第19話 のり弁
作戦開始から四十八時間。
『ワルソー』の面々は疲弊していた。最新のセンサーには何も映らず、衛星画像にも異常はない。だというのに、ターゲットのSNSには『そろそろ出発します。準備万端!』という不穏なポストが投稿されたのだ。
「クソッ、どこにいる!? 幽霊でも相手にしている気分だ!」
指揮官がモニターを叩く。
そんな緊迫した空気の中、指揮車のハッチがガラリと開いた。
「お疲れ様ですー。お弁当、差し入れ持ってきました」
入ってきたのは、現場近くの「もっともっと」の袋を大量に下げた佐藤(45歳)だった。
彼は現在、独裁者の宮殿へ行くための資金を稼ごうと、短期のデリバリーバイトを「新人」として始めたばかりだった。
アナを含む分析官たちが一斉に振り返る。だが、誰も銃を抜かない。
なぜなら、佐藤の顔があまりにも「さっき本部から補充されたばかりの、現場の雑用係」にしか見えなかったからだ。
「……あ、ああ。そこにおいておけ。ご苦労」
「はい。あ、のり弁の白身魚フライ、揚げたてですよ」
佐藤は自然な手つきで、一千万円クラスの高度な暗号解読装置の上に弁当の袋を置いた。
アナは、モニターに映る「隠密おじさん」の過去の背中写真と、目の前で「お箸、多めに入れときましたね」と微笑むおじさんを交互に見た。だが、脳内の照合システムがエラーを吐き出す。
(……別人だわ。この男からは『プロ』の匂いが一ミリもしない。ただの、油の匂いのするおじさんだわ)
「あの、自分も一個食べていいっすか? 休憩室が混んでて」
「……勝手にしろ。ただし、機密事項には触れるなよ」
こうして、世界最強の特殊部隊の指揮車内で、爆破の真犯人と捜査チームが肩を並べて「のり弁」を食べるという、前代未聞の事態が発生した。
「……おじさん、新人か?」
狙撃手の一人が、醤油を垂らしながら聞いた。
「ええ。今日からこのエリア担当になった佐藤です。皆さん、物騒な機械いっぱい並べて大変っすね。eスポーツの大会か何かですか?」
「……まあ、そんなもんだ」
佐藤は「へぇー」と感心したふりをしながら、チラリとモニターを覗き込んだ。
そこには、自分がこれから向かおうとしている「独裁者の秘密宮殿」の、詳細な衛星地図が表示されていた。軍の機密、最新の防衛ライン、レーダーの死角――。
(……お、ラッキー。この裏口、警備薄いんだな。勉強になるなぁ)
佐藤はモグモグとちくわ天を食べながら、宮殿の攻略ルートを完璧に記憶した。
世界最高の知能が結集した調査団が、自分たちの情報を、ターゲット本人に弁当代わりとして提供していることなど、知る由もない。
「ごちそうさまでした! 仕事、頑張ってくださいね。応援してます!」
佐藤はゴミをまとめ、清々しい笑顔で指揮車を去っていった。
彼が去った後、アナはふと、自分のスマホに通知が来ていることに気づいた。
【@lonely_shadow_45(隠密おじさん)がポストしました:
『のり弁食べてパワーチャージ。宮殿の裏口が狙い目だと気づきました。行ってきます!』】
「……え?」
アナの顔から血の気が引く。
今、この部屋のモニターに出ていた情報だ。
彼女は慌ててハッチを開け、外を見た。だが、そこにはもう、サンダルの音すら残っていなかった。
「……あの『のり弁の新人』……追って! 今すぐ追ってえええ!!」
怒号が響くが、時すでに遅し。
佐藤はすでに、フォロワー一万人の期待と、最新の軍事情報を胸に、空港へのバスに揺られていた。
たまーに食べたくなるんよ。のり弁。




