第20話 独裁者の秘密宮殿、潜入開始
某国の山岳地帯。そこにそびえ立つ『黄金の宮殿』は、独裁者が数千億の巨費を投じて建設した、現代の要塞である。焼き肉のたれの工場ではない。
周囲は三重の電子フェンスに囲まれ、空には武装ドローンが旋回し、地面には振動センサーが埋め尽くされている。各国の諜報機関が「潜入不可能」と匙を投げたこの場所に、一人の男が立っていた。
佐藤(45歳)である。
彼は現在、宮殿の裏口にある、関係者専用の搬入口の前にいた。
「止まれ! ここから先は許可証が必要だ!」
最新式のパワードスーツを装着した近衛兵が、威圧感たっぷりに立ちふさがる。
だが、佐藤は動じない。彼は国際調査団の指揮車で盗み見た情報を元に、完璧な「新人」を演じる準備を整えていた。
「あ、すみません! 本部から『サーバー室の冷却用ファン』の予備を届けに来た新人です。ほら、これ」
差し出したのは、秋葉原で適当に買ってきた中古のPCパーツだ。
兵士は怪訝そうに佐藤の顔を見る。……しかし、数秒後にはその肩の力が抜けた。
(……なんだ、この覇気のない男は。ああ、最近の人手不足で雇われた、名もなき下請け業者か。昨日もこんな奴がいた気がするな……)
「チッ、また故障か。あっちの連中はいつも仕事が遅いんだ。ほら、さっさと入れ。エレベーターは右だ」
「あ、ありがとうございますー。お仕事、お疲れ様です!」
突破。
一国の最高機密を誇る防衛ラインが、佐藤の「新人顔」という最強のパスポートの前では、ただのコンビニの入り口同然になっていた。
宮殿の内部は、狂気的なまでの贅沢に溢れていた。
大理石の廊下、純金のシャンデリア。佐藤は「へぇー、すごいなぁ」と観光客のような感想を抱きながら、胸ポケットのスマホでこっそり動画を回し始めた。
(……これは映えるな。この金ピカの壁が爆風で飛ばされるシーン……考えただけで10万いいねは固いぞ)
佐藤は、かつて傭兵として培った技術で、監視カメラの死角を正確に読み取りながら進む。
だが、実際には死角を通る必要すらなかった。
掃除のスタッフとすれ違えば「新人です」と挨拶してゴミ袋の場所を教わり、重役の会議室の前を通れば「新人です」と一礼して、コーヒーの出前を頼まれる始末。
そしてついに、彼は宮殿の「核」とも言える中央管制室の真下に到着した。
そこには、国中の軍事ネットワークを統括する巨大なメインサーバーが鎮座している。
「よし、ここに特製爆弾(七色発火仕様)を仕掛ける。……あ、その前に、この黄金の椅子で自撮りしておかないとな」
佐藤は、独裁者不在の玉座に、まるで自分の家のソファに座るかのように腰を下ろした。
自撮り棒を伸ばし、宮殿の豪華な内装を画角に収める。
(カシャッ)
「……いい感じだ。あとは爆破の瞬間の『動画』を撮るだけだ。今度は絶対に録画ボタンを押し忘れないぞ」
一方、宮殿の外。
佐藤のポストを監視していたアナは、絶望的な予測に辿り着いていた。
『のり弁を食べてパワーチャージ。宮殿の裏口が狙い目だと気づきました。行ってきます!』というあのポスト。
「嘘……もう入ったの? 最新の防衛システムを突破したっていうの……!?」
歴史上、最も平穏で、最も不条理な潜入劇が、ついにクライマックスへと動き出そうとしていた。
宮殿とか、見たことねぇや。




