しながら頷く。
マグロク:「意識はある。」
救急班員B:「骨折の確認!」
救急班員C:「回復魔法の準備!」
淡い緑色の魔法陣が展開され、治癒魔法がマグロクを包み込む。
:ロインはほっと息をつく。
:ロイン「よかった……。」
:ロイン「命に別状はなさそうね。」
マサムネも救急班の邪魔にならないよう、一歩下がる。
マサムネ:「……。」
マグロクは担架へ乗せられる直前、マサムネへ親指を立てた。
マグロク:「次は……。」
マグロク:「負けねぇぞ。」
マサムネは笑って親指を返す。
マサムネ:「望むところだ。」
観客席からは、惜しみない拍手が送られる。
「マグロクー!」
「ゆっくり治せー!」
「いい試合だったぞ!」
審判は二人の姿を見届けると、大きく右手を掲げた。
審判:「第一試合!」
審判:「勝者――」
審判:「マサムネ!!」
闘技場は再び大歓声に包まれた。
――少し時間は進む。
武闘会は順調に進行していった。
第一試合の衝撃が冷めやらぬ中、続く試合も一つとして同じ展開はなかった。
剣士同士の技比べ。
魔法使い同士の大規模な魔法戦。
獣人の圧倒的な身体能力。
ドワーフの重戦士による力勝負。
どの試合も観客を大いに沸かせ、会場は歓声に包まれ続けた。
マサムネもロインと共に観客席からその様子を眺めていた。
マサムネ:「レベル高ぇな。」
:ロイン「この都市最大の武闘会だもの。」
:ロイン「弱い人はほとんど参加しないわ。」
その頃。
デイルは静かに選手控室で待機していた。
係員:「第四試合出場者、準備をお願いします!」
デイルは静かに立ち上がる。
デイル:「……。」
フードを深く被り直し、
腰の短剣の位置を確認する。
デイル:(俺の番か。)
監視任務。
そして優勝賞品。
その両方を胸に秘めたまま、
デイルはゆっくりと闘技場への通路を歩き始めた。
闘技場中央。
修復された舞台に再びスポットライトが当たる。
司会者は高らかに声を響かせた。
司会者:「それではぁ!」
司会者:「第四試合!!」
観客席が静まり返る。
司会者:「一人目の選手は!」
司会者:「謎の人物! シエル!!」
旅商人風の服装に身を包み、フードを目深にかぶったデイル――シエルが静かに入場する。
観客A:「シエル?」
観客B:「聞いたことない名前だな。」
観客C:「旅人か?」
司会者は続ける。
司会者:「そして対するは!」
司会者:「通りすがりの冒険者!! クエチだぁ!!」
反対側の入場口から、一人の若い冒険者が姿を現す。
革鎧に片手剣。
特別な装飾はないが、歩き方には経験が感じられる。
クエチは剣を軽く抜き、肩に担いだ。
クエチ:「まさか武闘会に出ることになるとはな。」
クエチ:「ま、せっかくだ。」
クエチ:「楽しませてもらうぜ。」
デイルはフードの奥から静かに相手を見る。
デイル:(気負いはない。)
デイル:(だが、油断もない。)
観客席。
マサムネも試合を見つめる。
マサムネ:「シエル……か。」
:ロイン「さっきから気になってた?」
マサムネ:「なんとなくだが。」
マサムネ:「あいつ……普通じゃねぇ気がする。」
離れた位置で立つデイルは、その言葉が聞こえるはずもなく、静かに短剣へ左手を添えた。
審判が二人の間へ立つ。
審判:「両者、構え!」
第四試合の幕が、静かに上がろうとしていた。
審判:「――始め!」
開始の合図と同時に、
クエチの目つきが変わる。
クエチ:「初っ端から飛ばすぜ!」
ダンッ!!
地面を強く蹴り、一気に前へ飛び出す。
迷いのない踏み込み。
最短距離でシエルの懐へ入ろうとする。
観客A:「速い!」
観客B:「一気に決める気だ!」
デイルはその動きを静かに見つめるだけだった。
デイル:(……。)
相手の重心。
踏み込み。
剣の構え。
すべてを一瞬で観察する。
デイル:(スタンダードタイプだな。)
デイルは慌てない。
焦らない。
魔王から叩き込まれた基礎通りに、相手を分析する。
デイル:(癖のない剣。)
デイル:(教本通り。)
デイル:(だからこそ読みやすい。)
クエチは目前まで迫る。
クエチ:「もらった!」
その剣先が、シエルの胸元へ一直線に伸びた。
クエチの剣先が一直線に迫る。
あと一歩。
あと半歩で届く距離。
しかし、デイルの表情は変わらない。
フードの奥で静かに目を細める。
デイルの心の声:
(できるだけ目立たない様に言われてるからな……。)
魔王の言葉が脳裏をよぎる。
> 「監視はしろ。だが、目立つな。」
デイル:(なら。)
デイル:(すぐ終わらせるか。)
右足がわずかに動く。
それは観客のほとんどが気づかないほど、小さな動きだった。
クエチはなおも勢いを緩めない。
クエチ:「はぁぁっ!!」
剣がシエルへ届こうとした、その瞬間――。
クエチの剣先が目前まで迫る。
あと一瞬。
その時、デイルは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
デイル:「……変装魔法・高等技術。」
さらに小さく続ける。
デイル:「分身。」
フッ――。
シエルの姿が一瞬だけ揺らいだ。
次の瞬間。
二人のシエルが並んで立っていた。
観客A:「なっ!?」
観客B:「分身だ!!」
観客C:「いつ魔法を使った!?」
クエチも目を見開く。
クエチ:「どっちが本物だ!?」
剣の軌道が一瞬だけ迷う。
そのわずかな迷い。
デイルが狙っていたのは、まさにその一瞬だった。
デイル:(十分だ。)
片方の分身はその場に残り、もう片方が音もなくクエチの死角へ滑り込む。
観客席ではマサムネが目を細める。
マサムネ:「……。」
:ロイン「幻覚?」
マサムネ:「いや。」
マサムネ:「魔法だ。」
:ロイン「しかも詠唱なし……。」
デイルはなおも冷静だった。
デイル:(派手にはしない。)
デイル:(最低限で終わらせる。)
クエチは一瞬の迷いを振り払うように叫ぶ。
クエチ:「くそっ!!」
本物を見極められないまま、剣を強く握り締める。
クエチ:「スキル! スラッシュ!!」
シュバッ!!
鋭い斬撃が横一文字に走る。
二人並ぶシエルをまとめて薙ぎ払おうとする一撃。
観客席が沸く。
観客A:「スラッシュだ!」
観客B:「範囲で分身ごと斬る気か!」
斬撃は片方のシエルを捉える。
しかし――
パァン。
斬られた"シエル"は煙のように消えた。
クエチ:「しまっ――」
その言葉を最後まで言い切る前に、
本物のデイルはすでにクエチの真横へ回り込んでいた。
デイル:(分身に意識を向けた。)
デイル:(その時点で勝負は決まる。)
短剣を逆手に持ち替え、
柄の部分を静かに構える。
観客席ではロインが息を呑む。
:ロイン「速い……。」
マサムネも静かにその動きを見つめる。
マサムネ:「……。」
マサムネ:(無駄がねぇ。)
誰もが、次の一撃で試合が動くことを予感していた。
クエチ:「まず――」
言葉を最後まで紡ぐ前だった。
デイルはすでに相手の死角へ入り込んでいる。
クエチの剣はまだスラッシュの振り終わり。
体勢は大きく流れていた。
デイルは冷静に呟く。
デイル:「隙あり。」
トンッ。
短剣の刃ではなく、
柄尻がクエチの脇腹へ正確に打ち込まれる。
さらに間髪入れず、
コンッ。
肩口を打ち、
体勢を完全に崩す。
クエチ:「ぐっ……!」
足がもつれ、大きくよろめく。
観客席がどよめく。
観客A:「斬らない!?」
観客B:「柄だけで……!」
観客C:「急所を全部外してる!」
デイルは追撃せず、一歩だけ距離を取る。
デイル:(殺しはなし。)
デイル:(これで十分だ。)
クエチは膝をつきながらも必死に立ち上がろうとする。
その姿を見て、マサムネは小さく呟いた。
マサムネ:「あいつ……。」
マサムネ:「手加減が上手いな。」
:ロインも頷く。
:ロイン「本気を隠してるようにも見えるわ。」
デイルはフードの奥から静かにクエチを見据えたまま、次の動きを待っていた。
クエチは脇腹を押さえながら後ろへ飛び退く。
ザッ!
荒い息を整え、剣を構え直そうとする。
クエチ:「くそっ……。」
歯を食いしばる。
クエチ:「一回、体勢を直してから……!」
しかし。
追撃は来ない。
クエチは不思議そうに顔を上げる。
少し離れた場所で、シエル――デイルは短剣を下ろしたまま静かに立っていた。
デイル:「……。」
フードの奥から相手を見つめる。
デイルの心の声:
(……待ってやるか。)
無駄な攻撃はしない。
体勢の崩れた相手を一方的に攻め立てれば勝てる。
だが、それでは必要以上に目立つ。
そして何より。
デイル自身がそういう戦い方を好まなかった。
観客席がざわつく。
観客A:「追わないのか?」
観客B:「今なら勝負を決められたぞ?」
:ロインは少し驚いた表情を浮かべる。
:ロイン「……待つ?」
マサムネは腕を組み、小さく笑う。
マサムネ:「あいつ。」
マサムネ:「強いだけじゃなく、余裕もある。」
クエチはようやく呼吸を整え、改めて剣を構えた。
クエチ:「……。」
クエチ:「ありがとう、なんて言う気はねぇ。」
クエチ:「でも。」
クエチ:「次は容赦しねぇぞ!」
デイルは短剣を静かに構え直すだけだった。
デイル:「来い。」
クエチは深く息を吸い込む。
先ほどまでの焦りは消え、目に闘志が宿る。
クエチ:「今度は……!」
右手に魔力を集中させる。
青白い光が剣へと流れ込み始めた。
クエチ:「雷電魔法。」
バチッ。
バチバチッ!!
稲妻が剣身を駆け巡る。
空気が焦げるような匂いが漂い始める。
クエチ:「バリバチデイズ斬!!」
バリィィィィン!!
雷を纏った剣を大きく振り上げ、一気にシエルへ斬り込む。
観客席が沸き立つ。
観客A:「魔法剣だ!」
観客B:「雷属性か!」
観客C:「さっきまでとは威力が違うぞ!」
:ロインも目を細める。
:ロイン「剣と魔法を組み合わせるタイプ……。」
マサムネは静かに試合を見つめる。
マサムネ:「……。」
マサムネ:「どうする。」
デイルは迫る雷撃を見据えたまま、一歩も動かない。
フードの影で、その瞳だけが静かに細められた。
雷を纏った剣が一直線に迫る。
バチバチバチッ!!
闘技場の空気が震え、青白い稲妻が軌跡を描く。
観客たちは固唾を呑んで見守る。
しかし――
デイルは動じない。
フードの奥で口元がわずかに緩む。
デイル:「ふっ……。」
その笑みは余裕ではない。
相手の一撃を見切った者の笑みだった。
クエチ:「喰らえぇぇぇ!!」
雷をまとった剣が、ついにデイルへ届こうとする。
雷をまとった剣が振り抜かれる。
バリィィィィィン!!
雷光が闘技場を照らす。
クエチ:「もらったぁぁぁ!!」
しかし――
デイルは静かに左手を前へかざした。
デイル:「格納魔法。」
一瞬だけ、小さな魔法陣が左の掌の前に展開される。
デイル:「ソラシマント。」
シュン――。
雷がデイルへ直撃する寸前、
その魔法陣へ吸い込まれるように軌道を変えた。
バチィッ!!
雷はデイルの体へ届かず、
横へと大きく逸れ、
闘技場の何もない場所へ流される。
ドゴォォォン!!
逸らされた雷が地面へ着弾し、石畳を砕いた。
観客席は騒然となる。
観客A:「雷を……!」
観客B:「逸らした!?」
観客C:「防いだんじゃない!」
観客D:「軌道を変えたんだ!」
クエチも思わず目を見開く。
クエチ:「な……!」
デイルはその場から一歩も動いていない。
フードの奥から静かに相手を見つめる。
デイル:(魔法は受けるものじゃない。)
デイル:(流すものだ。)
:ロインは驚いた表情を浮かべる。
:ロイン「格納魔法……。」
:ロイン「そんな使い方が……。」
マサムネも小さく笑う。
マサムネ:「面白ぇ。」
マサムネ:「あいつ、魔法の扱いがかなり上手いな。」
クエチは剣を握る手に力を込め直す。
今、自分が相手にしているのは――
ただの旅人ではないことを、はっきりと理解していた。
クエチは歯を食いしばる。
これ以上、小細工は通じない。
そう悟ったのか、叫びながら前へ踏み込んだ。
クエチ:「くそっ!!」
両手で剣を強く握る。
クエチ:「うぉぉぉぉぉ!!」
防御を捨てた渾身の一撃。
一直線にシエルへ振り下ろされる。
観客席から声が上がる。
観客A:「捨て身だ!」
観客B:「全部乗せたぞ!」
デイルはその姿を静かに見つめる。
フードの奥で、小さく呟いた。
デイル:「……詰みだな。」
クエチの剣が振り下ろされる寸前――
スッ。
デイルは最小限の動きで半歩だけ体をずらす。
剣は空を切る。
クエチ:「しまっ――」
振り切った勢いで体勢が大きく崩れる。
その隙を逃さず、デイルは懐へ踏み込む。
短剣の刃ではなく、柄を握り直し――
トンッ!!
首筋のすぐ下、急所を外した位置へ正確な一撃。
衝撃が全身へ走る。
クエチ:「……っ!」
力が抜ける。
剣が手から滑り落ち、
カランッ。
地面へ転がった。
クエチもそのまま膝をつき、前へ倒れ込む。
ドサッ。
闘技場は一瞬静まり返る。
審判が素早く駆け寄り、クエチの状態を確認する。
審判:「……戦闘不能!」
右手を高く掲げる。
審判:「勝者――」
審判:「シエル!!」
観客席から拍手と歓声が湧き起こる。
デイルは歓声に応えることもなく、短剣を静かにしまった。
デイル:(……目立たずに終われたな。)
そう思いながら、静かに闘技場を後にした。
武闘会は熱気そのままに進み続けた。
一試合。
また一試合。
剣がぶつかり、
魔法が飛び交い、
勝者と敗者が決まっていく。
歓声は途切れることなく闘技場へ響き渡った。
――そして。
時間はあっという間に過ぎ去る。
夕日が少し傾き始めた頃。
司会者が闘技場中央へ立ち、高らかに宣言する。
司会者:「皆さぁぁん!!」
司会者:「長らくお待たせしました!!」
司会者:「これにて、一回戦全試合終了です!!」
観客席から大きな拍手が起こる。
司会者:「一回戦を勝ち抜いた十八名の選手の皆さん、おめでとうございます!」
巨大な魔法掲示板が光り、
勝ち上がった十八人の名前が次々と表示される。
その中には当然――
マサムネ。
そして、
シエル。
二人の名前もしっかりと刻まれていた。
:ロインは掲示板を見上げる。
:ロイン「順当に勝ち上がったわね。」
マサムネ:「順当かどうかは知らねぇけどな。」
苦笑しながら肩を回す。
マサムネ:「マグロク戦の疲れがまだ残ってる。」
一方、離れた場所。
デイルも掲示板を静かに見上げていた。
デイル:(十八人……。)
デイル:(ここから先は、さらに強者しか残らない。)
司会者は再び声を張り上げる。
司会者:「それでは!」
司会者:「少し休憩を挟みまして、二回戦の組み合わせを発表いたします!」
観客たちは期待に胸を膨らませながら、ざわざわと席を立ち始めた。
武闘会は、ここからさらに激しさを増していく。
休憩時間。
観客たちが屋台へ向かう中、マサムネはふと思い出したようにロインへ尋ねる。
マサムネ:「そういや……。」
マサムネ:「優勝賞品ってのは?」
ロインはきょとんとした顔で振り返る。
:ロイン「……。」
:ロイン「知らずにやってたの?」
マサムネ:「武闘会があるって聞いて、そのまま出ただけだからな。」
ロインは苦笑しながら説明を始める。
:ロイン「優勝賞品は――」
少し声の調子を変える。
:ロイン「賢者の石。」
マサムネ:「賢者の石?」
:ロイン「ええ。」
:ロイン「持っている人や、身につけている魔道具の潜在能力を何倍にも引き出すって言われている、とんでもなく希少な宝石よ。」
:ロイン「市場にはまず出回らないし、国宝級の価値があるわ。」
マサムネは腕を組んで考え込む。
マサムネ:「なるほどな……。」
:ロイン「だから、強者が集まるの。」
:ロイン「賞品目当ての人も多いわ。」
少し離れた場所。
その会話は聞こえない距離だったが、デイルも掲示板を見つめながら同じものを思い浮かべていた。
デイル:(賢者の石……。)
上層部Bからの通信が頭をよぎる。
> 「その優勝賞品が我が魔王軍にとって大きな戦力になる。」
デイル:(だからこそ、取りに来た。)
デイルは静かにフードを被り直す。
一方のマサムネは、ロインの説明を聞き終えると笑った。
マサムネ:「最初は強い奴と戦えればいいと思ってたが……。」
少しだけ口角を上げる。
マサムネ:「そんな面白いもんがあるなら、優勝も悪くねぇな。」
休憩が終わり、観客たちが再び席へ戻る。
闘技場には先ほど以上の熱気が満ちていた。
司会者が中央へ躍り出る。
司会者:「皆さぁぁぁん!!」
司会者:「お待たせしましたぁ!!」
司会者:「二回戦! 開幕!!」
ワァァァァァァ!!
会場が歓声に包まれる。
司会者:「まずはこの方!」
司会者:「前回優勝者を打倒せし謎の剣士!!」
司会者:「マサムネさんだぁぁぁ!!」
マサムネが木刀を肩に担ぎ、ゆっくりと入場する。
観客席から一斉に歓声が飛ぶ。
観客A:「マサムネだ!」
観客B:「優勝候補だろ!」
観客C:「またあの剣が見られる!」
マサムネは歓声に手を振ることもなく、静かに定位置へ立った。
司会者は反対側へ向き直る。
司会者:「対するはぁ!!」
司会者:「相手との戦いを秒で終わらせた!!」
司会者:「ザンザだぁぁぁ!!」
反対側の入場口から、一人の男がゆっくりと姿を現す。
無駄のない体つき。
背中には一本の長剣。
歩幅は一定で、一切の隙がない。
観客席がざわつく。
観客D:「ザンザ……。」
観客E:「一回戦、一撃だったぞ。」
観客F:「相手が何もできずに終わった。」
ザンザはマサムネを見据え、静かに口を開く。
ザンザ:「前回優勝者を倒したそうだな。」
ザンザ:「なら。」
長剣の柄へ手を添える。
ザンザ:「退屈はしなさそうだ。」
マサムネは口元を少しだけ上げる。
マサムネ:「それはこっちの台詞だ。」
観客席。
:ロインは腕を組みながら呟く。
:ロイン「この人……。」
:ロイン「一回戦、本当に数秒だったわ。」
少し離れた場所でデイルも試合を見つめていた。
デイル:(ザンザ……。)
デイル:(一回戦では実力をほとんど見せていない。)
デイル:(マサムネ相手に、どう動く。)
審判が二人の間へ歩み出る。
審判:「両者、構え!」
闘技場に再び静寂が訪れる。
次の瞬間、二回戦最初の激突が始まろうとしていた。
審判の開始合図を待つ静かな間。
ザンザの視線は、マサムネ本人ではなく――
腰に差された刀へ向けられていた。
ザンザ:「おい。」
マサムネ:「?」
ザンザは目を細める。
ザンザ:「その鞘に収まってる刀。」
一拍置いて、静かに言う。
ザンザ:「普通じゃあないよな?」
その一言で、マサムネの表情がわずかに変わる。
周囲の観客には何のことか分からない。
しかし、マサムネは悟った。
(見抜いた……?)
マサムネは妖刀・六房へ軽く手を添える。
マサムネ:「……。」
少しだけ笑う。
マサムネ:「よく分かったな。」
ザンザは肩をすくめた。
ザンザ:「分かるさ。」
ザンザ:「剣を長く握ってりゃ、嫌でもな。」
彼は妖刀を凝視するのではなく、その周囲に漂う異様な空気を感じ取っていた。
ザンザ:「抜く気はないみたいだが。」
ザンザ:「それでも十分、存在感がある。」
マサムネ:「安心しろ。」
木刀を軽く掲げる。
マサムネ:「この武闘会は真剣禁止だ。」
マサムネ:「使うのはこいつだけだ。」
ザンザは静かに頷く。
ザンザ:「ならいい。」
ザンザ:「俺も、真剣勝負は好きだが。」
ザンザ:「ルールを破る気はない。」
観客席では二人が何を話しているのか聞き取れず、ざわめきだけが広がる。
:ロイン「何の話かしら……。」
少し離れた場所で見ているデイルも、そのやり取りだけは見逃さなかった。
デイル:(……。)
デイル:(あの男も気付いたか。)
デイル:(あの妖刀の異質さに。)
ザンザは長剣の柄に手を添えたまま、静かに名乗る。
ザンザ:「俺の流派は――」
ゆっくりと長剣を抜く。
シャァン――。
刃が陽の光を反射する。
ザンザ:「波風爬竜。」
長剣を自然体で構える。
一見すると隙だらけ。
だが、その姿勢には一切の無駄がない。
ザンザ:「この長剣を巧みに扱う技だ。」
マサムネは興味深そうにその構えを眺める。
マサムネ:「聞いたことねぇ流派だな。」
ザンザは小さく笑う。
ザンザ:「当然だ。」
ザンザ:「師匠から直接受け継いだ流派だからな。」
少し間を置いて続ける。
ザンザ:「俺には魔法が合わない。」
左手を軽く開いて見せる。
ザンザ:「魔力はある。」
ザンザ:「だが、何度やっても剣ほど扱えなかった。」
長剣を軽く振る。
ヒュン。
風を切る音だけが響く。
ザンザ:「だから俺は決めた。」
ザンザ:「魔法を捨てて。」
長剣の切っ先をマサムネへ向ける。
ザンザ:「剣だけを極める。」
マサムネの口元がゆっくりと緩む。
マサムネ:「……。」
その言葉に、どこか共感するものがあった。
マサムネ:「いいじゃねぇか。」
木刀を肩から下ろす。
マサムネ:「俺も剣一本で最強を目指してる。」
ザンザ:「なら。」
ザンザは静かに構えを深くする。
ザンザ:「言葉はもういらないな。」
二人の剣士は互いを見据える。
魔法ではなく。
力でもなく。
技と技がぶつかる、純粋な剣士同士の勝負が始まろうとしていた。




